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足止めの策、侵攻軍の思惑2


 「あー、結局逃げるなら無駄死にだよなぁ」

 「助けなくて良かったんすか?」

 「知り合いでもないし、侵略に加担したくないしなぁ。それに今回の目的は偵察だ、姿は見られない方が良いでしょ」

 「クララとかアレクセイがいてもっすか?」

 「あの二人は休日を楽しんでいるかと」

 「そうなんすかー」


 冷たいかもしれないがこれでも身の程を弁えているつもりだ。ただの一般人としても、探検者としても、他国の戦争には関わりたくはない。抜け道としては世界に認知されていると言えるペルソナとして救援に動く場合だが、それでも地上の問題に堂々と介入してしまうのは良くないように思う。そもそもここにいる事自体が不自然だしな。特に北の国軍の侵攻に異を唱える日本に籍を置く……つまり相対する立場である現在、言い掛かりから日本にミサイルが向く可能性だってあり、その場合要求は日本にとっても俺にとっても不本意なものになるだろう。


 それにしてもダークストーカーの動きに余裕があったのが少し気になった。俺たちには感知してから徐々に速度を上げて近付いてきていたが、ここではある程度の距離までゆっくりと進み、あとは一足飛びで襲い掛かれる距離、十メートルほどまで近付いてから飛びかかっていた。なんとなく知性を感じる動きだったのは、元が人間だからだろうか。

 そんなことを考えていると杏奈が思い出したように言う。


 「そういえば北の国軍をどうにかしてくれっていう依頼の準備っすもんね」

 「それなー。今回は偵察だからできれば姿を見せたくはないしな。まぁ侵攻を遅らせる嫌がらせができるならそうした方がいいかもしれないけど」

 「ではダークストーカーを利用しますか?」


 利用か。さっき見てた感じだとあいつらは人間を察知するとゆっくりと近付いていって、ある程度まで近付くと一気に距離を詰める。こっちに来た時だって視界の通らない林の向こうから気取られたことから、索敵範囲もかなり広いな。とすると、軍から見えない場所に誘導しても勝手にそちらへ向かうだろう。


 「軍が来そうなところに誘導するだけで足止めになりそうだよな」

 「じゃあせっかくなんで大軍勢作っちゃいましょっす! 見ただけで逃げ出してくれるくらいの!」

 「それは……」

 「ダメなんすか?」

 「大群ってなれば大型兵器使われるかもだしなー」

 「ミサイルとか空爆っすかね。でも火薬は威力減るんすよね?」

 「そうなんだけど、一定値減るのか割合なのか、どちらにしてもそもそも火力が高い兵器がどのくらい弱体化するかはわからないからないんだ。高威力のミサイルに搭載される弾頭ってなると魔王の一件の時みたいな程度じゃ参考にならないし。そもそも弾頭の中身が火薬とも限らないし、それに対してどうなのかもわからない」

 「ふむふむなるほど。わからん尽くしってことだけはわかったっす」

 「理想としては逃げる判断に傾きやすくて、且つ大型兵器の使用を躊躇うくらいかな」

 「では外縁部に近い地域は散発的に、北の国軍が慣れてくる頃に断続的となる塩梅に致しましょう」


 というわけで北の国軍が黒いドーム型の膜の外に退却しこちらを視認できなくなった隙にダークストーカーを集めては散らして探知範囲外へと【転移】して撒くの繰り返しだ。


 「ゲームで言えばMPKってとこか。こんな事を現実でやることになるとはなー」

 「それってモンスターを利用してプレイヤーをキルするやつっすよね」

 「そうそう」


 それによって誰かが死ねば遠回しな殺人なわけだが、そうしなければならないならそうする、という意思が今の俺にはある。この侵攻が上手くいってしまえば世界の地図は変わり、日本にも影響が出ることは間違いない。それはつまり両親、ログハウスのみんな、何より香織が困る事態に陥る可能性が高いと見ている。


 「懸念がないわけではありませんが、最善でしょう」

 「何かデメリットがあるんすか?」

 「ダークストーカーを撃破する事で北の国軍が成長するかもしれませんし、他の地域が手薄になりますので突破された後の進軍が容易になってしまう事ですね」


 ダークストーカーを倒すと他のモンスターのようにエッセンスを腕輪が吸収する。そのエッセンスは腕輪が自動的に人間の体をエッセンスに適応させるために最適化していく。しかしそれによる強化は体のどの部分、どの機能に作用するか、さらにその度合いにまで個人差がある。そして吸収したエッセンスは全てがそれに費やされるわけではなくストック状態になり、能力使用時にも消費される。

 懸念はそれだけではない。


 「あと核な。黒い粘液(グループ・エゴ)がこっちに出てこないと処理できなそうだし、いざそうなった時に都合よく出てくるとも限らないからな」

 「使われたら終わりっすか?」

 「終わりっすね〜」


 通常戦力でどうにもできなくなった場合、抑止力という名目で保有している核兵器を実践投入してしまう恐れもある。アメリカの核兵器は常に北の国に向いているという話があるが、実際に北の国が戦略級を使用した際にアメリカの戦略級が撃たれるかについては懐疑的な面がある。敗北が許されない北の国にとって、戦術級どころか戦略級核兵器でさえ攻勢戦力として数えられていてもおかしくなく、ダンジョンやモンスターといった脅威が存在する現在、アメリカが容認する可能性はより高くなっていてもおかしくはない。


 「二人ともそんな最悪な事、よく考えつくっすね」

 「危機管理は基本です」


 ダンジョンがなかったら、モンスターがいなかったらそこまで考えることはなかったかもしれないけどな。俺だってこんな事に関わる事はなかったし。っていうか、自由どころかしがらみが増えているように感じてしまうのは気のせいだろうか。まぁ、それはいい。


 「人間相手でもいざとなればヤケクソで核を使うかもしれないだろ? それがここじゃ使い放題だ」

 「え!? まだ人が残ってるかもしれないのにっすか!?」

 「そんなの、後からなんとでも言えるから」


 ダンジョンがなかったとしても起き得る事柄が、ダンジョン化したこの場所で起きないとは言えない。むしろ確率は高いだろう。証拠が残っても、それが発見されなければ証拠にならず、発見されても証明できるとは限らない。最悪それを認めなければいいのだ。

 さらに言えばダンジョンが現れたことで世界は依然緊急事態の真っ只中だ。生活が苦しいどころか危機に瀕している人も珍しくない。以前魔王を演じた小夜にこっ酷くやられた記憶は遠くないうちに風化していくだろう。そうなれば『人類の危機』を盾にダンジョンやモンスターに対して人類の意思は本格的に『攻勢』となってもおかしくない。つまり時間が経てば経つほど言い逃れの方法は増えていく。


 「最悪のパターンって、ほんと最悪なんすね……」

 「まぁね、ダンジョンが有益って認識されればね。いや、認識はある程度してると思うけど、共存よりも支配したい人間って多いし、単純にアレルギー反応は起こるもんだから。そうなったらもしかすると使われちゃうかもしれないよね、って話。実際一度はダンジョン内に持ち込まれたわけだし」

 「マスターの無事だけは保証しますのでご安心を」

 「ついでにあたしも守ってほしいところっす」

 「善処します」


 移動中、ただのブランコから深く座れるよう卵形に改良された椅子の中で自らの肩を抱くように身震いしてみせる杏奈に対し、エアリスは言う。対する杏奈はエアリスの言葉を聞き若干表情を硬くした。暗に保証できないと言われたようなものだし仕方ないだろう。


 実際のところは不明だが、世界屈指の軍事力を保有していると自負する国がなりふり構わなくなる状況になった場合、俺たちに降りかかる災厄を想像することくらい容易い。だがその決断をさせない程度の塩梅は……正直なところわからない。



 余談ではあるが現在、エアリスが認識している核兵器は全てエアリスの掌中と言っても過言ではない。杏奈どころか誰にも言えないが、以前エアリスは俺が寝ている間にせっせと世界中のネットワークに侵入し、最上位権限を手に入れていたからだ。エアリスは今、ネットワーク上に人知れず存在する隠れた支配者のようなもので、一時的な株価の操作も容易、その気になれば核も撃ち放題である。さすがにそんなことはさせないけど。

 このダンジョン化中の黒いドームの中は無線でのインターネット接続ができないため、入る前にエアリスが認識している全ての核兵器は発射されないように設定しているが……そこで新たな問題が出てくる。

 もしもそれ以外の、通信から独立したものや新しい核があったら? 軍が核を携行していたら? そう考えると安心はできない。エアリスは核を恐れてはいないが、それは【不可侵の壁】によって俺の身くらいなら守れると思っているからだろう。だが逆に言えばそれ以外も守れるかはわからない。爆発を丸ごと【不可侵の壁】で囲ったとして、耐えられるかどうか……俺としては減衰することに賭けたとしても耐えられるとは思えない。

 つまり、結局いくら事前に対策をしても万全とは言い切れず、思わぬイレギュラーは俺とエアリスにとって不安の種だ。



 「ここは鉱山跡でしょうか。休憩には良さそうですね」

 「よし、ここをキャンプ地とする!」


 ともかく俺たちは空を飛び回り、集めたダークストーカーを兵士の士気が下がるであろう塩梅に配置した後、言ってみたかったセリフを言い放ち休息を取る事にした。

元人間で知性の欠片を若干残すダークストーカーさん。

つまり獲物が逃げずに待っていてくれるギリギリまで様子を見ながらにじり寄っていました。そして逃げる気配を察知した瞬間に襲いかかるという肉食獣の動き。相手が弱いと学習している故の舐めプであり、より多くを狩るためのの策のようなものです。

なお、悠人たちやそれなりにエッセンスとの融合が起きている探索者のような存在相手に同じことはできません。やらなきゃやられるという直感が働き、しかし肉食動物ほどの知性すら失っているため逃げるという選択肢がありません。さらに言えばダークストーカーにとって探索者はそうでない人間よりも美味しそうに見えるので、それに打ち克つほどの理性も失ったかわいそうな存在です。

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