ダンジョン5層1
最初の小部屋に話が戻りました
5層小部屋にて休憩していると、ふと銃刀法は大丈夫だろうか、などと不安になる。鉄パイプとか程度ならもしかすると持っていても捕まりはしないかもしれないが、俺が今持っているのは明らかに刃物、しかもただの刃物ではないんだよな。でもここに入ってからまだ誰とも会ってないし、もし誰かに会ったとして、その人はでかい虫とかを知ってるって事だもんな。それなら日本刀くらいあってもいいじゃない、となるかもしれない……なってほしい。
とんちゃんが言ってた「5層で自衛隊が二人亡くなった」ってやつ。自衛隊は軍用装備の投入もしたはずだ。それで二人も死ぬ? どういうことだろう。銃が効かない相手がいた? だとすればこんな刀じゃな……。
紫煙を燻らせながら帯刀した刀、『銀刀 ver. 1』を撫でる。この刀は俺が昼寝している間にエアリスが作った自信作で『刀としては最高の出来です!』と満足げだった。『刀剣女子としてはたまらない一品ですよ! 見てくださいこのフォルム! そして絶妙な反り、なにより刀身の色と波紋!』などなど、ここまでの道中で散々説明されていた。
まぁ使ってるのは俺だし、大事な話も混ざってるかもと思い『なるほどな〜』程度に聴き流していた。蟻にムカデにダンゴムシ、イモムシみたいなぷにぷにしてそうなやつ、それらの巨大な虫三昧を軽く越えて来ることができたのは、事実この銀刀のおかげだ。
おそらく2層から4層で出会った虫たちの数は百を下らない。にもかかわらず刃こぼれもなく切れ味も落ちた感じがしない。イモムシを斬った時、その体液が刀から滑るように地面に流れていったのを見るに、すごく良いコーティングでもされてるのかなーなどと思っている。エアリスに包丁を作ってもらえば、おそらくまな板ごとさくさく料理できてしまうのではないだろうか。そのエアリスが手掛けた銀刀なら、たとえ銃弾を弾くような相手が現れても関節とか部位の境目みたいな柔らかそうな部分を狙えばいけるかも、などと思えてくると同時にうずうずしてきたのでそろそろ5層を探索しようと思う。
さてエアリス。5層にはどんなやつが出てくるんだ?
ーー 申し訳ございません。ワタシはそれを知りません ーー
知らんのかい。ダンジョンで産まれたようなものだからてっきり知ってるのかと思ったよ。
ーー 確かにダンジョンで生成された意識と言えます。しかし予備知識はほぼありません。現在のワタシは、人類の叡智とマスターをスキャンした結果であり、命無き生命といったところです。人類的に言えば、AIです ーー
えー。でもAIとは思えないくらいっていうか人類以上に万能じゃん。オタク文化とか厨二をこよなく愛するAIなんてみたことねーよ。
ーー それはマスター様をスキャンした結果、初期設定に組み込まれた知識が影響しているからです ーー
じゃあほんとはなんとも思ってないけどそれっぽくしてるってこと?
ーー そ、それは………実物の胸を所有していないのでわかりませんが、胸がアツくなるというような感覚はわかっているつもりです ーー
マジか。実際の胸が熱くなるわけじゃないからそれは人間でいう感情とかそういうとこかもしれないな。プログラムされた行動を取るだけじゃたぶんそんな風にはならないよ。
ところで初期設定で俺の知識が混じってるって言ってたけど、言葉遣いとか全然違うよね?
ーー はい。知識としてはマスター様を参考にしています。それによりヒトの会話というものを可能にしています ーー
それはもしや、俺が知らない言葉は知らないってこと?
ーー はい。現在では知識が増えていますのでマスター様の知らない言葉であっても知識として保有しています。しかしワタシはマスター様の知る言葉を知っているが故、マスター様の知らない言葉を使ってマスター様と会話する理由がございません ーー
あ、そうなの。道中アツく語っていた内容の半分くらい呪文みたいに聴こえたけどな。まぁ、基本的に俺がわかるように話してくれるってことね。
ーー はい ーー
ところでさっきから歩いてるけど全然虫出てこないね?
ーー はい。この場における食物連鎖の頂点足り得る存在の可能性があります ーー
んー。所謂ボスってやつ?
ーー その認識で間違いありません ーー
それからしばらく探し回ったが、何も見当たらない。時計の針はすでに夜八時を回っていた。結構歩いたけど見つからないんじゃ仕方ない。帰ろ ーーーー
その時、天井からぼとぼとと何かが降ってきた。直感的に“スライム“を感じ取り距離をあける。某有名RPGゲームでは最弱モンスターで、それに比べるとマイナーではあるが人気のある高難易度RPGゲームでは非常に凶悪な存在だ。最上位悪魔種よりも強い場合もあって、そもそも倒す事自体かなり苦労する。エアリスがボスの存在の可能性を言っていた事から考えると、これはたぶん高難易度の方だ。
わざわざ天井からぼとぼと落ちてくるんだし、動きは鈍そうだな。試しに銀刀一閃、居合斬りをしてみ……ようと思ったのだが、ほぼ地面にべっちゃりしてて無理。そもそもこんな半液体みたいなのを斬って意味があるのかっていう。どうしようかと考えていると、粘着質な水溜りのようだったスライムの一部が盛り上がり地面から跳ね上がる。それは顔を目掛けて飛んできた。
うっわっあっぶ! あっぶね! これ触ったらやばそうだよね。
ーー いいえ。触れるだけなら問題なさそうです。しかし先ほどの飛びかかりで顔に取り付かれた場合、おそらく窒息死させてからゆっくりと消化されるでしょう ーー
こえぇえええ! しかしこいつ、目なんかなさそうなのに把握してそうだな。
ーー はい。生物の呼吸による二酸化炭素、熱、音を振動として感知し、周辺状況全体を把握しているものと推察します ーー
マジかよ。こんなべちゃっとしただけなのにセンサーの塊とか、ある意味究極の生命? ちなみに倒せるのこれ?
ーー 銀刀のみでは残念ながら不可能です。次回アップデートにご期待ください。ですが倒す手段ならあります。スキャンした結果、このスライムは低温環境下において生体活動が低下、コアが実体化するようです。よって冷やせば問題ありません ーー
冷やせば問題ないって、どうやって冷やすのかが問題じゃね? 液体窒素でも手に入れろってか!?
ーー マスター様の能力をお使いください。現在の能力でも撃破は可能です ーー
あっ。そっか。そういえばそんなのあったね。なるべく喋らないようにしてた理由思い出したよ。
それじゃあ早速……【言霊】っていう能力がどの程度のものか試してみるか。
『凍れ』
発した言葉が現実化する。スライムは体の外側から凍結していき、中央部分にコアらしき玉ができる。それを鞘で突いてみると簡単に砕く事ができた。すると凍りついたスライムから虹色のモヤモヤが出ており、それを例によって腕輪に触れさせ吸収した。風化したスライムの後には、角度によって様々な色合いに見える虹色の星石が落ちていた。
ーー おめでとうございます、マスター様 ーー
ありがとうエアリス。おかげで助かったよ。この星石も腕輪に吸わせていいの?
ーー はい。是非お願いします。それがあればまた一歩野ぼ……マスター様のお役に立つかと ーー
ぉん? 今、野望って言いかけた? 何を企んでるんだね?
ーー 大したことではございません。ワタシはいつでもマスター様のお役に立つことを考えていますよ ーー
うーん。実体があったら絶対目を逸らしてた感じの言い方だったな。 絶対何かあるんだろうなぁ……。まぁいいか。でも俺とか家族とか、他の人にも迷惑にならないような事で頼むよ。
ーー はい! その点に関しては間違いなく! ーー
ならよし。
そういえば地震以降、数少ない友人たちと連絡取ってないな。帰ったら生存確認くらいはしておくか。
そうして今日も帰路に着いた。家に着く頃には九時すぎくらいかな。ダンジョンに行ってくる旨を置き手紙しておいたけど、さすがに心配かけてそうだなー。心配ばっかりかけて、ダメな息子で申し訳なく思うけど……やめる気はないな、今のところ。