よろしい、ならばプランBだ
「まさかおにーちゃん、みんなを乗せて飛べるようになったトカ!?」
「そんなわけないだろ。まぁ見てなって」
そして名を呼ぶ。この“仙郷”のような地においてその姿はまさに神だろう。長大な体は白蛇だが、翼を持ち空を翔る程度造作もなく、そして強い。
其の名は『龍神・イルルヤンカシュ』
どっと噴き出すエッセンスは以前のように腕輪からだけでなく掲げた腕からも天に昇る。そのエッセンスが上空にとどまりゲートを生み出した。
…………おかしい、前と違う。横を見るとゲートを普段使いしていて慣れている小夜も驚いた表情をしていて不安になったが、どうしようなどと考える時間はなかった。既にゲートは開かれている。
巨大なゲートから一条の閃光が俺たちの目の前に降る。その光は数秒続きやがて光は霧散していった。そこに姿を現したのは龍神・イルルヤンカシュに間違いはない。何せ気配が俺の知るそれだし、エアリスのお墨付きだ。しかし……顔が龍みたいになってるな。それに翼……何対あるんだ……。
鳥か天使かと見紛う、以前よりも大きな翼。新たに生えた体の割に小さな腕……前足か? ともかく背中と思われる辺りから尻尾の先までいくつもあった。それを羽ばたかせることもなく、龍神は滞空したまま両手を握ったり開いたりしながら言った。
「のぉ悠人よ……コレはどういうことじゃ?」
「俺が聞きたいです」
フェリシアが龍神の背に飛び乗りはしゃいでいる。龍神はまるで翁が幼子を見守るように、フェリシアが自らの背から落ちてしまわないよう注意を払っている。
なんだろうな、この光景。とりあえずエアリス、さっきやったみたいに触れなくても視れるか?
それに対し『お任せください!』と元気よく返事をしたエアリスはすぐに結果を伝えてきた。
ーー マスターの影響で進化に似たような現象が起こったようです。無駄にかっこいいイメージで召喚しましたね? ダメですよ、どうせやるならワタシを理想の体で召喚してください ーー
どうやらダメだったらしい。でもまぁ……より巨体になった事で以前より乗り心地が良くなっていそうだったので好都合だな。ってかエアリスは自分で体を作り出せるようになっただろ。肉体というよりもエッセンス体、エッセンスの塊みたいなものっぽくて制限時間もあるけど。そもそもエアリスを召喚なんてでき……できないんだろうか?
もしもエアリスを召喚できたなら。間違いなく美人だろう。そして間違いなくアホだろう。ついでになにも無いところで涼しい顔のままガチで転ぶやつだ。間違いない。他には味覚もはっきりするかもしれないし、リアルに腹が裂けるまでごはんを食べ続けるかもしれない。さらに酒なんて覚えたら……考えただけで財布が冷えた気がした。だめだ、試すのもやめておこう。と、そんなことは置いといて。
「イルルさん、お仕事のお時間です」
「おお! あの時以来じゃな! よい、申してみよ。敵はどこぞにおるのじゃ」
「今回は俺たち全員を乗せて欲しいんです」
「……悠人よ、ピンチじゃないのかの?」
普段はそんな事を噯にも出さない龍神だが、実は戦うとかが好きだったりするのだろうか。思い返してみれば初めて嵐神が現れた時、龍神は軽くあしらってはいたが楽しそうだったかもしれない。ってことはつまり、戦えないとわかってしまえばやる気無くしたりするんだろうか? 個人的に今の龍神の姿、かっこいいと思うし、やる気がなくなってそれが解けてしまうのもなんだかもったいない気がする。
そこで閃いた。日本神話におけるもっともヤバい神々の一柱、自称ではあるが天照にだって効いた方法がある、と。
「それがですねイルルさん、ピンチなんですよ……」
作戦はこうだ。褒める。
そのためには俺が、俺たちがピンチになる必要があるわけで。
ーー 龍神・イルルヤンカシュに私の声は届かないようにしました ーー
エアリスを通じてみんなに指示を出す。当然そこに菲菲は含まれておらず、むしろ現時点腰を抜かしているためそのままでいてもらって問題ない。
「わーん、龍神〜、助けてよ〜」
棒読みフェリシアに続きクロ、小夜、おはぎまでもが龍神にピンチであることを訴え、最後にチビが耳を垂れ「くぅ〜ん」と情けない声を上げることで締めくくった。なお具体的に何がどうピンチなのかは言っていない。とにかくピンチなのだ。しかし龍神はまんまと騙され……ではなく信じてくれた。
「おお……どうしたというのじゃ……なんでも申してみよ」
「ほんと今ピンチなんですよ。とりあえず俺たち全員乗せてもらえませんか? 頼れるのはイルルさんだけなんです」
「それはいいが……そういえば危険な気配などどこにもないのぉ……悠人の気配がもっとも危険に感じるくらいじゃ」
「イルルさんの姿、かっこいいですね。乗せてもらえませんか?」
「……悠人よ、そなたそれが目的だったのか?」
おや、バレた? さすがにダメだったかな。
「……なんでもするって、言いましたよね?」
「ぐっ……か、神に二言はないがしかしその程度の事で我を喚ぶなど……」
龍神は不満らしい。褒め方が下手だったかな。それなら……作戦は状況に合わせ変更されるものだ。という事でプランB。
「最近以前よりも飲んでるみたいですよね。正直俺もあんまりお金ないんですよ……。それで大幅に制限しようかなって思ったり……」
「せ、制限とはどの程度かっ!?」
「そうですねぇ。これまでの分があまりにも多すぎたのもあるので出禁……はさすがにかわいそうなので、半分くらいですかね」
「ぐぬぅ……仕方あるまいな……よかろう、乗るがいいぞ」
「あ、それと単純に少し抑えてもらえるといいなって」
「き、気をつけよう」
龍神は喫茶・ゆーとぴあを偉く気に入っている。それは他のメンツにも言える事で『たとえここよりも好きなだけ酒が飲める場所があったとしても、ここを捨てる事はできない』みんな口を揃えて言っているくらいだ。それならこのくらいはいいだろう。それに半分と言ったが、魔王の一件から倍くらい飲むようになっているため結局それまでと変わらないし、その一件からこれまでが手伝ってくれた報酬という事にすれば問題ないな。
「イルルさん、ほんと酒好きなんですね」
「否定はせんがな。それよりもここで我が悠人に逆らったとて、そんな我を待つは怒り狂った天照と酒呑であろう。嵐神などとるに足らんが、あの二柱は手に負えん。特に天照はの」
「天照ってそんなに……?」
俺の中で龍神はあの四人の中においてもっとも強いかもしれないと思っている。その龍神をして手に負えないと言わしめる程って……
「ヒステリーを起こされては敵わん」
「そっちですか」
「しかし強さで言っても未知数じゃがの。魔王の一件でも本気など微塵も出しておらなんだし」
なるほどな。たしかに天照は俺が渡した弓と矢でロケット弾や時折銃弾までも射的をするようにして楽しんでいたのを目端に捉えていた。その信頼感からあの時は見るだけ無駄と意識を切っていたが、龍神曰くまるで縁日を楽しむ少女のようであった、と。
一方で演技とは言え結構必死だったんだけどな、俺。
そういえば、と菲菲に説明する事にした。初めて見る龍神に最初は怯えていたが、大陸の国の龍ってこういう感じじゃないかと問うと次第に神を敬うような危ない目になり始めた。でもまぁ今はその方が都合がいいな。
ーー 私の記憶ではイルルヤンカシュとはこの地域の神ではないのですが ーー
だが今はなぜか姿が似ているようにも思うし、それに神話上イルルヤンカシュと言えば地域によって姿も名前も変わる神だ。邪龍、悪竜になったりするしな。だから気にするほどの事じゃない。
ーー アジ・ダハーカ、ヴリトラといったものですね ーー
ん? 調べたのか? スマホの電波通じるようになったのか?
ーー いいえ、イルルヤンカシュについて以前調べた事がありました ーー
もう調べてたからか。でも俺の感情と記憶から生まれたっていうエアリス、俺が以前から知っていた知識を知らないってのもおかしな話だな。最初の頃はそうじゃなかったようにも思うけど……いや、あの時は今と違って俺の思考とかを当然のように読んでいた可能性もあるしな。
少しの違和感は残ったが、龍神の背に乗ったみんなに促され跨がる事もできないくらいに巨大になった背に飛び乗った。
最新話の話数がひとつズレている件について。
1話毎の文字数が多すぎないように調整したいと思い、40部分を分割し、後半を41部分として割り込ませました。
他にも突然文字数がそれまでの倍になったりする部分があるのですが、そこは追々やっていきます。
2021/07/11