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毎朝の習慣

「起きろ」

 翌朝目を覚ますと暗闇の中でブルーサファイアの目が輝いていた。透き通った瞳の中に、よだれの後を付けた間抜けな自分の姿が映る。


「は?」

「朝食前にファレノプシスの世話と畑の世話だ。早く用意しろ」

「はい……」


 戸惑う百合を尻目に、エドは持っていたカンテラをヘッドボードに置き、用件だけ言って去っていった後ろ姿を眠い目で見送った。


 カーテンの外はまだ暗闇で、紫色の朝日は射していなかった。

 一体今は何時だ。元の世界にいるときには通勤の為に毎朝五時に起きていた百合でも、体験したことのない早起きだ。


「うー」


 二度寝しようとする身体を無理やり起こしてベットから這い出す。

 ぼうっとする頭でチェストを開いて考える。馬の世話なら汚れても大丈夫なものの方が良いだろう。

 だが、ずらりと並んだ服は高級そうなスカートばかりで、到底厩に着ていくものではない。王国筆頭魔法使いは作業着というものの存在を知らないのかもしれない。

 結局刺繍も何も入っていないひざ丈の黒のジャンパスカートと無地のシャツを選んで身に着けた。髪はリボンで一つに結び、足元は汚れにくそうなブーツを選んだ。


「女の部屋に勝手に入ってくるのって、どうなの?」


 鏡をのぞき込みながら一人ぼやく。

 確かに百合一人なら、この時間に起きれなかっただろう。エドは親切で起こしてくれたに過ぎない。

 それでも、付き合ってもいない男が未婚の女の部屋にずかずかと入ってくるのは、常識的に考えて良くないだろう。

 何より寝起きにイケメンが覗き込んでいるのは心臓に悪いものがある。エド、ニール、ヴォル、それにクジャ。芸能人も霞む超一流の美男揃いだ。


「部屋のドアにカギつけてもらおう……」


 毎度こんな風に起こされては、たまったもんじゃない。主に心臓が。


 まだ暗い中、カンテラの明かりを頼りに厩へ向かうと、エドはもう着いていた。

 いくつか必要な道具を百合に差し出した。


「まずは掃除だ。魔法の使えない俺たちは、どこに行くにも(ファレノプシス)が居ないと始まらない。感謝の気持ちを持って毎日掃除しろ。藁が汚いと蹄の病気になってしまうからな」

「はい」


 そこから無心で藁を変えた。先が分かれた巨大なフォークのような器具を使って藁を持ち上げるのだが、これがひどく重かった。

 瞬く間に震える腕を叱咤して作業を続けるが、隣のエドは平気な顔で黙々と作業をしている。ヴォル程目立たないが、細身ながらもしっかりとした筋肉がついているのだろう。


 今日の空模様は晴れだということで、藁は外に干した。入れ替わりで乾いた藁を倉庫から持ち出し、土の上にたっぷりと引いた。

 飲み水、エサの準備も完了し、ひと段落と思いきや、散歩をさせ、ブラッシングを丁寧に掛ける。ここまでが愛馬の世話だ。

 ファレノプシスは百合のたどたどしい動きに不満そうであったが、しぶしぶ世話をされていた。


 ファレノプシスの世話が終わったころには、空は明るみかけていた。そこからは森の中にある畑へ歩いて向かう。

 黙々と歩き続けていると、空気が変わった。

 明け方の森の匂いは爽やかで、名前の知らない鳥が現れては足音に気づいて逃げていく。

 風は前髪を溶かす。木々の隙間から黄色い光が漏れていた。

 この世界にも、元の世界と同じように朝は来る。生命の輝き、希望の朝だ。


 百合は胸が一杯で泣きそうになった。その理由は解らなかった。



 畑仕事を終えた時にはすっかりバテてて、居間の椅子に座り込んでいた。

 しゃがみこんで雑草を抜いていたので、足も腰も痛い。冗談ではなく、一年分の運動をした気がする。


 エドは今朝収穫したジャガイモと、地下の保管庫に保存していたニンジンとタマネギを卵でとじた、スパニッシュオムレツを作ってくれた。それに葉野菜の上にトマトと茹でた鳥肉の乗ったサラダと、パンと牛乳が今日の朝食だった。


「おいしい!」


 早朝からの労働で悲鳴を上げていた体が、みるみる内に元気になっている。無心で食べ続ける百合を見て呆れたようにエドは呟く。


「美味そうに食う奴だな」

「本当に美味しいからね!」


 しっかりと火の通ったオムレツの中には、ホクホクのじゃがいもがたっぷり入っていて食べ応えがある。

 サラダにかかったヨーグルトのソースをトマトに絡めて食べると、まるでデザートのように甘かった。


「まさかパンも焼いてるの?」


 今日のパンはロールパンだった。やはり知っているものより少し固いが、それはそれで美味しかった。


「パンと牛乳と卵は、それぞれ魔薬の代金として毎日送られてくる。

 パン屋の息子は喘息持ちで、酪農家の親父は心臓が悪い。養鶏家のばぁさんは腎臓が悪い。

 皆毎日服薬しないと命に係わるが、魔薬を作れない。だから物々交換で薬を作っている」

「魔薬って作れる人と作れない人がいるの?」


 百合の質問に、エドはピクリと眉を動かした。


「現にお前が作れないだろう」

「確かにそうなんですけどそういう事じゃなくて、オストラでも作れるってことは、魔力が要らないってことだよね? なら作り方さえ知っていたら、誰だって作れるってことでしょう? だったら私でもすぐに作れるようになるよね?」


 自分自身では感じれないが、百合にはこの世界で唯一無二の聖女の血が流れているらしい。魔力が強いことも、二人の魔法使いから言われていた。

 魔法の使えないオストラが作れるのなら、魔法使いの百合に出来ない道理はないだろう。


 百合の言葉はエドの気に障ったようだった。眉間に皺を寄せたまま、先に食べ終わった食器を重ねて立ち上がる。


「大した自信だな。なら休憩後は予定を変更して魔薬を作ってもらうことにしよう。何、店で扱っている魔薬の中で一番簡単なものだ。作り方はきちんと書いてあるから安心しろ」


 街の鐘が八回鳴ったら、下の部屋に来るように言い残して、エドは自分の部屋へ戻っていった。


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