ワインのように明るい男
お金を貰ったものの、生活に何を必要としてるかと言われればピンと来ず、物価の勉強も兼ねていろいろな店を見て回ることにした。
ヴォルは顔が広かった。どこでも気軽に声を掛けられる。主に女性から。
店番をしている年配の店員や、気怠げで露出の高いおねぇさん、果ては道を走り回る幼女まで幅広いラインナップだ。ストライクゾーンが広すぎる。
「……結構遊んでるんですね?」
ここまでくると感心すらする。
百合が呟くと「いやーモテる男はつらいね」と特に悪びれることなく豪快に笑った。
そんな女慣れしたヴォルとの買い物はスムーズだった。百合が買い物に悩んでも文句を言うことも急かすこともなく付き合ってくれる。どちらが良いか聞くと、似合っているかどうか、使いやすさなどの意見を述べながら、適切な方を選んでくれた。
「オレはこういう黒のセクシーな方が良いと思うけどな」
「ギャー!」
しかし、下着屋にまで入ってきて、スケスケのきわどい下着を進めてくるのだけはいただけなかった。
勉強道具と基礎化粧品、下着を買い終えた所で、次は服飾店行こうとする百合をヴォルが止めた。
「服は買わなくて良いぞ」
「え、でも私これしか持ってなくて」
ジャンバスカートの裾を持って示す。
パジャマ代わりのTシャツとスウェットはクジャに処分されたし、ドレスはニールが処分しただろう。百合の手持ちの服はこの上下一式のみだ。
「ニールから預かってきた。ここで出すわけにはいかないから後で確認してくれ。なんせ量が多い」
「えー……余計な物買わせちゃったなぁ」
エドにもニールにも、お世話になりっぱなしだ。
気まずさに頬を掻くと、ヴォルは気にせず続ける。
「気にすんな。あれはニールの趣味みたいなもんだ。アイツ、服に関しては異様にこだわりが強いんだよな。
さ、次は何買う?」
「食器かな?」
一人で暮らしている所に転がり込むのだ。必要だろう。
だが、ヴォルは首を振る。
「食器はオレとニールがしょっちゅう来るせいで余分に置いてあるぞ。他は?」
「うーん特に思い浮かばないかも」
そもそもエドの家に何があるかを知らないので、買い足す物の検討が付かない。
「なら余った金は持っておいて、必要な物が出てきたら買えば良いさ。エドもそのつもりで多めに渡してるんだろうし。
晩飯の材料買って帰るか。材料もう少なくなってたはずだし」
人様の家の冷蔵庫事情が分かるなんて、どれほど入り浸っているのだろうか。
そう思う百合の思考を読んだかのように、ヴォルは「俺も王都に居ない時はあの家で寝泊まりしてるからな」と言った。
「そうなの?」
「まぁ女の所に行ってるのと半々だ」
やはり悪びれもなく言うヴォルに、ため息が出た。
高い身長、恵まれた体躯、珍しい褐色の肌。少したれ目のやんちゃな風貌は、女性受けが良いだろう。
エドもニールも顔は恐ろしく整っている。が、エドは不愛想で取っ付きにくいし、ニールは侯爵で筆頭魔法使いという権力がある。二人とも気軽に声を掛けることはできないだろう。
その点ヴォルは気さくで明るい性格で、女性からも声が掛けやすい。言い方は悪いが普通のイケメンだ。
だがいろいろな女性と関係を持つのはどうなのだろうか。百合は誠実な男性の方が好きだ。というか女の殆どは誠実で自分だけを愛してくれる男性が好きだと思う。
まぁそんなことは自分には関係ないか、と思い直した。
その足でテント内の食料を物色する。
昼食を選ぶ時は広場の東側のテントを見て回ったが、今回は西側だ。
ヴォル曰く、東側と西側は食料品のテントが多いそうだ。ジェイコブの病院は北側にあり、そこらへんは教会があるので市民の憩いの場となっているらしい。
プラプラと歩くと、酒樽が積まれているテントを発見した。
「酒屋さん?」
「酒屋は南側の店舗の所にあるな。ここは販売してる酒をその場で飲める立ち飲みの店だ」
確かに高いカウンターがあり、そこではまだ日も高いのにグラスを傾ける村人の姿がある。屋台で買ったのかおつまみを食べながら、楽しそうに話している。
イメージは角打ちといった所だろう。
「ユリは酒は飲めるのか?」
「あんまり強く無いけど、好きだよ」
「じゃぁ一杯飲んで帰るか」
「ダメダメ、エドが待ってるのに」
「固い事言うなよ~」
ゴネるヴォルを見て店主が笑う。白髪交じりの茶髪のエプロンをつけた男性だ。
「いらっしゃいヴォルさん、お客さんはうちの店は初めてですか?」
ヴォルは顔見知りの店だったらしい。
「はい」
「お好みの味を言っていただければ、見繕いますよ」
「折角だからワイン買って帰ろうぜ」
ヴォルに進められて、甘めで軽い、飲みやすい赤ワインをお願いした。
帰りがてら肉屋で猪肉を買ったところで、買い物を全て終えて広場を後にした。