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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
6章 諍いなど気にせずのんびりしたい(仮)
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木の皮のスープ


ーー ふと疑問だったのですが、宣誓をしたフリではダメだったのですか? ーー


 確かに俺たちだけしか裏を知らないわけだしそれでもいいかもしれないが、問題はそこじゃ無い。


 「魔王ってさ、枷を付けないとほんとにやらかしそうじゃん? だからだよ」


ーー なるほどわかります。しかしそうなると、禁を破って死ぬ人間が出てきますが? ーー


 「そうなんだけどなー。好き勝手にのんびりしたいだけの一般人ができることなんてそのくらいが限界だろ。あとは勝手にやってくれって」


ーー 魔王を作った責任はありますが、実際そうせざるを得なかったとご主人様に思わせてしまった世界にこそ責任があるとワタシは思います ーー


 自嘲気味な言葉に対して、エアリスなりに慰めてくれているように思えた。


 「……ありがとな、エアリス」


 自分勝手で無責任と自分で思わないこともないし、主張はそれぞれ。生きるために争いが必要な人たちもいるだろう。だがそういった全てを受け入れて全てが満足することなんて不可能だ。しかも俺は一般人。世界を救おうとかそんな大層な思想はないんだ。ただ自分がのんびり安穏と、好きなことだけしていける環境があればいい。そのために手の届く範囲で起きた問題くらいは……できるだけなんとかしたい、とも思う。

 自分だけならともかく、近いとは言え他人の事まで包括して考えてしまうのは我ながら傲慢だろうか。


 怪我人はたくさん出ていたし、日本人にはいなかったがモンスターによる死者も出ている。そういったことまで考えても仕方ないかもしれないが全くなにも思わないというのも無理な話だ。だからと言って……これ以上は思考の無限ループ、終点の見えないスパイラルになってしまうな。

 結局俺も利権欲しさに領土を主張する人間と同じなのだろう。ある程度まで傲慢になり、そこから先のことは無視するのだ。

 開き直るようだが、今ある居場所を守るためなら少しくらい無茶をするかもしれない。今回のように。

 それと……ペルソナの能力が『翻訳』じゃあ通じなくなっただろうし、他に何か設定を考えなきゃな。



ーー ところでご主人様、近頃いろいろと忙しかったですね ーー


 「ふむー。やっぱり俺は忙しかったのか。でも普段はのんびりしてる自覚あるんだけどな」


ーー そうなのですか。香織様の相手をしたりアイテムを作ったりその素材を集めたりお仕事をしたり魔王関連のことをなさったり、ダンジョンを攻略する時間がまったく取れていませんが ーー


 「例えば忙しそうに見えてもやりたい事とか好きな事を急ぎすぎず自分のペースでやれば、それって結構のんびりしてるのと変わらないんだよ。攻略はたしかにできてないけど、したくないのにしてることなんて……仕事くらいしかないよ」


ーー お仕事は仕方ないですね。財布の虫を四匹も飼っていますし ーー


 「そうなんだよなー。自分で稼いでくれないかな」


ーー それは名案ですね。鳥頭でもできる仕事をなにか見繕いましょう ーー


 「鳥頭って、嵐神のことか? それとも三歩歩くと忘れるって意味の鳥頭か?」


ーー どちらもです ーー


 「ま、まぁ面倒が起きないようなやつ考えといて」


 ところで魔王が放った黒い光だが、魔王がその場を去ると消えてなくなったようで地面も深く亀裂が入ったようになっていたはずだが、ダンジョンの修復力のようなものが働いたのか少し窪んだ程度に戻っていたため問題なく通れたようだ。それにより海外のほとんどの軍隊は自分たちのホームへと帰って行き、現在の20層は静かなものらしい。

 それでも残った海外勢の一部や日本の探検者の中には喫茶・ゆーとぴあを訪れる者もいて賑わっているようだが、そういえばスタッフの皆さんは予定外に大勢のお客さんを捌いているはず。大丈夫だろうか。

 喫茶・ゆーとぴあと言えば菲菲フェイフェイのことをすっかり忘れていたわけだが、20層にもいなかったように思うし今頃どうしているのやら。

 アレクセイやクララたちは魔王がいる場には姿を見せなかったが、こちらもどうしているのだろう。エアリスに聞けば何か知っていそうだが……


 「ベッドに横になってると眠くなるなぁ」


ーー 少しおやすみになられては? ーー


 なにかあればエアリスが起こしてくれるだろうし、疲れからくる眠気に身を委ねることにした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 クロノスと旅を続けている。出会った当初、彼女は次の街までと言っていたがそこでさようならとはなっていない。なぜかと思い返してみれば……なぜだろうな。わからないが別れる理由がなかったということにしておこう。

 それから旅の目的地はその時期に穏やかな気候の地を巡る形となっている。彼女と出会った頃と似通った気候を巡る日々を過ごしている事に、王に使えていた頃と比べると平穏すぎて不安になってしまうくらいだ。だが……まあそうだな、悪くない。


「ふふ。どうして笑ってるの?」


 ん? 笑っていただろうか? そんなつもりはないのだが。


「当ててあげましょうか?」


 こういう時、彼女に対して返事をしなくとも彼女は勝手に続けるのだ。


「昔と比べて穏やかだな〜、クロノスさんと一緒に旅ができて幸せだなぁ〜とか思ってたんでしょ? ね? そうよね?」


 そしてこうやって正解を押し付けるかのように詰め寄ってくる。しかし実際に正解だと思う。


「あぁ。当たりだ」


 見れば嬉しそうな顔をして……これが『時の魔女』などと恐れられた存在とは信じがたい。

 時の魔女か……王は…いや、よそう。栓なきことだ。


「ごめんね」


 顔に出てしまっていただろうか。そういえば彼女と旅をするようになって気が緩んだのかは知らないが、自分でもわかるくらいに感情が表情に出るようになったと思う。王は言っていた。『もっとわがままを言え』と。今ならば……もう遅いが、できたのかもしれない。


「私の事、恨んでる? 貴方の王を、直接ではないけれど殺したようなものだもの」


「君が気にすることじゃないさ。“名もなき影”としての役割を果たせなかったのは私だ」


「あのね、人って弱いのよ」


 突然何を言い出すのか、彼女は諭すように言ってくる。これだ、不思議とこの空気に飲まれてしまうような、飲まれてしまいたいような気分になる。しかし浸り切ってしまうのはどこかおそろしくも感じ茶化してしまうのも仕方ないだろう。


「自分だけじゃできないことの方が多いの」


「そう……だな。君は一人では碌な料理も作れないものな」


「もう! 真面目に言ってるのよ!」


「ははっ、すまないご主人様」


「む〜……まあいいわ。とにかく、自分だけで背負わなくていいの。誰かのせいにしてもいいし、諦めちゃってもいいと思うのよ」


 冗談めかして、慰めてくれているのかと問うと、彼女は恥ずかしげもなく肯定する。


「そ。慰めてるわっ! 私、これでもあなたよりもずっとお姉さんだからね!」


「ふっ……そうか」


「ありがとう、が聞こえな〜い」


「あぁ、ありがとう」


「いつも気持ちがこもってないわよね。それとも伝えるのが下手くそかしら? 仕方ないわね、それじゃあ今日は私が何か元気の出るもの作ってあげるわね!」


「いや……それは気持ちだけで勘弁してくれ!」



 今はこんな旅も、悪く無いと思っている。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「悠人さ〜ん、ごはんですよ〜」


 香織の声に引き戻されるように意識が覚醒する。ずいぶんと今日の夢はリアルだったな。とても美しい雰囲気を醸しているクロノスっていう人が作ったとても醜悪な見た目をしたマズメシの味がした気がするぞ。


 「どうやったら肉や野菜みたいなのを串に刺して調理したものが変な色のドロドロのスープになるんだよ」独言るがそれに対する返事はない。

 記憶の中のその人の顔を思い出そうとすると、モヤがかかったみたいでよくわからない。髪の色は青っぽかった気がするが……見た目はそのくらいしかわからないな。


 「悠人さん? あっ、起きてますね。相当疲れてたように見えましたし、返事がないから寝てるのかと思っちゃいました」


 「香織ちゃんが来るまでは寝てたと思うよ」


 「……香織って呼んで欲しいな〜……なんて」


 「いや〜……なんか照れくさいですねー」


 「え〜、でも前は呼んでくれた時あったじゃないですか!」


 たしか戦闘中とか……ふとした拍子に、こう、なんというか……無意識的にってことはたしかにあったみたいだ。

 他にも呼び捨てにしてほしいと言われがんばったこともあったが、結局戻っている。今回で何度目のリトライかはわからないが、せっかくだし俺も要求してもいいだろう。


 「香織ちゃんも砕けた話し方をしてくれるなら」言えば香織は即座にこれを修正にかかる。


 「“ちゃん”はいらないです!」


 「ん? いらない……です?」


 「い、いらない……よ?」


 部屋を出たところで、まだ慣れないと言った様子でこちらを見上げてくる。出会ったその時はそっけないように思え、口調も丁寧なものではなかったように思うが……その後の急変具合には戸惑ってしまっていた。


 出会いの状況が状況だったため“吊り橋効果”とかそんなものが影響していたのではないか。それがいつからそうじゃなくなったのか、それとも最初からそんなものはなかったのか。今となってはそんなことはどうでもよくなっちゃったけど。


 「か、香織……」


 「ゆ、悠人さん……」


 見つめ合う俺たち。忍び寄る悠里。

 廊下の曲がり角の向こうは【神眼】で丸見えだ。目に定着したという【神眼】はもはやほぼ常時発動しているようなもの。今青い焔が出ていないのは、意識的に抑え込まないといろいろ見えてしまって困るくらいだからエアリスにも協力してもらいそうしている。そしておそらく香織にも悠里が忍び寄っていることはわかっているのだろう。だって今、香織の瞳が少し悪戯っぽく煌めいたからな。

 そんな香織が「ダンジョンに夜が戻ってきたんですよ」誘うように言った。

 「じゃああとで一緒に夜空でも眺めてみようか」そう返すと香織はこちらを見上げ嬉しそうに頷いた。


 「二人ともー? 早くご飯食べちゃおうよ。いちゃいちゃするのは後でもできるでしょ?」


 「はーい」「はぁい」


 廊下の角から首だけを出して言う悠里に俺たちは余裕の返事をする。

 実際にいちゃいちゃするかは別として、悠里を揶揄うための返事なのだから余裕なのだ。効果があるかはわからないけどな。思えば悠里を揶揄うチャンスはあまりないなぁ、なかなか隙のない女である。


「ちょっとくらい驚くと思ったのに……素直に返事されるとペース狂うね」


 そう言いつつ嘆息した悠里が少し楽しそうに見えたのは気のせいではないだろう。



 食卓につくとみんなから労われたのだが、なんだか複雑な気分だ。だって魔王って俺が造ったんだもの。それはつまり、今日20層で起きたことの半分……とちょっとくらいの事は俺が原因かもしれない。だけどみんなはそれを知っていて、それでも労ってくれているのだから、素直にそれを受け取るべきなんだろうな。


 魔王について、みんな自然とその存在を受け入れていたように思える。それについて驚かなかったのかを聞いてみると、実はさくらと杏奈を除いて大いに驚いてはいたらしい。さくらと杏奈の場合はログハウスに突然現れた魔王には驚いたようだが、それぞれが事前にある程度知っていたこともあってまだマシだったみたいだ。その二人も“事前”の時点で驚いていたようだが、俺にはそんなに驚いているようには見えなかったな。もしかして、俺がやることにいちいち驚いてたらキリがないとか諦めみたいなものがあったりして。さくらは以前俺のことを『びっくり箱』って言ってたし……いやいや、まさかまさか。女性の方が度胸があったりするって聞いた事があるし、だからそんなに驚かなかったんだ、きっとそうだ。俺って結構普通の人だからそんなに変なことはしてないさ。そう、俺は普通、普通の人間だ。

 『自己暗示は済みましたか?』エアリスの声なんて無視だ。

 ともかく、さくらは俺に“依頼”してきた張本人とも言えるし、杏奈に至っては賢者の石作成の際に一緒にいた。だから他のみんなほど急ではなく、それほどショックは大きくなかったんだろう。


 夕食を食べていると杏奈が言う。


 「さくら姉さんから聞いたんすよ〜。さくら姉さんがお兄さんに珍しく甘えたんっすよね?」


 「甘えたっていうかお願いされたっていうか」


 「さくら姉さんがお願いするなんて、それって甘えたってことっすよ! デレっす、デレ!」


 杏奈は鬼の首を取ったかの如く言うが、それに対しさくらは『いつもデレてるわよ? うふふ』余裕の構えだった。たしかに『ユウトニウムゥ〜!』なんて言って抱きついてくるし。焦るような気持ちにはなるが迷惑じゃないしむしろ嬉しい方が強い。俺も男なので——

 そこまで考え隣の香織の雰囲気が少し怖くなった気がしたのでふと思い出してしまったことを頭から追い出した。


 「てゆーか、ログハウスの女の子たちってみんなおにーちゃんに激甘だよね! ウケるんですケドww」


ーー それには同意します。ワタシを筆頭に激の激甘、激甘々かと ーー


 「悠人サンは甘えん坊……甘やかされん坊ですか?」


 「リナの言う通りかもしれないっすね! これはお兄さんを籠絡する方法がわかったかもしれないっす!」


 みんな好き勝手言ってくれるが、特に反論する気はない。だがそれは甘やかされん坊を認めているわけではなく……

 『甘やかされん坊なことに間違いはありませんよ』エアリスが言っても認めるわけではないが、こういうやりとりができるというのが単純に嬉しいものだと思っていて、それを聞いているだけでも充足感があるのだ。

 しかしやはり今回の件はトラブルの種を撒いてしまったのでは、と思うと自然と気持ちが重くなる。


 「悠人、何考えてるか当てようか?」


 「え?」


 悠里がそんなことを言う。さっき夢でも似たようなことを言う場面があったような。


 「魔王を造っちゃって、あんな感じで無理やり軍隊を止めたりして、私達に迷惑かかるかも〜、とか思ってない?」


 正解、とだけ答えると悠里は深く嘆息してこんなことを言う。


 「あのね、一人で背負い込むことないんじゃない? それに知ってるのなんてここにいる私達だけだしバレなきゃいいのよ。もしもバレてもここに引きこもればいいでしょ?」


 バレなきゃって、悠里にしてはなかなか攻めた考え方だ。普段なら絶対そんな事は言わなそうなのにな。もしかして結構気を使わせちゃってるんだろうか。

 それはそうと俺だけここに引きこもるなら隠れやすいって事だよな。みんなにはそうする利点はないし地上のものが欲しい時はできれば協力してほしいけど……そう思った俺とは違う流れで話が進む。


 「あー! それいいっすね! 欲しいものがあったらお兄さんに作ってもらえばいいっすもんね!」


 「うふふ〜。それもいいわね〜。でも紅茶が飲みたくなったらどうすればいいかしら?」


 「必要になりそうなものは今のうちに買い込んで、野菜とかはここで作れるようにするんすよ!」


 「あら、楽しそうね」


 え? みんなでってことなのか? それは……どうなんだろう。

 杏奈は家庭菜園的なものを作ればいいとは言うが、今のところ地上の野菜がダンジョンの土で育ったなどという事実は聞いたことがない。現実的に考えれば地上の土をダンジョンに持ってきて入れ替えるしかないだろうか。しかしそれは規模にもよるだろうが環境が変わるということかもしれず、もしかすると免疫のような動きを見せる黒い粘体、グループ・エゴの攻撃対象となる恐れがある。

 などと考えていたらまた悠里が言う。


 「とにかくね、私達じゃ頼りないかもしれないけど、変に気を使いすぎないでほしいわけよ」


 「むしろすごく頼りにしてるけど……え? 慰めてくれてんの? 悠里が?」


 「そ、そうよ。悪い?」


 「いやいや。そっかそっか、さんきゅさんきゅ」


 「べ、別にいいわよ。ってかもう少し気持ち込めなさいよね。昔っからそういうとこなんだよ、悠人は」


 冗談っぽく言ってみたが、返ってきたのは照れ隠しにも思えるちょっと乱暴な言葉、これは思わぬ反応だ。それを見たみんながニヨニヨしている。


 「あっれー? 悠里さんってもしかして……隠れツンデレ!?」


 「……明日のご飯は杏奈だけ木の皮のスープとかでいい?」


 「そ、それは勘弁して欲しいっす〜!!」


 賑やかでいいことだ。……あんまり賑やかすぎるのは得意じゃなかったはずだけど、ここに来てから少し変わったんだろうか。少し気分が落ち込んでいたが、こうやって冗談を言ってくれたりするみんなに救われた気がした。


 もしマズい事になった場合はこうすれば、ああすればとみんなが話している。その様子を眺めていると、リナが突然何かに気付いたようにして立ち上がった。


 「こ、ここに引きこもるというのは……悠人サンのハーレム!? 私も悠人サンのお嫁サン!?」


 それから夕食が終わるまでの間、俺たちは約一名を除いて無言だった。


 「沈黙とかwwウケるww」


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