北の国軍暗殺部隊
支援物資輸送船強襲部隊
「前進して取り囲め」
今回俺たちの標的は日本人の男女二人組だ。どうやら穴倉に引き篭もっている連中の中で幹部クラスらしいが、各部隊の精鋭である俺たちにとって制圧も殺害も思うがままだろう。最も狙撃に長けるスナイパーは街の外れ、ペルソナ側を張っているが、こちらも腕利きの猛者揃いだ。俺を含めてな!
我が祖国の戦乙女に匹敵する程の強者もいるし、穴倉で得られる摩訶不思議な能力を妨げることのできる人員も配備されている。それもこちらとあちらに二人ずつだ。負ける要素が見当たらなさすぎて欠伸が出るぜ。
奴らが乗り込んだ貨物輸送船に近付くため、荷下ろしされた大量のコンテナの陰を進む。流石にこの大人数、静かに移動してもガチャガチャと音は鳴るが、船までは距離がある。まだ聴こえる距離じゃないから少しの音より素早い移動だ。
先頭が角から頭を出して確認し、こちらを向かないままハンドサインで『次のコンテナへ移動』と指示を出す。俺たちは先頭が移動したのに続いて素早く次のコンテナへ移動した。
「楽勝だな」
「ああ。あいつらビビって出てこねーぞ」
「気付いてなきゃビビれないだろ?」
「それもそうか」
他の奴らは気を抜いているな。まったく、本番はやつらが姿を見せるか俺たちが船に乗り込んでからだろうに。
だが楽勝というのはその通りかもな。俺は、というかここにいる俺たちのほとんどはあの不気味な穴倉に入ったことはないが、所詮は人間だ。これだけの人数から放たれる銃弾が一斉に襲えばひとたまりもないだろう。それもどこにでもいそうな……いや、それよりも少し綺麗な顔をした若い男と、お世辞にも高いとは言えない身長で子供のような顔をした女……というか少女だ。結果はすでに見えている。少し可哀想に思えるが、これも祖国のため。許せ。
そんなことを思っていると、次の前進で船に突入する位置に付けていた奴らから動揺した声が上がる。そして次の瞬間、海が爆発した。
「なんだ今の音は!?」
先頭にいる男、たしかチビリェンコと言ったか。そいつが口を半開きにし目を見開いていて、質問に答えない。肩を掴みもう一度問おうとした瞬間、俺たちに海水が降り注いだ。
「な、何がどうなって……ッ!?」
部隊の誰かが言い切る間もなく二度目の爆発音。その合間、不思議と響く声を聴いた気がした。そしてまた海水が降り、爆発音。状況を確認するためチビリェンコを無理矢理退かしコンテナの角から顔を出す。タラップは既になく、輸送船は大きく揺れながら徐々に離れていく。
『爆ぜよ』
今度ははっきりと声が聴こえたと同時、海が爆発する。そしてまた海水が降り注ぐ。気付けば足下は水浸しで俺たちも冷たい海水塗れになっていた。
船上から海中に向け爆弾か化学反応を起こす何かを投げ入れたのだろうか。後者なら海水を浴びた俺たちに影響があるかもしれないが、その不安を敢えて味方に知らせるわけにはいかない。それよりも任務達成のためには陸から離れ乗り込めなくなった船ごと沈めるしかない。何も知らぬ乗組員には悪いがそれは二の次だ。船を沈めあの二人が浮いてきたならばそれを処理するのが最善か。そういった迅速な指示がないあたり、大方本部と連絡を取ろうとしているのだろうか。
「悪足掻きか。このままでは乗り込めん! 船ごと爆破するぞ!」
指示のない現状に焦れったくなり周囲に聴かせるように声を上げた。無反動砲を準備し始めると近くの奴らから波及していく。先頭にいたチビリェンコは先程の海水をもろに被ったらしく、尻餅を付いたまま動きが止まっている。股間が特に濡れているように見えたが……おそらくそこに海水の塊を受けてしまったのだろうということにして放っておくことにした。
今も断続的に続く海水の雨で通信機器が使い物にならなくなり、これを使ってのカウントはできない。周囲に目をやると見える範囲全てがこちらに注目していた。
「仕方ない。お前ら、遅れるなよ!」
本来なら標的を確実に仕留めるのが先だったが、最後にはどうせ船も沈める予定だったからな。
全員の了承を表情やハンドサインから確認した。こちらを見れていない奴らもいるが、隣が動いたら動けば良いだけだし問題ないだろう。
深く息を吸い心を落ち着かせ、コンテナの陰から飛び出した。後続のスペースを確保するためにも大袈裟な前進をし、片膝を立て狙いを定めた。そして撃……とうとした時、俺の体は首から下、足の指先まで凍りついた。
何が起こったのかわからないが、咄嗟に体勢を変え体の表面を覆う氷を砕こうとした。しかしそれはかなわなかった。何故なら地面に着けていた膝、靴裏までもが、地面と一体化するように凍りついていたからだ。
「くそぉ……動けねぇ!!」
そう言ったのは穴倉で鍛えたというゴルチョムという熊のような男だ。怪力自慢で俺たちのような軍人が数人がかりでも腕相撲で勝てた試しがない。
「銃口まで凍り付かせた。撃てば……わかるな?」
いつの間にか船上に姿を現していた日本人の男は我らが祖国語で警告する。大きくはないがやけに通る声だった。その声に従ったわけではなくとも引き金にかけた指はピクリとも動かない。なぜならその男は『撃てば』とは言うが、ほぼ全身を覆う氷は指の一本も動かせないほどに精密で強固だったからだ。俺たちは、恐ろしいまでの寒さと任務失敗の確信に顔を青ざめさせるしかなかった。
「撃たないのは良い判断だ。ではおやすみ。良い夢を」
撃たないんじゃなく撃てないんだ。
そんな事を言う間もなく、体を何かが通り抜ける感覚。それを認識したのを最後に意識は沈んでいった。
主要経路検問部隊
『狙撃班、撃て』
連続した重い音と共に発射された二発の弾丸。完璧に捉えたはずだったそれは効力を発揮したようには見えない。
「くそっ」
「外した……わけではなさそうだな」
「お前のスポットで俺が外すかよっ!」
ここに来る前は黒い壁を越えた先でペルソナを誘き出し、現れ次第狙撃する任務についていた。あの時は拠点になる町、せめて村と言える場所まで進みたかったができずに退却している。
「移動するぞ」
「ああ」
通常の狙撃銃では二足歩行の異形の化け物にまったく歯が立たなかった。聞けばあの黒い壁を越えた先やダンジョンと呼ばれる場所では銃火器の威力が著しく落ちるらしい。それを知っていればあの時もこのデカブツを使ったんだがな。使用許可が降りたコレを担ぎ、次にペルソナが現れる可能性があるとしてやってきた上海。ここは黒い壁の外、つまりは戦車の装甲を撃ち抜ける銃と弾丸の効果が最大限発揮される場所だ。本来ならペルソナの頭は撃ち抜かれ地に落ちているはずだというのに。
「あの中でペルソナを釣るためにかなりの人数を動員していたが……その理由がわかった気がする」
「だなぁ。こりゃやべーぞ。たぶんあいつ、手で払い落としやがった」
自分で言っておいて信じられない気持ちでいっぱいだが、おそらくその通りだ。右手がブレたと思えば次の瞬間には汚いものでも触った後のように手を叩いている。その様子を見た相棒であるスポッターは、事実であると認識したか深く嘆息した。その白い息はかなり濃く見え、居場所がバレるからやめろと言いたくはなる。だがその気持ちがわかるからこそ何も言えなかった。何故って、この銃は化け物だ。これに撃たれて生きている人間など、急所を外されただけの死にかけくらいだろう。
だが全く効果がないわけはないだろう。手を使って防いだというなら、防がなければならなかったからに他ならない……そもそも手で防ぐってなんなんだと思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。アイツはまずい。何としてもここで仕留めなければ。
「狙撃は無理か?」
「俺だけならな。だが今回はアルチョムに主役は譲って隙あらば、だな」
アルチョムはどこからともなく古風な武器を取り出し戦う、この寄せ集め部隊の中でも特に異質な存在だ。その際、腕力などの身体能力が上昇し、手に持つ武器を扱える程度になるらしい。そんな特殊な能力を得た背景には、あのダンジョンが関わっているんだとか。彼はダンジョンが現れてからずっと潜り続けていたらしく、最近まで上層部も認知していなかった。彼はその能力を使い、食糧に困る祖国において住んでいた町の英雄となっていた。最近になって上層部に知られたというのも理由がある。彼はもとより町の住民は彼の存在を秘匿していたからだ。
そういえば船の方に行った部隊にゴルチョムというマッチョがいるが、似ているのは名前だけだ。あっちは格闘技専門らしいしな。
「よっと」
「ぜぇぜぇ……」
「運動不足じゃないか?」
「少しは……手伝えよ……相棒ぉ」
「俺にはそれの所持許可が出ていないからな」
「くそがぁ……」
付近では最も高層のビル、その屋上へとエレベーターと階段を使って移動する。エレベーターは一般人と出会す可能性もあるが、素早い移動が必要だというのに対物ライフルを納めたバッグが重すぎるからだ。
息を切らせ心臓破りかに思われる最後の階段を登り切り屋上へと出る。冷たい空気がうまい。それがたとえ生ゴミや糞尿の臭いを内包していたとしても、だ。
「ふぅ。しかしアルチョムも災難だな」
「家族や知り合いが人質になっているようなもんなんだ。そうなりゃ俺だって逆らえないさ」
「だがおかげで強いと噂のペルソナにも勝てそうだ」
「噂じゃなく実際に強いだろう? 狙撃で仕留められなかったんだ」
「ちっ」
本来のアルチョムは争いを好まない。しかし何があったのか、ここに来てからのあいつはどうも様子がおかしい。具体的にはやけに好戦的になったところか。しかし狙撃をものともしないペルソナが相手となればおかしくなっても戦ってくれさえすれば問題ない。相棒の言葉通りペルソナは人間かどうか怪しい。だがそれはアルチョムにも言えることだ。それに部隊は俺たちだけじゃない。今はペルソナが空に浮いているから身を潜めているが、アレを落としさえすれば袋叩きだ。そう、空に浮いているのが厄介なのだ。それもただ浮いているだけでなく、背中にある黒い翼……昔ゲームや日本のアニメで見たドラゴンのような翼を使い自由に動いて……?
「……つーかなんでアイツ空飛んでんだよっ!?」
「今更だな。まあ本当に人間じゃないのかもしれな……?」
本当に今更だ。何故俺は、俺たちは奴が飛行している事に今の今まで疑問を持たなかった?
どんな奴かも判明していないが、とりあえずとして戦車の装甲も撃ち抜く対物ライフルの銃弾を素手で叩き落とすような相手に対し何故“戦える、斃せる”と思った?
目覚めたかのように意識がハッキリとした感覚。それは相棒も同じだったようで二人顔を見合わせる。
「やべー。急に帰りたくなってきた」
「同感だが……」
「他の奴らがやる気っぽいよなぁ」
「ここで逃げたら一生追われる」
「やってるフリってダメか?」
「無駄かもしれないがペルソナにだけ見えるように“白旗”あげておくか……」