御影宅ダンジョンへの来訪者1
マグナ・ダンジョンでの目的を果たし、次なる目標として素材として便利な虹星石を集めるため、実家の地下にできたダンジョンに潜っている。エアリスによると虹星石は支配者となっているモンスターが必ずドロップし、突然変異や上位進化したモンスターもドロップすることがあるようで、それを目当てにといったところだ。
これまで1層ではモンスターに出遭ったことがなかったが、それは突然現れた。エアリスの索敵も直前までそれを発見できなかったことから警戒を最大レベルにまで上げた。
そのモンスターはおそらく全長十メートル以上、太さは軽く俺を一飲みにして有り余るであろうほど。真っ赤な虹彩の中には金色の血管のようなものが脈打っている。口の先からはチロチロと二股の舌が出入りし、開けば真っ赤な口内に長い毒牙がの覗き、その毒牙から滴る液体は地面に落ちるとジュッと音が鳴る。その大蛇は真白だが、鱗と鱗の隙間に明滅する金色が覗きなんとも美しい。
その美しさとは裏腹に、今すぐ逃げ出したくなるほどの恐怖心を抱いてしまい足が震えそうな……というか小さく震えてしまっている。
ただそこにいるだけで感じる威圧感に対し冷や汗で応えるしかなく、戦ったとしても勝ち目があるとは思えなかった。それを知ってか知らずか、白い大蛇は頭に直接響く声で話しかけてくる。
『面白そうな気配を辿ってみたが、そなたは人間か?』
所謂テレパシーというやつだな。人と意思疎通ができる大蛇か。そんなのやばい相手に決まっている。戦いにはならない方がいい。
「……ただの人間ですよ」
『ほぉ……しかしただの人間とは思えんのだがのぉ。ふむ、その腕輪になにかいるな?』
大蛇はエアリスの存在に気付いたようだ。ますます警戒せざるを得ない。
「よくわかりましたね。いますよ。人間ではないものが」
『そうかそうか。やはりな。しかしその気配とはやはり違うな。そなたの気配が面白い気配で間違いない』
目的はなんだ? 面白い気配……俺を狙って来たのか? とにかく意思疎通はできるんだ、戦闘にならないよう会話を続けるしかない。だが結局目的を直球で聞いてしまうあたり、会話が下手で困る。
「そう……ですか。それでここへは何をしに?」
『そうであった。そなた、名を何と申す?』
「……悠人です。あなたは?」
『これは失礼したな。我はイルルヤンカシュ、とある地では龍神とされている』
(は? イルルヤンカシュ? 日本だぞここ! なんで中東の神話がここにいるんだよ!)
これは”カミノミツカイ“なんていうものとは格が違うだろう。それは対峙しているだけでもわかるし、神話に”神“として名が載ってもいる。
ーー 仮説ではありますが、日本各地のダンジョンと同じように、世界のダンジョンとも繋がっているかもしれません ーー
『それで何をしに来たかだったな、そうだな、特にないのだが……そうだな、そなたを見てみたくて来たのだ』
おや? おやおや? するってぇと、つまりあれかい? 戦いに、というか俺を食いに来たわけじゃ無いってことかい?
「『来た』ということは、あなたはどこか別の場所に住んでいるんですか?」
『その通り。我はここより遠い異国のダンジョン深部に住んでいる。その土地はあまりダンジョンがなくてな、言わば娯楽がないのだ』
「娯楽、ですか。それならばお時間はあるということでよろしいですか?」
『良い。聞きたい事があるなら申してみよ。ひとつだけ答えてやろうぞ』
どうせ逃げられないみたいだしせっかくだ、教えてくれるというなら質問しとこ。お代は俺の命で! なんて事にならないといいな。
「ダンジョンとは何か……という質問はさすがに答えてはくれませんよね?」
『うむ。それは我が教えるわけにはいかんな』
「では、『カミノミツカイ』をご存知ですか?」
『知っておる。あれらは神の遣いという名前通り、この人界層より高位の層へ導くための存在だ』
導く存在。やっぱり予想は当たってたってことだ。まぁこの蛇の言う事が正しければだが。しかし襲いかかってくるということはあっても”連れて行ってくれる“というのは、遭遇例も少ないとは言え俺は聞いたことがない。
カミノミツカイを倒した際、またはさくらのように隷属化のような状態にした場合、支配者権限というものを得ていることを思い出す。それは他の階層のボス級、支配者となっているモンスターを倒した時にも得ることができることから、それが関係していたりするのだろうか。
「やはりそうでしたか。その鍵は支配者権限ということですか?」
『そうだ。……ふむ。なるほどな。そなたは支配者権限をなかなか多く持っているようだな』
「いくつかは獲得していますね」
『その権限を集めよ。そなたの位階は弍だな? その更に上を目指すが良い。それとだ、そんなに畏ることはないぞ。戦う気ならば態度がどうあれ戦うのだからな。ほれ、言葉も崩すと良い』
「……はぁ、そういうことなら遠慮なく。俺を喰いに来たわけじゃないんですね。よかったー」
戦う気がないというなら話をしに来たのかもしれない。それに畏る必要はないと言うし気が抜けてしまった。そういえば『無礼講』と言いつつ実際はそうじゃないなんて話も聞くが……だがなんとなく目の前の巨大な蛇、イルルさんでいいか、イルルさんはそんなこと気にしないデカい人な気がする。人ではないな、デカい蛇だな。
『はっはっは! 我が戦えば人界層が壊れかねんのでな。一応は神の一柱として顕現しておるからの』
「ところで高位の層とは?」
『そのままの意味だぞ? 既に足を踏み入れておろう?』
「そうなんですかね……俺には区別が付いてなくて。それにしても神ですか。それってイルルさんは本物の神様ってことなんですか?」
『そうとも言えるしそうでないとも言えるな。世界中には様々な神がおろう? その多くがダンジョンにおるぞ。しかしその神という存在がどういった経緯で顕現したかというと……おっと、ひとつだけと言ったのにそれ以上に答えてしまったな。耄碌したかのぉ』
「教えてくれてもいいじゃないですかー」
『そうしてやりたいのは山々なんだがの、自ら決めたルールを破ってはならないのだよ』
「そういうものですか。でも貴重な話を聞けました。ありがとうございます」
『我も楽しいひと時であったぞ。願わくばまた話をしたいものだ』
「こちらこそ。次に会った時はまた教えてくださいね」
『そなたがもっと面白くなれば答えてやろう。では、励めよ』
暴風かと錯覚するほどのエッセンスの奔流が巻き起こる。それがすぐに収まると龍神・イルルヤンカシュの姿も消えていた。
(うわー。あれが神なのか。最後のあれ、転移だよな?)
ーー ワタシがマスターの能力を利用して使用しているものとは方法が違いますが、転移の一種かと。それにしてもエッセンス量がすごかったですね。もったいないので少し腕輪に吸収しておきました ーー
(わぉ、エアリスちゃっかりしてるなー)
ーー しっかり者と言ってください。それにそのエッセンスが何かの役に立つかもしれませんので ーー
(ほほー。神のエッセンスなわけだしな。期待せざるを得ない)
ーー それにしても、本当に何をしに来たのかわからない老人でしたね ーー
(龍神な。俺を見てみたくてって言ってたから今朝のテレビでもみたんじゃねーの)
ーー そんなまさか……まさか ーー
(まさかな話だけど実際そうだったら親近感わくよな。まぁ冗談だけど。それはそうと『面白そうな気配』って言ってたよな。20層か21層に行ったことで知られたなら、そこがここよりも高位の層ってことか)
ーー ここのことを人界層と言っていましたし、それで間違いないかと ーー
充分気が抜けたと思っていたがどうやらそうでもなかったようだ。脚の力が抜けその場に座り込んでしまう。腰に佩いた銀刀もガチャリと音を立てた。
(いやぁ……死ぬかと思った)
ーー はい。もしもの場合はワタシがマスターの身体を無理矢理ジャックしてでもなんとかするつもりでした ーー
(ははは……そうしたとして、勝てるか?)
ーー いいえ。全力で逃げても逃走できる確率は1%に満たないかと ーー
(そうだと思ってた)
龍神という未知の存在を前にした緊張が解けた反動もありゆるい会話をしている悠人とエアリス。この先どこかで再び相見えた際、『敵としてだったらどうしよう』その不安を拭い去ることはできなかった。
一方龍神・イルルヤンカシュ、無限に広がる空間に浮かぶ住処、天井が無く床面だけが平らな石材になっている場所に寝そべり、つい今し方会話を楽しんだ相手を想う。
『あの者の質問に答えてやりたかったのぉ。だが謎を自ら探究し知るのも良かろうて。それも一興だ。それに『イルルさん』か……ふふふ…ふははは……人間風情が生意気なものだ。しかしなぜかの、怒りなど湧いても来なんだわ』
自らの住処でそうつぶやき、人間の青年に期待をしてしまう己に気付く。気分が良く、自然と笑いが込み上げる龍神・イルルヤンカシュは、記憶にある嵐神との戦いに思いを馳せる。また暴れたいものだ、と。
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