一瞬の攻防、気になる視線
「閃華……絶!」
「ッ!!」
すれ違うように交差し、振り抜かれた薙刀の刃が甲高い音と共に折れ地面に突き刺さる。一方俺の銀刀は無傷だ。これを見れば俺が勝ったようにしか見えないんだけどな。
「え? どっちが勝ったの?」
「刃が折れてるし女の子が負けたんじゃね?」
「誰か見えた人いるー?」
勝負は一瞬だ。それというのも俺の居合に合わせるように香織も居合をしたからだ。しかしそれは香織が無理をして俺に合わせているわけではない。香織の薙刀術は祖母である初枝さん仕込み、そしてその型は“閃華ノ型”という初枝さんが修めた三つの型のうち最も刀の居合術に近いもので、その型に限れば香織は師を超えている。つまり香織は、最も得意とする型で応戦したわけだ。
互いの場所を入れ替えたような俺と香織は同時に息を吐く。銀刀を鞘に納めることで鳴った小気味良い音を聞き届けたかのようにエアリスが判定を下すと、鋭かった香織の目はいつもの朗らかなものに戻る。
「今回も香織の勝ちですね、悠人さん!」
「はぁ。参りました」
どよめいていた観衆だったが、遠目でも飛び跳ねて喜ぶ香織を見れば勝敗の行方は一目瞭然だろう。とはいえ刃が折れた方が勝ちという事に首を傾げている職員さんがほとんどだが、そうでない人もいるようだ。優秀という言葉に含まれるのは、何も事務仕事に関してだけじゃないって事だな。でもそれもそうか。迷宮統括委員会地下には、黒くてカサカサ動く奴らの超巨大版が住み着くダンジョンがある。その間引き要因も必要だろう。で、その見えていたと思しき職員さんの中に……頭にでかいトカゲを載せている人がいる。気になって【神眼】で見てみたところトカゲはビクリと反応し、ついでに冷や汗をかいているようにも見える。トカゲなのに。
「あのトカゲ、モンスターか……?」
「どうしたんです、悠人さん?」
「いや、何でもないよ。それよりなんで香織ちゃんに勝てないんだろう」
「悠人さんの居合は素直すぎるからだと思いますよ?」
「そうなのかなぁ。実際そんなに素直かっていうと……」
目に前に立ち俺の両手を包み込むようにした香織にドキリとする。
「悠人さんは香織の事どう思ってます?」
「すき」
「んっふふ〜」
「……はっ! こういうところか」
「ちなみに香織も悠人さんが好きですよ?」
ドキリとした心臓が落ち着きを取り戻しかけたところへの追い打ち。さらに遠巻きに見ていた見物人の群れの中から鋭い視線を感じ取りまたドキリとした。そちらを見れば頭にトカゲを載せた女性。面識はないと思うけど……何か気に障る事をしていたのかもしれない。機会があれば探ってみるとして、今はいい。とりあえず害は無さそうだしな。それにトカゲを頭に乗せた女性はここの職員証を首から下げているし、部外者や不審者でもないだろう。
「じゃあオッケーですね?」
「え、何が?」
「香織とみんなの囮捜査についてです!」
そういえばそんな話だった。忘れていたわけではないけど、何もなかった事にしたい話だなぁ。ってかいつの間にかみんなも巻き込むつもりになってない?
「ダメ……ですか?」
「うっ……そんな目で見ないでぇ」
「先程冴島が言った通りマスターが意地を張らずに守って差し上げれば良いのです」
つまり能力を使えって事だろうな。能力に頼ってるから能力使用禁止の模擬戦で香織に負けてばかり、という意識が先行して意地になっていたのも確かだ。それは無意識に能力は自分の一部じゃないと思い込もうとしていたからかもしれない。それに俺にはある意味で前科がある。能力の出力、その加減がわからなかった事、何よりエアリスも俺と同程度に加減がわからなかった事もあり、地上がダンジョン化したマグナ・ダンジョンにある森の一部を吹き飛ばしている。あの時はしっかりとドン引きされたわけで、あまり突飛なことはしないようにしようと思った出来事の一つだ。
仮に今全力で守ろうとするなら……エアリスが出来ると言えばだが、星銀の指輪のようなアイテムを中継し【神眼】で監視、視ている座標に【神言】による現象の現実化を“飛ばす”とかだろうか。当然俺だけで複数の映像を同時に見る状態になってしまう。短時間ならまだいいが基本的にエアリスの処理能力が必須だ。でもそんな事を当然のようにやっている人間がいたら、誰だって思うだろう。こいつは人間じゃない、と。それはつまり、またみんなに呆れられてしまいかねない。俺はその残念なものを見るような目がちょっと苦手だ。だからやるとしてもこっそりと、だな。
「自重ってものが大事だと思うんだよなぁ」
「今更でしょう」
まぁ……それもそうなんだけど。とはいえそれはエアリスがいるからというのもある。俺だけじゃせいぜいが直接的に能力を使うだけで、物に付与したり武器や防具になる服を作るなんて事は出来なかった。加えて【ルクス・マグナ】のような、それ自体が能力といえるものを現象として起こすなんて事も考えすらしなかっただろう。
「他の人とはちょっとだけ違うかもしれませんけど、悠人さんは悠人さんです」
「香織ちゃん……」
「それに香織だってもうすぐ立派な“超越種”なんです。そうなったら、一緒ですね!」
「他の人と違っても……香織ちゃんはそうなっても怖くないの?」
「怖くないですよ? 悠人さんがお手本ですし。悠人さんは悠人さんのままじゃないですか」
「……そういうものなのかな」
ふと、香織自身にその記憶はないが、アークで香織が鬼神化してしまった事を思い出す。自重なんてせずに常に監視……もとい見守っていればあんな事にはならなかったのでは? うーん、我ながらストーカーっぽいことを考えているとは思うが、俺と香織は恋人同士だ。見守りの範疇に収まっていると思いたい。
「言うてプライバシーとかあるし……そこまでしたら気持ち悪いよな……」
とはいえだ。ダンジョンが出来たりモンスターがいたり能力なんてものがあったり、こんな世の中だ。力のない人類が法やルールのもとに作り上げた秩序、それは良心によって現在も継続されていて、しかしいつ崩壊してもおかしくないのかもしれない。能力を悪用している人もいて、そんな状況なのにあるものを使わないで守れないなんてのも馬鹿らしい。今はあの時のように無力じゃないんだ。だからもう二度と“繰り返してはならない”。
それに考えてもみればいつもそうしようという話でもない。明確に“敵”が存在していて、でもその居場所がわかっていないならそれも仕方ないのかもな。
「……わかった。みんなは俺が守るよ。“今度こそ”全力で。あっ……寒いし戻ろうか」
「今度こそって……行っちゃった」
「香織様、気になりますか?」
「うん。悠人さん最近特に寂しそうな目をするから。エアリスはなにか知ってるの?」
「聞きたいですか?」
「……ううん、香織が直接悠人さんから聞かなきゃダメな気がする」
「はい。ワタシもそう思います」
統括室へと戻ると若干興奮気味な総理がいた。やっぱり総理も男の子なんだな、お爺ちゃんだけど。昔はチャンバラごっこをよくしたと死んだじーさんが言ってたし、同世代の総理も似たような経験があるんだろう。かく言う俺も経験がないわけではないし、時代は違えど男の子は男の子なのだ。たぶん。
「いやぁー、見事な勝負だったね。振るったところはまるで見えなかったけど」
「そうだね統括。わしも見えんかったけど」
「同じくであります!」
「まったく……多くの目がある中で刀剣を持ち出すなど……」
「しかし冴島君、君もいいものが見れたと思うだろう?」
「それは……」
こんな世の中になっても銃刀法を声高に説く人は少なからずいる。しかしそうも言っていられないわけで、総理たちのような実情を知る人たちにとっては、それを持ち歩く事ではなくそれの使い方次第だと考える人が近頃では大勢を占める。それだけダンジョンを知る人が増えたのは魔王の一件の際にメディアに対する規制が緩和されたことが大きいだろう。
「それで勝負はなぜ香織の勝ちなのかね?」
統括、総理、そして幕僚長もあの一瞬の攻防が見えていなかったようだ。冴島さんはどうだろうと視線を送ると口角をわずかに上げ眼鏡もクイッと上げた。
「まず動いたのは御影さんでした。柄に手をかけた瞬間に淀みなく抜き放ち、あの軌道は胴体を逆袈裟、斜めに斬りあげるものでした。三浦さんの薙刀ごと斬るつもりだったのでしょう。それに対し三浦さんは御影さんの首を獲りに行きましたね。普通であればいくら遠心力を加えているとはいえ長刀をあの速度で振るった斬撃ですから、三浦さんの薙刀は膂力でもって制圧されていたはずです」
見えていなかった勢の三人はほうと息を吐く。エリートってのは伊達じゃないんだな。これでもしゴーストやクリミナルの正体が……そう考え、実力者である事が確定した冴島さんへの警戒を一段階引き上げた。