ゲームオーバー?
今日は25層へと来ている。俺は仮面をつけ、“特務・ペルソナ”としてだ。さくらとチビも一緒に来ていて、チビは例によって金色の超小型犬サイズでさくらに抱かれている。
いつもいた門番はおらず、門も半開きの状態だった。露店が並んでいた通りも閑散としている。そんな中を歩きながら回想した。
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22層に開拓民としてやってきた探検者百人が隔離され、その解放を目的としているのが特務としての俺だ。
その一環として内部時間が三年後の23層へと行き、その際に起こった拠点への襲撃には人型の黒いどろどろした“スラッジマン”が二万体ほど押し寄せた。ちなみに約二ヶ月一度あるいつもの襲撃では二、三千なのだとか。
それを撃退すると20層にいる亀のモンスターを巨大にしたものが三体地面から這い出て、一応友人だったこともある伊集院というやつの首から下と防衛に参加していた杏奈の足を一本噛み切った。星銀の指輪に込められた効果により杏奈は無事だったが、伊集院は即死だった。そこで過去の伊集院をそうならないように仕向けたことが功を奏したのだろう、伊集院は死ななかった事になった。
23層の防衛が終わると24層へ行けるようになり、そこは22層の六年後。老けた軍曹がいた。そこでは黒い渦から出て来た全身鎧の巨人を撃退したのだが、置き土産として長大な刀を拠点の壁に投げ刺し、それを回収したところ地上にない金属とのことでエアリスが“桜鋼”と命名したのだった。
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今俺たちの目の前には24層で会った時よりも更に老けた軍曹がいる。皺が増え、髪もだいぶ白が目立っている。
「おう、ペルソナか……。久しぶりだな」
「久しぶりです。っていうかやっぱり俺とは会ってないんですか?」
「そうだ。西野一尉もお久しぶりです」
「私は昨日も会ったのだけど、お久しぶりね〜」
「ところで軍曹、なんだか拠点の雰囲気が……」
「あ、ああ……。前回の襲撃で、隔離された百人のうち五十三人が死亡したんだ」
そう言った軍曹の表情からは絶望が窺えた。
「……一体何があったんです?」
「スラッジマンの数は減っていたんだが、動きが違っていた。これまでは走る個体がほぼいなかったのに、前回は全てが走るようになっていたんだ。それに武器もあまり通じなくてな……」
「武器が通じない? 銃器やミスリル製の武器は?」
「それは通じた。通じなかったのは地上の金属で作られた普通の武器だ」
「なるほど。相手が強くなってたってことですか」
「そうだ。そしてなんとか撃退はしたものの、その後のアナウンスで絶望した者が多くてな」
「どんな内容だったんです?」
「『半数以上が死亡したことにより廃棄が確定されました。この空間は消去されます。住民の皆様は滅びの刻をお待ちください』と」
「……ゲームオーバーってことか」
死の宣告と言えるその言葉に、隔離され生き残った人々の反応は様々だったようだ。絶望し、気力を失い、狂った。その様が脳裏に浮かんだであろうさくらは愕然としている。
「終わり……なの?」
「なあ悠人……。俺たちは一体なんのためにここを守って来たんだろうな……」
顔を手で覆うようにして項垂れる軍曹に掛けるべき言葉が、俺には思いつかなかった。
「22層の開拓民は九年間もこんなところに閉じ込められて……俺たちは期待だけさせて助け出すこともできずに」
そうだ。俺やさくらにとっては一瞬のようなものだが、この軍曹にとっては九年なのだ。この場所が俺たちの想像通り、幻想だったとしても……目の前の軍曹にとっては紛れもなく現実なのだろう。
「言っても仕方ないことだな」
諦観の中に悔恨を滲ませる軍曹に「これからどうするんです?」と、そう聞くのが精一杯だった。
「出られる者はもうほとんど外に出ている。隔離された者は……置いて行くしかないだろう」
それに対しても適切な言葉は思い浮かばない様子だ。
「さて、カフェの隊員はまだ残っているが、そろそろ脱出させないとな。ではな、悠人。それに西野一尉も」
「はい」
「軍曹……いいえ、花園二等陸曹、ご苦労様でした」
普段ならばさくらは敬礼をしようとしない。反射的にしてしまっても恥ずかしそうにしているくらいだ。それなのに今は、軍曹に最敬礼を向けていた。
男泣きの軍曹を見送り、俺たちも25層を出てログハウスに戻り、みんなにも説明した。
全員集合したリビングのテーブルの上にはみんなが見える位置にtPadが置かれている。
「それにしても軍曹ってほんと真面目だよな」
ーー そうですね ーー
「それで解決策についてなんだけど」
ーー はい。どういたしますか? ーー
「ちょ、ちょっとお兄さん! 解決策って言ってももう終わりって言われてるんですよね?」
「うん。だからできる方法で解決しないと」
「私が考えてる事と同じなら、という前提なのだけれど……その場合さっき会った軍曹はどうなるのかしら?」
「それは正直わかんない」
「そうよね……実際の未来じゃないことを祈るしかないわよね」
「うん。でもそれは大丈夫なんじゃないかなって思うんだ」
「どうして?」
「俺たちって23層、つまり“未来”では存在しているけど会ったことある人はいないみたいだったよね? それって、あの未来が誰の主観で作られてるか、ってことが影響してるのかなって。俺とかさくらみたいに22層以降に入る“鍵”を持ってる“資格者”の主観で作られてるから俺たちはあの未来では実体がないんじゃないかなって」
「……悠人君、熱でもあるのかしら?」
それはつまり俺が真面目に考えるのは変だと? まぁいい。
「例えるなら、俺やさくらが思い描いた世界、未来かもしれない、ってこと」
「仮想現実、ってことっすか?」
「かもよ? ってことね」
「なるほど。それはわかったっす。いや、やっぱわかんないっすけど」
「どうであれやることは一つしか思いつかないんだよね」
「それってつまりどんなことっすか?」
「未来を変える、もしくは創るってこと」
「具体的に言って欲しいっす」
具体的にと言われ、24層の人たちが使える武器を作ろうと思っていることを伝える。ミスリルを組み込んだ武器は効いたと言っていたしそれは地上に持ち帰られたミスリルで作られた、通常のミスリル武器だ。それならば俺が、というかエアリスが作る武器の方が性能も高いはずだ。
「なるほどね。その武器で25層では敵わなかったスラッジマンに対抗させようってことね」
「はは〜ん。そういうことっすか。でもなんで24層なんです? 22層にした方がよくないっすか?」
「んー。一応保険かな。24層までは今のままでうまくいってるからね。22層に持って行ったら23層も24層も変わっちゃうかもしれないし」
「もしかして、ミスリルで作るのかしら?」
「正解。ミスリルの武器は効果があったって軍曹言ってたからね」
「それならミスリルが大量に必要ですよね?」
「うん。そこでみんなに集めるのを手伝って欲しいんだけど……」
みんなそれぞれやりたいことはあるだろうし、やらなければならないこともあるはずだ。だからできればでいいので手伝って欲しいと伝える。
「悠里さんに任せなさい」
「任せてください! 香織もがんばります!」
「ふふん。腕がなるっすね〜」
「じゃあみんなで手分けして亀狩りよ〜!」
四人は嫌な顔一つせずに手伝うと言ってくれた。
「回収は俺がするから、倒したら集めておいてくれる?」
「わかったわ」
というわけでこれからしばらくミスリル集めをすることになった。
来る日も来る日も20層で亀を狩る。俺は狩りの合間にみんなが狩った分を回収する。その際重大な事実が判明した。なんと悠里がアイテムボックス的な魔法を使えるようになっていたのだ。生物は入れることはできないが死体なら入るらしく、狩りから帰った悠里がログハウスの前に亀の死体を山積みにしていたことでわかったことだった。本人としては隠しているつもりはなかったが、言う機会もなかったのだという。俺を揶揄った杏奈を叩いたハリセンはそこから取り出した物だったということだな。
その収納魔法、【マジックボックス】の許容量はエアリスが悠里を観察したことで判明する。収納する際にその物の体積に比例したエッセンスを消費するようで、その消費したエッセンスは収納したものを保護するために使われるようだった。ちなみに容量は今のところ限界が見えず取り出す際は意識すれば取り出せて消費がない。エアリスはそれを参考に保存袋を強化、またはもっと良いものを作ると息巻いていたので期待しておく。
それから一週間後、十月三日。ログハウス前に山のように積み上げたミスリル鉱石を精製してできた大量のミスリルインゴットを眺め、俺は満足げに頷いた。
「ところでお兄さん、これ積み上げる意味あったんすか?」
「え? ないよ?」
「じゃあなんで……」
「宝くじ当たった人がその当たったお金を実際に現金で見てみたいとか、金の延棒とか金銀財宝が山のように積み上がってるのを見てみたいとかあるじゃん? そういうやつ」
「そ、そうっすか……」
杏奈から残念なものを見る様な目を向けられるなんて初めてではないだろうか。でもそんな視線なんか気にせずスマホカメラのシャッターを押すのだ。だってこれはみんなで集めた成果だからな。誇れども恥じるものでは無いのだ。うむうむ。
「香織たち、部屋に入りきらないほどのミスリルを集めたんですね〜」
「みんなで集めたのよね。なんだか感慨深いわね〜」
「そうだね。悠人の俗物的発想のおかげで、山積みにしたのを実際に見ると実感が湧くね。それにしてもあれだけ狩ったのに亀って絶滅しないんだね」
生態系に近いものは確かにあるのだろう。しかし実際にその循環がなっているかという点については、“なっていない”と思われる。
「たぶん普通のモンスターは無限湧きなんじゃないかな」
「なるほどね。っていうか悠人、最近ダンジョンの気持ちがわかってきた感じ?」
「ダンジョンの気持ちかどうかはわからないけど、なんとなーくそんなこともあるかもしれないなーってね。よーし、写真も撮ったし作業しようかな」
ミスリルインゴットを保存袋に回収しようとするとさくらが数枚のメモを渡してきた。
「これ渡しておくわね」
「これは?」
「22層の開拓民一人一人の使える武器、使いたい武器が書いてあるわ」
「毎日狩りしてたのにこんな事までしてたんだ」
「ほとんどはマグナカフェのみんなに頑張ってもらっただけなのよね〜。今度おいしい紅茶でもご馳走してあげないと」
「あぁ、それならカレー作ってあげるといいかも。さくらのカレーはうまい」
「あら、それじゃあ悠人君にもカレー作ってあげるわね」
「25層が解決したらお願いしようかな」
「腕に縒を掛けるわね!」
堆く積み上げられたミスリルインゴットを小型化して回収し部屋に戻って作業をすることにしたが、実際に武器を作る前にさくらからもらったリストをペラペラと捲っていく。
「やっぱオーソドックスに剣は人気なんだな。あと槍も結構あるな……おっ、銃なんてものもある」
ーー 銃は不向きでしょうね ーー
「だなー。近付く必要はないかもしれないけど弾が尽きたら終わりだしな」
ーー それに銃であれば軍用のものがあるでしょうし、いざとなればそちらで融通してもらうと良いでしょう。とはいえそもそもさくら様が具現化させるものと違い、威力の減衰が著しいようですのでおすすめはできません ーー
「じゃあとりあえず、剣を50本、槍を30、残りは……斧と刀と鈍器か。棍棒とかなら殴るだけでいいけど、刀は使いこなせるのかな? それに斧だって動く相手にってなると簡単ではないと思うんだけど」
ーー 使ってみたい武器に書かれていることが多いので、憧れなのでしょう。ご主人様のように多少なり経験者でなければ耐久力を重視した棒でも持たせていた方がマシかもしれません ーー
「それなら難しそうな武器は少しでいいか」
ーー はい。では作成致しますか? ーー
「うん。頼む」
ーー 身体、および能力の使用権限委任を確認。製作を開始します ーー
体の使用権を一時的にエアリスに譲渡すると作っている光景だけ俺に見えるようにしてくれた。数が数なのでエアリスは暇つぶしに眺めていられるようにしてくれたのかもしれない。それを見ていてふと抱いた疑問を思い浮かべるとエアリスから返事があった。
(俺の体を使ってるわけだから、触った感覚もわかりそうなもんだけどな。エアリスは“夢の中でしか”みたいなこと言ってたけど、なんでなんだろ)
ーー わかりませんが、この状態では感覚が曖昧なのです ーー
(他人の体じゃダメってことか)
ーー かもしれません。しかしワタシはご主人様と一心同体と言っても過言ではないはずですのにおかしいですね ーー
(二心半同体とかなのかね)
そんな話をしている間にも次々と武器は完成していく。しかしそれらの武器の手で持つ部分、すなわちグリップはミスリルが剥き出しのままだ。どうしてかと聞くと、『個々人の手に合わせたものをあちらで作って誂えれば良いでしょう』とのことだった。
それから制作を続けついに……
ーー ふぅー。ご主人様、漸く作り終えました ーー
「うむ。ご苦労」
ーー 性能はそこそこに、できるだけ耐久性を高くしました。経年劣化への対処が不可欠だったので思ったより時間がかかりましたね。ご主人様が使っているもののように純度が百パーセントを超えるものでもなければどうしても酸化してしまいます ーー
純度が百パーセントを超えるっていうのがちょっとよくわからないが、そもそもエアリスがやることに疑問を持っても仕方ないことだ。ところで性能はどの程度なのだろうか。
ーー ちょっと切れすぎる包丁程度でしょうか。ティッシュペーパーで試してみるのはいかがでしょう ーー
「じゃあこのティッシュを上に向けた刃に落とすと……お〜、切れた」
武器製作に三日ほどかかり百人分を作り終えた。その間俺は作っているエアリスと雑談をしていただけだ。二十四時間体制でやればもっと早く済んだかもしれないが、しかしそれでは俺の身体に負担がかかりすぎてしまうということで夜はちゃんと寝る事をエアリスとみんなに強要された。あとストレス発散も必要ということで時折デモハイもしていた。
朝起きると香織が俺を起こさず眺めていたりもしていて、起こしてくれても良いのにと思っていた。しかし疲れているだろうと気遣って自然と起きるまで待ってくれていたようだった。おかげで体調は良いが肉狩りの時間が全く無かった事もあり、ミスリルを集め始めてから作り終えるまでのこの十日の間に肉がだいぶ減った。SATOにも届けたとは言えまだまだ腐る程ある事に変わりはないのだが、少しでも減った気がすると気になって仕方ない。みんなからは『病気』と言われた。
とりあえず今やる事と言えばこれしかない。
「それじゃ、ちょっと試し斬り行ってくる!」
「あっ、じゃあちょっと待って。朝の残りだけど弁当にしてあげるよ」
「おう、ありがと。悠里、なんだか奥さんみたいだな」
「……な、何言ってんのよっ」
バシッと肩を叩かれたが、機嫌が悪くなったわけではないらしい。
「……よし、できた!」
「さんきゅー。んじゃ行ってくる〜」
そう言い残して19層へと転移すると、香織も転移してきた。どうやら前回ここへ連れてきたときに星銀の指輪の転移先を御影ダンジョン19層出口に登録していたらしい。
あれ? となると三箇所のうちどれを削ったのだろう。
「今ってどこ登録してあるの?」
「えっと、ログハウスと、御影ダンジョン19層と20層です」
「そうなんだ。でも19と20を登録するなら、19じゃなくて1層の方がいいんじゃない?」
「え!? で、でも、それは……まだ心の準備がぁ」
はて? 我が家にある御影ダンジョンの1層には心の準備が必要なモンスターなんて存在してないはずだが。むしろなぜかモンスターがいないんだが。
「と、とりあえずダンジョン肉を獲りに来たんですよね!?」
「う、うん」
「それじゃあ香織も手伝うのでがんばりましょう! おー!」
「お、おー!」
なんだかやる気みたいだしいいか。
ダンジョン肉狩りのついでに剣と槍を使ってみる。剣は銀刀ほどではないが、俺のステータスならここにいるモンスターを両断する程度は問題ない出来だった。槍は使ったことがなく、適当に突いたり払ったりしていたところ、薙刀なら経験があるという香織が代わりに使ってみることになった。
「うーん。やっぱり薙刀と違って基本的に突きしかできませんね」
「でも香織ちゃんの槍捌き、すごく上手に見える」
「あはは……おばあちゃんが道場の師範なんですよ」
「へ〜。おばあちゃんかー」
「はい。今日も元気に朝練とか言ってダンジョンに潜ってると思いますよ〜」
なにかおかしなことを聞いてしまったような気がして「え?」という声が自然と出てしまった。
「大丈夫なのそれ?」
「たぶん? この間電話したときに、『ダンジョンで肉が手に入るっていうのは本当だったんだねぇ』って言ってましたよ」
「肉が手に入ってるってことは、10層以降に行けてるのか。どこのダンジョンかによっても違うかもしれないけど、御影ダンジョンの場合16層以降じゃないとドロップ率がかなり低かったような気がするからもしかして……」
「10層って言ってましたよ? 『日頃の行いがいいからかねぇ』って言ってましたね」
「そ、そっか。おばあちゃんが元気なのは良いことだね」
総理の奥さんである香織の祖母が毎日ダンジョンに通っていることに驚きはしたが、その後もたわいのない話をしたり途中で悠里が詰めてくれた弁当を二人で食べたりしながら、割とガチめに狩りをした。おかげで肉はたくさん手に入った。俺一人ならたぶん一生分あるんじゃないだろうか。
「ふぅ。このくらいでいいかな。ありがとね、香織ちゃん」
「……もうっ。いつになったらちゃんと、香織って呼んでくれるんでしょうね?」
「前も言ったけどなんか染みついちゃってと言うか」
「まあいいですけどっ!」
ぷりぷりと怒った様な仕草をするが、それほど怒っている感じはしないな。むしろ楽しいまである顔をしている。
「それじゃ帰ろっか」
「はい! またしましょうね! ダンジョンデート!」
「それを言ったら毎日ダンジョンデートだよ。『転移』」
そう言って先に転移した。
「……たしかにそうかも。でもみんなも同じだから香織はもっとがんばらなきゃ! 『転移!』」
ログハウスに戻って夕食。俺たちが出かけてすぐに悠里は夕食を作り始めたらしく、なんだかいつもより豪華な食卓になっていた。
「なんだか豪華だね〜」
「武器が完成したお祝い? 的なものだよ」
「悠里もミスリル集め手伝ってくれたしなー。なんか欲しいものないの?」
「べ、別にないかな」
ほんとうにないのだろうか? あるなら“これ”と言ってもらわないと俺はわからないんだが。しかし重ねて聞いてもないと言うし、そうなると俺ができるのは……
(エアリス、悠里の長杖ってまだ強化の余地あるの?)
ーー 悠里様の魔法を強化するという意味では現在では思いつきませんが、長杖自体を丈夫にするなり鈍器として扱えるようにするなりであれば可能です ーー
「悠里、あとで杖貸して」
「何するの?」
「ミスリルで作った剣と打ち合っても問題ない杖に改造するだけだよ。できれば逆に武器破壊する程度」
「それってもう杖じゃないんじゃない?」
「だとしても丈夫な方がいいだろ? 少し重くなるかもしれないけどさ」
「うん、じゃあ……お願いしようかな」
「おっけー」
夕食を終えてすぐに悠里から長杖を受け取って部屋に行く。
(それでだな、ちょっと考えたことがあるんだけど)
ーー はい。なんでしょう ーー
(桜鋼って使えそう?)
ーー できなくはありませんが ーー
(じゃあやってみて。だめならミスリルの余りが結構あるしそれでなんとかする感じで)
ーー わかりました ーー
悠里の長杖を改良するエアリスと視界を共有する。ミスリルのインゴットとすでに刀からインゴットにしてある桜鋼を少しだけ混ぜたりしながら実験していく。しかしミスリル単体、もしくは桜鋼単体の方が混ぜたものよりも耐久性が高いようだった。しばらくその様子を見ていると一瞬動きが止まりボディバッグから小さな瓶を取り出した。
(あれ? それはもしや)
ーー はい、リキッドメタルαです ーー
(でもそれってたぶん貴重なものでは?)
ーー し、しかしこのままではワタシが無能であると証明してしまうことに……っ!! ーー
(いやいや、そんなことにはならないでしょ。でもいいの? そんな貴重なもの使っちゃって)
ーー やるしかないじゃないですかっ!! ーー
(どうしてそこまで……)
ーー 強いられているんです!! ーー
(お〜。懐かしいねそのセリフ)
ーー はい。最近こっそりと見まして、是非使いたいと思っていました ーー
(まぁ確かに無理矢理使った感は否めないけど)
ーー それで、使ってみてもよろしいでしょうか? ーー
(うん、いいよ)
了承すると、エアリスは嬉々としてリキッドメタルαを一滴、小さなミスリルと桜鋼の合金に垂らして混ぜる。それをミスリルの剣で叩いてみると、先ほどまでは砕けたり傷がついたりしていた合金が、刃を弾くようになっていた。更に桜鋼と長杖を混ぜていくと、耐久性が高い合金の塊ができあがった。
ちなみに現状少量しかないリキッドメタルαは最初の一滴で間に合った。普通に考えて性質が謎だが、深く考えたらダメな気がする。わからない事を考えてもわかるはずがないからな。そういうのはエアリスにお任せする。
(ところでエアリス、長杖自体を混ぜてどうするんだ?)
ーー あっ……手頃なミスリルがそこにあったのでつい……。だ、大丈夫です、まだ助かります ーー
(まだ助かる?)
ーー はい。まだ助かります ーー
(……まだ、たすかる?)
ーー はい。まだ、たすかります ーー
(このネタを知らないのか。まだまだだな。マダガスカルに辿り着けるように精進しなはれ)
ーー 後ほど調べておきます。それはそうと、この塊で新たな長杖を作ってしまえばいいのです ーー
またエアリスの作業を眺めていると、金属の塊は姿を変えていく。以前はただの棒の先端に虹星石がついているといった簡素なものだった。しかし今形作られようとしているのは……
(これって、木?)
ーー はい。世界樹から削り出された杖はすごい、とインターネットで見ましたのでそれらしい形に、と思いまして。質感も寄せていこうかと ーー
(なるほどねー。それにしても急にファンタジー感溢れるフォルムだな)
ーー 持つ部分は悠里様の手に馴染む形に、長さは身長よりも高く、虹星石は木を曲げて渦のような形にした部分の中心に……そして仕上げは全体に木の質感を……完成です! ーー
(なんか、熟練の魔道士っぽい人が使ってそう。それにこれ虹星石も混ぜてあるのか。エッセンス込めて殴ったら痛そう)
ーー 良い仕事、したと思います……! ーー
それを悠里に持っていくと、目をキラキラさせていた、ように見えた。ネットのノリを卒業し落ち着いた大人の雰囲気を醸し出し始めていた悠里をして、このいかにも魔法使いといったような杖には胸が熱くなるらしい。
悠里の能力は【魔法少女】だ。つまり魔法使い、ウィザードみたいなもんだろう。それで物理的に、おそらく今の俺が持つ銀刀とエリュシオンが逆に刃毀れを起こしそうな杖を手に入れたわけで、それは悠里が“殴りウィズ”になれるという事だ。過去にプレイしたネットゲームでは、一時最強のスタイルだった。悠里もそうなったらおもしろいなと少し期待していたりする。
ソファーに座っていると嬉しくなってしまったらしい悠里の凶器が牙を剝く。
「わあ〜……ありがと悠人〜!」
「おわっぷ! いきなり抱きつくな! やばい! 窒息死ぬ!」
「ふぅん……? じゃあお礼に死ぬほど抱きしめようか?」
「いやいいです……今ので充分すぎるほどご褒美なんで。ところでそんな強気な発言をした悠里さん? 顔が赤いですね?」
「!?」
「ほんと悠里さんって素直じゃないっすよね〜」
ここぞとばかりに杏奈が乗ってくる。しかし余計な事は言わない方が良いと思うんだよな。だって——
「まあそんなところもかわいぐぇへっ」
こうなるからな。
杏奈の軽口に悠里の反射神経が火を吹く。収納魔法から取り出されたハリセンは今日も気持ちの良い音を響かせた。
ーー 収納魔法、やはり便利そうですね。これは腕がなりますね! ーー
エアリスも気合が入っているようだし、そちらにも期待したい。
読んでくださりありがとうございます。