広場のテント
ジェイコブの病院を出た後、いくつかの店を回った。
まずはガラス細工の店に行き、エドが事前に発注していたビンや器を受け取った。病院で使ったものは洗って返してもらえるが、患者が持ち帰ったガラスビンはそのままなので、とにかく数がいるらしい。緩衝材の代わりに藁の入れられた木箱は重たかったが、エドがさりげなく持ってくれた。
他には三角フラスコと試験管を新しく購入した。
その次は商店へ向かった。
生活用品から服まで置かれたこの店は、万屋のような風貌だった。
あまり人が寄り付かない端の方で、ひっそりと魔薬の素材が売っていた。専門店ではないので、ネズミの髭だとか鹿の角だとか、比較的手に入りやすいものしか売っていない。薬草に関しては森や温室で賄っているが、貴重な魔獣の素材は王都の方でしか手に入らないらしい。
この一画は、保存の為か薄暗くひんやりとしていた。動物の骨などは平気だが、流石に臓器は不気味だ。ホルマリンに漬けられた、色の薄いモルモットの標本からそっと視線を外した。
買い物を済ませると丁度良い時間になったので、そのまま外で昼ご飯を取ることにした。
昼過ぎまでは朝市が毎日開催されているそうで、町の中心の広場には組み立て式のテントがずらりと並んでいる。
なんでもアブ・フレイラ村での買い物はテントが中心らしい。そしてほとんどが昼過ぎにはテントを畳んでしまう。
店舗として店を持っているのは、先ほどのガラス細工の店や服飾店、酒場などが多い。テントで出店するのは店を構えるより安価なので、薄利多売の店はほとんどそうするらしい。
広場の端のベンチに座り、エドは鞄から先ほど受け取った袋を取りだした。中には金貨、銀貨、銅貨が入っている。
「金貨が一番高い、次に銀貨、銅貨だ。銅貨が十枚で銀貨、銀貨が十枚で金貨になる」
「銅貨が十枚で銀貨、銀貨が十枚で金貨ね」
頭に叩き込むように反芻する。
「金貨をクラウン、銀貨をプタラ、銅貨をニックと呼ぶが、まぁあまり使われない。
銅貨一枚で飲み物一杯か、屋台の小さなパン一つ分ぐらいだ。これらはベルブレイユ王国の共通単位で、勿論王都でも使える。
銅貨以下は鉄貨があるが、この単位の買い物は嫌がられるので使用しない。百枚以上の金貨は魔法付与された小切手を使う場合もある。が、こちらはアブ・フレイラ村では使えない。オストラばかりだからな」
百合は頭の中で整理する。つまり銅貨の価値が百円ぐらいとすると、銀貨が千円、金貨が一万円といったところだろうか。こればっかりは買い物をして掴むしかない。
銀貨を一枚百合に握らせて、エドは「昼食を買ってこい」と言った。
「え、急に本番?」
「次からは納品と買い出しは一人で行ってもらうからな。飲み物と何か軽い食べ物。さっさと行ってこい」
顎でしゃくられてしぶしぶ歩き出す。一度振り返ってみたが、エドは早くも鞄から取り出した本を読み始めていた。
仕方なくテントの中を見て回る。
木箱に山盛り積まれた果物やきのこを売る生鮮食品のテント、ジャムや蜂蜜などの加工品を売るテント、パンやホットドックのテントもあった。それぞれの自慢の品を、商人たちが元気に売っている。広場は笑顔と活気に満ちていた。
そういえば、と百合はテントの前で立ち止まる。
木の板に書かれた「ぶどうソーダ(赤、白)一杯 銅貨一枚」と書かれた文字を読む。ローマ字に似ているが、少し違う。ここは全く違う世界なのに、当たり前のように文字も読めるし会話も出来る。人々の体格や顔つきを見れば日本人らしさは無いので、異世界なのは間違いないのだが不思議なものだ。魔力で眼も耳も適応しているのだろうか。
「お嬢ちゃん、お悩みかい?」
立ち止まり考え込んでいると、店員が話しかけてきた。ふくよかな体格に長いエプロンをつけた年配の女性だ。
「飲んだことが無くて。甘いんですか?」
「ウチの商品が初めてなんて運が良いね! 赤は少し甘めで白はスッキリとしてるよ!」
「じゃあ一杯ずつ下さい」
「あいよ! 銀貨一枚ね! 持ち帰りかい?」
「いえ、広場で食べて帰ると思います」
「じゃぁコップはゴミ箱の横のカウンターに返しておくれ。毎度あり!」
そういっておつりと共に渡されたぶどうソーダは、木の器に入っていた。ガラス瓶のことといい、リサイクルがしっかりしているようだ。
続いて別の店でこんがり焼き目のついたパニーニとピザを買った。どれも一つ銅貨二枚と、非常にリーズナブルだった。
トレーを両手に持ちベンチに戻る。待っていたエドは、本を見ながら熱心にメモをしていた。ノートに影が差した所で、やっと顔を上げる。
「どちらが良いですか」
「余った方で良い」
そう言われたので、百合は遠慮なくピザと赤のぶどうソーダを頂くことにした。お祈りを済ませて食べ始める。
ピザはトマトソースの上にナスとアスパラガスが乗っている。薄めの生地で歯ごたえが良い。酸味の強い山羊のチーズがとても合う。
「おいしー!」
ナスもアスパラガスも焼いたことによって甘味が引き出されていた。そこにぶどうソーダを流し込むと、しゅわしゅわとした喉ごしが気持ち良い。
幸せそうな百合を見てエドも食べ始める。パニーニには、葉野菜とズッキーニととうもろこし、トマトが挟まれている。かなりボリュームがあるが、エドは大口でかぶりつく。
日差しは温かいが、風が気持ち良い。夏の山の風は、湿気が少なくて肌に纏わりつかない。それでもこれから日ごとに暑くなるはずだ。
この国の夏はどうなのだろうか。日本ほど熱くなければ良いなと考えていたらいつの間にか完食していた。
「何をメモしてたの?」
ベンチに置かれた本の表紙には「身体能力向上の為の魔薬」と書かれている。
「おもしろそうな目薬の調合方法があった。暗闇でも視界を明るく保つ効果があるらしい。しかし書かれている材料の猫の妖精の緑の目は手に入りそうにないな。何か他に代替品があれば良いが……」
「そういえば、魔獣の素材はどうやって手に入れてるの? 王都まで買い出しに?」
「今の王都は「魔法使い以外立ち入り禁止」状態だ。門の所で魔石を使った魔力チェックが行われる。オストラは入れない。材料は、ニールともう一人の知人経由で手に入れている」
「もう一人の知人?」
「それはオレでーす!」
「うわぁあ!!」