野良狼とワイバーンとパンツ
21層ログハウスのリビングにエッセンスの風が巻き起こる。それが霧散すると悠人がそこに立っていた。
「うわっ! 急に出てこないでよびっくりするじゃん」
悠里はとても驚いている。こういう『驚き』は苦手なんだろう。
「あら? お早いお帰りね〜?」
「おかえりなさい悠人さん!」
それとは対照的にさくらと香織はごく自然に迎えてくれた。
「た、ただいま。ちょっと出かけてくるから、じゃあねー!」
一度はさくらと香織のスキンシップから逃げたこともあり気恥ずかしさも相まってまたも逃げ出してしまった。どうせならみんなで、とも思ったが単独行動の方が機動力はあるのでひとりで行く事にした。それにどこかにあるかもしれない22層への道も見つかるかもしれない。
ログハウスの外に出てすぐ翼を展開、一気に上空まで浮き上がる。そして周囲を見回すがレッサーワイバーンの姿が無いことを確認した。
(んー。結構レアなのかな?)
ーー どうやら20層の岩山はネストとなっているようですが21層では少ないのかもしれませんね ーー
(じゃあ22層を探しつつ、かな)
ーー はい。周囲の索敵はお任せください ーー
(索敵で思い出した。強化できるかな?)
ーー はい。出来るかと ーー
索敵を強化するイメージ、言葉にはしづらいが広く、深く、遠くまで見える千里眼のイメージを浮かべつつ『エアリスの索敵権限を強化』と口にする。
ーー 索敵権限強化……完了しました ーー
(おー、すごい。結構高いところにいるのに森の中のどこにモンスターがいるか手に取るようにわかるぞ。チビの反応もわかるな。ログハウスの周囲半径300mくらいはモンスターがほぼいないか。モンスター避けが効果を発揮してるってことでいいのか? おっと、ログハウスの中もわかるぞ。……あれ? こんな時間から風呂入るの? あっ、服脱いじゃう! 脱いじゃう! わかっちゃうぅぅ! あっ、香織ちゃんおっきいなー……悠里もスタイルいいしさくらも)
ーー 強制遮断します。必要な情報のみを流すように調整しました ーー
(はっ! 覗き魔になってしまうところだった。あぶねぇ)
ーー もうなってましたので ーー
(ちょっと名残惜しいけど仕方ない)
ーー さぁ、早く探しましょう! ーー
(はいはーい)
範囲、精度の上がった索敵を駆使しレッサーワイバーンを探す。しかし一向に見つけられずいると、生命力に溢れるモンスターを感知する。その周囲には小さな反応がいくつもあった。
(なんの反応だ? 狼かこれ?)
ーー そうかと。ただ最も強い反応はシルバーウルフの上位存在かもしれません ーー
(上位? チビより強いってこと?)
ーー ……いいえ、強さで言えばチビの方が上位です ーー
(ふむー。上位種なのに下位より弱い……謎)
ふと思い立ち『お前の先輩がいるみたいだけど挨拶するか?』とチビに問う。こちらからの一方通行だがチビに対しては念話に近いような事ができるのだ。これもエアリスの謎技術である。少し待つと俺の右側にエッセンスが渦を巻く。そこで俺は気付いた。
(いや、ちょっとやばいやばい、ここ空中! しかもすっごいたかい!)
心の叫び虚しくエッセンスが霧散すると同時、おすわり姿のチビが姿を現す。びしょ濡れで。
びしょ濡れでも仕方ないと、自分よりも大きなチビを背中側から抱えゆっくり地面に降りると、体に付いた水気をブルブルして振り払う。それは当然俺にかかるわけで。まぁ仕方ないか。
「ごめんなーチビ、お風呂入ってたんだな。それでなー、あっちにお前の先輩がいるっぽいんだよ。一緒に行ってみるか?」
「アウ!」
どうやら『行く!』と言ったようだ。たぶん。知らんけど。少し歩いていると向こうもこちらに向かって来ていたようで、すぐに相対する。
「わふわふ」
「グルルルル……」
「アウアーォワフ! アオーン!」
「ウオォォォォン!」
(日本語で頼む。)
ーー こんにちは先輩! なんじゃワレェ。ここが誰のシマかわかっとんのかゴルァ! シマってなーに? おいしいの? おいしいならちょーだい! なめとんのかコラァ! だそうです ーー
(さすがバウリンガルのエアリス)
ーー どうやら1:1の決闘をするようですね ーー
(だから周囲の狼は遠巻きに囲んでるのか)
ーー さぁ、始まるようですよ? ーー
野良狼の先制攻撃! チビの顔面を狙った狼パンチ! ミス! 当たらなかった!
チビの攻撃! 狼パンチに対して狼パンチでカウンター! 会心の一撃! 野良狼はふらついた!
野良狼の噛みつき攻撃! それに対してチビのカウンター! 背中で体当たり! 野良狼はお腹が痛そうだ!
チビの攻撃! チビの首輪が妖しく光るっ!
チビの瞬間移動! 野良狼の喉元に噛み付いて地面に転がした! しかし歯は立てず甘噛みだ! 野良狼は地面でもがいている!
(これはチビの圧勝か。っていうかチビが消えたように見えたんだけど?)
ーー はい。チビの首輪に『流れ星』を象った虹星石を付けましたよね? それを使った模様です ーー
(自分で位置を登録してすぐ転移を使ったってこと?)
ーー はい。仮にもワタシの分体がいますからね。しかしあんなことまでサポートするようには作っていないはずなのですが。もしかするとチビには才能があるのでしょうか ーー
(まぁでもとにかく、チビが負けるはずないとは思ってたけどよかったよかった)
ーー どうやら話し合いをしているようですね。野良狼が敗北を認め、チビの舎弟になるようです。良いウサギが獲れた時には届けるしログハウスの周囲にもモンスターが近付かないようになるべく注意しておく、と言っていますね。一方のチビは、ウサギはいらないと言っているようです ーー
(そうか。ところであの野良狼、支配者? そうなら慈悲はないけど)
もしそうならせっかくの機会だし支配者権限をいただこうと思ったのだがどうやら違っていたようだ。
ーー 時折気まぐれに現れる一匹狼がいるようです。あの野良狼はその一匹狼を恐れていますね。可能性としてはその一匹狼の可能性はあるかと ーー
(なるほどな)
「チビ、そいつに伝えてもらえるか? 一匹狼が現れたら知らせろって」
「わふ」
ーー 伝わったようです。『むしろなんとかしてほしいからお願いします旦那ァ!』だそうですよ ーー
「あぁ。倒せそうなら倒すよ」
野良狼にそう言うと、理解したかのような仕草をする。そしてそのまま子分を引き連れ森の奥へと去っていった。
チビと野良狼の決闘はチビの圧勝、21層の支配者の目星も付いたがワイバーンステーキは見つかっていない。
「チビ、お風呂の途中で呼び出して悪かったな」
「くぅ〜ん?」
ーー もう帰って良いの? だそうです ーー
「うん、いいぞ。……あっ、でも一人でかえ……れ?」
ーー 能力の使い方が秀逸ですね ーー
チビはエッセンスの渦に包まれ一瞬で消えた。転移したのだ。しかし転移を付与してある流れ星型の虹星石の登録場所は、戦闘中に登録しているはずなのでここのはず。どういうことか頭が追いつかずエアリスの言葉を待つ。
ーー どうやら【不可逆の改竄】を流れ星の虹星石に使用し、ログハウスに登録されていた時点に書き換え転移したようです ーー
(なんだそれ。エアリスでも思いつかないことだったの?)
ーー いいえ。しかしそれをするというのは人体実験が必要なことだったので無いものとしていました。チビの首輪にいるワタシの分体には情のようなものもないので最も自重をしない存在かもしれません ーー
(じゃあ悠里の腕輪とかにいるやつは?)
ーー ……おそらく問題ないでしょう ーー
(今の間はなんだよ)
気を取り直しレッサーワイバーンを探す。ログハウスのある森からはもうだいぶ離れていて、そこからでは見えなかった岩山まで来ている。すると岩山の向こう側の岩場に張り付くようにいくつか反応があった。
(俺の少ない知識によると、こういうのって巣だったりするよな?)
ーー はい。おそらくネストで間違いないかと。レッサーワイバーンの巣ですね ーー
(こんなところに巣作りするんだなー。まぁ飛べるのにわざわざ低地には作らないか)
ーー どうしますか? 墜落させますか? ーー
(翼がどのくらい使えるのか、やってみね?)
ーー わかりました ーー
巣があるであろう岩場の上空へ飛翔し、そこから急降下してすれ違いざまに銀刀を抜き放つ。その一撃で片翼を落とし飛べなくなったレッサーワイバーンは岩肌に激突した。急停止のために翼で空気を叩くと、音を立てて衝撃波のようなものが生まれていて、そこから察するに速度は相当なものらしい。
もう1体はこちらに細い足の先にある鉤爪を向けて突っ込んでくる。鷲掴みにしようとしているのだろう。しかし俺は翼で空を蹴り横へずれる。
そして背後を取り横薙ぎ一閃。もちろん見えない刃が飛ぶ『剣閃』も乗せている。
それにより2体目のレッサーワイバーンも落下し、1体目と2体目が絶命するのを確認した。
ーー 1体目の時の斬撃に剣閃を纏わせたまま留めていましたね ーー
(うん。エアリスが指輪作ってる時に見せてくれたやつな。あれをやってみた)
ーー お見事でございました。翼も問題なく機能している様子ですし ーー
(そうだね。さすがエアリス謹製なだけはある。さて回収するよー)
エアリスが一瞬だけLUCを操作する。レッサーワイバーンの死体から出るエッセンスに腕輪で触れると2体共吸収され、それと入れ替わるようにドロップ品が現れる。ワイバーンの卵が1つ、ワイバーンステーキが2つ、翼膜が1つ、翼爪が2つ。ドロップ量が多すぎる。
ーー マスターのLUCを700にしてみました ーー
その時、このダンジョンという地には似つかわしくない、というかあり得ないものが俺の頭に降って来た。それを手に取って見てみると……女性ものの下着。しかも下の方の。
ーー どうしてマスターはLUCがあがるとパンツが降ってくるのでしょうか ーー
(俺が聞きたい)
一方その頃ログハウスでは女性陣がリビングで寛いでいた。
「はぁ〜。極楽ね〜」
「年寄りくさいよさくら」
「でも実際極楽かも〜」
「それにしても、チビが戻って来た時の風で飛んでった私のパンツ、どこにいったのかしら」
「……案外悠人の頭にでも載ってたりしてね」
「悠人君の頭に? どうして?」
「二人は知らないんだっけ。以前悠人が、エアリスに実験でLUCを300にされたんだって。そしたら街中でパンツ降って来たらしいよ」
「そんなことがあったのね〜」
「でもこんなダンジョンの中で、いくら悠人さんでもそんなこと……」
三人にとって悠人はびっくり箱。何をしてもおかしくない、何が起きてもおかしくないと思える人物だ。とは言えいくらなんでもそんな偶然が起きるわけがないと思っていた。
「さすがにないと思うけどねー」
「さすがにあり得ないわね〜。でも、もしも悠人君のところに届いてるとしたら、運命的ね!」
「か、香織もパンツ投げた方がいいかな!?」
三人は賑やかなお風呂タイムを楽しんだ。
目的の肉、ワイバーンステーキをそこそこ大量に手に入れた俺は21層ログハウスへと転移する。女性ものの下着を手に持ったまま。下着はともかく、エアリスによれば20層の一角にもっとたくさんいる場所を発見しているようで、今度からはそちらに行った方がおいしいかもしれないな。
エッセンスの渦巻く風が霧散し姿を現すと風呂上がりだろう三人の美女と一匹の狼が寛いでいた。
「うわっ」
「ひぃ」
「きゃっ」
「わふわふ」
「転移してくるなら転移するって言ってよねー」
「か、香織は着替えて来ます!」
「わ、私も着替えて来ます!」
キャミソールにショートパンツという格好の悠里は余裕の態度だが、香織は油断すれば肩が見えそうなほど大きなロングシャツを着ていて下は……一瞬ちらりと見え、下着だけだったように思う。さくらも上はワイシャツだけだ。視界の端に見えた、着替えてくると言って駆けて行くさくらは、走ったせいでめくれ上がった長いシャツの下に……なにもなかった。とりあえず見てないことにしよっと。
「あっ……なんかすまん」
「ほんとよねー。ところで悠人、その手に持ってるのはなに?」
「レッサーワイバーン倒したらドロップした。っていうか俺の頭にドロップしてきた」
「え? ほんとに?」
こみ上げる笑いを堪えられないと言った様子の悠里の顔がどんどん赤くなっていく。しかし怒っているのではなく笑いを堪えた時のやつだ。
「うん。ほんとに。エアリスがドロップ判定のためにLUC700にしたんだけどそのときに」
「700って……っていうかそんな事ってある? あははははは!」
「そんなにおもしろいことか? 俺はなんでパンツが降ってくるのかっていう謎に頭を悩ませているってのに」
その後着替えて戻って来た香織とさくらに悠里がその話をし、三人は腹が捻じ切れるのでは? と心配になるほど笑っていた。事情を聞いてさくらにパンツを返す。ここからどうやってあんな岩山まで飛んでいったのかは謎だが、さくらはどうやら小さなリボンの付いた水色縞々らしい。イメージ的に香織の方が好みそうに思えるが……いや、こういうことは考えないでおこう。
「じゃあはい、これ‥‥」
「ありがと。拾ったのが悠人君でよかったわ〜。他の男だったら撃ち殺してたかもしれないわね〜」
「それは……恐ろしい」
「くくくく……ほんと悠人って……くふっ、ふふふふ‥」
「香織のだったら秘密にして隠しちゃってもいいですからね! 悠人さん!」
「いやぁ、さすがにそれは犯罪臭しかしないから……」
街中でもパンツが降ってきたがそれはわかる。ダンジョンで降ってくるのはちょっとよくわからない。
「それにしてもほんとにそんなことがあるなんてね〜。悠人君って不思議ね〜」
「なんなんでしょうね。俺、何か呪われてるんだろうか」
「はぁ〜。ダンジョンよりダンジョンだよね〜」
「なんだそれ。まるで俺が普通じゃないみたいじゃないか」
細められた三対の目に見つめられ、居た堪れない気持ちになり話題を逸らす。
「と、ところで悠里、SATOって卵料理もやったっけ?」
「やってるんじゃないかなー。どうして?」
「ワイバーンの卵が手に入ったけど、ダチョウよりもでかいから俺じゃ料理できる気がしないし引き取ってもらえるならと思って」
「卵? それって温めたら孵化するのかな?」
(エアリス、どうなの?)
ーー 常温で放っておいてもいずれ孵化するかと ーー
「常温でほっといても孵化するかもってエアリス先生が」
「じゃあ孵化させてみない?」
「え〜。なんでまた……」
「懐いたら乗れるかもしれないし、悠人だけ飛べるなんてずるいじゃーん」
「ずるいかな〜」
「ずるいです!」
「ずるいわね!」
どうやらずるいらしい。とは言っても懐くかどうかもわからないし、成長するまでどのくらいの時間を要するかもわからないが、欲しいならあげよう。
「……じゃあ、はい。あげるから育ててみてよ」
「それはちょっと……」
「ちょっと怖いですね……」
「そうね〜」
「……わかりましたよ、俺が孵化させてみるよ」
面倒ごとは俺に押し付けようとしているのかと卑屈になってしまうが、実際のところ俺みたいにエアリスナビがあるわけでもないし、見境なく噛みつくようなのが生まれても困るしな。電力問題はなんとかしてくれるみたいだしトイレも買ってもらえるわけで、ギブアンドテイクということだろう。だがそうだとすると俺がずいぶんと得をしているようにも思う。だって俺の場合私財なんて何も投げ打ってないからな。なんか悪い気がするなぁ。
とりあえず卵は持って来たタオルケットにでも載せておけばいいかな。
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