変わりゆく世界1 (三分割しました)
ここから4章です。よろしくお願いします。
22層を開放してから十日ほど経過した。その間、無理な能力使用の代償に下がったステータスを戻しながらエッセンスを貯め直していた。デモハイもそこそこに狩りをしていた甲斐あってほぼ戻ったと言えるだろう。
ステータスに頼りきりというわけではない動きをする香織はもっとDEXを上げてもらえないかと相談してきていた。しかし今はこれ以上にするのは効率が悪いというエアリスに従ってもらっている。
他のみんなは特に困っている事も無いようでステータスは調整していない。
ところで俺の主な狩場は御影ダンジョン19層と21層だ。19層はプライベートダンジョン統合の影響でモンスターの絶対数が増え、さらに群れていることが多くなったため効率が良い。21層は何と言ってもウサギ肉が手に入るので、ダンジョンジビエハンターとして大事な収入源でもあるからだ。チビの舎弟となった灰色狼たちはそれを察してかこちらに獲物を追い立てるような行動をしてくれるため結構助かっている。
そして開放した22層だが、次の日入ってみるとそこは所々地肌が剥き出しの平原だった。
幅五メートルほどで綺麗な水が流れる川が一本あり、その遥か向こうには林か森を思わせる木々が立ち並ぶ。さらに遠く向こうには八月だというのに純白のドレスを身に纏う山が聳え立っていた。
とは言っても八月というのは地上の話で、ダンジョンの中は季節感がないけどな。おそらくダンジョン統合といった大きな出来事を契機に昼夜が発生したり消えたりしているだけで、急に暑くなったり寒くなったりというのは今のところ無い。
こうやって考えていても脱線してしまうのは困りものだな。まぁ反省会は後回しだ。
22層でモンスターを探してみると、冠羽根と尾羽が長い鳥のモンスターが極稀に遠くの空を飛んでいる。他にも小さな反応が稀に見つかる程度だった。俺にとっては、というか俺たちにとっては用はなさそうな22層に少しがっかりしたのは秘密だ。
さくらは「これなら上に報告しても大丈夫かしら?」と言っていたのでおそらく今の20層よりも安全に思えるここには、自衛隊を始めとした多くの人々が来ることになるかもしれない。21層にある泉、そのほとりにある石碑以外にもそこへ通じる場所があるらしく、発見はされているが調査班の報告を待っている状態だった。
ここ最近地上の情勢はいろいろな動きを見せているらしい。少なくとも半数のダンジョンが統合され絶対数が目に見えて減った日本は特にだ。
一般家庭にできたダンジョンを恐れ避難していた人々が、ダンジョンがなくなった家に戻るということが多いようだ。それにより一般家庭の消費電力が増え、大災害以降稼働の停止を余儀なくされた発電所、主に原発を推進する派閥とそれを阻止したい派閥は呼応するように息を吹き返している。これからまた大きな災害が起きるかもしれないということを推進派が考慮していないように見え、さらに廃棄物や原発事故に関してを軸に責めるのが阻止派閥というのは実にありがちな展開だ。それにより原子力発電所はほとんどが稼働しておらず電力事情は逼迫しているように思えるかもしれないが、火力発電用の燃料は今のところそれまでとほぼ変わりなく輸入されているためまだしばらくは問題ない。
食糧事情も改善の兆しが見え始めているようだ。御影ダンジョンのように1層部分にモンスターが現れないダンジョンが他にもあり、そういったダンジョンの1層でもやしを作っていた人がいた。正確には、日光がないからもやしを置いていても大丈夫だろうと思った人が放置していた。その結果、もやしはもやしでなくなった。
もやしは太陽光を遮断することで白いまま成長する。しかしダンジョンに放置されていたもやしの色は緑になり葉が出て、実をつけていた。豆である。これはダンジョン内において太陽光の変わりになるものがあり、普通の野菜も普通に育つ可能性があるということだ。そしてその太陽光の代わりとは、おそらくあの“光る石”だろう。
試しに種を植えてみると、発芽までの時間が大幅に短縮され成長も早いらしい。
尚、どちらも地上の土を使ったプランター栽培であり直播きでは芽が出ず、それどころか撒いた種自体が消失している。
“光る石”に目をつけた日本の政治家は、ダンジョン内にあるものを“資源”として“国”が管理することができるように水面下で活動を開始しているらしい。
それに先駆け、ダンジョンやダンジョンに入る人たちの窓口・管理を目的とした機関と、“探検免許”というものが作られた。異例の超スピードである。きっと貴重な税収になる可能性を秘めているわけだから最優先なのだろう。それに一応の規格を定めない限りダンジョンには誰でも入ることができてしまい、犠牲が増えるだけだからな。
“探検免許”を持っていれば、ダンジョンで使うことを目的とした武器を街中で振り回したりしなければ、刃物であっても抜身でなければ持ち歩く事を許される。これは既存の銃刀法を条件付きで緩和するための特措法による。
さらに無免許でダンジョンに入った事が知れると、一応の罰則、数日間自宅謹慎を要請されるらしい。罰になるのかとは思うが、何も無いよりマシなのだ。それを口実に警察が自宅まで連行する事が出来るようになるからな。一方メリットとして探検免許を所持していればダンジョン内から持ち帰ったものを換金してもらえる。それは星石であっても、ダンジョン肉であっても、モンスターの毛皮や牙であってもだ。しかし現在は利用方法が確立されていないという理由でそのほとんどが安く買い叩かれるようだが、品質の良いものは一部のお金持ちに人気があるとかないとか。モンスターの皮などはいずれ防具の素材になることが周知となるだろうから、製作関係が育てば価値は上がるだろう。
換金してもらったお金は“探検免許”を取得する際に開設される発行機関の口座に振り込まれる。その口座は通常のクレジットカードとしても使え現金を振り込むことも可能だ。この口座において現時点では手数料と所得税は免除されている。要は探検免許を発行した機関がダンジョン関連のお金と認めた場合、確定申告すら必要無い、且つ綺麗なお金を手にする事ができるということだ。
ちなみにスマホに連動することができ、個人間のやりとりも可能らしい。この“個人間のやりとり”のせいで問題が起きないことを願うばかりだ。
免許取得について、現状筆記試験はない。ただし書類選考と面接があり、各種犯罪防止を専門とする人たちが面接官を担当する。受験料は基本十五万円、一日に全国で五十件ほど面接が行われるが、倍率が高く書類選考を通ることすら難しいらしい。そしてその面接に合格すると実地試験という流れだ。年齢制限は明確にはないが、十五歳未満は書類の時点でほとんどが弾かれる。ほとんどというのは、いろいろなルートというか、大人の事情というか、コネというか……そういうものもあるからだ。
実地試験はモンスターを一体倒す事。そこには銃器を持った自衛隊員、もしくは“特定の人物”が選ばれる。その特定の人物とは探検免許所持者且つ権限を持った人間の推薦を受けた者で、そこには“雑貨屋連合”が含まれ、俺も含まれる。
ちなみにこの高額な受験料でも受験者は多い。これまでダンジョンに入っていた人からすればほぼ必須となるし、稼げている人が実際にいるからだろう。しかしその方法は資源を持ち帰っての収入よりも動画配信による広告収入等だ。現在メディア関係者が地上波で放送するための取材目的でダンジョンに入る事は禁止されている。しかし日本は個人に強力な規制を掛けることが難しい。その個人たちは動画配信サイト・Mytubeを主な活動場所としていて、ダンジョンに興味のある人や実際に潜っている人たちも動画を漁っているため再生数は伸びやすいらしい。それもそうだろう、命がけなのだ。主にモンスターの情報は武器になる。
映像を地上波で放送させないというのは、現状においてダンジョンはそこにあるだけで基本的に関わらなくとも良い場合がほとんどだからだろう。それなのにダンジョンの映像を地上波で流してしまうと、見たい人よりも見たく無い人の目に入ってしまう。それにより必要以上に不安を煽ることにも繋がり、量販店等では買い占めなども起こってしまうかもしれない。そう考えると禁止は妥当かもしれない。
雑貨屋連合である悠里、香織、杏奈の三人は、試験が開始された昨日の時点で試験を受けずに免許を取得している。それをずるいと言う人間もいないわけではないが、地域貢献に知名度、そして実績もあるのだから当然だろう。
一方俺はというと、これまで散々目立たないムーブをしてきたことで一般枠になるはずだった。しかし西野さくら二尉の推薦により面接を免除、実地試験も免除された。そもそもモンスター蔓延る実地で生活している異常者扱いで、むしろそんな馬鹿がいるなら免許を無理矢理にでも押し付けろという偉い人もいたほどらしい。つまりそういった人にとって俺は都合の良い情報屋になる事を望まれているんだろう。
ということで“探検免許”を労せずゲットすることができた上に、受験料もいらないと言われた。なんのことはない、ただのズルである。しかしその代わりとして、試験官というか見届け人というか、そう言う役割を押し付けられた。とは言っても俺の担当は御影ダンジョンなので滅多なことではその役割は必要とされないだろう。
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