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杖づくり(1)

 翌日も、その次の日もエドは何も言わなかった。

 百合も顔には出さないように努力したが、どうしても心に重石が残る。


『……自殺した。俺は後妻に殺されかけて八年前にここに逃げてきた』


 エドの正確な年齢は聞いていないが、恐らく百合と同じぐらいの年だろう。

 八年前というと、十代の真ん中ぐらいからこの家に住んでいるのだろうか。

 ただ一人で。


「甘えた事言ってられないな」


 髪の毛を一つに縛り、気合を入れた。


 森中が眠りについた深夜、百合は毎日一人ノートにペンを走らせ、エドに教えてもらった火傷薬の復習をする。

 魔薬の調合は複雑で繊細だと、学ぶ度に思い知らされる。

 鍋をかき混ぜる方向、火の調節、それら一つでも間違えるとたちまち効果が無くなる。

 以前調合中に言っていた「魔力の無いオストラでも魔薬は作れるが、大魔法使いでも簡単に作れない」というエドの言葉の意味を知る。

 作業中は一切手を止めることが無いので、作り方を完全に頭の中に入れないとたちまち失敗してしまう。

 初めて魔薬を作った日に、いかにふざけた事を言っていたのか。百合は今でもあの日の自分を殴りたくなるのだった。


 使い込まれた本を捲りながら、作業工程を一つ一つ思い出していると、どこからともなく蝶が一匹ひらひらと舞っていた。


「どこから入ってきたの?」


 閉め忘れたか、と窓を見るときちんとしまっている。

 不思議に思っていると銀色に光る蝶は解けるように一枚の紙に変わった。


『明日、鐘九つ時に伺います』


 美しい筆記体の文字に見覚えがあった。紫のインクはニールだ。

 明日は安息日で、教会への礼拝がある日だ。

 「聖女の日」は神父の話を聞く月に一度の特別な日だから明日は無いが、週末の安息日には教会に行くのが通例だそうだ。礼拝を終えたらそのままニールの家にでも行くのだろう。


 手早く今日の復習を終えて、机の上のランプの火を吹き消す。

 薄いカーテンからは明るい月が差し込んでいた。



 翌日、礼拝を終えた百合は空間魔法でニールの屋敷に移動した。

 今回も風呂の後に、夏の大輪を思い出させるような鮮やかな黄色のワンピースを着つけてもらい、ティールームへ向かうとそこにはニール以外にもう二人座っていた。


「ヴォル?」

「よぉ」


 片手をあげて挨拶をしたのはヴォルだった。長い脚を組み紅茶をすすっている。

 その向かいに座っていたのは、なんとネズミだった。


「は、はじめまして。杖職人のアレクサンダーです。お会いできて光栄です」


 二足歩行で立ち上がっても、百合の胸元までぐらいしか背丈がない。灰色の毛並みの上に、短い黒のチョッキだけを着ている。

 緊張したような声で名前を名乗ってくれたが、その表情に特に変化はない。

 ぱちくりとした黒い目は輝いて、白いひげがふわふわと揺れている。


「はじめまして、ユリです」


 差し出された細い腕には、金色の腕輪がはめられていた。

 小さな手を握ると、きゃっ、と小さな声を上げて鼻の先がピンク色に染まった。どうやら照れたらしい。


 立ち話も何だから、と勧められるままニールとヴォルの前で、アレクサンダーの隣のソファーに腰かける。

 百合の戸惑いを含んだ視線に気づいたニールは、紅茶を一口飲んだ後説明し始めた。


「先週ユリに魔法を教えると話しましたね。

 まずは理論から勉強しようと思いますが、何よりも魔法使いが用意しなければいけない物があります。それは何だと思いますか?」


 意味ありげな視線を向けられる。ここに杖職人がいるということは、答えは一つだろう。


「杖……ですか?」


 ニールが満足げに頷く。


「そうです。杖は一本一本オーダーメイドで作ります。

 魔法使いの子供たちは、生まれた時にその家の家長と同じ基礎となる素材を与えられます。

 それは、代々自分の家の庭で大切に育ててきた木が多いですが、私のように水晶や骨である変わり種もあります」


 ニールはホルスターから取り出した水晶の杖を百合に見せながら続けた。


「それを小さい頃から肌身離さず持ち歩き、時にはそれで呪文を唱える真似をしながら、成長と共に増えていく魔力を浸透させていきます。

 大体十五歳ごろに杖の素材が成熟したのを確認して、本人の毛髪ともう一つの素材――これも人によって違いますが、強力な魔法動物の力を借りることが多いです――を芯にすることで、杖は完成します。

 杖は本人の髪の毛を使っていることもあり、持ち主の言う事しか聞きません。どんなに優れた魔法使いであっても、持ち主以上の力を出すことは出来ないと言われています」

「なるほど……ヴォルはどんな杖なの?」

「ん? 俺はこれだ」


 ヴォルが見せたのは真っ黒な杖だった。


「杖木は黒檀。俺は孤児だったからこの素材が親と同じなのかは知らねぇがな。

 杖芯にはケルベロスの尾。先代の店主にはこんなにガンコ者な杖は無いって笑われたな」


 さらっと孤児であること告白されたが、聞いて良かったことなのか分からない。

 そんな表情をしていたのだろう。ヴォルは白い歯を見せて笑う。


「生まれで生き方は決まるもんでもないだろ?」


 その心の底からの言葉に百合も「そうだね」と返す。

 ニールがそのまま続けた。


「話を戻しますが、杖というのは生まれた時から共に育っていく自分の半身なのです。

 ですが、ユリにはこちらで生活をしていた期間が無い為、杖の元となる素材がありません。

 そこで彼に相談をしました」


 ここで、杖職人のアレクサンダーが一層背筋を伸ばす。


「彼の家は、代々王都で杖職人をしています。先日代替わりしたばかりのアレクサンダーで、十五代目になる老舗店です。

 代々とても腕が良く、私の杖もヴォルの杖も、彼の店で仕立ててもらっています。ですが今王都は獣人に厳しい状態です」


 獣人というのは、獣の特性を持ちながらも、人語を操る者たちのことだ。

 そういえば、城へ移動する馬車を運転していたのもカエルだったと百合は思い出す。あの人も獣人だったのだろう。


「王都は変わってしまいました。俺たち獣人は魔法が使えるので王都から締め出されはしませんでしたが、今は町を歩くのも嫌がられるような状態です。獣人がやってる店にはお客さんが来なくて、店を閉めるしか無かったんです」


 頬に生えた細いひげが、しょんぼりと力をなくす。


「そこで私が当面の生活の援助をする代わりに、内密にユリの杖を作るようにお願いしたんです。彼は店主になる前から柔軟な発想で面白い杖を作ると、話題になっていたので」


 ニールが微笑むと、アレクサンダーは照れたように頬を掻いた。

 そして決意を込めた目で百合をしっかりと見据えた。


「聖女様の杖を作らせて頂けるなんて、杖職人としてこれ以上ない誉です。精一杯させていただきます!」

「あの、アレクサンダーさんは私が違う世界から召喚された聖女だってことは知ってるんですよね?」

「えぇ、そのあたりはすでに話しています」

「本当に私は魔法については何も知らないんです。ですので、失礼を承知で聞きますが、杖って無ければ魔法は使えないんですか?」


 魔法使いと言えば、ローブと杖。そういうイメージは確かにあるが、いまいちその使用目的が分からないのだ。

 ニールは百合の言葉に一つ頷いた。


「ドンプは、魔力を持っていれば、どんな魔法でも使えると思っています。

 ですが実際は「呪文を知っていること」「正しい呪文を発すること」「正しい杖の動きをすること」この三つが合わさってで初めて呪文は効果を表します。

 「呪文を知っていること」は、聞いて覚えて知っているというよりも、その呪文の正しい意味を知っているかどうかです。言葉の成り立ちから勉強します。

 「正しい呪文を発すること」は、体の中の魔力を言葉に乗せて体外へ発することです。熟練の魔法使いなら口に出さずに呪文を唱えますが、これは高度な技術であり誰でも出来るわけではありません。

 最後の「正しい杖の動きをすること」は、「正しい呪文を発すること」につながります。言葉に乗せた魔力を、より一点に集中する為に杖はあります。

 魔法というのは、心の中で思ったことを、体中に走る魔力に乗せて、体外に出すことで初めて成立します。杖は、体の中の魔力を外に出すための指揮棒だと思ってください。なくてもどうにかなるが、あると無いとで大違いということです」


 まさしく心技体が揃っていないといけないということか。

 ニールの分かりやすい解説に、感嘆のため息が漏れる。


「説明ありがとうございます。アレクサンダーさん、お手数おかけしますがどうぞよろしくお願いいたします」

 百合も頭を下げた。


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