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とある世界の記憶旅行2


 「聞いてもいいか?」

 「“あの人”のこと? それとも“王の街”のこと?」

 「どっちも。あっ、無理にとは言わな——」

 「いいわ、聞かせてあげる」


 食い気味ですなぁ。直前までのおセンチフェイスはどこに行ったんだね。

 とまぁ茶化すのは心の中でだけにしておいて、少し気になったのだ。クロノスの言う“あの人”のことが。それに“王”の存在も。気になると言っても、なにもクロノスの影のある表情に対して何か感情を揺さぶられたわけではなく、“心当たり”があるからだ。


 「でもまずは街に入りましょう」

 「わかった」


 すれ違う人々は肌が明度の違いはあれど灰色で、中には耳が尖っている人もいるが、それ以外は俺たちとそれほど違うようには見えない。しかし井戸端会議のような会話をしていても生気を感じないためなかなかに不気味だ。

 街の中は初めてのはずなのにもかかわらず、この世界の空気はいつか見たリアルな夢で感じたものと似ている。ここのように空も地面も建物も灰系色のものではなかったが、それでもどこか似ている気がするのだ。


 「ここに入りましょう」

 「あ、あぁ……ってデカいな」


 一瞬、建物の大きさに目を見開くも、無遠慮に入っていくクロノスの後を追うことを優先する。内装は灰と白を主とし、造りは西洋の神殿に近い。奥へと進んだ先、レッドカーペットのように赤い床が広い通路の中央を貫く最奥に玉座とそれに深く腰掛ける“王”がいた。


 「あの人が“王”よ。そして玉座の横にいるのが……」


 一旦言葉を切ったクロノスが懐かしむような視線を玉座の横に立つ人物へと向けた。


 「“あの人”よ」


 記憶の箱が開いた音がした。

 その男は、“影”だった。街中ですれ違った誰よりも肌の色が濃く、しかし黒には程遠い灰色。存在感は希薄で、しかし確実にそこに存在していると感じる。だが、すれ違った人々と同じく生気がないという矛盾もあり、不気味さを際立たせている。


 俺はこの男を知っている。

 この世界の、今玉座に座っている王に付き従う者。“王の影”だ。

 この男が夢で見た男だと確信したとき、ダンジョン内で戦ったことのある黒い相手、人の形をした人ならざる存在と近しいものを感じた。あの時は俺に似ていると思ったが、佇まいと存在感は同一存在と思えてしまうくらい説得力がある。

 まぁ常識だと思っていたことが覆るダンジョンだ。こういう時は直感の方が答えに近いこともあるはず。それにここではおそらく“敵対”はしない。これも直感だが確信に近いと言える。なので思い出した夢の記憶とじっくり比べてみることにした。


 「夢の中であの男の視点で王を見たと思う。でも王様、少し若いな」


 夢で見た王は今よりも皺が多く、顔色に明らかな疲労と焦燥感が浮かんでいたはずだ。しかし目の前で玉座に座る王は白に近い肌だが血色が良く見える。そして……生気がある。


 「ふむ。時の女神か、久しいな。して其方(そち)は何者だ?」


 どうやら知り合いらしく王はクロノスに気安い挨拶をし、返事も待たずにこちらへ視線を向ける。警戒と好奇心が入り混じっているが不安等の弱気な感情は感じない。


 「俺は、御影悠人と申します、陛下」

 「陛下? それはどういう意味だ?」


 どういう意味かと聞かれても、一番偉い人に使っておく程度の認識しかない……と、そこでクロノスが一歩前に出た。


 「この子達の世界では王様とかに使うのよ。一国の王に“お前”とか“アンタ”じゃ失礼でしょ?」

 「ふむ。理解した。其方、この世界の民ではなかったのだな。大方時の女神から無理に連れてこられたのだろう。少々お転婆なところがあるからな……」


 この王様、俺が異世界から来たと聞かされても全く動じてないな。それに俺は無理矢理連れてこられたわけでも……いや、似たようなものかもしれない。まぁ犯人はクロノスではなくリーンだが。


 「まだこの世界について知らないのよ。ほら、説明してあげなさいよ、お・う・さ・ま」


 お転婆エピソードは人に聞かれたくないことだったのか、語尾に血管が浮かび上がっていた。なかなか強烈な威圧感で、王様の表情が一瞬強張った。


 「う、うむ。あー、おそらく其方(そち)は、余が自我を保ち世界の外を知っていることを疑問視しているのであろう。それは多少なり“知っている”からだ。この世界の我が領土、その一部は余の記憶から再現されている。これだけ言えばわかるな?」

 「説明が雑ねぇ」

 「仕方あるまい。余は説明が得意ではない。加えて女神殿ほどの年季がないものでな」


 わかるな? と言われてもあんまわからんが、まぁクロノスのようにこの世界を再現する要素のひとつということはわかった。

 というかこの王様は見た目年齢50代くらいに見えるが、その王様をして年季が違うと言わしめるクロノスは一体何歳……悪寒がするからこういう考えはやめよう。


 「しかし御影悠人よ、余はこの世界が再現されてこの方、ここから出たことがないのだ。外の様子、特に其方の世界について教えてはくれまいか。それによって教えられることもわかるでな。言葉遣いは変に畏まる必要はないから、たのむ」


 もしかしたらクロノスのように自由に行き来することができないのか。少し不憫に思いつつ、直立不動の“王の影”に視線を向けるクロノスが動くつもりはないことを察して、王と会話してみることにした。


 「では遠慮なく……というかそもそも会話できていることが不思議なんですよね。言葉とか違うでしょうし」

 「うむ。不思議であろう」

 「王様は何かご存知で?」

 「いや、余も不思議に思っておる」


 王様でもわからんならまぁわからんってことでいいか。クロノスなら知っているかもしれないが、微動だにせず一点を見つめたままだしな,邪魔をしちゃ悪いだろう。


 「そういえば其方、賢者には会ったか?」

 「賢者? ここに来てから賢者っぽいのとは会ってないですね。ぽよんぽよん跳ねる丸いのはいましたけど」

 「おお、それが賢者だ」


 あれのどの辺が賢者かと思ったが、クロノスが言うには情報を集めたり伝えたりするって言ってたし、そう考えれば賢者か。


 「賢者と接触し向こうから話しかけられたならば、最初の第一声は何かしらの“能力(ちから)”を授ける行為と聞いたことがある。其方、何か変化はないか?」

 「変化、ですか。そういえばここに来てから他人の感情を感じ取れるような気がします」

 「ふむ。ではそれかもしれぬな」

 「その賢者はどんな能力でも授けられるんですか?」

 「いや、先天的後天的を問わず才がなければならぬ」


 ということは俺には他人の感情を察する才能が……!? いや、普通程度ならまだしも、特別才能と言えるほどあるとは思えないな。しかし感情……そういえばエアリスの主食って感情だったよな。最近じゃ俺たちと変わらない食べ物を俺たち以上に食い漁っているが。おかげでダンジョン特需と言える方法で総理大臣以上に稼いでいるはずの俺の口座は、入出金の波が最悪の海と名高いドレーク海峡並みに大荒れらしい。

 ともかくエアリスの影響という線はありそうだ。


 「そうなんですね。それじゃ俺がいる世界の話をしましょう」

 「よっ! 待ってました!」


 王様、どうした急に……

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