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時の棺にて3


 目の前で非現実的な美女が二人、雑談に興じている。軽くゾンビな見た目の俺が同じテーブルを囲んでいるのは場違い感がある。だが満足に体を動かせないから仕方ない。なので椅子に座ったままおとなしくカップの中を満たす激甘茶をストローでチューチューしながら心の中で無機質な相槌を打つ仕事をかれこれ二時間ほどしていると思う。

 チューチューしてるのにどうしてカップを満たしているかって? それはね、全然減らないからさ! 無限チューチューさ!


 『我が主人はどう思いますか? クロノスの言うことは合理的とは言い難く思うのですが』

 「え? あー、うん、そうだね」

 『……さては聞いていませんでしたね?』

 「いや、そんなことは——」

 『まぁいいです。ワタシは心が銀河系を凌ぐほど広いので許します』

 「あ、はい」


 許すと言いつつジト目である。これじゃあ銀河系を凌ぐのは過言だと思うなぁ。


 『ところでログハウスの様子は気にならないのですか?』


 気にならないかと言われてもまだ一日くらいしか経ってないだろうしなぁ。


 『この三日の間に数度の襲撃があったようですが』

 「それを先に言えよ!」


 リーンによると襲撃者は人間。人種国籍は日本を含め様々だが、国として関与しているのは主に北の国、大陸の国、半島の国、アラブ系国家のいくつかとアメリカだ。その目的はクラン・ログハウスで保護している田村さんの、おそらく拉致だ。やはりモンスター化したペットを使役しているというのは珍しかったらしい。ってか簡単に情報漏れすぎじゃないか? 大丈夫か? 日本。


 「香織は……みんなは無事なのか?」

 『はい。襲撃者に死傷者が出ていますが、エアリスが帰還していますのでもう問題ないでしょう』


 敵とはいえ死人が出た。それはログハウスの誰かがやったんだろうか。

 仕方なかったとはいえ俺もグレーテルを殺している。モンスターのような姿になってはいたが、人を殺したという気持ち悪さは残ったままだ。


 『心配は無用かと。我が主人がグレーテルの一体を殺した件もあり、ログハウスの皆様はそれなりに覚悟を決めていたようですので』


 それなら安心……とは言えないが、まぁ少しホッとした。


 「……ん? 聞き間違いか? グレーテルが何人もいるみたいに聞こえたんだが」

 『グレーテルシリーズの事でしたら、現在はヘンゼルと名乗っている男と西の国に潜伏していますよ』

 「グレーテルシリーズってなんだよ……」

 『主に犯罪者の集まりです。西の国のダンジョンには姿を変えるモンスターがいます。とても弱いため生かしたままその肉片を採取する事が可能だったようで、それを利用してモンスター化させたのでしょう』

 「悪趣味な……」


 いやぁ〜新事実が次々と発覚しますねぇ。エアリスが攻略本だとしたらリーンはアップデートされた情報までも網羅した完全攻略本ってところだろうか。



 『それはともかくとして、襲撃者を送り出した各国は公にするつもりはないようですのでそちらもご安心ください』

 「スロット大統領……悪い人ではなさそうだったのになぁ……」

 『各国のトップが関与しているかどうかは別として、ヒトとはうつろうものですからね』


 おそらく答えを知っているリーンがそういうって事は国の指示で襲撃したわけじゃないのかもしれない。それをはっきりと言わないのは何故だと思うが、聞かない方が良いからという線もあり得る。なんせ未来から来たことがほぼ確定の存在だからな。タイムパラドックス的なアレやコレがあるとか、そういう話かもな。


 「にしてもモンスターがペットって、拉致するほどか?」

 『ログハウスに神狼と魔猫がいることで飼い慣らすのは簡単に思えるでしょうが、難易度は非常に高いです』

 「そうなのか……ってかチビは光の柱を落としたりするし神狼感あるからわかるけど、魔猫ってまさか、おはぎのことか?」

 『はい。確かダンジョン内の森で猫型モンスターから託されたのでしたね。おはぎは元々日本にいた普通の猫ですよ』


 おはぎ出生の秘密が明らかになったわけだが、魔猫ってことはモンスター化した猫だったのか。でもエアリスはおはぎの事を第二世代、つまりモンスターの子供だって言ってたと思うが……


 『第二世代にもいろいろいますので。おはぎは子を産んだばかりのモンスターに育てられ、その過程でモンスター化しています』

 「過程……?」


 まさかダンジョンに居続けるとモンスターになるとかじゃないよな? だとしたら俺なんて結構……いや、エアリスが俺を強くするためにステータスをいじる以外にもいろいろしてたみたいだから、もしかしたら似たようなもんかもだけどさ。


 『おはぎはモンスターの乳で育ったのです。モンスター化出来たことも加味するとかなりの幸運の持ち主であることは疑いようもありません。ちなみにモンスターを踊り食いでもしない限り基本的にモンスター化はしませんし、それも運次第のようなものですのでご安心を』


 なるほど。ログハウスの食卓にはドロップ品の肉が毎日毎食と言っていいほど出るけど、それは大丈夫みたいだな。モンスターの乳も直接飲んだりしなければ問題ないようだ。

 ふと思ったがもしかして牧場なんてできたりするんだろうか。帰ったらやってみるのもおもしろいかもしれない。



 『それはそうと効果がなかなか出ませんね』

 「そうねぇ。これは……最終的に新しい体を用意するか時間を戻す必要があるでしょうね」


 リーンと話している間、静かにこちらを見つめていたクロノス。口を開いたと思ったら、さらっとすごいこと言うなぁ。でも以前ここにみんなで来た時、クロノスは時間を止めて暴走した香織を助けてくれた。しかも俺だけが動けるようにして、だ。難易度がどれほどなのかわからないが、クロノスにとって難しい事ではないのだろう。つまり発言の内容がとんでもないことに思えるのは、俺たちとは基準が違いすぎる故だろう。


 『では必要な体を用意しましょう。大規模な時間操作はこちらが失敗した場合で』


 リーンもすごいことを言っている。本当に基準が違いすぎる。現代の技術はそこまで行っていないのではなどと思ったりもするが、この状況から鑑みるに現代の常識なんてものは全くアテにならない。出来るというのだから出来るんだろう。しかしそうなると、洗脳とかパンドラシステムとかの元凶っぽいリーンは都合の良い記憶を植え付けるなんて事もできてしまうかもしれないな。恐ろしい。少しの間違いで頭がパッパラパーになったりもしそうだな。ほんとうに恐ろしい。


 『ワタシ、あまり失敗しないので』


 どこかのスーパードクターのように言い切れないのは不慮の事故でパッパラパーもありうるのでは? かなり不安だ。


 『ではその間、意識を分離して保管しましょう。暇でしょうから何かゲームでもしますか?』

 「ちょっと理解の範疇超えてるんだが。意識の分離is何」

 『説明いたしましょう』


 分離というのは俺にもわかりやすいように言葉を選んだ結果らしい。それは少なくとも記憶をコピーして新しい体にインストールってわけではないというので謎の安堵感がある。


 どこかの大富豪が先天的に体の不自由な人から希望者を募って行ったサイボーグ化人体実験。そういった例があるし、そもそもリーン自体が超常的な存在なわけで、そういった方向性だったら嫌だなぁと思っていたからだ。

 実際には魂とも言うべきモノを昇華させ、一時的に肉体が不要な状態にする。それを新しい肉体に移す事で本来不可逆であるはずの昇華状態から凝華(ぎょうか)とも言える状態の移行を行い、その過程において肉体に同調、固着させるんだとか。それらを可能とするのはこの空間、アークの存在なくして語れないらしいが……『超絶長い話になりますよ。体感128年ほどです』と言うので辞退した。

 正直なところほぼ全ての内容が超越的過ぎて、初めての経済学で『経済は生き物だ』と言われた時以上に『ふ〜ん』しか出てこなかった。

 さて。ここでふと思ったことがある。その作業が終わった後の事だ。


 「それをやった後の俺は今の俺ってことでいいんだよな?」

 『テセウスの船ですか? ヒトは自らの細胞を新たな細胞に置き換えながら成長、老化しますがそれとなんら変わりません。強いて言えば今の主人が明日の主人になる、その程度の違いです』

 「んじゃまぁ……ところで痛かったりする?」

 『今感じている苦痛はなくなりますよ』


 なるべく平静を装っているが、リーンが言う通り体が悲鳴を上げている。どう考えても気が狂って当然の重症だが、脳が使えなくても思考できるあの感覚を今も続けられているから、身体中の痛みは“かなり鬱陶しいノイズ”程度に抑えられ意識全部を支配される程ではない。


 「エアリスの親ってことを考えると魔改造されそうで怖いのはあるが……このままじゃどうせ死んじゃいそうだしな。まぁ人間辞めない程度に頼むわ」

 『了承も得られましたし、では』



 【DEM端末より本体へ。リィンカーネイションプログラムの利用申請】


 ——プログラム起動


 【対象:御影悠人、“輪廻神性体”相当の器を創造することは可能か】


 ——対象者の神性不足により不可


 【対象:御影悠人、器の再構築は可能か】


 ——ゲノムの著しい崩壊により条件付きで可



 なんかアレだな。これ経費で落ちますか!? 無理ですねぇ〜みたいな感じに似てるな? 似てないかな?


 とりあえずリーンとしては今よりハイスペックな体にしたいようだ。普通に考えてそういった話は非常に賛否のある話だろうと思う。ダンジョンができる以前なら俺だって真っ先に拒否感があっただろう。だがしかし、ダンジョンが齎す成長とエアリスによる強化によってある意味既に改造されているようなこの身である。以前はあっただろう拒否感が今もある、とは言い切れなくなっている。そもそも今この体は放射線と熱によってボロボログズグズの死に体だ、拒否すればむしろ死にそうに思う。

 でもリーンの要望とは裏腹に全く新しい体は俺の精神がついて来れないからダメで、それならば再生医療的な感じで治せるかというとそれもなかなか難しいみたいな感じのやり取りが続いている。とはいえ治らないことはないようだが、聴いてる感じかなり改造されそうで……今と違う顔になったら困るなぁ。ダンジョンができる前と違って知り合い増えたし、それ以上に大事な人もできた。もしもそんな人たちに受け入れられなかったりでもしたら……考えるだけで恐ろしい。それに両親がどう感じるかもわからない。そういうことに対して臆病なのは良いことなのか悪いことなのかわからないが、少なくとも俺は不安に思う。


 【作業中、パンドラシステムとの同期およびエッセンス変換効率向上プログラムの利用申請】


 ——必須事項により最優先とする



 はいはいパンドラシステムね。よくわかっていないが、それのおかげで生き延びてると考えれば悪いものではないはずだ。ところで……


 「クロノス、エッセンス変換効率云々ってなんなんだ?」

 「ラノベだったかしら? そういった創作物には“魔素”から“魔力”になったりするものがあるじゃない? 例えばだけどエッセンスを魔素とした場合、それを能力を使うためのエネルギーに変換するのが上手くなればいろいろと便利でしょう?」

 「ふむ……? つまりよくあるのだと魔力操作とかのスキルみたいなもんか」

 「あなたは能力的に都合が良いからエッセンスを直接現象に変えるなんてことをしてるけど、普通はそうじゃないのよ。あなたの周りにいるみんなだって、ほとんど場合無意識だけど能力や身体強化系を使う時にエッセンスから魔力のようなものに変換してるわ」

 「へ〜」

 「あなたも身体強化するでしょ? だからやってるのよ?」

 「そうだったのか」

 「あなたにとってわかりやすいのは……そうね、【復元】かしらね」


 わかりやすいとクロノスは言うが、そうでもない。ゲーム等によるイメージがあるからこそ不安定ではあってもなんとか使えている程度だ。


 「復元といえば、以前脚が一瞬で生えたりしたのに、今回はあんまり効果が出なかった気がするなぁ。変換が上達すればいつでも生え放題ってことで合ってる?」

 「半分正解ね。今回は生命力が足りなかったからね」

 「生命力?」

 「つまりその、前の晩とか……えっと」

 「前の晩……?」


 どういう事だと考えている俺に、横からリーンがいろいろな謎が解ける言葉を放った。それを聞いたクロノスが両手で顔を覆うが、耳が真っ赤になっていたから顔も真っ赤なんだろう。


 でだ。いろいろな謎というのは、ひとつは“生命力”についてだ。夜の営みは単純な体力の消費以外にも一時的に生命力が目減りするらしい。【復元】には生命力が必要という話なんだが、ここで意識の違いが効果の違いに繋がっていたようだ。他人に使う際はゲームの回復魔法のイメージを持っていたからエッセンスを生命力に変換して譲渡できていたが、自分の場合は自然回復とか再生のイメージを強く持っていた。

 単純に考えると脚が無くなったらその体積分の生命力を失うが、脚を生やしても生命力は戻らない。体に残っていた分を融通しても生命を維持できると本能が察すればそれにエッセンスが応える形で脚を復元する、とかそんな感じか。


 「生命力を“消費”するわけではないんだな」

 『総量としては変わりません』


 脚が生える事で生命力が新たな脚に移動する場合に、体全体として生きるために必要な分に満たなくなるのであれば復元した途端に倒れたりするのを察して本能が拒否する感じだろうか。うーん、感覚的に理解が深まった気はするから良しとしよう。


 「まぁなんとなくわかったよ。言語化は難しいけど」

 『直近で生命力を減らしてしまっていたため今回のように重症になるのです。そもそもエアリスが変換をしっかりと教えていれば——』

 「いや、それに関してはたぶん教えてくれてはいたと思うぞ。ミスリルの加工とかを通して。まぁ応用力が足りなかったのかもしれん」


 エアリスが責められたように感じて咄嗟に口から言葉が出てしまった。自分で思っている以上にエアリスって存在は俺にとって大きいってことなんだろうな。


 『……そうですか。エアリスはしっかり頑張っていたのですね……では我が主人、道を示されながらも不甲斐なかった自らを猛省しなさい』

 「お、おう。なんかすまん」


 俺って嫌われてたりするんだろうかなんて思っていると『リーンったら、エアリスのこともあなたのことも心配してたのよ?』とクロノスが念話してきた。


 「マジか」

 『なんです?』

 「いやぁ……もしかしてリーン、実は心配してくれてたり?」

 『知りません』

 「なぁクロノス、リーンってツンデレ属性だったりする?」

 「どうかしら? ふふっ」


 

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