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ヘンゼルとグレーテル


 『腕に絡みつかれて歩きにくいんだが』

 『グレーテルの機嫌を損なわないようご注意ください。それにいつもと違う女も良いのでは?』

 『香織ちゃんと違って、これじゃない感がなぁ』

 『香織様が嬉しそうにしています』

 『そういや聞こえてるんだったか』

 『ともかくお客様ですので、適当に相手をしておけばよいかと』

 『わかったよ』


 念のため通話のイヤーカフにもう一つ細工をしてありますし余程のことでもない限り問題ないでしょう。


 「ユートたちはどの辺にいるのかな〜」

 「悠人しゃんなら」

 「小夜」

 「……きっともっと先に行ってるの」

 「ふ〜ん? さすがユートだね!」


 マスターは現在二つ先の層。寄り道をせずに進んでいるようですね。しかしこちらは……ヘンゼルは脇道があるとそちらへ行きたがりますね。まあ想定通りといったところでしょう。


 「そういえば君たちの目的、モンスターの調査はいいのかい?」

 「こう見えてデータをとっているので気にせずモンスターを駆逐してください」

 「ヘンゼルさん頑張ってくださいね」

 「せいぜいがんばれなの」

 「素敵なレディたちに応援されちゃあがんばらないわけには……あっ! 次の層への穴だね。坂道になってて危ないから……お手をどうぞ」

 「いいえ、結構です」

 「つれないな〜……カオリとサヤは大丈夫かい?」

 「大丈夫ですよ。慣れているので」

 「わたしも慣れてるの」


 香織様と小夜はマスター以外の男性から触れられる事を好みませんしやはり問題はありませんでしたね。【不可視の衣】が解除されるような能力を持つと思しきヘンゼルに触れられる事にはリスクしかありませんので。


 「人がいなくなったね」

 「そうですね」


 しばらく進み動物タイプのモンスターが徘徊する領域に到達しました。ここまでのヘンゼルを見る限り特筆すべき戦闘力は見受けられません。しかし必死な様子を見せつつ息が上がっている演出もし、されど鼓動は安定……


 「なぜ演技をしているのです?」

 「えっ!?」

 「全く疲労していないように見えますが」

 「……なーんだ、バレてたか〜。追い詰められて逆転! ってカッコよく見えるかなって」

 「そうですか。興味がないので全力を出して構いませんよ。ワタシたちのために働けるのですから感謝を表しモンスター千本ノックくらいしても良いのではと」

 「ユートはそういう扱いを受けているんだね……」


 マスターにそのような事をするはずがないでしょうに。自らを同列として語るなど言語道断です。

 さて、マスターは今……ずいぶんと奥まった場所にいるようですね。しかも相変わらずグレーテルに腕をホールドさせたまま。今すぐ殺しに……ダメですね、我慢、我慢ですよワタシ。これは仕事……これは仕事……


 「エアリスどうかしたの?」

 「い、いえ香織様。少々考え事をしていただけですので」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ルンルンと跳ねるように歩くグレーテルに腕を引かれたまま11層まで来てしまった。横に広がるダンジョンのようで次の階層へは簡単に行けてしまう事から、敢えて横道に入ろうとしない限り進むだけなら苦ではないな。その証拠にこの歩き辛い状態で二時間と掛かっていない。ここまでグレーテルは何もせずモンスターの処理を俺に任せていた。腕輪を付けてはいても飾りにしているだけの人もいるし戦えるわけではないのかも……いや、こんなに力が強いんだからそれはないか。


 「ユートの能力、凄いわね」


 右腕をずっと拘束されているから銀刀を抜くことができず、仕方ないのでモンスターが近付く前に【ルクスマグナ】で対処している。仮に近付かれた場合はエッセンスの節約にもなるし【ルクスマグナ】を剣の形に固めた【グラディウス】で斬り捨てた。慣れない左だったが触れた部分を一瞬で焼き切るため当てさえすれば問題ない。


 「向こうの女の子たちも凄いのかしら?」

 「あー……向こうの方がすごいかもだな」

 「そうなのね。そっかそっか」

 「グレーテルの能力はどんななんだ?」

 「あれあれ? オトメのデリケートな部分に簡単に触れてくるのね?」

 「えっ、いやそういうつもりはなくて……」

 「うふっ、アセってるユート、かぁわい〜」

 「揶揄わないでくれ」

 「じゃあこれでおあいこね?」


 ログハウスの女性陣にも似たような感じで揶揄われはするものの、それとは違ったやりづらさというかそういうものがある。


 「でもぉ、そんなに興味があるなら、教えてあげてもいいよ?」

 「興味あるな。教えてくれよ」

 「じゃああのシカさんに使ってみるね?」


 久々に右腕を解放され凝り固まった右肩を回す。そんな俺を見て笑みを浮かべたグレーテルは無警戒に鹿のモンスターへと近付いていく。普通なら大きなツノで突き上げられているだろう距離まで近付いても鹿はそうしようとしていない。グレーテルが離れたにも関わらず甘い匂いが強まったとき、鹿がグレーテルに甘えるような仕草を取った。


 「モンスターを手懐けられるのか?」

 「そうなのよ。便利でしょ?」


 確かに便利そうだ。ダンジョンに一人で入っても襲われないだろうし、そのモンスターを使って別のモンスターを倒すこともできそう。でもなんだか鹿からは必死さみたいなのが伝わってくるような……


 「うふっ。これでユートもテイミングしちゃおうかな?」


 声音は軽いが目がマジだ。でもログハウスのみんなもよくこういう感じになったりするしな、特に揶揄ってくる時とか。って事はこれも揶揄ってるんだろうな。まったく、女性ってみんな演技が上手いんだろうか。ともあれテイミングなんてされるのはまっぴらごめんだ。


 「勘弁してくれ」

 「ざぁんねん」


 グレーテルは手にした大振りなナイフで鹿の首を一閃。にもかかわらず表情ひとつ変えないところを見るに相当手慣れている。実は強いな。

 再び右腕に絡み付いてきたグレーテルからは相変わらず甘い香りがしていた。たしか体温でだんだん匂いが変わるとか強まるなんてコロンがあったよな。詳しくは知らんけど。でもダンジョンにはニオイで察知するモンスターが多いから、そういうのをつけてくるのは危険なような……まぁ細かい事は、いいか。


 「結構進んだわね。今何層かしら?」

 「んー……11……いや、12層だったかな」

 「んふふふ。そうね、んふっ」


 昨日はソファーで寝ていたからだろうか、なんだか頭がぼーっとする。やっぱりログハウスのベッドを贅沢にしたのは正解だったな。おかげで普段は多少の疲れなんて一晩で吹っ飛んでそうだ。


 『マスター、そろそろお昼ですので合流いたしましょう』

 『あぁエアリス、合流か。わかったわかった』

 『こちらは現在8層ですので10層で待ち合わせとしましょう』


 そういえばモンスターが出ても無意識でさくさく狩っていた気がするけど、エアリスからの通信でなんだか気持ちが引き締まった気がする。


 「ユート?」

 「あ、あぁ……まだくっついてたのか」

 「えーっ!? ひどぉーい!」


 この様子なら一応護衛の仕事は出来ていたはずだ。じゃなければこんなに余裕そうにしていられるはずが……あれ? むしろ余裕で鹿の首を刎ねていたような。まぁいい。


 「そろそろ昼だから少し戻ってみんなと合流しよう」

 「……しょうがないわねぇ」

 「さすがに腹減っただろ?」

 「んー。そうねぇ……ユートを食べさせてくれたらお腹いっぱいになるわよ?」

 「あはは、そりゃこわいな。ますますみんなと合流しなきゃな」

 「チャンスだと思ったのにぃ」

 「執事がいるようなお嬢様には釣り合わないって」


 ふっ、この手の揶揄いに動じず応じられるなんて、俺も成長したもんだなぁ。これはみんなのおかげ……ってのもなんだか複雑な気分だ。今腕に絡みつくようにして俺をぎこちない歩き方にさせ引っ張って歩くグレーテルと違い、ログハウスのみんなには未だにドキリとする事が多い。まぁいくらか表には出さないように出来ていると思うけど。

 ともかくさっさと合流しよっと。


 「こっちに何かあるかしら?」

 「そっちは多分何もないぞ。モンスターはいる……いそうだけど」

 「じゃあ行きましょう!」

 「え? 合流しないと」

 「いいからいいから」


 そういえばグレーテルは相変わらず力が強い。二人が泊まっているホテルでもグレーテルに腕を引かれ寝室に連れ込まれたが……いや待てよ、俺は地上でもそれなりにステータスを反映させているはずだ。現状そんな事ができる人を知らないしエアリスのネットサーフィンでも見つかっていない。もしかしてグレーテルってそういう能力をもっているんだろうか。もしくは超越者……? でも超越者であってもそれほど発揮できるとは思えない。能力だったとしても地上ではそもそも能力が弱体化するし、そうなると地上でもステータスを発揮できる能力は矛盾するというか、時間的もしくは能力の効果量による制限くらいはあるはずだ。じゃないとエッセンスが足りなくなるはずだからな。って事は……ダンジョン関係なく、見た目に反して怪力の持ち主ってことになるが……。

 色々と考えてはみたがわからないなぁ。通話のイヤーカフでエアリスに聞いてみればわかるかもしれないが、それで答えを教えてもらったらなんだか負けた気になりそうだ。


 「なんだかデートしてるみたいで楽しいわ〜」

 「ヘンゼルとはいつもデートしてるようなものじゃないのか?」

 「そ、そんなのダメよ〜」


 何がダメなのかわからないが、グレーテルは脇道を見つける度にそっちへ行こうとしている事だけはわかる。うーん……これが香織なら、一緒にいる時間を伸ばそうと思って〜なんて言いそう。というか言って欲しいくらいなんだけどなぁ。なんでかグレーテルにそう言われる事を想像してみても全然嬉しさを感じない。ま、そんな事を思われてはいないだろうけどな。


 『もうすぐ10層に着きそうだ』

 『ずいぶんとデートを楽しまれていたようですね?』

 『いやそれがさ、なんとも思わない自分にむしろ驚いてる』

 『そうですか。それは安心いたしました。ではワタシたちは10層から11層への通路前でお待ちしております』

 


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