菲菲をテストする
菲菲が能力を発動した。四肢から、動けば尾を引くオーラのようなものが出ていて、エアリスによるとそれは純粋なエネルギーの可能性が高いようだ。
「時間がない。いくぞ」
返事をする間もなく殺気の塊と化した菲菲が一度の踏み込みで懐まで入り込んでくる。ここで【拒絶する不可侵の壁】で防いでしまうかと思ったが『菲菲の攻撃に対する【拒絶する不可侵の壁】の有効性が不明です』とかエアリスが言ったと思えば俺はさっきまで菲菲がいた場所に、まるで入れ替わったかのように転移させられていた。
ーー 強制転移、完了しました ーー
頼んでないんだけどなー。いや、頼んでからじゃ遅かったかもしれないけどさ。とりあえずエアリスの不安要素を取り除くべく、折り返そうとしてきた菲菲の目の前に【拒絶する不可侵の壁】を展開する。
「なっ……!?」
見えない壁に顔面から突っ込んだ菲菲が顔を押さえている。つまり、エアリスが不安に思っていた有効性は証明されたって事だな。
「終わりか?」
そう言った俺に『それは煽りにしかならないかと』エアリスが呆れたような声音で言ってきたんだが、そんなつもりはさらさら無かったんだ。だからまさか——
「御影……ゆうとぉぉぉおおおッ!!」
そんな事で菲菲さんがブチ切れるなんて思っても見ないわけで。えぇ、そんなつもりはほんとなかったんです。
心の中の言い訳を打ち砕こうとでも言うかのように殺気を増した菲菲が三節棍と手脚による連撃を浴びせてくる。棍を振り回しながら自分も回転し、背を向けたにもかかわらずその時にはすでに振り下ろしたのとは逆側がこちらを向いている。動きを予測して突っ込んでも棍の先がこちらの頭を狙っている状態、意外に隙が無いな。それに加え足払いや裏拳までも織り交ぜてくるが、その全てが軽い攻撃にしかなっていないのが残念なところだな。しばらく感心しながら凌いでいると、やがて能力を維持できなくなった菲菲は息を切らしその場に座り込んでしまった。
「お、終わりか?」
同じ言葉を言ってしまったが今度のも煽りじゃないんだ、そう心の中で言い訳していると菲菲は無言のまま頷いた。今度はちゃんと終わりだったらしいな、よかったよかった。
(ところでエアリス、菲菲の手脚に見えたオーラみたいなの、意味あるか?)
ーー 使い方にもよるのでしょうが、現状無意味でしたね。【拒絶する不可侵の壁】を破ってしまうかもしれないと危惧していましたが、それも不可能かと ーー
(だよな。って事は無駄に垂れ流してるだけ?)
ーー それで間違いないかと。本人が気付いているかどうかはわかりませんが、持続時間が短い原因でしょう ーー
エアリスによれば菲菲の能力は【仙人化】。『せんにん』と読まないのはエアリスの解釈によるところだろうか。
ーー 渦巻疾風伝とは違いますからね! ーー
なんだかエアリスが以前のアホに一瞬戻ったような気がした。それはそうと、仙人は渦巻疾風伝というより現実の神話に近い部類の話なんだけどな。
ともかく格段に速く強くなっていたのは、菲菲の能力はよく聞く身体強化、その上位版とも言えるが、継戦能力が低いという致命的なデメリットも抱えた能力である事を加味すると似ているようで全くの別物に思えた。息を切らし異常なほど疲弊している様子から、もしかすると“神降ろし”に近いものかもしれない。神降ろしなんてものが現実的ではないけどそれはおいといて。菲菲の体では能力の効果を受け止めきれないのだろう。……受け止められるならどうなんだ…?
(なぁエアリス、俺思いついちゃったんだけど)
ーー 奇遇ですね、ワタシも閃いたところです ーー
俺たちが同時に思いついたのは、神を肉体に宿らせるなんて事ができるのかも、という可能性についてだ。
龍神や嵐神に加え鬼神と天照も召喚できるようになっているわけで、やつらは自称ではあるけど“神”なんだよな。つまり“龍神化”とかそういう事ができるんじゃないか、と言う事だった。
(でもそういう事するとどうせみんな呆れた顔するんだよなー)
ふと先ほどまでの殺気が綺麗さっぱり消えている事に気付く。足もとに目をやると菲菲が見上げていた。しかしそんな事は関係ないとばかりにエアリスはそれを無視する。とは言っても今エアリスの声は俺にしか聞こえていないから、菲菲は無視されているとは思わないだろう。
ーー 人体実験ですからね ーー
(そうなんだよな……ってエアリスは俺が実験台になるわけだけどどう思うんだ?)
ーー 以前であれば不安がありましたが、今のマスターであれば少し大きいだけの羽蛇程度問題ないかと ーー
(ふ〜ん、そういうもんか)
以前なら、エアリスは断固拒否しただろう。でも実際に超越種なんてものになったらしいしな、実感はまるでないけど。とにかく体が強くなったんだろうな、だからエアリスは問題ないと判断してるわけだと思うし……あれ? でも龍神……イルルさんってかなりの化け物だったと思うんだが? それを『羽蛇程度』なんて言えるほど変化があるんだろうか。そもそもエアリスは、だからと言って俺が実験台になる事“自体”を拒否するようなやつだった気が——
気が付くと足もとの菲菲から徐々に殺気が……なぜだ?
「御影悠人ぉ……」
「な、なにかな?」
「……連れて行ってくれるのか?」
あー、そう言えばそんな話だったか。エアリスが変わったなと思う件については……未来の俺にぶん投げよう。
で、菲菲がえっと……足手纏いかどうかだったか? どうだったんだろうな。よくわからないからこれはエアリスに丸投げでも良いかな。というわけでエーアリッスさーん!
ーー はい、ワタシです。菲菲に関してですか? ーー
(そうそう、どう思う? 結構いい線行ってたと思うんだけど)
ーー 足手まといですね ーー
(エアリスさんは手厳しい)
ーー マスターは菲菲に甘いですね ーー
(甘いかどうか知らんけど、お母さんがいるかもしれないんだろ? なんだかガイアを思い出すなーって)
ーー 父親が行方不明、でしたか。しかしおそらく…… ーー
エアリスから感情が伝わってくる。成長なのかもしれないけどやっぱり違和感に感じてしまうな。ま、ともかく菲菲だ。最近では思考が加速される事にもあまり抵抗がなくなり、自分でそれを引き起こす事も不可能ではなくなっている。その引き延ばされた時間で菲菲を見ていた。
菲菲の能力【仙人化】による強化は相当なものだ。それに彼女自身、ログハウスで警備バイトをしていた頃とは比べものにならないくらい強くなっていた。それはおそらく魔物化した人間、ダークストーカーを相手に一ヶ月もの間戦い続けていたからだろう。だがそれでも……持続時間が短すぎる。その後のクールタイムとでも言おうか、能力を使用できない時間も未だ続いているようだし、エアリスの意見も加味するとやっぱり……。
「俺としては……」
「やはりだめか……」
表情からバレたようだ。ま、わかりやすいらしいしな。そういうわけで菲菲はここで、それか喫茶・ゆーとぴあにでも送って待っていてもらおうと思っていると、チビと一緒にフェリシアに抱かれていた黒い子猫が俺の肩に飛び乗ってきた。
「おい、おはぎ。危ないだろ」
「にゃーは猫にゃ。それににゃーはただのおはぎじゃにゃいにゃ! 聞いて驚くがいいにゃ! にゃーこそは、メルク——」
「はいはいわかったから。で、遊ぶならクロとでも遊んでな」
撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。しかし言いたいことがあるようだった。
「おっとーはわかってないのにゃあ」
「ん? なんか見落としてる事あるか?」
「そうにゃ! にゃーはここまでフェリシアに抱っこされ続けたにゃ。もうお肩コリコリにゃ!」
「うん……?」
「そこでにゃ、ふぇいふぇいの頭が乗りやすそうにゃ!」
そう言ったおはぎが跳ぶ。菲菲は避けるに避けられぬと言った様子だった。
菲菲を見るとお団子の真ん中におはぎがすっぽりとハマり、納まりが良さそうになっている。『合体にゃ!』おはぎはご機嫌だ!
「あー、その、なんだ。おはぎが頭に乗せてけって言ってみるみたいに見えるな」
日本語がわからない菲菲にとって、おはぎと俺の会話は会話にすら聞こえていなかっただろうからそう言ったのだが、フェリシアとクロ、そして小夜はなんだか楽しそうに笑っていた。
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