復讐者2
「た、たずけてよぉ」
そういえば、シグマも命乞いをしていた。でもあの時とは違う。こいつに改心なんて求めないし望まない。かける憐れみも持ち合わせてはいない。だから黒い焔が消えてしまう前に質問をした。
「そうやって命乞いをした人たちに、お前は何をした?」
「そ、それは……でもっ! 衝動が抑えられないのよ!」
衝動に逆らえない、俺にも少なからず経験のあることだ。でもやっぱりこいつは救えない。
「だから仕方なく……仕方なかったのよぉぉ!」
「もう、わかった。その声で喋るな」
「わかってくれる!?」
俺は以前ダンタリオンに乗っ取られたり今回のように意識を飲まれかけたり、所謂常習犯だ。だから自分の意思に反して、というのならばわかってしまう。思い返し不安になってしまい自然と目線が下がる。
目を伏せたことを肯定と受け取り、隙を見せたと勘違いしたグレーテルの声に醜悪さが戻った。
「それじゃあユートをかわいがって……あの方のお気に入りのカオリも犯ってやるわねぇ!」
無駄だってことが理解できないグレーテルに呆れる暇もなく、香織の名を出したグレーテルに対しプツリと何かが切れる音を聴いた気がした。
グレーテルは頭の中の彼女の声から解放されたいと言っていた。
俺はその声から解放させることができる。その代わりに代償があっても良いだろう。
利害の一致を自分勝手に解釈する。
—— 解放してやろう
『これまでの全てを後悔し、苦しみながら永遠に死ね』
俺は初めて【神言】によって『死ね』と命令した。
「うっ……あ、アアァ……ごぽぽ」
持ち合わせる全ての悪意を【神言】にのせ、放った。それはもはや【呪言】と言って差し支えのないものだ。グレーテルの顔は苦痛に歪み赤い泡を吹く。目や鼻、あらゆる穴から血を垂れ流し、皮膚はボコボコと泡立ち、目玉が地に落ちる。そのまま身体が崩れていく。黒夢から流れて来ていた『あらゆる苦痛を与えたい』という衝動は神気によって抑えられて尚、凄まじい。
「せ、せんぱい……あ、い、し……」
「ッ!?」
ほんの数秒、だがグレーテルにとってその数秒は永遠にも等しいだろう。
そうしたのは八つ当たりかもしれない。黒夢から漏れたエッセンスを流用する事で、溶け込んでいたオメガの感情、行き場のないその望みを叶えた形になった。なぜそうしようと思ったのかはわからないが、そのおかげか心にあった黒い焔は消えてなくなったように思う。
それにしても最期の瞬間、まるで本当の……いや、まさかな。
断末魔も上げられず、空虚な眼窩を天井に向け苦悶の表情のまま動かなくなったグレーテルの頭部も、やがて自らの肉塊に沈む。俺はそれを無感情に見下ろした。
「後輩……俺は仇を……」
呟きが聴こえたらしい冴島さんが“仇”という言葉に反応したが、途端に夢から覚めたような気分になった俺はそれどころではない。
「おぇ……気持ちわる……」
原型を留めない肉の塊に、酸っぱいものが込み上げる。さすがに朝ごはんを食べすぎたかもしれない。ともあれこれで俺の復讐は終わりだ。
それから込み上げる吐き気が落ち着いてきた頃、嵐神は粗野な言葉遣いながら気遣ってくる。しかし次の瞬間『べ、別に心配してるわけじゃねーんだからな!』なんてことを言う。人型でいる時は緑の髪を逆立てた鳥みたいな頭をしているチンピラ穀潰し野郎のツンデレに需要なんてない。無視してもいいだろう。
「も、もう平気なんですか?」
冴島さんにそう問われ思ったんだが……ちょっとおかしくなってたかもな、俺。エアリスと出会う以前に持っていた感情を思い出したとはいえ、せいぜいが彼女と同じだけ苦しめばいいと思っていた程度だったはずだ。だけどなんだか、箍が外れたというか、感情が増幅されていたというか。今となってはやりすぎただろうかと少しの罪悪感を感じている。とりあえず約束通り冴島さんが他言しない事を祈ろう。
『おっ、いつものお前に戻ったみてーだな』
『そうなのか?』
『エッセンスがそう言っているからな』
新しい表現だが、エッセンスが言うというのはつい今し方体験した気がするからな。その間の自分がどう映っていたのか気にはなるが、でもそんなに話し込みたい気分ではなかったので「ふ〜ん」と誤魔化しておいた。