消失
side ログハウス
「いやー、参っちゃうっすね。狙いはやっぱ今をときめく田村さんっすかねー」
ログハウスの玄関先、余裕の表情でやれやれと大袈裟なジェスチャーでアピールする杏奈の足元には男たちが倒れ伏していた。人種は様々、服装も纏まりがない。装備は銃の他に軍用ナイフ、刀剣類に手榴弾と様々だ。銃や軍用ナイフから身元が割れそうなものだが、ブラックマーケットといった所謂“裏”からの入手も可能なことから、これはブラフだろうと考える。現実における裏組織について詳しくないとはいえ、こういった輩は所持品から所属が特定されることがないように操作されているものだと、杏奈の誇る知識が囁くからだ。ちなみにその知識の源泉はゲームである。正直言って当てにするべきものではないが、馬鹿にもできない。何故ならゲームのシナリオというのは、日常からほんの少し飛躍、変化しただけで“あり得ないとは言えない事”が多いからだ。つまりダンジョンがある非日常が日常となってきている今、そういった飛躍や変化はより現実味を帯びている。
田村さんというのはクラン・ログハウスに居候……もとい護衛されている、おそらくモンスターに対するテイム能力を持つとされる女性だ。その事を知るのは極僅かのはずだが、漏れるところには漏れてしまうもので、国内外からの拉致等が予想されている程希少らしい。田村さんを狙う者は、生物を強制的に従える能力と推測していて、その生物の中には人間も含まれている。だからこそその能力に危機感を持ちつつ期待もしているのだ。だが実際はそれほど使い勝手の良いものではない。エアリスによると田村さんの能力発動の条件はユニーク、つまり固有と言えるものも含まれていて、それが都合良く相手を従えるなどというものではないと調べがついているし、そもそもただの人間はその対象に含まれていないようだ。
現在は地上よりは拉致の危険性が低いという事もあってログハウスメンバーに紛れて生活しているが……現状から杏奈はそれも漏れたと考えている。だからこそ不埒者が足元に転がっているのだ。
「この人、目隠しと結束バンド、それにかなり大きなスポーツバッグ持ってるから、拉致は目的の一つ。でも僕らを見てすぐに殺そうとしてたから暗殺も、かな」
「あたしらは暗殺、田村さんは拉致っすか?」
「たぶんね。でもこんなに弱くちゃ暗殺なんてできないんじゃ……でもそうなると田村さん拉致も無理かな?」
カイトがナチュラルに煽るも、それを向ける相手は全員昏倒もしくは死亡している。悠人は人間を辞めた相手を殺害したことが心の棘になっていたが、カイトにそれは一切無い事に杏奈は薄寒さを感じていた。とはいえここはある意味治外法権と言っても過言では無い場所。身を守るためなら割り切るべきだろうとも思っている。
「カイトさんって、常識人に見えてもやっぱおにーさんの親友っすよねー」
「そうかな?」
「いくら相手が弱いからって、雑魚扱いはかわいそっす」
「そこはお互い様にも思えるけど、悠人の親友って言われるのは嬉しいな」
決して褒めたわけではなく、むしろ変人枠という意味で言った杏奈だったが、しかし悠人の親友と言われ何やら嬉しさが漏れ出しているカイトのことは“手遅れ枠”として放っておく事にした。尚、自分がカイトよりも先に手遅れになっているとは露程も思っていない。
「二人とも〜、オールクリアよ〜」
屋根の上で各種センサー内蔵のゴーグルを駆使し周辺警戒をしていたさくらから掛けられた声に二人は了解の意を返す。
「それにしてもエアリスが急に消えちゃったっすけど、おにーさんになんかあったっすかねぇ」
誰に向けたわけでもない呟き。それに応えたわけではないが、ログハウスの窓から外を見ていた香織が呟いた……「嫌な予感がする」と。
side 御影悠人
記憶の底にあった“鍵”を掴み目を開けると、現実の俺の手にはその“鍵”があった。高速で落下していながらも、その鍵は開いた掌から離れない。エアリスには何も言わずに鍵にエッセンスを込めると、自動的にミサイルが転移対象に設定され、鍵は光の粒子となって空に融けていく。それと同時、脳内でカウントダウンが始まった。その数字が零になった時、俺はこの危険物と共に転移するんだろう。
それにしても“誰か”の意思を感じるほどの用意周到さだ。その“誰か”が敵では無いことを祈るばかりだが、実際に祈っている時間はない。
「アークに行けるのは俺だけだ」
「……何故ですか?」
「説明してる時間はない。これからコイツを連れてアークに飛ぶ。そこなら希望は……きっとある」
アークで香織の能力が暴走した際、そこに現れ時間を停めた存在がいた。今ならわかるがアレが今ログハウスにいるクロノスの本来の意識体だ。俺の左右の手の甲にある石、その中に在る領域に繋がれたクロノスやエアリスに瓜二つの存在たちの大元とも言える。ではエアリスもクロノスを元にしているのかというと少し違うようだが、詳しい記憶は浮かび上がってこない。
ともかくクロノスの“時を停める力”があればミサイルの時間を停められるはずだ。停めている間に処分するか、出来なくとも考える時間くらいは作れるだろうと踏んでいる。向こうにとって迷惑なのは百も承知だが、いざとなれば強気でゴネていく所存である。グループ・エゴがダンジョンの意思のようなものを反映しているとすれば核兵器はダンジョンにとっても排除したいはずだ。となれば『世界最凶の汚物をほっといていいんか?』という脅しも効くかもしれない。地上のことなんか知らんと言われるかもしれないが。
「しかし……!」
「心配すんなって」
一刻を争う現状、目覚めた食事への欲望が裏切られた時以上に深刻な顔をするエアリスに対し、何でもないように言うだけで精一杯だ。例え返事がなくとも、もうすぐ俺は【転移】する。だが、その前にこれだけは言っておこうと思った。
「香織の事、頼む。あぁでもすぐ帰るって言っといて」
「ッ!!」
ぶっちゃけ本当にすぐ帰るつもりだが、俺を、ペルソナを狙って侵攻作戦の中に暗殺計画が盛り込まれていた事から、ダンジョンの中でも何か動きがあっても不思議ではないだろう。その動きが例え将来的にであっても障害となるならば、すぐに対処しておく必要があると今回のことで学んだ。それに、地上で表立ったのは北の国だけだが、今のログハウスには護衛対象の田村さんがいる。何かするつもりならどこかの国や組織単独ではない可能性だってあるし、様々な思惑から現地で徒党を組む可能性もある。最悪、日本の中にももしかしたら。そんなわけで、俺が帰るまでの間を頼んだ。
そうこうしているうちにもう時間が来たみたいだ。高速で落下している最中にも関わらず飛翔体の中からカチリと音がした。
「じゃあな」
「ご主——」
纏った【不可侵の壁】を貫通し、触れている手どころか耐熱対冷耐圧等に秀でたペルソナの衣装でさえ防ぎきれない熱量を感じたと同時、俺は飛翔体と共に【転移】し……そして時は停まった。
side 喫茶ゆーとぴあ
突然の喪失感を覚えた神々が卓を囲んでいた。
「また“繰り返す”のね……」
「いや、そうとも限らんじゃろう」
「そうだぜ天照。そもそも俺らぁ、傍観するしかないだろ? ヒックッ」
「何が起きてやがるんだ……?」
天照大神、龍神イルルヤンカシュ、鬼神酒呑童子、そして嵐神プルリーヤシュ。世界に散らばる神話の存在。その中で異次元に数多在る中でダンジョンを利用する事で現界し、悠人と縁を持った神々だ。
天照大神は全てを照らす事により彼が繰り返した悪夢を。
龍神イルルヤンカシュは数々の神話において姿を変える並行多存在としての特性によって。
鬼神酒呑童子は酒に酔って観る泡沫の夢を通して。
それぞれが己の権能をもってダンジョンシステムに干渉しており、現状をある程度把握している。
四柱目である嵐神プルリーヤシュにそういった類の権能はなく知る事はできない領域だったが、この場にいる三柱によって説明は受けている。そんな嵐神に風が囁く。
「……御影悠人が、光と共に消えた? ではこれが分岐点?」
チンピラ風を装う余裕すら失った嵐神のその呟きはとても小さく、一般探険者で賑わう店内で聴き取れたのは同席する三柱だけだった。
「ここまで繰り返したのではない。ここから繰り返すのでもない。どんな道筋を辿ろうとも必ず通る同等の状況、そこだけを繰り返しただけじゃ。ま、場所も相手もこれまでと違うがの」
「今回は大丈夫かしら、悠人ちゃん」
「これまでよりマシじゃろう。“復元”能力は完成させられんかったが、その過程で彼奴等の言うエッセンス……“ヒトに足りない一雫”との親和性も上々じゃ」
「それでも……」
龍神の言葉に続き天照は不安を言葉とした。いつもはテンション高めにキャピっている大神とて、外に吐き出したくなることもある、ということだろう。それが口調と声に表れていた。
「どうしたって俺らぁにできるこたぁ無い。特異点は俺らぁみたいな存在もとうの昔に巻き込んじまってんだ。だからぁ、呑むぞおめぇら! ほら嵐の、コップ出せや」
「あっハイ、いただきやす」
神話においても酒に溺れた経験のある神々と、そうでもない神。酒宴は続く。
「よぉーっしこれが今回の俺らぁのやるべき事だ。呑むぞぉー! 悠人の財布に!」
「「「悠人の財布に」」」
彼らの“やるべき事”。それは御影悠人をこの世界に留め置く事だ。御影悠人の死亡または消失が確定した時、世界の時間は停まり、特定の時点から世界は新たに枝分かれする。それを実際に自覚している存在はこの場にいないが、先に往くなら御影悠人とこの時間軸、現行世界とを繋ぐ事が必要となる。つまり消失からの帰還、それに必要なものは“繋がり”ではないかと推察し実行しているのだ。故に敢えて道化を演じている……ということにしている。本当のところは“神のみぞ知る”のだが。
「アーカイブと言ったか。そこから悠人の存在を消すわけにはいかぬ。たとえ自身であっても消せぬ程、存分に痕跡を残してやるとしよう」
「そうね。悠人っ君の魔法のカードを使えば使うほどいいのよね! じゃあ今日は“十八代”、いっちゃおうかしら。お姉さ〜ん、注文いいかしら〜」
「俺ぁ“悪鬼殺し”! 樽で!」
樽は流石に時代錯誤だろうと思いつつ、悠人と悠人の財布を憐れみ、しかし酒はしっかり飲む嵐神であった。
………
……
…
「クロノス。どうしたのですクロノス。此処の停止はどういった影響が出るかわからないのですよ。わかっているのですかクロノス」
「わかってる。わかってるけど緊急事態だから少し黙ってて」
足をつけるべき地面も見上げるべき空も曖昧な空間で、機械的で平坦な口調の女と、苛立ちと焦りを隠そうともしない女、二人が会話をしている。機械のような声音の女の姿は見えないが、もう一方……クロノスはそこに在った。互いに非難めいた雰囲気を醸し出しているが、停止した時の中で仲裁できるような者はここにはいない。
「あの時は“既定のイベント”の範疇にありましたが、創造主の絡まない“時”の操作は……何ですかそれは? 形状から人類の兵器ですか。何やら形が崩れているようですが大丈夫なのですか? どうなのです?」
「だから黙っててリーン」
リーンと呼ばれた女はホログラムの体を現し、クロノスと呼ばれた女が虚空に向かって広げた手の先を見た。そこには小さな、とても小さな崩れようとしている模型のような物が浮いている。
一方のクロノスは大きな何かを見上げるように視線を上方へ向けていた。
「それにこの羽虫のような小さな生物はもしや……我が主人?」
「一応、御影悠人ね」
「おお……我が主人、こんな羽虫の様になってしまうとは情けない」
「その羽虫っていうのやめてあげなさいよ。私より背、高いじゃない」
「……見え方が違うようですね。ともあれこの小さなヒトの子がこの時間軸の主人……時間の爆心地ですか」
「爆心地になるかどうかはまだわからないでしょ。まあ今は爆弾抱えてるから物理的に爆心地ルートだけど」
「ぷぷ。最近のあなたはおもしろいですねクロノス。ログハウスにいる抜け殻を使って盗み聞きしているからですか? 座布団あげます」
まるで感情のこもっていない無機質な声音で『おもしろい』と宣う声に、クロノスと呼ばれた女は苛立ちを隠さない。
「だったらもっと楽しそうに言いなさいよね。あと人聞き悪いのよアンタは。あれは抜け殻じゃなくて私の立派な分体よ」
「“姉なるラムダ”でしたか。母なるアルファの母役を姉にさせるとはなかなかの趣味ですね。それでどうします? この羽虫の主人」
「ったくコイツはほんっとあの子の悪いところを煮詰めたような性格してるわね……あんたの創造主でしょうに」
「いえ、まだ創造主として統合覚醒してはおりませんので。それはともかくとして、お褒めにあずかり光栄です」
「はあ……まあいいわ」
「ところで生きていますか? 大部分が吹き飛んでいるように見えますが」
「生きてはいるわよ。停滞を解いたら即死でしょうけど」
「つまり今回も同じような死に様、と」
「まだ生きてるって言ってるでしょうが。ともかくどういう経緯でこんなものを持ち込んだのかアーカイブで見てみましょ」
「承認。記録を再生します」