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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
4章 うつろう世界でものんびりしたい
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22層開拓民


九月一日


 先日の大規模アップデートで実装された“探検免許”という新要素を何もせずに取得してから一週間ほどが経った。実地試験の見届け人依頼という名のクエストはまだない。

 一方、雑貨屋連合は今やダンジョン攻略者、最近“探検免許”ができたので“探検者”かな? ともかく有名人であり、有り体に言えばランカーとかそういうものだ。その容姿や慈善活動の様子が放送されることも相まってなかなか人気がある。そんな雑貨屋連合は実地試験の見届け人として各地を回るクエストがあり、出発は明後日とのこと。それを聞いた俺はチビの首輪に付けた【忠義の随行】 の“主人のもとへ転移する”という効果を元にしたアイテムがあるといいなぁと思いエアリスに相談してみた。



ーー なんだかゲームの説明をしているように見えますね? ーー


 (最近そういうゲームに飢えているんだ。許してくれ。それにゲームに置き換えた方が俺にとってはわかりやすい)


ーー なるほど。せめて脳内だけでもゲームとして見てしまいたいのですね。近頃忙しい毎日でしたからね ーー


 と、まぁそんなことはさておき。



ーー なるほど。ではご主人様は皆様がいる場所へ転移できるものをご所望なのですね? ーー


 「うん。みんながみんなが今いる場所に行けるやつ。できるかな?」


ーー そうですね……虹星石のストックは十分ありますので可能かと ーー


 「じゃあどういう風にするかは任せるよ」


ーー わかりました。作業を開始してもよろしいですか? ーー


 「うん、頼む」


 例によって俺の身体はエアリスによって操作される。俺の口は高速詠唱でもしているかのように動き、腕や手はその対象を導くように動く。


 そうして出来上がったのは、虹星石でそれぞれの名前を象ったものと“R”の形に整えられたものを嵌め込んだ腕輪だった。ただしさくらだけは“桜”としている。ダンジョンで最初にモンスターを倒した時に得られる腕輪からエッセンスを引き出すこともできるようになっているので、指輪のように使用に必要なエッセンスを貯めるための母星は必要ない。しかし使いすぎに注意する必要はあるようだ。


 「どうやって使うんだ?」

 

ーー 転移する対象の名前に触れ、あとは星銀の指輪と同じ要領です。慣れれば触れずともできるかと ーー


 「暴発しないかな? トイレとか風呂に特攻することになったら大変なんだけど」


ーー ……それは考慮していませんでしたが、これを双方が着けていなければ転移できませんので、問題ないでしょう ーー


 「ちょっと不安だけど、まぁいいか。じゃあこの“R”っていうのは?」


ーー 転移前の場所へ戻ります ーー


 「Returnかな? 確かにこれがあった方が便利そうだね」


ーー ただし、R以外に転移する際に使用した場所が自動で登録されますので転移をせずに登録することはできません ーー


 「ふむふむ。自由度は下がるけど消費が減ったり?」


ーー はい。そうした方がエッセンスの節約になるのでそうしました ーー


 「消費って結構多いの?」


ーー はい。特定の場所へ転移する場合と違い多くなります ーー


 「わかった。いつも良い仕事するよねエアリスは」


ーー ワタシはできる女ですので ーー


 「久しぶりに聞いたような気がするな、それ」


 夕食後にその腕輪をみんなに渡して説明をすると、いろんな反応が返ってくる。


 「これはいつでもお兄さんに襲われちゃいそうっすね〜」


 「あら、私のところにも来てくれるかしら?」


 「杏奈やさくらのところじゃなく香織のところに来てくださいね!」


 まったく、相変わらずみんなは俺を揶揄う冗談がお好きなようで。


 「う〜ん、そういう意味じゃないんだけどなぁ。それはともかく結構エッセンス消費が多いらしいから使いすぎに注意なのは星銀の指輪と変わらないってさ」


 「……いつも便利なものもらってばっかりだね」


 悠里だけか、普通の感想を言ってくれるのは……と思ったのだが、なんかみんなの雰囲気がさっきと違って真面目なものになったような。


 「そうっすねー。あたしなんてまだなんの役にも立ってないですからねー。貰いっぱなしですよ」


 「香織もです」


 「ん〜。みんな悠人君にいろいろシテもらってばっかりで何もご奉仕できてないものね? 私を含めて」


 「言い方がアレ。でもさ、みんながいないとログハウスはこんなに快適になってないし、俺なんてどうなってたかわかんないよ? ダンタリオンの件もあるから。それに……何か貰うと気まずくなっちゃうんだよね」


 「気まずいのはわからなくはないけど、今の私たちがそれを感じてるかもしれないわよ〜?」


 さくらの言葉にコクコクと頷く雑貨屋の三人。確かに、考えてみればそうなる、のか? でもなー。俺がみんなの服を補強したり武器を強化したり便利なアイテムを作ったりするのは、もはや趣味みたいなもんだしな。


 「う〜ん。このメンバーはそういうの気にしないでほしいなー。何かをしてあげて対価を受け取るとか、そういうつもりでしてるわけじゃなくてさ。少なくとも俺はそういうのを求めてるわけでもないし。とか言って設備にお金かけてくれたりコネのパワーを最大限使ってくれてるのもあるから、むしろ俺が貰いすぎなくらいだよ」


 心中を晒してはみたものの、納得いっていない表情をする女性陣の皆様。特に悠里はなぜだか俯いて頬を膨らませているように見える。香織や杏奈と比べると大人っぽいのに、そういうとこあるんだな。


 「悠里はね、悠人君がそういう風に思ってるだろうなぁっていうのを知ってたのよね?」


 「うん」


 ま、悠里は付き合い長いしな。でもそのせいで困らせちゃったってことか。でも俺が勝手にやっていること、ある意味押し付けているとも言えなくもないと思っているし、ほんと気にしなくていいのに。


 「食器洗いながら悩んでる悠里、かわいかったわよ〜? ゲーム買ってあげようかなって言ってたわよ?」


 「え? マジ? それはほしいかも」


 さくらがそんなことを暴露する。こういうのって本当は知られたくない事なんだろうなとは思うが、これは間違いなく俺に対するナイスパスな予感がしたため、ちょっとおねだりみたいな事をしてみようと思った。

 結果、アドリブだったがうまくいったようだ。


 「じゃ、じゃあ今度買ってくるよ」


 「悠里のおすすめってことだな。楽しみにしてるよ」


 「香織も一緒に買いにいく!」


 「あたしもいきます! お兄さんと格ゲーしたいんで!」


 「いやぁ……格ゲーは俺無理っす。弱いんで」


 それに杏奈、有名な大会に出るくらいの実力者なんだろ? そんなのを相手にしろとか無理ゲーすぎるだろ。第一、実力がかけ離れすぎてて杏奈が楽しくないんじゃないか? ……いや、もしかすると虐めて楽しむサディストな気質を持っているとか……? とにかく格ゲーはご遠慮したい。


 「え〜。じゃあやっぱり……カラダで?」


 「相変わらずブレないなー」


 「杏奈はむしろカラダでご奉仕したいのかしら?」


 「否定はしません!」


 「そこは否定すべきところだと思うんだ」


 冗談だろうが、思わず真顔でツッコミを入れてしまう。でもおかげでちょっと暗かったような雰囲気はいつの間にか薄れているし、杏奈ってムードメーカーの才能あるかもな。その解決方法が下ネタっていうのがちょっとアレだけど。

 その後、俺は気兼ねすることなく平和な日常であればいいなぁと思っている事を伝えた。ある意味その価値観を押し付けている部分はあるが、もしも俺の“能力”をお金のやり取りで解決するようになってしまったら、この関係は変わってしまうかもしれず、それが怖いと思うし今そうなっては楽しくなくなるかもしれないと思う。という事も伝えた。

 それでもまだどこか不満の残った顔をしているみんなに、無理のない範囲でなら受け取る努力をがんばると言うと、これまた渋い顔をされた。自分勝手ですまないなぁと思うが……こういう話は胃と頭が痛くなるタチなのだ。


 最近できた“迷宮統括委員会”とやらに、もしも俺のできることがバレて、装備とかアイテムの依頼が来たとする。その場合は、しっかりとぼったくろうとは思ってるけどね。そもそもバレないようにしたいところだけど。



 露天風呂にチビと一緒に浸かっていると、今日も今日とてうとうとしてしまう。背後の気配に目を覚まし振り向くと一糸纒わぬさくらがお湯に浸かっていた。いろいろ見えてしまった気がするが全速力で向き直り、背を向けたまま話す。


 「さっそく腕輪を使ってみたけど、うまくいったみたいね?」


 「……うまくいきすぎでしょ〜。びっくりしたよ」


 「うふふ〜。それなら大成功ね」


 「それで? さくらお姉さんは一体なにをしにこんなお湯の中へ?」


 「悠人君の裸を見に?」


 俺、覗きとかって男がするもんだと思ってたんだよ。でも今思うと、異性の裸を見た時の女性のリアクションの方が生々しいというか……欲望に忠実そうな言葉を聞く事が多かった気がするな。大学の講義の時なんて、ダビデ像の写真に対して……いや、そんなことはいいか。

 どうやらさくらの乱入に心が乱されて現実逃避していたようだ。


 「あんまりからかわないでよ……」


 「あらあら、どきどきしちゃうのかしら?」


 そりゃするよね。だって背後に綺麗なお姉さんが裸でいるなんて、ドキドキしない方がおかしい。

 それはともかく、普段から悪戯心をちょいちょい出してくるさくらとは言え、俺をドキドキさせるためだけに来たとは思えないんだよなぁ。


 「ってかそれが本題じゃないよね?」


 「そうねぇ。悠人君は、見せないようにしてるみたいだけど、あまり人間関係とか人付き合いが得意じゃないのね?」


 「まぁ……控えめに言って苦手かなぁ。がんばってはいるんだけどね」


 「……そんなに怖がらなくても大丈夫よ?」


 なんだか見透かされたような気分だ。それに対して何か言わないと、そう思ったがうまく言葉にならない。


 「……なんだろう。うまく言えないや」


 するとさくらは背後から抱きかかえるようにして頭を撫でてくる。普段はゆるっとした服装や逆に締め付けが強そうなボディスーツ姿しか見ていないので、案外大きい……いやいやそうじゃなくて。


 「さ、さくらさん!? いろいろ、当たってるから!」


 「ん〜? 当ててんのよ? よしよし〜」


 「そんなに頭撫でたらもっと当たる……それに子供じゃないんだから」


 「あらあら。子供じゃない悠人君は別のところを撫でて欲しいのかしら?」


 「そういうことじゃあなくてね!?」


 お姉さん、僕だってね、あんまりからかわれすぎると怒るんですよ? 怒髪天を衝くですよ? ナニが天を衝くとは言わないがね。それに実際のところお姉さん的存在のさくらに対してそんな度胸はないけどね。


 「うふふ。元気が出たみたいね。じゃあユウトニウムも補給したし、私は戻るわね〜」


 そう言うなりさくらは転移で戻っていった。星銀の指輪での転移だとしてもエッセンスの消費はあるんだから無駄遣いはしない方がいいと思うんだけどなぁ。でもまぁ、おかげでちょっとは元気でたかな。

 さくらのいなくなったお湯に浸かりながら、彼女が言っていた言葉を反芻する。


 「……怖がらなくてもいい、か」


 「くぅ〜ん?」


 「よし、チビ、そろそろ上がるか」


 「わふ!」


 チビを乾かすのも慣れたものだと思っているとエアリスが話しかけてくる。


ーー ご主人様 ーー


 (どうしたエアリス?)


ーー 近頃皆様がご主人様を刺激してくださるので、ワタシ、夜のメンテナンスが捗ります ーー


 (お、おう。それはまぁ、なんというか……よかった、のかな?)


ーー はい。とてもとても ーー


 俺はおかげで変に滾ることがなく過ごせているからいいのだが、エアリスにとってメリットがあるのだろうか。わからないが、気にしても仕方ないことか。


 今日もデモハイで一日を終える。

 最近毎日ゲームライフで楽しいな。いやーほんと、みんな俺に付き合ってくれてありがとうございます。そう心の中でつぶやき、香織がプレイする悪魔を眺めながら眠りについた。


 翌朝目を覚ますとベッドに腕と顔を載せている香織と目が合った。寝顔を凝視されていたかもしれないと思うと、なんかすっごい恥ずかしい。


 「おはようございます、悠人さん」


 「う? おはよう……」


 「ぐっすりでしたね?」


 かもしれないではなく、凝視されていたらしい。


 「ほっぺたツンツンしても全然起きませんでした」


 そそそそんなことしてたの!? はずかちい。


 ところで香織はいつ寝ているのだろうか? そんな疑問を抱えつつ、笑顔の香織に手を引かれリビングへと向かった。

 もうみんな起きており、朝食を食べ始めるところだった。俺もいつものように席に着き朝食を食べる。食べながら、雑貨屋連合の実地試験の予定がもう1件増えたらしく出発するのが今日になったということで、昨日のうちに腕輪を作っておいてよかったと思う。

 具体的な実地試験の内容を知らないと思い悠里に質問してみる。


 「実地試験ってさ、どんなことするの?」


 「受験者とダンジョンに入ってモンスターを倒させる感じだよ」


 「え? 試験っていうから倒せるかを試すのかと思ってたけど違うの?」


 「実際は試験っていうより研修みたいなものみたい。腕輪を手に入れることが一番の目的なんだってさ」


 そりゃそうか。そもそも免許を持っていることを前提にダンジョンを開放する形になるのだから、いきなり試練を与えるわけないよな。そうなると面接を通ることはほぼ合格ということか。


 「悪いことに使いそうな人とかを面接官をしてる犯罪心理の専門家とか警察の中の専門家とかが弾くようにしてるんだって」


 なるほどな。たしかに最初から悪い事をしようと思って、探検者になれば強くなれるみたいな感じなら犯罪者を育てることにしかならないもんな。いろんな能力があるんだから、そういうのがわかっちゃう能力もあったりしないんだろうか?


 「そうだね。もしかしたらそういう能力を持ってる人もいるかもね」


 だよな。悪い事をするための方法なんて、考えればキリがないのに、ある意味お手軽な方法が目の前に転がってるようなものだからな、今の状況。それに対抗できる能力もあってもおかしくないよな。


 杏奈は「お兄さん」と俺を呼ぶ。なんだろうか。


 「それならお兄さんの能力も使えるんじゃないっすか?」


 「え?」


 「だって命令できるんでしょ?」


 盲点だった。モンスターを相手にすることばかり考えてたし。でもそうなると俺の能力【真言】って……すごく犯罪向き? う〜ん。もしも俺の能力がバレたら、そんなつもりがなくても犯罪者、または犯罪予備軍みたいな目で見られてしまうかもしれない。数々の異世界ラノベを読んではきたが、どうして主人公たちは仲間内であっても自分の能力を秘匿しようとするのかと疑問に思う事も多かった。その疑問が今、晴れたかもしれん。

 でも逆に良い方向で使えば……


 「ってことはだ、善人か悪人かまではいかなくても、今そうしようとしてるかどうかがわかるような効果があるアイテムを作れたら……」


 「……それができたらすごいわね」


 テーブルに置かれたtPadに『アイテムに付与した効果を使うのであれば腕輪取得後ならできると思いますよ?』という文字。しかし取得後か。取得してすぐは浮かれてそんなことも考えたりするかもしれないが、その後落ち着いて変な考えはしないようになるかもしれないしなぁ。逆に取得直後は問題なくても、その後ダークサイドに堕ちることもあるかもしれないし。

 やはり取得前にわからないとだな。直接【真言】で問い質す事くらいはできそうだが、そんなことが知られれば俺のキャパシティオーバーは必至だ。


 話題は変わり先ほど作ったアイテムに移る。


 「この腕輪があれば、遠くにいてもすぐに悠人さんのところに……ログハウスへ戻ってこれますね」


 「そうだけど、燃費はよくないからね?」


 「必要経費ですよ」


 結構消費多いって伝えたはずなんだけど……。雑貨屋連合はこれから実地試験の監督として各地を飛び回ることになる。その各地からこちらへ戻る事はできるが、毎日と言うわけにはいかないんだが、それだけのエッセンスの消費が必要経費の一言で済ませられるのか。まぁそれってつまりログハウスがそれだけ居心地の良い空間ってことだよな、俺としては嬉しい限り。


 「ところでこの腕輪に名前ってある?」


ーー 特にはありません。 ーー


 「んー。せっかくだしあった方がいいよな」


ーー では『メイトブレスレット』というのはどうでしょう ーー


 「友達の腕輪とかそんな感じ?」


ーー はい ーー


 「いいと思います!」


 「あたしもそれでおっけーでーす」


 特に反対も出ないので『メイトブレスレット』で決定ということに。


 雑貨屋連合が探検免許実地試験官のお仕事に出発するために荷物をまとめに部屋へ戻り、すぐに戻ってきた。俺が一緒に行くわけでもないので小型化して荷物を持ち運ぶ事ができないことから大荷物になると予想していたが……


 「あれ? バッグひとつ? 荷物それだけ?」


 予想に反して三人とも着替えが少ししか入らないであろうバッグひとつだけしか持っていなかった。


 「現地に着いたらすぐに戻ってきますね!」


 「使いすぎると腕輪のエッセンスなくなっちゃうよ?」


 「大丈夫です!」


 「ほんとに大丈夫かな〜」


 三人は転移でマグナカフェへ、そこから迎えの車で移動するようだ。さくらは先んじてマグナカフェへ行っており、三人を送り出したら戻ってくると言っていたのでそのうち戻ってくるだろう。


 「どうしたチビ。寂しくなっちゃったか?」


 「わふ……」


 「そうだなぁ。でもすぐ帰ってくるって。さくらはまだ帰ってこないみたいだし、散歩にでもいくか?」


 「わふ!」


 狩りのつもりはないのでいつもの装備らしい装備ではなくラフな格好だ。むしろこの服を狩りにも使えるようにした方がいいだろうか。それはともかく銀刀は念の為持っていく。

 チビの足が向かう方へとついて行くと、22層の入り口がある泉の側の石碑の前に来た。チビはおすわりしている。


 「22層に行きたいのか?」


 「わふわふ!」


 「前回見たときは何もなかったし、モンスターも少なかったし危なくないかもしれないな。よし、いくか」


 石碑に触れゲートを開き通り抜けると、そこは以前とは景色が変わっていた。2×4工法と思われる小さい建物が数軒建っていて、自衛隊や探検者と思われる人が何人もいた。おそらくさくらが22層に初めて来たときのことを報告したため、比較的安全と判断されたことで拠点でも作っているようだった。


 ふと“大いなる意志”が言っていたことを思い出す。22層からは“幻層”、何が起きるかわからなそうなことを言っていた。そんなところに拠点を作って平気だろうか。


 よく見ると新人からベテランまで、男女比率は半々といったところで、女性の探検者は案外多いのかもしれないという印象を持った。ダンジョンができてすぐの時期に不明となった人の多くが男性だったことも影響しているのだろうか。キョロキョロとしていると、暇そうにしていたタンクトップ姿の細マッチョな男がこちらへやってきた。


 「見ない顔だな? お前さん新しくここに来た探検者か?」


 「来たというのは、住むという意味で?」


 「そうだが? それ以外に今はここに入ることはできないはずだが」


 「そうなんですか。知りませんでした。それじゃ、俺はもう帰るんで。いくぞ、チビ」


 「え? ってなんだそいつ……狼か? でけぇ……もしかするとこいつは、マグナカフェで聞いた狼か?」


 「カフェで何か聞いたんですか?」


 「あ、あぁ。もし人よりもでかい銀色の狼がいたら絶対に攻撃するな、ってな」


 「それってマグナカフェにいる隊員さんですかね?」


 「そうだ。ってことはその狼で間違いないのか?」


 「たぶん間違いないと思いますよ」


 「そ、そうか。じゃ、じゃあ気をつけて帰れよ。まあそんな狼がいれば問題ないかもしれないがな」


 ログハウスに戻るとさくらが戻ってきていたので22層の話をしてみると「話し忘れてたのよね〜」と言っていた。


 「それであの人たちはなんなの?」


 「マグナ・ダンジョン地上に22層への入り口ができたって言ってたじゃない? そこの入り口って、大きな車はとても入れないけど、少し広めなのよ。それで資材を運び込んで拠点を作ろうとしているらしいわ。22層開拓民っていう肩書きでね」


 「開拓民かー。でも22層に拠点なんて作ってどうするつもりなんだろう?」


 「ダンジョン資源を集中的に探すつもりなんじゃないかしら」


 「20層じゃだめなの?」


 「20層は鉱石類が亀からしか期待できないからだと思うわ。それに以前より強いモンスターが現れたこともあって、22層の方が安全とされているらしいわね。何か問題でもあるの?」


 「うーん。問題というか、不安があるというか。あんまり22層を舐めない方がいいと思うんだよ」


 そう言うと思案げなポーズのさくらはすぐに考えに至ったようだ。


 「そうねぇ。“大いなる意志”が言っていたことも気になるものね」


 「そうそう。天使、悪魔、ドラゴン、精霊って、まるっきりファンタジーじゃん。ゲームに出てくるような単語のオンパレードだよ。しかもそれって現実にそんなのがいたらって考えると、普通の人間じゃどうしようもないことの方が多いと思うし」


 「私も慎重に事を進めた方がいいとは進言したんだけどね、聞き入れてもらえなかったということかしらね」


 「何も起きなきゃいいけど」


 俺の発言に対しエアリスがtPadで参加する。


ーー ご主人様、それはフラグというやつでは? ーー


 「フラグは回収されるものだもんな。うーん。何か起きそうだな」


ーー はい。何事もないはずがありません ーー


 「かと言って現状どうすることもできないしなー」


ーー そうですね。下手に介入することの方が問題になるかもしれません ーー


 「今は静観するしかないわね。ところで今日はどうするの?」


 「20層と21層で肉とかミスリルとか集めたいかなー」


 「じゃあ私もご一緒しようかしら」


 「じゃあ昼ごはん食べたら行こう」


 「わかったわ。今日は森と草原デートね」


 デートではないと思うけどと思っているとそれが顔に出ていたのかどうか、さくらが『うふふ』と笑う。掌の上で転がされているような感覚というか、そういう感じがしてしまう。


 21層の森を歩く。俺は索敵で感知したモンスターの場所をさくらに知らせながら、こちらに来る相手は銀刀で対処する。森の中、遮蔽物が多い場所なこともありさくらはナイフと拳銃を使っている。


 「ひゃー、うまいもんだね」


 「最近訓練なんてまるでしていなかったけど、ステータスのおかげかしらね〜」


 「モデルガンなら30発くらい入りそうな大きさだけど、それって何発装填されてるの?」


 「10発よ。エアガンと実銃じゃ違うもの。ちなみにこれの弾薬は9パラって言って……あっ、9パラっていうのは9㎜パラベラム弾のことね。それでね……」


 スライド部分に桜のマークが刻印されたその拳銃を見せつつ、飛びかかる兎を撃ち落とし或いはナイフで迎撃しつつ説明を始めるさくら。薄々気がついてはいたが、銃マニアだった。


 (まぁそれもそうか。わけわからん銃を設計しちゃうような人だもんな)


ーー ワタシもダンジョンで使える銃を作れるようになれば、今以上にマスターのお役に立てるでしょうか? ーー


 (銃なんて触った事もないからいらないよ。触った事あるのなんてせいぜいエアガンとか電動ガン程度だし)


ーー なるほど。ではその感覚で撃ち出せるものであれば使用できる、ということですね? ーー


 (いやいや、いろいろ問題になりそうだからやめとこうね。自重は大事だよ?)


ーー マスターの命には代えられませんので ーー


 (う〜ん。エアリスは小学校の自由工作感覚でとんでもないものを作りそうで不安だ……)


 さくらの銃愛を軽く受け流しつつ森を抜け、そのまま20層へ到着した。以前倒して今はログハウスの玄関に敷かれている毛皮になったライガービーストは見当たらないが、亀とインパラのようなモンスターがちらほらといる。さくらは自らの能力である【万物形成】により作られた“リニアスナイパーライフル”を手に持っている。3発入っているマガジンをライフルへ、必殺の威力を誇る単発マガジンを腰に付けたホルダーに入れている。


 こういった広い場所ではさくらは無双だ。相手が近寄る前に倒すこともできるし、逃げる相手も今のさくらならば当てることは容易い。俺のやることといえば、さくらが倒したモンスターの回収と道すがら亀を倒していくことくらいだ。インパラのようなモンスターを回収していると角や毛皮の他に牛肉をドロップした。


 「インパラって牛なんだっけ?」


 「見た目は鹿にも見えるけれど、ウシ科だかウシ目じゃなかったかしら? 日本にも天然記念物のカモシカっていう動物がいるでしょう?」


 「あー、たしかに。でも牛の肉っていうのがなんか変な感じだよね」


 「そうね〜。インパラの肉じゃなくて、牛の肉なのよね」


 なぜ牛の肉がドロップするのかはっきりとはわからないが、もしかしてダンジョンがこちらを忖度している? いやいや、まさかそんなわけないよな。


 「実際インパラの肉がドロップされるよりも扱いやすいからいいけど」と言うと、さくらはうふふと笑いながら「そうね」と言っていた。


 できるだけエッセンスを無駄遣いしないようにしながらのんびり狩りをしているとあっという間に夕方、ログハウスに戻ると悠里がいた。わざわざご飯を作りに来てくれたようだ。


 「おかえり〜」


 「どうしたの? なんかあった?」


 「無事現地に着いたから、そこのダンジョン見てくる〜とか言ってご飯作りに戻ってきたよ」


 「結構自由なんだな。それでエッセンスの消費大丈夫なのか?」


 「転移したときに消費する感覚? なんとなくわかったから、向こうに戻った時にどのくらい消費するかはこれからかな〜」


 「そうか。あんまり多いようなら、無理にご飯作りに来てくれなくても大丈夫だからな?」


 「消費が多くても向こうのダンジョンで少し補給するからいいかなって。それに三人いるからローテーションもできるからね。……さて、それじゃ出来たから食べたくなったら温めて食べてね」


 「はいよー。さんきゅー」


 向こうのダンジョンへ悠里が転移で戻った直後、その悠里から久しぶりにメッセージが送られてきた。内容は『リビングに“ひよこ菓子”置いてあるから二人で食べてね』とのことだった。なるほど、東京にいるのか。


 ひよこ菓子か……確か駅にも売ってる有名なお土産だったか。ひよこと言えばダンタリオンを思い出すわけだが、22層にそんなものがいなければいいなぁと思いつつ、食後にひよこ菓子をいただいた。この嫌味のない甘さが和菓子だよなぁ。それに合わせてさくらが淹れてくれた緑茶も美味しい。


 珍しく狩りに参加せずログハウスでのんびりと過ごしていたらしいチビが興味津々だったので菓子を一つあげてみた。ログハウスのお犬様はえらくお気に召したようだった。



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