第6話 付き合った記念
引き続き、付き合って最初の日の話です。夕ご飯を一緒に食べながら、おしゃべりします。
団地の2階にさしかかったそのときのこと。
結衣が、何かを伝えたそうにもじもじとしていた。
結衣は団地の3階、俺は2階なので、ここで別れるのがいつものパターンだ。
「どうかしたか?」
「えーと、うんと、その。いえ、なんでもないわ」
「そこまで言っておいて何ともないとは思えないぞ」
「いいから」
「そこまで言うなら。でも、後でもいつでも相談に乗るからな」
「うん。ありがとう」
そう言って、結衣と別れて帰宅したのだった。
「ただいまー」
「おかえりなさい。これからご飯の支度をするから待っててね」
「ああ」
母さんと、そんなたわいない挨拶を交わして、自分の部屋に入る。
(なんか変だったな)
思い出すのは、別れ際の結衣の様子。
(どうも寂しそうだったんだよな)
別れ際の顔を思い出すと、いつも寂しいときにする表情だった気がする。
考えてみれば、俺たちは付き合って初日なわけだし、結衣なりに夜の予定を考えていたのだろう。
ただ、あいつの性格を考えると、家族団らんの邪魔をして…と遠慮してしまったのかもしれない。
(あいつばかり一生懸命で、あんまり彼氏らしいことをしてやれなかったような気がする)
何かできることは……と考えて、一つ、ひらめいたことがあった。
(これなら……)
そう思って、L〇NEであいつにメッセージを送る。
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まだ夜に入ったばかりのファミレス。ディナータイムだからか、やや混んでいる。
「それで、話って?」
「とりあえず、その辺は食べながら。結衣は何にする?」
「私は……この、カキフライ定食」
「お。うまそうだな。じゃあ、俺もそれで」
俺も結衣も好き嫌いはしない方だが、基本的に和食系が好きだ。
もっとも、あいつの場合、うちの味に慣れているということもあるかもしれないけど。
オーダーを取りに来た店員に注文を伝える。
大学生くらいだろうか。バイトっぽいように見える。
「あの人、綺麗よね」
「ん?ああ、店員さんか。確かに」
「ああいう、大人っぽい落ち着いた人に憧れるわ」
「お前はそのままでいいよ。それに……おまえも十分可愛い、と思う」
「え?」
少しきょとんとした表情で俺を見たかと思えば、途端に笑い出した。
「ふふ……。どうしたの?似合わないこと言って」
「うるさいな。俺なりに、少しは彼氏らしくしようと思ってだな……」
ああ、もう。
慣れない誉め言葉を言うんじゃなかった。
「別に無理しないでも」
「無理はしてないさ。てか、今日はおまえの方が無理してたくらいだろ」
「別に、私も無理はしてないわ。結構楽しかったし」
「毎日ああだと疲れるだろ。付き合うって言っても急に関係を変えなくても、俺たちらしく行こうぜ」
「私たちらしく……」
「ああ、もちろん、結衣が弁当作ってきてくれたりしたのは嬉しかったぞ?」
「うん。それはわかってる。そうね……ちょっと考えてみるわ」
少しの間、お互いに沈黙する。
すると、先ほど頼んだカキフライ定食が運ばれて来た。
味噌汁とタルタルソースのいい香りがする。
「あ、うまそうだな。とりあえず、食おうぜ。いただきます」
「うん。いただきます」
そう、食事の前の挨拶をして、箸をつける。
うん。美味い。
「美味いな……。ファミレスってあんまり来たことないけど」
「うん。ちょっと味が濃い気がするけど」
「確かにな」
とはいえ、十分美味しい。
俺たちは食べているときは無言になることが多く、黙々と食事が進んでいく。
気が付けば、頼んだ定食を完食していた。
「「ごちそうさま」」
「デザートはいいのか?」
「甘いものはそんなに好きじゃないんだけど…あ、羊羹はいいかも。甘さ控えめって書いてあるし」
「ファミレスに羊羹なんてあったのか。まあ、お前らしいけど」
女子といえば甘いものに目がないと思っている奴も多いし、実際好きな女子も多いが
結衣は甘いものはそれほど好きな方ではない。
とはいえ、甘ったるいのが苦手なだけで、ほんのり甘みのするお菓子は好きなくらいだ。
(好みが渋いんだよな)
「じゃあ、それで」
「昴は?」
「俺はドリンクで十分」
店員さんを呼んで、デザートを注文する。
「そういえば、結局、話って何だったの?」
「うーん。もう、目的は果たしたっていうか」
「どういうこと?」
そう疑問のこもった目を向けられる。
正直に言うのは照れ臭いんだよな。
「付き合って初めての夜だろ?外で一緒に食事するってのもいいんじゃないかって。それだけだ」
「え……」
「帰るとき、何か言いたそうだったろ?当たってたかわからないが、ひょっとして夜の予定でも考えてたんじゃないかと思ってな」
「当たってるわ」
「それは良かった」
「でも、なんで……」
「だから、俺も、おまえと一緒に夜を過ごしたいなって思った。それだけだ」
「……そっか。ありがとう」
「それと、今日は俺の奢りな?NOは無しだぞ」
「うん、わかった」
再び沈黙。
恥ずかしい言葉を言ったせいか、顔も身体も熱くなってきた気がする。
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ファミレスを出ると、少し風が吹いてきた。
「ちょっと寒いな」
「うん」
そう言って、手をつないでくる。
!
「そういや、手をつないだのっていつぶりだっけ」
「5年と5か月ぶりよ」
「また、おまえはやたら正確に覚えてるな」
「忘れた?」
「いや、きっかけはなんとなく。惚れただのなんだの周りが言い始めた時期で、恥ずかしくなってきたから。その辺だろ」
「当たってるわ。私も、からかわれるのが苦手だったから。ある日、なんとなく、手をつなぎにくくなって、そのまま」
「何かイベントがあったわけじゃないのに、覚えてるのな」
「それは、昴と過ごす一日はいつも大切だから」
万感の思いを込めたようにそう言う結衣。
「それは天然か?」
「どういうこと?」
「いや、なんでもない。おまえはそのままでいいよ」
「何か馬鹿にされてる気がするんだけど」
好きな子から、そんな台詞を言われて喜ばない男なぞいるわけがないだろうに。
少し拗ねたようなこいつが可愛らしい。
結局、家に帰るまで、手はつないだままだった。
(あいつも、また自然に手をつなぎたい、とでも思ってたんだろうか)
そんなことを考えたのだった。
次の話くらいで、1日目の話は終えて、次の章に移ろうかと考えています。