新しい出会い
昼食を済ませ、ジェイコブの病院へ納品する品物のチェックをしている時、エドに声を掛けられた。
「今日の納品は俺が行ってくる。ジェイコブから相談があると手紙を貰ってな」
エドの手にはクリーム色の封筒が握られていた。
ヴォルが今朝早くエドに会いに来ていたのは、これだったのか。
「そうなの? わかった」
確認を終えた商品を持って、厩へ向かう。
手早く蔵をつけたエドが、ファレノプシスに跨った。
「特にやることも無いなら休んでいて良いぞ。
帰りの時間が読めないから、鐘六つ時になっても帰らないようなら、先に夕飯を食べててくれ」
「わかった。じゃあ調合の練習させてもらってもいい?」
「あぁ、火の始末には注意しろ」
「気を付けてね」
軽く手を上げたエドの背中を、姿が見えなくなるまで見送った。
エドの話を聞いたあの日から、二人の関係は少し変わった。
エドは二人でいる時は、フードで顔を隠さなくなった。あとは話し方が少し柔らかくなった気がする。
ほんの少しだけ、笑うようにもなった。
互いに抱える孤独が、二人の距離を一歩近くしたのだった。
さて、急にオフの時間が出来てしまった。
百合は自室に戻り、ノートを持って実験室へ入った。
作るのは一番最初に作り方を教えてもらった傷薬だ。
びっちり書き込まれたノートを開いて、目を通す。一ヶ月前の自分とは違い、切り方も混ぜ方も完全に頭に入っている。
「よし」
気合を入れて調合の用意を始める。
小さめの錫の鍋を用意し、薪を組んだ小さな竈の上へ乗せる。
材料棚から浦黄、実葛の乾燥したもの、働き蟻の足を取り出した所で「あ」と気づく。
「蜘蛛の糸が無い……」
働き蟻の足を纏める蜘蛛の糸が無かった。これは普段は町の素材屋で買っているものだ。
前回少なくなっているのを確認していたのに、買い出しのリストに書くのをすっかり忘れてしまっていた。
「どうしよう」
エドがファレノプシスも乗っていってしまったから、町に買いに行くことも出来ない。
蜘蛛の糸を何かで代用できるか、調合室にある数冊の本で調べてみても、目ぼしい記述は書かれていなかった。
「まぁいいか」の気持ちが大事故を引き起こすのが、魔薬の調合だ。
大人しく諦めようとした時、百合の頭にある考えが浮かび上がる。
森の中を探してみるのはどうだろうか。
森の中には沢山の虫がいる。木の間に張った蜘蛛の巣に、朝露が光っているのを何度も目にした。
傷薬に使う蜘蛛の糸は、取ったものを乾燥させたりはせずにそのまま使用する。森の中を探せば採取できるだろう。
百合は自室に戻り、クローゼットの中から深い緑のローブ取り出す。
ローブというものは偉大で、内側には沢山のポケットがあり色々なものが収納できる。
採取用の手袋や保存瓶、傷薬やナイフなど様々なものが入ったローブを着込み、部屋に立てかけてあった熊手を手に取った。
「久しぶりに一緒に行こうか」
エドがいる時は、お留守番をしてもらっている熊手に話しかける。
夏の初め、この世界に来た時に一度飛んだきりで使っていなかった相棒は「やっと出番か!」と言いたげな空気がある。
居間の机の上に「森に行ってきます」と書置きを残し、外に出た。
森の中を歩くこと数十分、湖の前に到着した。
これより北に進んだことが無いので全体像は知りえないが、向こう岸は見えない。
微かながら波があることからかなり大きな湖だと判断できた。
道はここで途切れており、完全に行き止まりである。
渡し舟も橋もないので、誰もこの先を知らない。
もしかしたら、エドが喜ぶような何か貴重な薬草があるかもしれない。
百合は熊手に跨った。軽くジャンプすると、その足は地面につくこと無く空中に浮いた。
そのまま持ち手を少し手前に引くと、滑らかな動きで高度を上昇させた。
「うわぁ! 綺麗!」
空から見下ろす湖は強い太陽の光を反射してキラキラと光っている。少し水面に近づくと、小さな魚が跳ねているのが良く見えた。底の方にある苔むした岩がはっきり見える程、透明度の高い水だ。
風が吹いてローブのフードが外れる。黒髪が冷たい風に流される。まるで扇風機の前にいるように涼を感じ取れる。
湖の上でボートに乗ったら、エドも同じ空気を味わえるかもしれない。
時間にして十分ほどで、湖の対岸についた。
熊手から降りて先を見と、緑は一層深く生い茂っている。同じ森のはずなのに、木々が多いせいでこちらの方が暗く感じる。
少し不気味に思い、引き返そうと熊手を握りしめた所で、ふと視線を奪われた。
「あれは――」
少し先の方でピンク色の塊が見える。目を細めてみると、それは花だった。
「もしかして」
急ぎ足で木々の間を抜けると、少し開けた場所に花畑があった。
「斑花だ!」
斑花とは、花弁が斑に色づくことから名付けられた花だ。
姿かたちは紫陽花に似ていて、小さな花が集まって大輪に見える。日光が当たったところは白く、当たらなかったところは濃いピンク色の花が咲く。
斑花は日当たりの良い場所でしか育たないので、全てピンク色、つまり日光の当たらなかった花は非常に珍しい。
王都の素材屋でもなかなか手が入らない、とエドがぼやいていたのを思い出す。斑花は喉の炎症を抑える薬に使われるのだ。
「少しだけ摘んで帰ろう」
ガラス瓶を片手に採取を始める。できるだけ状態の良いものを吟味していると、足元できらりと光るものがあった。
「何これ? 綺麗」
大きさは硬貨一枚ぐらいで、しずく型をしている。拾い上げてみるととても軽い。色は薄いピンク色で桜の花弁のようにも見える。それが足元に何枚も落ちてみる。
一枚、また一枚と拾っていると、その先に何かがうずくまっていた。
それは花に埋もれるように倒れていた。
「え!?」
上半身は肌色、くびれの下からはびっしりと鱗が生えている。
人間ならば足首があるであろう場所は、二股に分かれた立派なヒレがついている。腰からヒレまでは淡いピンクから紫のグラデーションがかかっていた。
絵本で良く見た人魚がそこに転がっていた。
「み、水……」
「人魚だー!」
百合の悲鳴が森の中で何重にも木霊した。




