ゆーとぴあの日常
「がふがふっ」
「にゃふにゃふっ!」
「すごい食うじゃん」
喫茶・ゆーとぴあの調理場を借りワイバーンステーキを焼いてチビとおはぎに食べさせていると、隣にしゃがみ込んだ山里さんはがっつく二匹に表情筋が緩みっぱなしだ。
「かわいいですね〜」
「結構凶悪そうな顔になってますけど」
「え? かわいいですよ?」
「やっぱダンジョンは価値観を変えるのか……」
「え? 何か言いました?」
「いえ、なにも」
目を剥いて口の横から牙を覗かせながら実に野性味溢れる食いっぷりの肉食獣たちだが、山里さんを始めとした喫茶・ゆーとぴあのスタッフさんたち、特に三姉弟に可愛がられている。肉調達等の狩りに出かける時も度々助っ人や護衛としてチビがついて行くことがあって、報酬はその時取れた肉だ。実はチビ、結構自立していた。
「あっ! チビきてたんだ〜!」
「まずは挨拶でしょ! こんにちは御影さん。チビ君もおはぎちゃんもこんにちは」
「御影さんどもス」
喫茶・ゆーとぴあ、フロアスタッフ兼食材調達担当の三人、妹、姉、末の弟の順でそれぞれと挨拶を交わし、近況報告というほどじゃないけど最近調子はどうだいといった感じの会話をする。
「そうですね〜、お客さんは増えてますよ〜」
「政治家さんに大企業の役員の方、それにテレビ局の取材なんかもありました」
「おかげで肉集め大変スけど、貸してくれた武器のおかげで狩るだけなら楽ス。あざス」
戦闘を想定したスタッフさんには武器を預けている。まぁ俺としてはあげた感覚なんだが、エアリスが“貸し”にしておくべきというので形だけそういうことにしている。
「クラン・ログハウス関係者の証にもなるペンダントも守ってくれますし」
もちろん安全面を第一に考えなきゃならないから【拒絶する不可侵の壁】と緊急時に【転移】が自動発動するペンダントも全員に付けてもらっていて、なかなか好評みたいだ。弟君の場合はモンスターの注意を引き付ける能力があるから特別製で、ほぼ星銀の指輪と違いはない。つまり【不可逆の改竄】によって腕がちぎれた程度ならくっ付けることもできる。ただし最近は虹星石があまり手に入っていないからダンジョン内限定、一度きりだ。それともうひとつ。それが必要な状況になったらまっ先に逃げる判断をしてもらうためでもある。
「でも御影さん、こういうのって世間じゃ全く広まってないし聞いたことないんで、秘密にしといた方が良いんじゃないですか〜?」
「君たち含めたスタッフさんたちだけだから大丈夫じゃない?」
「それはそうかもですけど〜、発動中を無関係の探検者に見られるかもなのでクランの証以外にも意味があるのも知られない方がいいかなって」
「妹に賛成です。さすがに気付かれちゃいますよ、御影さんがこういうの作れる人だって。そうなったら世間が放っておいてくれませんよ?」
「姉さんたちが言うならそうだと思うス。ステータス調整に関してもス」
レイナとアリサには気付かれていて、それは二人が気付ける人だからだと思っているけど、三姉弟は『気付くだろ普通』とでも言いたげな目で見てくる。俺はそれほど徹底した性格でもないし、出来るだけ誤魔化すつもりではいるけど……たぶん三人はそれをわかった上で心配してくれているんだろうな。
「でも三人ともに何かあったら困るから、そういう時は見られてもいいから安全第一、命大事にで」
「一生ついていくス。アニキと呼んでもいいスか?」
「それはちょっと」
「残念ス。昨日見た夢でならいいって言われたのにス」
「夢ねぇ」
「はい。御影さんなのに鋭い雰囲気で周囲の人たちも殺気立ってる感じで、三秒間目を合わせたら殺されそうだったス」
「そんなヤバそうな俺を夢に登場させないでくれよ……ってか『なのに』って、そんなに俺ってゆるい?」
「あ、いえ、あの……気にかけてくれて尊敬してるス」
「答えになってないけどまぁいい」
ところで三姉弟のステータスに関して業務上ドロップ率は必要となるため魔王の一件の後に秘密を打ち明け調整した。LUCは高め、でも怪我なんていくらしてもし足りない環境のダンジョンであっても擦り傷すら負わない方がいいに決まっている。だから防御寄りのステータスにして俺が作った武器で攻撃面をカバーしている。収集効率が上がり今ではほとんど三姉弟だけで食材を賄っているほどだ。そんな三人のステータスは防御面をある一定レベルまで上げるとそれ以上にならず、攻撃面もあげる事ができなかった。初期の俺よりも限界値が低いといった感じで、それが少し疑問だった。ともかくエアリスも三人を評価していて信用に値すると判断している。アイテム製作に関していずれ周知されることを半ば諦めているが、そんな三人の忠告でもあるし気を付けて損はないか。
「確かに気を付けておいて損はないか。三人が言ってくれた事は肝に命じて無闇に口を滑らせないようにするよ」
それから少し話している間に二匹の獣たちは肉を食べ終えていた。香織たちがいる部屋に戻ろうとするとちょうど三人が階段を降りてきたところだった。
「あっ、悠人さん」
「香織ちゃん、肉焼き任務完了したよ」
「ふふっ、ご苦労様です。それで私たちもごはんにしませんか?」
レイナとカイトはなんだかげっそりしている。実際は違うだろうが相当腹が減っているということにしておこう。おそらく香織はさくらの有無を言わさぬ圧力を模倣しているし、エアリスが言うには俺と同じく超越種といって差し支えないらしい。一方のカイトとレイナは頭が上がらない立場。つまり、部屋で何があったかを聞くのは可哀想だ。
ところでエアリス、俺ってお金持ってる?
ーー 御影悠人名義の探検者口座、ペルソナ名義の探検者口座共に問題ありません。五名分の食事代程度ならいくらでも支払が可能です。いくらでも、可能です ーー
五名分? ここには四人しかいないが? アリサが戻ってきたら五人だけどな。
ーー ワタシを除け者にするとは酷い……ヨヨヨ ーー
ちょうどそこへアリサが戻ってきた。さすが勘が働くだけあってタイミングはバッチリだ。それじゃあ今日の昼食は全員纏めて面倒みてやろう。
カイトは俺がいない間ペルソナを代行してくれていたしな。悠里は報酬をきっちり立て替えてくれていたが、それとは別だ。
アリサもやけに精度の高い勘による道案内をしてくれた。あのときアリサがいなかったら、足跡と気配を頼りに移動して迷ってしまっていたかもしれない。
レイナは俺の秘密に気付いていたのに言いふらしたりしなかったし、仲良くしておいて損はないだろう。それにカイトと同じく幼馴染だしな。
帰ってきてからのエアリスは食事のたびに喚び出せとうるさい。拒否しようものならずっと脳内にヨヨヨを響かせてくるし、なんというか俺の財布の虫が四匹から五匹になった気分だ。とは言っても近頃先住の四匹の虫、龍神、嵐神、天照、酒呑は以前よりも少しおとなしい。それはペルソナの口座から引かれる額が減っていることからも明らかだった。なのでまぁ問題ないはず。それにほぼ完全な実体化によってエアリスが見つけた楽しみのひとつだ、現状財布に最もダメージを与えているとはいえ取り上げるほど俺は鬼じゃない。
「御影さんはいつもどの料理を食べるんですか?」
俺よりも高いものを頼まないようにしようという気遣いだと香織が耳打ちしてくれた。
「基本はみんなとログハウスで食べてるからここで食べるのは多くはないんだよね。気にしないで好きなもの頼んでいいよ」
「ほんとですか? じゃ、じゃあまだ勇気が出なくて頼んだことのないこれで……」
「レイナ、いくら幼馴染だとわかって甘えたいからと言って、さすがに高すぎじゃないか? それは今日の夜にでも兄ちゃんが頼んであげるから」
「いいよカイト、なんでも頼んでいいって言ったしな。カイトとアリサも好きなの頼んでよ」
「そ、そうかい? じゃあ俺はワイバーンステーキのゆーとぴあオリジナルソースを……」
「お前のがたけーじゃねーか。まぁいいけどさ」
メニューを開いたレイナが指差しているのは喫茶・ゆーとぴあ唯一のコース料理。お値段も二番目に高いんだが比例してボリュームもあって、それでいて俺が手に入れたことのない食材が使われている。どこで手に入れたのかを三姉弟に聞いたところ俺がまだ行ったことのない場所に自生している植物のようなモンスターらしい。しかも通常手に入るものではなく、姉の能力を使うと手に入るんだとか。俺の能力は【神言】に進化したわけだし、その能力と似たようなことができるかどうか機会があれば試してみようと思っている。
ところでレイナが“御影さん”呼びに戻っているのは繁盛していて人目の多い場だからだろうか。子供の頃の呼び名で呼ばれるのは面映いが、気をつかっているならその必要はないんだけどな。
のっけから五皿頼んだアホなエアリスとは対照的にアリサは小さなウサギ肉の料理とパンを頼んだだけだった。イメージとは違うが小食なんだろうか。
そんなわけでエアリスを加えた六人で少し遅めの昼食をとりながら話をし、カイトが立ち上げる予定のクランはログハウスの傘下に収まることとなった。同列でなくていいのかと思ったが、カイトは『それがいい』と言っていた。いきなりゼロからというのは厳しいみたいだし、そういうことならと反対はしなかった。