御影航空の暗躍1
「ふぅ。結局どのくらいいたんだ?」
「十五万ほどでしょうか。魔王の一件の際に出征していた軍人が全てダークストーカーに転化したと仮定して約四十万ですが、それに気付いた大陸の国軍は兵器の大量投入によって殲滅を試みていたようですので、多少減っているかもしれません」
「十五万か。どおりで見飽きたわけだ。ところでこの国の人口ってたしか十五億くらいいたと思うんだが」
「約三億人の他国やダンジョンへと逃げた者たちを除き、多くがダークストーカー、またはその餌食になっているでしょう。よってダンジョン化領域内に存在するダークストーカーは五億から八億と推定されます」
「億単位かよ」
幅があるとはいえこういう具体的な数字が出てくる事に驚きはするが、エアリスってそういうやつだからな。ただ五億と八億、三億もの差があるのは、ダンジョン情報に多少干渉し情報を抜き取ることができるエアリスであってもこの領域内に干渉するのは難しかったからだろう。
「それでこれからどうするんすか?」
杏奈の質問に考えていた事を話すことにする。でもそれが最終決定じゃなく、二人に意見を求めるという意味合いが強い。
「そうだなぁ。北の国軍がモンゴルの西側を縦断して北西側に展開してるのはわかったけど、東側はわからないんだよな?」
「はい。ドームの北側が食い込んでいるモンゴルへの支援を口実に軍を送りそのまま進軍、西側から侵攻しようとしている事はわかっていましたが、東側……つまり北の国と大陸の国の国境の情報はありませんでした。しかし、西側から突入した部隊がドーム内部で東に転進、またはそれとは別にこっそり入り込んでいる可能性も否定できません」
「ドーム内で転身ねぇ……情報漏洩対策ならあり得なくはないか。じゃなけりゃ西は囮で本命は首都なんてことがなけりゃいいけど」
「じゃあ今度はドームの東側、上海っすね! 香織さんたちには悪いっすけど、デートが捗りそうっすね!」
国からの極秘依頼という形で潜入してるからか常に緊張している感覚があったが、杏奈の言葉で少し体から力が抜けた。なんだかんだ、杏奈がついてきてくれて良かったかもしれない。とはいえこれだけは一応言っておかないと。
「遊びじゃないからなー?」
「と、お気楽な杏奈ちゃんに気分的に救われているおにーさんが言っておりますっす」
「ぐぅ……否定はしないけどさ」
「ずっと気を張ってたら疲れるっすよ? 適度に抜いていきましょっす。あっ、焚き火が萎んできたっす」
「ほいほいっと薪追加〜」
北の国と大陸の国の東側国境はダンジョン化ドームの範囲外だ。そこからの侵攻となればアメリカの軍事衛星が捉えることもできるため、ドームに辿り着く前どころか国境に部隊を集結させただけでもエアリスが察知しているだろう。とはいえ旅行者や一般人を装って種々のルートから入り込んでいる可能性を否定はできない。
「なんにしても東側は見なきゃだな」
ダンジョン化ドームの外側、世界的大都市の上海の様子も見ておきたいな。それと半分くらいドームの中に入ってるらしい首都、北京も見ておくべきだろう。北の国は『解放』を大義名分としているから、首都を無視というわけにはいかないだろうし、何かしらの手掛かりがあるはずだ。
「ってことは、東に行くんすね? いやー、日本が近くなるってだけで安心感が違うっすね!」
「いやいや、軍がいるかもって思うと逆に不安になるけど」
「それはそうっすね……あっ、すごく悪い想像しちゃったんすけど、もしも軍がいなかったら、そこにミサイルを撃つ予定だから、なんてことはないっすよね?」
「え? あー……いや、まさかそんな」
杏奈め、とんでもない爆弾を投下してくれる。ん? なんだそのドヤ顔。ミサイルだけに、ってか? やかましいわ。
「杏奈様、随分と恐ろしい想像をしますね」
「昨日二人が散々脅かすからっすよ〜。でもさすがにそんな事ないっすよね。東側の海沿いといえば、ドームのぎりぎり外側でネットも繋がる大都市があるっすから。あっ、そろそろお肉焼けてるっすね」
「じゃあ今日は焼肉のタレで……肉だけってのも寂しいな」
「こんなこともあろうかと! おにぎりとお茶をどうぞ。お味噌汁もありますよ」
上海地区はダンジョン化の範囲外になっていて首都や内陸部からの避難民も多い。正確な人数は分からないが、ただでさえ東京よりも人口が多く、人口密度も六倍近い上海地区。そこに加え周辺を合わせると二億人くらいいるっぽい。そんなところに爆撃なんてさすがにしないだろう。
まぁ悪い事ばかり考えていても仕方ないし、杏奈を見習って肩の力を抜くことにした。寒いとこで飲む味噌汁うま。
それから少し休んで出発。御影航空325便が火を吹くぜ!
「本日は〜、御影航空上海直行便にご搭乗いただき〜、まことにありがとうございま〜す。当便は安心安全の不可視航行にて、北京を経由した後、上海市を目指して運行いたします。皆さまの快適な空の旅は〜、機長の御影が責任を持ってお送りいたします。道中乱気流が発生する場合がありますので〜、その際は歯を食いしばって耐えてください〜」
「副機長のエアリスです。機長の操縦を補助し、安全第一でお送りいたします」
「【不可侵の壁】のおかげで少しの揺れ程度なら大丈夫にしてあるにも関わらずその気遣い、くぅ〜! 安心安全っす! おにーさんにどこまでもまとわりついていくっす!」
「まとわりつくのは大変危険ですのでご遠慮願いまーす」
そんなわけでそのまま鉱山跡地で仮眠を取った俺たちは、昨日と同じように空を飛んで移動する。杏奈が乗るブランコは俺の腰に繋いでぶら下げている。黒い翼を羽ばたかせる黒ずくめフルフェイス男の腰と繋がるブランコに可愛らしい服装の女の子が座っているのは変としか言えないが、【不可視の衣】による迷彩で遠目からは一切見えないはずだし問題ない。
人がいる地域ではいろいろな機材が生きていると想定していて、熱感知のセンサー類もあると考えている。【ルクス・マグナ】を使うとそれによって発生する熱を【不可視の衣】では隠し切れないため、道中いるだろうダークストーカーへの迎撃はエアリスの浮遊する武器に任せて俺は杏奈を運ぶ事に専念する形だ。
「ダークストーカー、ほとんどいないっすねー」
「そうだなぁ。まぁあれだけ集めて置いてきたしな」
それから数時間、時折遭遇するはぐれダークストーカーをエアリスが鼻歌混じりに斬り刻み、時に押し潰しながら飛んだ。山の上空を通過する際、モンスター化したパンダを見かけた。そいつらとは結構な距離があったにもかかわらずこちらを察知し、まるで『笹食ってる場合じゃねぇ!』とばかりに牙を剥きながら斜面を転がるように追いかけて来ていたが、麓から先までは追いかけて来なかった。
「いやー、野生のパンダってまだいたんすね!」
「ダンジョン化の影響ってだけで野生がいたかはわからんね」
「そうなんすか〜。ともかく動物園のと違ってかわいくなかったっす! あいつら猫被ってたんすね!」
「熊猫だけに?」
「うまいっ! 座布団一枚っす!」
「そりゃどうも。ってかパンダってあんな顔できるんだな」
「そっすねー。顔怖かったっす」
日本の熊型モンスターよりも恐ろしいパンダの顔にドン引きしつつ、他にどんな動物がモンスターになっているのかと考える。
「頭が良い猿とかがモンスター化したら厄介そうだな」
「どうなんすかね? ダークストーカーは元人間っすけど、頭が残念なゾンビみたいっす」
たしかに杏奈の言う事もわかる。でもプライベートダンジョン内にいる野生動物を模したモンスターたちは元になった動物を純粋に強化、または狂化したような感じだ。同じような影響を受けていたなら……まぁ今のところ類人猿とかの情報はないけど。動物園とかどうなってんのかなー。
「あれ? なんか飛んでくるっすよ」
「おっと」
見ればでかい鳥が翼を折りたたんで突っ込んできていた。かなりの速度だったこともあり反射的に拡散型の【ルクス・マグナ】で迎撃した事でほんの一瞬閃光弾のような光が発生してしまったが、そんなタイミングよくこちらに目を向けている人がいるなんて事はないだろう。
「お見事っす」
「よゆーよゆー」
それにしても迷彩効果で空に溶け込んでるはずなんだが、パンダも鳥もどうやって察知してるんだろうな。