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聖女召喚の儀

 ふっ、と浮かび上がるように目が覚めた。

 目覚まし時計はまだ鳴っていない。その割には目に入る光が眩しい。

 今は何時だ。

 時間を確認しようと手探りで枕元のスマートフォンを探すが、ぬるり、とした身に覚えの無い感触に身体を震わせた。


「は?」


 ここで意識が完全に覚醒した。


「成功だ!!」


 わぁ! と喜びの歓声が広がる。大声は石の壁に反射してぐわんぐわんと音が響いた。

 百合が身体を起こし視線を上げると、黒い服を身に纏った人達が手を取り合って笑いあっているのが見えた。


「はぁ?」


 なんじゃこりゃ。

 中心にいる百合の困惑を、誰も気にしていないようだった。

 ふと先ほどの感触を思い出し手元を見る。べっとりと着いた赤に、鉄錆びの匂い。

 導き出した答えにひきつった声を零す。


「ち、血!?」


 床に座り込んだ自分の周りに人が倒れていた。

 それも1人や2人じゃない。何十人もの人間が、だ。


「ちょ、ちょっと大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄り身体を揺するが、その塊はピクリともしなかった。

 周りで立っている人間と同じように頭まですっぽりと黒いフードを被っていた。それを引き剥がすようにずらすと、口から真っ赤な血を吐いているのは、まだ年若い少年であった。

 目を閉じた顔と輪郭の細さから、まだ体の出来上がっていない中学生ぐらいだろう。そんな子たちが何人も床に倒れているのだ。


「ちょ、救急車! 救急車呼んで!」


 よく見ると呼吸をしている。だがその音は余りにもか細い。

 このままでは命に関わってしまう!

 膝の上に抱き起こして頬を叩くが、瞼が震えるだけで目は開かなかった。


「あぁ聖女様は心優しい。そのようなもの放っておいて下さって構いませんよ。さ、こちらへ」

「ちょっと!」


 近寄ってきた黒い服の男は恭しく頭を下げた後、百合の腕をとった。

 血管の浮いた大きな手が、Tシャツからむき出しの腕に触れ、遠慮の無さに鳥肌が立つ。

 だか男は声を上げる百合を無視し、無理やり立ち上がらせて有無を言わさず引っ張っていく。


「私なんかより救急車! あの子達死んじゃう!」


 視点が高くなったことで、部屋全体の様子を見ることができた。

蝋燭が照らす20畳ほどの大きな部屋に大勢の人間がひしめき合っていた。

 石畳の床には白いペンキか何かでマークが書かれている。

大きな何重もの円の中に五芒星、その付近には恐らく文字のようなものがびっしりと書き込まれている。

百合はそのマークに見覚えがあった。


「(魔法陣!?)」


 そう、それはファンタジーの創作ではお馴染みの魔法陣だった。

 その魔法陣を囲むように血まみれの少年たちが倒れている。目だけで数を確認する。1、2、3……全部で12人だった。

 周りに立っている人間は、体つきや声からして大人のようだった。

 誰もが皆、足元まである真っ黒な服を着て、深くフードを被っている。

 それにもまた既視感があった。


「(魔法使いのローブみたい)」


 少年たちの命が危ない。そう危険を訴える脳の片隅で、妙に冷静な思考が働く。

 

 魔法陣、ローブ、聖女。

 

 キーワードが一つの答えを導き出す。


 まるで今私はファンタジー小説の世界の中にいるようだ、と。


「本当にお優しい。流石慈悲の聖女様です。大丈夫です、あの子たちは運ばせましょう」


 男が一つ頷くとローブの男たちが胸元から木の棒を取り出した。


 杖だ、と百合は直感した。


 その杖を空中でひょいと動かすと、包帯がまるで体操選手のリボンのように杖の先から飛び出し、少年たちの身体を覆う。

 そのまま重さなど感じない動きで持ち上げられて、部屋に1つしかない扉から音もなく出ていった。


「さぁ、今度こそこちらへ」


 ひとまず彼らが病院に運ばれたことに安心する百合を連れて、男は歩き出した。

 

 扉の先は昇り階段だった。大きく曲がって奥に続いている。


「足元に気を付けてください」と声をかけられて、ぼんやりとした明かりの照らす階段を昇る。

少し埃っぽい事やじめじめとした空気から、ここは地下じゃないかと百合は当たりをつける。


 ごつごつとした石の壁に手を付きながら息が切れる程長い階段を昇り、ようやく扉が見えた。やはり地下だったようで、明るい光が小さな扉の隙間から漏れている。


 這い出すように扉を潜ると、眩しさに目を覆った。

 高い天井にはいくつもの天窓があり、そこから白い光が差し込んでいた。どこもかしこも溶けるように白く、ひんやりと冷たい。この建物自体が大理石でできていることが理解できる。


「こちらは教会です。後ろを見て下さい」


 振り返り、思わず息を飲んだ。


 そこには大きな女性の像が立っていた。

 ゆったりとしたドレスを着て、花束を抱えて優美に微笑んでいる。

 白い大理石でできた像は、今にも動き出しそうな存在感があった。ふわふわと浮かぶ光のかけらが、石造の下に走る血管の青白さを透かすようだった。

 自分たちがはい出てきたのは、その石造の金の張られた台座のところだったのだ。


「聖女像です」

「すごい……」


 唇の端から感嘆が漏れる。

 悪人も善人も、大いなる愛で許し、受け入れる聖女。

 魅了されたように目が離せない。荘厳な雰囲気に息が詰まった。


「これは貴女様ですよ、聖女様」

「あの、どういうことですか」


 先ほどから何度も百合に向かって繰り返されている言葉。

 嫌な予感に百合は顔をゆがめた。


「詳しくは城内で。さぁ、馬車へどうぞ」


 目元はローブですっぽりと隠れているが、薄い唇が笑ったのが見えた。


 そして男は歩き出した。


 百合は後ろ髪をひかれる思いで足を進める。それでも視線は聖女像に奪われたままだった。重い扉が閉まる、その瞬間まで。

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