表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/329

代償


 “正確に言えば、お前が忘れたお前自身だ”


 ごめんイミフなんだが。俺が何を忘れたって?


 “サイン,コサイン?”


 タンジェント……? って馬鹿にしてんのか。


 “すまんすまん。自分と話す機会なんてないからつい、な”


 つい、な。じゃねーのよ。で? エアリスで慣れてるからもう新鮮なリアクションなんてしないぞ?


 “慣れてる? 昨日会ったばかりじゃなかったのか?”


 う、うーん? 言われてみれば確かに……。


 “なるほどな。クロノスが色々話して聞かせてくれたのはそういう事だったのか”


 一人で納得してないで教えてくれよ。俺と……俺の仲だろ?


 “つかこの状況に馴染むの早すぎじゃないか? さすが俺だな。まぁでも、まずはカイトを何とかしてみろよ。出来るだろ?”


 カイトってあの男か? あいつやばそうなんだけど。羽化した蟻のモンスター百匹分以上らしいぞ? 無理だろ常識的に考えて。


 “やってから言え”


 そんな無茶な。でもお前は俺だもんな。なんでか知らんけど俺よりいろいろ知ってそうだし出来なきゃ言わないよな。


 “さあな。向こうの出方次第でもあるけど、戦う事になったらやるしかないだろ”


 さあなって……まぁいいや。後で頭の中がぐちゃぐちゃな状況、説明しろよ?


 “はいはい、上手に出来たらな。あ、そうそう。戻れって言えばエアリスは戻るぞ。それとだな……上手くいけばあの女の子と仲良くなれる。断言してやる”


 マジか。俄然やる気出てきた。


 “俺ってこんなやつだった……? いや、どういうわけか完全に持ってかれてはいないんだろうな。それに俺がこうしていられるのもクロノスとこの場所のおかげか”


 すまん、何言ってるかちょっとよくわからん。


 “だろうな。まぁ色々忘れてるだけだ、気にすんな”


 すげー気になるだろ。何を忘れてるってんだよ。

 とはいえ、とは言えだ。実際忘れてるならどうして中途半端に忘れてるんだ? クロノスとこの場所のおかげとか言ってたけど、その意味がわからない。でも俺は昨日家の中にダンジョンの入り口を見つけたばかりのはずなのに、エアリスとは長い付き合いのようにも感じている。いや、それどころか床下に空いた穴を、どうして“ダンジョンだと思った”のか。やっぱりこいつの言う通りなのか?


 “とにかく正直にいけ。策なんて考えたところで無駄だ”


 正直にか。


 そんなわけで自分に焚き付けられるっていう状況。エアリスという存在がいる以上本当に俺なのか謎いけどな。もしかしてダンジョンが出来たせいで二重人格に!? ……なわきゃないよな。そんなファンタジーはダンジョンでやれってな。……ここダンジョンか。まぁいい。


 「『エアリス、戻れ』」


 言えば姿が掻き消えたエアリス、俺の中に戻ってきた事を互いに感じ取った。エアリスはどうして戻れなかったのか不思議そうだったけど面倒なので説明はいいか。頭おかしくなったと思われそうで嫌だしそれどころじゃない。戦えば勝てないかもしれない。一応最悪どうするかも考えておきたいが俺には全く思いつかない。こういう時はエアリスを頼ってた気がするし素直にそうしよう。


 どうすればあの男を止められる?


 ーー 止めるとは、捕縛ですか? それとも手っ取り早く殺してしまいましょうか? ーー


 殺すとか無いわー。殺せる気がしないわー。そもそも話して済むならそれが良いし、ダメなら対抗策を見つける。わかってて聞いてるんだろ?


 ーー はい。やはりマスターはお優しいですね。香織様を危険な目に遭わせた相手ですのに ーー


 そんな高尚な感じじゃなくて平和的な方が良いってだけだ。そんで香織様ってあの子だよな? ……なんでだろうな、あの子を危険な目に遭わせたって考えると頭にくるし、でもあの子の事全然知らないはずだよな。なんか変な気分だ。でも危険な目に遭ってほしくはないな。


 ーー では助けて差し上げなければなりませんね ーー


 言うてあの男すごく強そうじゃん? エアリスの攻撃も効いてなかったし。正直俺にどうこうできるとは思えないんだよな。


 ーー 先程は様子を見ていただけです。能力も不明ですし ーー


 様子見? その割には地面を消滅させてたように見えたんだが? しかも相手無傷だし。


 ーー あれはまあその…… ーー


 まぁいいや。ところで俺って……なんか忘れてたりする?


 ーー はい。ワタシとの熱い夜の事すら覚えていませんね……ヨヨヨ ーー


 熱い夜って……さっき初めて実体化したんじゃないのか? 試した事ないって言ってたし。


 ーー じ、自力で顕現することも可能ですし! それに最近ご無沙汰ですが夢の中ならば! ーー


 んー……夢ならなんとなく……でも熱い夜なんてあったか? 最近じゃいつもゲームするか何か作ってたし……あれ、なんでそんな事……


 ーー それは覚えているんですね ーー


 作戦会議のつもりだったのに見事に脱線している。なんだかこういう事が日常茶飯事だった気がするな。でも昨日出逢ったばっかり……やっぱなんか変だ。とにかく聞きたいことが山ほどあるし、今はなんとかするしかあるめぇ!

 そう心の中で気合いを入れた時だった。


 「御影悠人、俺を覚えてるか?」


 旅装の男は覆面を取る。無精髭の素顔を晒し頬から流れる血を乱暴に拭った。少しやつれているけど、たぶん同じくらいの歳だろう。


 「まったく覚えてないです」


 まだ作戦決まってないんです、なんて言えないし、それまではなるべく怒らせないように会話しないと。


 ーー 丁寧そうに話したからと言って怒らせないとは限りませんよ? 現に今の問い、覚えていると言って欲しかったのでは? ーー


 ぐぬぅ……正直過ぎたか。でも嘘言ってバレたら余計怒らせないか?


 ーー 話を合わせておけば良いのでは? バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ ーー


 「そう……だよな。あれからもう十年以上か。覚えてる、なんて言われたらすぐに殺したかもな」


 ほらな。素直は良い事なんだよ。わかったか? エアリス。


 ーー ぐぬぅ ーー


 アホだヘタレだと言われたしな。ささやかな仕返しもできたし今度こそ作戦会議をしないとだが。


 「にしても殺すって……」

 「ははっ、冗談さ」


 冗談に聞こえなかったんだが? ってかどうも掴めないな。この男の目的は一体……


 「カイトにい……?」

 「麗奈……!? どうしてこんなところに……」


 俺の背後にいた一人、どこかで見た覚えのある女性が旅装の男へ駆け寄って行った。止めようかとも思ったけど、二人の様子から本当に兄妹みたいだ。


 「ごめんな、兄ちゃん連絡もしないで……ところでどうして御影悠人と一緒にいるんだ? ちゃんとあの時の話はしたのか?」

 「え? あの時って?」

 「引っ越す前によく行ってた駄菓子屋の婆さんに言伝頼んだろ? 兄ちゃんそれを聞きに——」

 「そんな昔の事? ゆうにいは来てくれなかったけど……って御影さんとは関係ない話でしょ!? 何言ってるのカイにい!」

 「……気付いてないのか? “ゆうにい”は御影悠人だぞ?」


 麗奈と呼ばれた女性は困惑しているようだ。ちなみに俺も困惑中。俺の記憶にある“れな”という名前は小さな女の子だ。いつの間にか引っ越したらしいけど……そういえば俺と仲が良かったのはその兄だったような……?


 “思い出せ”


 割れるような痛みとともに記憶が蘇る。


 『怪人なのによえーなー!』

 『ザコカイジーン! わるもーん!』

 あいつはよくそんな事を言われてたっけ。名前を変な読み方にして適当な意味に変えていじられ、次第にエスカレートして理不尽なイジメになっていった。俺にできたのは、友達でいる事だけだった。

 どうして忘れていたのか。


 「界人(カイト)なのか……?」

 「そうだよ。久しぶり、悠人」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ