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足止めの策、侵攻軍の思惑1


 時は少し遡りログハウスの玄関前。そこには三人の女性が佇んでいた。


 「杏奈、行ったね」

 「うん」

 「香織、心配?」

 「うん」

 「だよね」

 「二人とも心配しすぎよ。悠人くんが暴走しないように見張るくらいきっと……たぶんできるわよ」

 「さくら、自信ないなら言わないでよ」

 「あら。悠里は自信を持って言えるかしら?」

 「言えるわけないでしょ」

 「悠人さん……」


 悠人とエアリスが扉を潜り、扉が消える直前に杏奈も潜っていったのを人知れず見送った香織、悠里、さくら。三人は悠人の事を誰かが見ていないとどこかに行ってしまうのではないかと常日頃から不安に感じていた。その不安がどこから来るのかわからず、それが追討ちのようにさらなる不安として這い寄るのだ。



 今回の偵察は本来なら悠人とエアリスだけで行く予定だったが、向かう場所が場所だ。人目をほとんど気にする必要のないであろうダンジョン化した大陸の国は、軍事衛星のレンズに内部の様子が映らない、二人にとって『好き勝手できちゃう場所』である可能性が非常に高い。それはつまり三人から見て『何でもできてしまう』と思える悠人の能力を使い、好きなだけ遊べる広大な実験場とも言える。


 「ま、不安はあるけどさ、ジャンケンに勝ったのは杏奈だからね」

 「そうねぇ。それに悠人君のことだから、命の危険でもない限り、誰かがいるだけで自制すると思うわ」

 「そうだといいけど」

 「そうだといいわよねぇ」

 「ちょっとさくら、自分で言ったんだから自信持ったまま言い切ってよ」

 「うふふ〜」


 悠里とさくらの会話を、心ここに在らずの香織は半分聞き流しながら佇む。


 悠人がどこかに行ってしまうというのは『人外化が進む』事もあるが、『死ぬ』という事も含まれる。

 三人にとって能力を使った際に悠人が何度も倒れたりしていた事は記憶に新しく、次にまた同じような事にならないかと常々不安に思っている。

 人外化については、悠人はある時を境に肉体年齢が若返っている。それに加えて能力の使い方が一般的な探検者と比べあまりにも逸脱し過ぎている事。そういった秘密と言える事柄が露見した場合、今以上に目立つ事はもちろん、悠人が望まない厄介事に巻き込まれる事が多くなってしまうかもしれず、遠い存在になってしまうだろう。


 「香織は……悠人さんが無事に帰って来てくれればそれでいいかな」

 「正妻の余裕かしら〜。うふふ〜」


 現役の自衛官であり、世間ではペルソナのバディと認識されている最年長のさくらが言う。悠人を誰よりも心配している香織を励ますためでもあるが、実際のところ年齢や出逢い的な問題もあって二番目、三番目でもかまわないと思っているさくらである。根が真面目な悠里としてはついつい突っ込んでしまう。


 「さくら、日本は一夫一婦制……」


 しかし悠里はすぐに後悔した。さくらが口を開きかけた際の目を見て切り返しを予想できてしまったからだ。


 「これからはどうなるかわからないわよ? そういえば悠里にはカイト君がいるものねぇ? 余裕あるものねぇ?」


 晩婚化が進む日本とはいえ『いい歳』といえるさくらは、声は穏やかだが目は先ほどまでよりも笑っていない。


 「そ、それは案外押しが強くてっていうか……そうじゃなくてっ!」

 「うふふ〜。詳しく聞かせてもらおうかしら。香織も体に障るといけないわ、早く中に入りましょ」


 普段通り明るく優しく、諭すような口調のさくらに香織は「うん」と返す。香織自身、さくらが悠人の二番目でもかまわないと思っているし、実は悠人の預かり知らないところでそういった話もしていたりする。しかし今香織が不安なのはそういった事が理由ではない。何がとは言えないが、ただ不安なのだ。

 そんな一抹の不安を抱えたまま、二人に続き香織もログハウスへと戻っていった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 大陸の国北西部、ダンジョン化地域境界付近では不可視化状態の三人が上空を飛行していた。


 「境界近くには北の国軍いないのかな」

 「戦闘の跡は複数ありましたが北の国軍人はいませんでしたね」


 北の国軍が侵攻を開始してからかなりの日数が経過している。それなのに未だ外縁部でモタモタしているのはダークストーカーが防波堤になっているからか……いや、本当にそれだけだろうか。他に目的があると仮定する事はできても、それが何なのかはさっぱりわからない。


 「おそらく銃器が想定より威力を発揮できなかったのでしょう。後退したと考えるなら、境界の外には戦車や輸送車両が待機しているかと」


 安直に考えればそうなんだが、なんていうか嫌な予感がするというか。まぁ今はどちらにせよ侵攻は事実上停滞しているわけで、都合は良いのかもしれない。


 「じゃあ一番近い戦車とか装甲車、輸送車はどの辺にいるんだ?」

 「この速度ですと十五分ほどで今朝撮れた衛生写真の場所に到着します」

 「よし、近くまでとばすぞ!」

 「杏奈様、しっかり掴まっていてください」

 「目ぼしいジェットコースターを制覇している杏奈ちゃんに死角はな……っ!? ううなあああああああ!?」


 杏奈が喋ってる途中で急加速するとは、エアリスは鬼畜だなぁ。まぁ俺が加速したから追従しただけなんだろうけど。

 それにしてもダンジョン化しているとはいえここは地上。その地上を生身で飛んで移動するのは日本を含め初めてなんじゃないだろうか。新鮮で開放感がある。


 それからしばらく、周囲を見渡してもダークストーカーはいないし、平和そのものなんだが……おや?


 「どうかしたんすか?」

 「この先でダークストーカーが群れてるな」

 「境界に集結している軍を捉えた衛星写真の場所に近いですね」

 「戦闘中みたいだな」

 「身を隠しましょう」


 【不可視の衣】の効力を強化しこれまでよりもさらに空の景色に溶け込む。適用範囲はエアリスの助けがなくとも空中ブランコの杏奈も含まれていて、我ながら扱いが上達しているなと感慨深い。

 おっと、そんなことより目の前の戦いだな。

 ダークストーカーは帯のように広がっていて、それは北の国軍を囲い込もうとしているかに思える。つまり横陣から鶴翼の陣へ移行しようとしているダークストーカーに対し、そうはさせまいと魚鱗の陣にも似た形で銃弾や無反動砲を使い押し返そうとしている北の国軍、といった構図に見える。まぁダークストーカーにそんな意識があるとは思えないが、見た目と裏腹な耐久力が偶然にもそうさせているんだろう。

 ダークストーカーは銃弾を浴びても少し動きが止まる程度で倒れない。無反動砲による爆風も吹き飛びはするが次の瞬間には何事もなかったかのように起き上がる。有効な攻撃手段を欠いた北の国軍は徐々に包囲網を狭められ、遂には鶴翼に囲われた魚鱗になろうとしていた。


 「軍はここでずっと戦ってるのか?」

 「死体の劣化具合からそれなりに長時間かと。加えて先程の戦闘跡地からこちら側へと移動してきた人員もいると推察します」

 「結構な戦力に見えるけど一点突破しないのは戦力的に足りないのか? それとも突破した後に四面楚歌の可能性があるからか……? いや、それなら素直に退かずに粘ってるのはおかしいような……」


 ダークストーカーと北の国軍の戦闘をしばらく眺めていると、アサルトライフルを乱射していた前線の兵士たちが次々とダークストーカーの餌食になっていくのが見える。中央先頭で銃を乱射していた兵士の銃からマズルフラッシュがなくなった。その間に近付いたダークストーカーが突如走り出すと、怖気付いた兵士が逃げるように後方の味方を退かしながら走り出す。だがその一瞬の混乱にダークストーカーは次々と雪崩れ込んでいく。北の国軍はそれを左右から十字砲火で撃退……とはいかないようだ。いかんせん銃の威力が足りない。いや、それ以前に随分とダンジョンの制約が濃いように思える。戦車の砲塔がなだれ込むダークストーカーに向けられるが、フレンドリーファイアを嫌ってか動きはない。周囲の兵士たちも撃つか逃げるか迷っているように見えた。


 「日本のマグナダンジョンと比べ、銃火器の威力減衰が著しいですね」

 「みたいだな。俺たちが戦った時は、マグナ・ダンジョンでも銃は熊も倒してたし、あのくらいの威力が出せるならダークストーカー相手でも数撃ちゃ斃せそうだったもんな。それがほとんど傷も付かないなんて、つまりマグナ・ダンジョンよりこっちの方がダンジョンの性質が強いってことか」

 「私たちが知るダンジョンよりも制約が厳しいかもしれません」


 それから数分後、俺たちが見ているとも知らず兵士たちはバラバラに逃げ出した。


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