マグナ・ダンジョン内部2
マグナ・ダンジョン内部の草原に絶叫が響き渡っていた頃、とある一般家庭に出現したダンジョンには二本の剣を振るう、というよりも振り回されているように見えるひとりの少年がいた。
「セイッ! ハッ!」
威勢のいい掛け声とは裏腹に足元は少しふらついているが、それでも目の前の牛のモンスター対し、幾度となく襲いかかる斬撃により少なくない手傷を負わせていく。
諸刃の二剣から繰り出される、というよりも振り回されているという言葉の通り一度降り下ろしたら回転が止まらない剣舞。何連しただろうか。その間も足元はふらつき乱れる。その乱れが牛の狙いに戸惑いを与え、突進の目標を定めることを許さない。
対する牛は突進ができず、仕方なく振り上げるツノは虚しく空を切る。
そんな事をしばらく続けているうち、少年の剣は牛の動脈を切り裂く。血を吹き出しながら、漸く牛はその場に倒れ動かなくなった。
動かない牛の隣に倒れこみ大の字になる少年には、天井の薄ぼんやりと光る石がぐるぐると回り、宛ら早送りのプラネタリウムのよう。
「ははっ……強敵だった……。こんなのがまだまだいるのか……?」
回る視界の中におけるそのつぶやきに答える者は当然無く、薄暗い空間に虚しく融ける。
早送り4倍速のプラネタリウムが終了するや否や、少年は腕輪に黒い霧を吸収しその場を後にする。
二本の剣を鞘に収めそれを背負うその少年は、自ら拗らせた病を自らの力とすることでこの未知のダンジョンを進む。
ーーーーーーーーーーーーー
マグナ・ダンジョンに絶叫を響かせた俺は、その後もどうやって亀を見つけるかを考えていた。そして辿り着いた答え。
「よし、一旦ここから出よう」
「えー!? どういうことなんです悠人さん!?」
「出ようって、出てどうするの? 持ち帰る『成果』がないじゃん」
「出てどうするつもりなのかしら?」
三人とも異論があるようだ。しかし何も考えなしに言っているわけではなく。
「ゆ、悠人さんには何か考えがあるんですよ。そうですよね?」
「ま、まぁそうなんだけど、外れてたら恥ずかしいな」
考える素振りを見せた悠里がその答えを言う。
「……違う入り口から入ってみるとか?」
「ご名答。よくわかったな」
「なるほど。それで違う場所に出れば、ある意味それも『成果』になり得るわね」
「他の入り口は中が草原かどうか確認しただけなんですよね?」
「そうよ。ここでキャンプした隊員はいるけれど、他の入り口は草原だったことの報告しかないわね」
「ということは可能性がないとは言えませんよね」
(その辺どーよ? エアリス?)
ーー 可能性として十分かと。チビの小部屋へ転移した際の障害というのが、まさにそれに関連することですので。どういったものかと説明しますか? ーー
(雰囲気だけ伝わればいいからライトな感じで頼む)
ーー では僭越ながら。……20層とぉ、その前の階層の間にぃ、なんかぁ、壁? みたいなぁ? 別の道に強制的に向かわせられるみたいなぁ、そういうよくわかんない現象が起きたっつーか? なんかそんな感じー。だからぁ、それって隣合った入り口だったとしてもぉ、別のとこに繋がってんじゃね? 的な?ウケるww ーー
(それはライトな感じとはちげーよ、パリピかよ。お前の勘違いしたライト感の雰囲気を伝えろって意味じゃねーよ。でもなんとなく言いたい事はわかった。さんきゅ)
ーー はい。お役に立てたようで何よりです ーー
エアリスが言っていたことを割と真面目な感じに変換して三人に伝えると、なるほどなるほどと頷いていたさくらが、突然何かに気付いたように詰め寄ってくる。
「悠人君!? それ誰かが言ってたってことですか? 誰に聞いたんです?」
「そういえば言ってなかったんだよね。エアリスっていうよくわからないのがいて、それがいろいろ教えてくれたりするんだ」
スマホの画面をさくらに見せると、触れてもいない画面に文字が表示される。
ーー はじめましてこんにちは。ワタシがエアリスです。マスターに手を出そうとしたらステータスを最底辺まで下げてやりますので覚悟してくださいね? では、コンゴトモヨロシク ーー
「というわけなんだ。でも最底辺まで下げるとか言ってるのはたぶん冗談だから心配しなくていいよ」
「では手を出してもいい、ということで……」
「だめです」
エアリスではなく香織が即答した。俺たちが言葉を失ったのは必然だろう。
少しの居心地の悪さを感じた俺はエアリスに話しかけることでそれを忘れることにする。
(ところでエアリス、あのネタ気に入ったのか?)
ーー なにやら良いフレーズだなと思いましたので。マスターが過去にプレイしたゲームにも興味があります。つきましてはお時間のある時にでいいので是非そのゲームをしましょう。コンゴトモヨロシク ーー
(じっくりプレイするべきゲームだから、時間あるときにな)
ーー はい、楽しみにしています ーー
俺たち四人と一匹は一旦外に出ることにした。チビは大丈夫かと不安だったが、問題なく外に出ることができたようだ。
スマホを確認するとダンジョンの外に出たことで電波が戻っている。さくらは軍曹からの連絡が来ていないかチェックするも、なにも来ていないようだ。マグナカフェは無事だろうが、軍曹に送ってもらうとその間に問題が起きたときに対処できない可能性がある。ということで俺たちは徒歩で次の入り口に向かうことにする。
次の入り口まで徒歩約30分。もうすぐ目の前というところまで歩いたがモンスターに一度も遭わなかった。
(この辺はモンスターが少ないのかな?)
ーー そういうわけではないかと。ただ、チビがいるので無用な戦闘は避けることができているようです ーー
(チビがいるから? こんなにかわいいのに?)
ーー ダンジョンには若干生態系に近いものがあります。その中でモンスターにとってのシルバーウルフは捕食者です。おいそれと襲いかかっていい相手ではないのでしょう ーー
(なるほどなー。でもチビってどういう戦い方するんだろうな。俺が以前倒したシルバーウルフの群れは何かをする前に倒しちゃったし)
ーー そうですね。……おや? ちょうどよくはぐれ熊がいるようですよ? ーー
(よし、チビの首輪には不可侵の壁がついてるし、【不可逆の改竄】もあるから大丈夫だよな?)
ーー はい。しかしそれが発動することはないと思われます ーー
一旦はぐれ熊の方へ進路変更し、間も無く目の前に大きな熊が現れる。大きさはレッドビーストに近いが、それ以外は普通の熊のモンスターと変わった様子はなかった。気配を殺して近付いていくもさすがに気付かれたらしく、こちらを向き鼻をぴくぴくさせたかと思うと咆哮した。
「チビ、いけるか?」
一応聞いてみると「アウ!」とひと鳴きし、熊に向かって駆けていく。そんな無防備に駆け寄ってくるチビに対し、熊はその大きく頑丈そうな爪を振り下ろす。
チビはそれを横に飛び退いて避けることはせず、振り下ろされる爪を紙一重で躱しつつ斜めに飛んだ。大きくあけた口に見える長い二本の牙。ウルフリーダーを彷彿とさせるその牙は、熊の厚く硬い皮を貫き、首にズブリと差し込まれる。斜めに飛んだ勢いそのままに、チビは熊の首に突き立てた牙をその太い首に沿ってその周囲を一回転する。
するとどうだろう。首から周辺に鮮血を吹きながら悶える熊はしばらくもがいてそのまま絶命した。
「うわぁ〜……これが自然の摂理」
「結構クるものがあるわね‥‥」
「マジックミラーシールドって、傘にもなるんだね。私、魔法使えてよかった」
「チビおいで〜。お顔拭いてあげるね〜」
狼狽えるさくらと悠里、それと言葉を失っている俺を含めた三人とは対照的に、香織はなんともなさそうな様子でチビの顔に少しついてしまった血を拭いてあげていた。
エッセンスとして腕輪に吸収されてしまえばモンスターだったものの血も含めて吸収されたり霧散するのだが、香織もそれは知っているはずである。平気そうに見えてそれなりに動揺しているのかもしれない。
とりあえずペットの後処理は保護者の務めということで腕輪に吸収する。熊のモンスターだったものの体が霧散したあとには、熊の肉といつも通りの星石が落ちていた。その星石を回収して腕輪に吸収しようとすると、チビが立ち上がって俺にじゃれついてくる。
「お、おい、こらこら。やめなさいって」
ーー マスター、どうやらチビはその星石が赤く見えているようです ーー
(赤? そういえば俺も最初のムカデと蟻とその進化個体のワスプアントのとき、赤だったな。でも俺にはこれがいつも通りの『黒』にしか見えないんだが?)
ーー ですが首輪に仕込んだ翻訳機能によると『その赤いのちょうだい! パパ!』だそうです ーー
パパ、と呼ばれていることにズッキューン! されてしまった俺は、面倒な考えは放棄しチビに星石をあげることにした。そもそも熊を狩ったのはチビだし、これはチビの戦利品だしな。エッセンスはいただいたけど。
星石をチビに差し出すと、チビは大きく口をあけて『あ〜ん』をしているように見えたので、舌の上に星石を載せてみる。するとチビはガリッ! バリッ! と星石を噛み砕いて飲み込んでしまった。石なんか食って大丈夫かと思ったがお腹が痛くなった様子もなく、何事もないようなのでそのままマグナ・ダンジョン内部への二つ目の入り口へ。
洞穴へ入ってすぐの曲がり角を曲がると向こう側から明るい光が漏れていた。その光に向かって進み洞穴を抜けると、そこにはさも当然と言わんばかりに草原が広がっていた。
「やっぱりまた草原だったなぁ」
「そだね。もしかして本当に草原は全部のダンジョンと繋がってたりして」
「かもね。そう仮定すると、ここから先は一本道なのか、それとも分岐があるのか」
「そういうめんどくさいことをどんどん考えてたら禿げるの早くなるよ? 気をつけなよ?」
「仕方ないだろ。気になっちゃう質なんだから」
「香織は、悠人さんの髪がなくなっても、きっとこの気持ちはかわりませんから!」
「う、うん、ありがとう?」
そんな会話を聞いていたさくらがこっそり話しかけてくる。
「香織の気持ちに気付いてないわけじゃないわよね?」
「気付くもなにも、いろいろあって吊り橋効果ってやつだと思うよ。俺、そんな懐かれるようなことしてないし」
「そうかしら?」
「そうでしょう」
「ふ〜ん」
こそこそ話を切り上げ、辺りを見回す。すると遠くの方に岩らしきものがあることに気付き揃って歩いて向かう。
「あれ岩よね? 話に聞く亀かしら?」
「たぶんそうだと思う。でも普通のより少し大きい気がするなー」
歩いて向かう途中、香織にこっそり話しかけられる。こっそりということは、二人には知られたくないのだろう。
「悠人さん、こんなときですが、ステータスの調整をお願いできませんか?」
「うん、いいけど」
そっと出された手に触れようとした途端、香織は腕を絡め取り、手は互いの指を絡ませ合った繋ぎ方、所謂恋人繋ぎというものにされた。胸を押し付けられた俺の腕、その先の手は指の一本一本の先の方まで柔らかい感触を感じ取る。
(うおおおおお! 手と胸、どっちに集中すればいいかわからん!)
ーー マスター、そのどちらでもなくステータスに集中する場面ですので ーー
(せやかてエアリス! こんなんもはや嬉しい事故やでエアリス!)
ーー 下手な方言など言ってる場合ではありません、さっさとしますよ! ふんっ! ーー
まぁわかる。確かに下手くそだな。
香織がどういう方向に調整したいのかを冷静を装って聞いてみることにした。
「それで、ど、どういう感じが、いいのかな?」
「ふふっ、どういう感じがいいでしょうねー?」
首をかしげたようにしながら顔を覗き込んでくる香織。小悪魔とはこういうものを言うのだろうか、大歓迎だ! などということはさも思っていないかのように振る舞い必死に会話を続ける。
「じ、自分でやってみたい型っていうか〜、なんていうかそういうのがあるんでしょ?」
「やっぱりわかっちゃいます〜?」
「そりゃあまぁ。じゃなきゃ自分から調整してなんて言わないかなって」
「香織の武器を、上手に使うならDEXですよね?」
「そのはずだけど?」
「じゃあそれに全部、上げられるだけ上げてみてほしいんです」
「そんな振り方で大丈夫なのかな……」
ーー なるほど。意図は理解しました。香織様の望む形で調整します。よろしいですか? ーー
「限りなく不安だけど、エアリスは意図を理解したってさ」
「エアリスさん、よろしくね?」
スマホの画面に、「お任せください」と表示され、数瞬後エアリスにいじられた香織のステータスが表示される。
三浦香織
STR 75
DEX 222
AGI 43
INT 63
MND 72
VIT 28
LUC 22
能力:悟りを追う者 (ユニーク)
ーー さすがにあの鈍器を振り回すにはSTRが不安なので少々増やしました。他のステータスには手をつけずに余剰分を全てDEXにつぎ込んだところ、想定以上の上昇量でした。ワタシとしたことが失念しておりましたが、もしかすると能力との兼ね合いで巧く行く可能性が高いかと。尚、能力の確実な詳細は不明です ーー
スマホにエアリスがナチュラルに補足を入れる。
「エアリスさんありがとう」
俺にしか聞こえないエアリスの声が「べ、別にアンタのためにやったわけじゃないんだからねっ!」と聞こえたのはスルーしておくことにする。
「どうしてこれがいいと思ったの? あ、いや、責めてるとかじゃなく単純な興味というか」
「マグナカフェへ向かう車中や入り口までの車中での悠人さんの話を聞いて思ったんです。香織の武器はハンマーなので、力ずくで振り回す方がいいかもしれませんけど、さすがに……カチカチ系女子は嫌ですよね?」
「う〜ん、まぁ……やわらかい方がいいけど……」
今みたいに、という言葉を飲み込む。ずっと密着されているわけだが、悠里やさくらが言うようなものではなく、香織は懐いた人に対してはこうなるだけなんだろう、そう思うことにした。
「だと思ってました! それにVITを上げないと体にかかる負担が大きいのでしょう? でもそれではポイントが無駄になりそうだなって。それならいっそ、力も体も”上手に扱えるように“なればと思ったんです」
「な、なるほど……?」
関心と驚きで少し混乱している俺を置き去りにエアリスは続けてスマホ画面に補足を表示している。
ーー これほどのDEXがあれば、体にかかる負担を攻撃の力に変換することも可能でしょう。そして香織様の能力ですが……少々不明な点もありますが多少の索敵に似たような効果、場合によってはマスターの索敵よりも効果が上です。そして香織様も気付かぬうちに、免疫または耐性を得ている可能性があります ーー
免疫または耐性と言っているのは昨晩の俺のCHAステータスに対して香織には特に変化がなかったからだろう。CHAが反映されてから免疫または耐性を得たのか、それともそもそも最初から効かなかったのか等、どのタイミングでそうなったのかについて興味がある。検証する手段はないわけではないが……やる気にはならないな。
「いいんじゃないかな? でも無理だと思ったらすぐ調整するからね?」
「はい! 無理はしません!」
「うん。それと索敵っぽいのは俺じゃわからないこともわかるみたいだよね。免疫・耐性は、昨日は香織ちゃんだけなんともなかったからそれかな?」
「エアリスさんと悠人さんがそう言うならそうだと思います。でもそんなものがなくても、香織はいつでもいいですから……っ!」
「あ、あぁ……そう」
いつでもいい、とは何がいいのだろうか? どういうつもりなのか、俺を翻弄して楽しんでいるのかなどと思っていると、俺にしか聞こえない真剣な声音でエアリスが話し始めた。
ーー ワタシはこれまでマスターの能力である【真言】が最も強い能力と思っていましたが、香織様の能力はポテンシャルとしてはそれに並ぶかもしれません ーー
(そんなに?)
ーー はい。【真言】に耐性を持ってしまえばマスターは香織様に対してまったくの無防備です。雑魚です。みじんこです。童貞です ーー
(どどど童貞じゃねーって言っただろう?!)
ーー ともかく、お気をつけください。ワタシも無理なステータス調整を了承して実行した責任がありますので、場合によっては強制介入してでも調整しますので ーー
(それは一歩間違えたら香織ちゃんは自滅するかもってこと?)
ーー はい。無理をしてしまうと以前マスターがカミノミツカイと対峙し撃破した際、身体に負担が掛かり大きな反動があったということを経験していますが、おそらくそれ以上の負担が掛かると予測しています ーー
(それは危険だなぁ。……じゃあチビの首輪にしたみたいに、分体? だっけ、入れておくことってできないの?)
ーー 許可があればできますが ーー
ならばやるしかあるまい。安全な方が良いに決まってる。
「香織ちゃん、ちょっとエアリスの安全装置みたいなの、腕輪に仕込んでもいい?」
「はい、いいですよ? きっと香織のためを思ってなんでしょう? 拒否する理由なんてありません」
(許可出たぞ)
ーー はい。…………完了しました。分体にはDEXの増減に伴いVIT、LUCに割り振るように設定しました。DEXの最大値は現在と同値なので、現状よりもVIT、LUCが減るということはありません ーー
(遠隔操作どころか自動か。相変わらずわけわからないけどすごそうだな。それにしてもエアリスって結構香織ちゃんに優しいな)
ーー はい。マスターを独占するのも良いですが、此の期に及んではハーレムも良いかと思いまして。その駒のひとつとして考えることにしました ーー
ハーレムねぇ。エアリス的にはこの三人の魅力的な女性たちの事を言っているんだろうけど、こんな女性たちが俺なんかを相手にするかって。見た目だって平凡だろうし。
(いや、それはないから。そこまで好いてくれてる人なんていないって。そもそも会って間もないような人しかいないしさ)
ーー 香織様の熱量はそれを超えているように思いますが? ーー
(それはあったとしても吊り橋効果でしょ。そういうのって一気に熱くなった分、簡単に冷めちゃうんじゃないかな……)
ーー ……そういうことにしておいてあげましょう。まったく、マスターはワタシがいないとダメダメな子なんじゃないですか? ーー
それに対しては完全に同意だが、そう言ったエアリスの声はなんだか嬉しそうだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブックマーク感謝です。