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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
6章 諍いなど気にせずのんびりしたい(仮)
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箱庭はまどろみに沈み

並行して改稿しています。詳しくは活動報告を見ていただければ。


 ログハウスの一室、その主の少女は一人嘆息していた。


 「ボク、そんなに魅力ないかな」


 彼女にとってとても大きな意味を持つひとつの思いをもって、彼女はエアリスに自らを取り込めと言った。

 しかしそれは叶わなかった。悠人に関しては理解できる、それを拒否したであろうことは。意外だったのはエアリスもそれを拒んだことだ。


 「エアリス、やっぱり別モノだからかな。悠人ちゃんの影響かな。それで少し安心しちゃったボクもやっぱり変わったかな?」


 終末を望む意志であるオメガ。その生まれはアルファであるフェリシアと似て非なるものでありまったく違うとも言える。それは特別な存在であり、オメガはアルファ以下アグノスが生まれた事により元のカタチから変質し“この世界に定着した”最後の意志というのがフェリシアの認識だ。


 「オメガがどうしてエアリスになったのか……まさかオメガから新たな自我が……? そういえば悠人ちゃんの記憶と感情から生まれたような事を言ってたね。やっぱり悠人ちゃんがこの世界に存在し得ないはずの特異点なのは間違いないか……。でも、それならどうして……」


 フェリシアは知らない。このダンジョンと呼ばれるひとつの世界を造った者を。

 フェリシアは知らない。彼女にいろいろな事を教えた者の語る特異点という存在の事を。

 だから絶対に答えに辿り着くことはない。ひとりきりでは。


 「考えても仕方ないね。大いなる意志なんて、所詮そんなものだよ。それにボクはどうやら、母様ルートから悠人ちゃんルートに変更かな? 悠人ちゃんにとっては……フェリシアルートにならないかな〜。香織がいたってボクは気にしないのにな〜」


 そう言ったフェリシアは香織とはまるで違う自らの慎ましい部分に触れ「……やっぱりもっと大きくなきゃだめかな」と真顔で独り言つ。しかしすぐに気を取り直し「香織が大きいからそのギャップを逆手に取るべきかも。うん、ハーレムルートを目指したほうがボクたちが争うことはないし悠人ちゃん好みの“平和”かも」と前向きに考え始めた。


 消えて無くなるつもりだったフェリシアだが、悠人の引力によって自らの枷から解き放たれているためこれまで以上に自由を得る事となった。自由なフェリシアが考える悠人の平和に人間の常識が欠けているのは彼女の存在的に仕方のない事だ。彼女にとって、悠人ひとりに相手がひとりなどという常識は存在しない。


 ところで彼女があると思っていた“生まれた理由”などは存在しなかった。もっと別の……そう、とても簡単な理由しかなく、ある意味それは人間と変わらないものだ。

 しかしそれを知らない彼女は理由を求めた。その結果行き着いたのが“大いなる意志”というだけだ。それによりダンジョンへの、この世界への度重なる干渉により確固たるもの、つまりダンジョンというひとつの世界に縛られた存在となっていたが、今のフェリシアにはそんな事を気にする必要もつもりもない。彼女の寄る辺はすでに、ログハウスの住人たちへと移っている。


 「大いなる意志は、廃業かなー」


 大いなる意志を辞める。そんな事ができるのかは知らない彼女だがそのつもりだ。しかし一方でダンジョンに対して干渉できることを利用しないつもりもない。それはつまり自ら作ったルールを投げ出し、しかし使える部分だけは使おうという事だ。それが叶うこと自体、大いなる意志という存在はダンジョンにおいて特別なのだ。自らそれに成った彼女自身が知らないだけで。


 「そもそもこの世界にとって大いなる意志なんていう存在がいようがいまいが関係ないでしょ、ボクより先にこの世界はもう在ったんだから。そんなのよりボクは、もうひとつの世界の……新しい家族が大事になっちゃったのさ」


 彼女は母と呼ぶ存在を諦めたわけではない。それでも今は、まだその時ではないという事なのだろう、そう考えるようになった。間違いなく悠人の影響であり、『ずっと一緒にいてやるから』と悠人が言っていた言葉、声を思い出すと顔が熱くなり、鼓動が早鐘を打ち始める。それがなぜなのか、普段から悠人を揶揄っているにも関わらず彼女はちゃんと理解しているわけではなかった。

 理由は簡単。フェリシアの器はベータの手が加わっている部分がほぼ全てを占める。実はベータから譲り受けた器を自分好みに調整しただけだ。彼女自身は自ら創ったと思い込んでいるが、彼女にアグノスが受肉できる器を創る事はまだできないのだった。つまり細部まで把握しているわけではなく肉体の反応にも詳しくない彼女は、心と体が連動するという事を詳しく知らない。ベータが彼女にほぼ完成した器を提供したのは、彼女のプライドを傷つけずに彼女の成長を促したかったからだが、後に自ら気付く事になるであろうフェリシアはその時になって怒りが湧いてくるかもしれない。だが彼女は成長する。問題の先送りは意味がないとは言えないのだ。


 上気する頬を掌で冷やすようにしながら、フェリシアは次の策を考える。


 「でもやっぱり、再統合なんてしてもダメかな。う〜ん。どうすればいいんだろう。この世界に飲まれた集合意識での実験は失敗だったし、あ、でもこの世界を守るための役割をしてくれてるから副産物としては大成功かな」


 ダンジョンでの死者、それは消え去るわけではない。閉鎖されたこの世界では本来、死してなお存在し続ける事を強要されている。しかしその条件を満たせない現状、とある場所へと保管される事になっていた。それを利用したのが大いなる意志だった頃のフェリシアだ。

 世界が完全な形を取り戻していない状態ではこの閉鎖世界内における輪廻は叶わず、しかしその存在はすでに曖昧な存在として確定されているためその存在を改変、そして肉体の獲得をしない限り再び人に戻る事はない。その曖昧な存在はこの世界にとってもいずれ有害なものとなり得るため、別の役割を与える事は結果として正しい事だったのだ。


 「とりあえずボクは『大いなる意志をやめて、普通の女の子になります!』」


 新たな宣言を満足げな顔でするフェリシアを別の意志が静かに見守り、あるいは観察していた。


 「でも今更“私”っていうのも変な感じがしちゃうな〜。やっぱり“ボク”のままにしよう、うん!」



 一方“この世界”、ダンジョンは……日本の地上部に発生したマグナ・ダンジョンと呼ばれる場所とは別に、地上の一部をダンジョン化する。それはこの世界の再統合が正常に行われて“いない”証。

 果たしてそれに気付く者は————



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 寝るつもりではいたが、チビが実は第二世代なのでは? と思うと気になって眠れない。

 眠れないでいるのを知っているエアリスが『のんびりと、できていますか?』と言う。いつも落ち着いた時に聞かれている気がするな。

 それに対し、忙しい時は急に忙しくなるけどのんびりする時間はある、と感じているがままを伝える。

 エアリスはそれを聞き『もっとその時間を取れるようお手伝いしましょうか』と言ってくるが、エアリスに任せっきりになってしまったらのんびりではなく何もしていないだけになってしまう。エアリスにはその微妙な、されど大きな違いがよくわからないようだが、エアリスなりに俺を甘やかそうとしているのはわかる。「エアリスは相変わらず過保護だな」と言うと、『ご主人様こそ』と返ってくる。それほど過保護にしているつもりは……いや、みんなに念のためと言って指輪や便利アイテムを渡してあるし、装備も本人たちが言ってこなくても改良したりしているし、過保護と言えば過保護かもしれない。


 少し別の事を考えていると少し暗い気分になる。するとまたもエアリスが聞いてくる。


ーー よろしいのですか? ーー


 何をとは言わないが何についての事なのかはわかる。俺の感情を喰らうエアリスは、俺がおそらく超越種と言えるものになっている影響もあってか以前に増してその感情の盛衰せいすいに対して敏感だ。それにより考えている事もそれだけで伝わってしまう事が増え、考えを盗み見るまでもだろう。


 「たぶんダンジョンができた時の地震はフェリが言ってた“ダンジョンを繋げた”ってやつの影響なんだろ」


 『多くの人々が——』とエアリスは落ち着いた声で言葉を紡ぐ。声はどこか悲しげで、その感情が俺にも伝わってきていた。そういえば、と考える。エアリスが妙に落ち着き出したのはいつだっただろうか。いや、雰囲気が違うように感じる事が増えたと言えばいいだろうか。

 ログハウスに住むようになってから、エアリスは順調にアホ……ではなく成長をしていたと思う。しかし体を持たないエアリスだ。話し方や感情の表現からしかその成長を察する事はできないが、フェリシアがログハウスに来た頃まではアホだったと言える。それならフェリシアが来てからか……? いや、違うな。詳しく聞いていない事の方が多いが、エアリスはいろいろ質問をしていて楽しそうだった、と思う。じゃあエテメン・アンキだろうか。

 シグマは逃走したが、フェリシア——つまりアルファ——と同種と言える“アグノス”を数体、シグマから引き剥がし取り込んでいる。その頃は……その頃からだったように思う。エアリスを時々別人のように感じるようになったのは。

 ちなみにエテメン・アンキ本来の主、ベータも同様だ。今銀刀の一本を依代としているベータはエアリスがオリジナルから作り出したコピーであり、オリジナルは既にエアリスの一部となっている。


 もしも……もしもだ。フェリシアの言っていた『他のアグノスを食べたみたいに、食べて欲しいんだよ』という言葉が、本当にフェリシアの母親を復活させる事に繋がるなら……アグノスを複数取り込んだ今のエアリスはそれに近付いている、という事か? それならもしかすると、本当にフェリシアの願いは成就が可能なものなのかもしれない。でもどうしても違和感と、そして何かを見落としているように感じてもいる。それに加えて俺たちはフェリシアを失わなければならないという。それは……無しだろ、普通に考えて。


ーー ……というわけなのです。…………おや、ご主人様? 聞いていますか? ーー


 エアリスに呼びかけられ考えに没頭してしまっていた事を自覚する。


 「すまん、何の話だっけ?」


ーー これからもダンジョン由来の災害が起こる可能性があります。それを防ぐにはダンジョンを“閉じる”事が確実かと。方法については不明ですが。それと、フェリシアをこのままにしておいても良いのですか、と ーー


 「だからってどうもならないだろ。それにフェリがそうなるとわかってやったと思うか?」


ーー そんなことは考えていなかったでしょう。考えていたとして“そんなこと”はどうでもよかったのかと ーー


 「“そんなこと”ね」


 今でこそフェリシアは俺たちに、もしかしたら人類に対して愛着のようなものを感じているかもしれない。しかしそれは今だからであって、それ以前は彼女自身の言う目的のために手段を選ぶつもりはなかったのだろう。

 その目的が彼女の母親の復活、と。それが可能な事なのかどうかは俺にはわからないが、手伝えるというのであれば手伝うつもりでいる。しかしそれで彼女が消えてしまうのは嫌だし、それはみんなもだろう。だから他の方法が見つかるまでは、ただ今を生きて欲しいと思う。


ーー 目的のための行動に他の存在を含めてしまえば何もできなくなってしまいます。それ以前にその時点のフェリシアはそもそもヒトの存在を今のように認識していたかどうか、そうする事でどのような弊害が起こるのかを考えていたかも怪しいかと。どうやら“目的”以外を見えてはいなかったようですので ーー


 「なら尚更だ。それにほら、フェリがそうしなかったとしてもいつか勝手にそうなったかもしれないし」


 とは言ったが、実際はフェリシアがそうしなければダンジョンは俺たちの世界に現れなかった可能性の方が高いと思っている。だが言い訳でも理由でもこじつけでもなんでも良く、フェリシアを責める事を拒否したいだけなのかもしれない。


 あの日の地震はダンジョンと繋がった事が原因、それが正しければフェリシアは間接的に二十億人以上の人間を殺した事になる。その後発生したダンジョン、さらに関連した災害でも多くの人が命を落とした。しかしそうだとしても責める気にはなれない。その成れの果てがあの“グループ・エゴ”、黒い粘体に数多の意識を有する不思議生物なのだろうと思う。身近な人がそうなってしまった人にとっては許せないかもしれない。だが俺はたとえそうであってもあの子を見捨てようとは思えなかったんだ。


 「とにかく、フェリシアをどうこうなんて考えるな」


ーー やはりあなたはお優しい ーー


 不意に左手の、いつかの夢の中で渡された青い石、その吸い込まれた場所がうずいた気がした。



6章おわり

この章はここまでです。評価、ブクマークありがとうございました。

章分けを失敗していますので、章タイトルが決まれば変わるかもしれません。

次章は予告なく開始されると思いますが、投稿された際には読んでいただければと思います。


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