魔王降臨
テレビからざわざわとした音声が聞こえ、リポーターが『何者かが現れました! 空中に……浮いていますっ!!』と声を張っている。見れば天使のような翼、しかし黒く染まり三対あるそれをゆっくりと羽ばたかせている魔王の周囲には、おそらく神殿地下にいたと思しき悪魔的な見た目の四人が体よりも大きな蝙蝠然とした翼を羽ばたかせ浮遊していた。
現れた魔王の翼は、天使だった頃の白い二対の翼とは違っていた。色も数も違うのは賢者の石による器だからだろうか。ともかく、ゲームなら翼の数が増えるというのは強くなったって事だったりするわけで、少し不安になってきた。
「強くなってたら困るな……ってかちょっと大人っぽくなった? それにあんなゆっくり羽ばたいてるのによく浮いてられるな」
ーー ご主人様が翼で飛ぶ際も同じような状況なのですが ーー
「言われてみればたしかに」
ふと自分の偽者以来の人型モンスターかと呟くと『それを言うならのんだくれ共も似たようなものかと』と返ってきた。そういえばそうかと納得し再び映像を注視する。
テレビの映像ではエテメン・アンキとマグナ・ダンジョン通路の間あたり、その空中に突然現れた魔王と配下の四天王が映し出されていた。出現場所は予想通りと言っていいだろう。
四天王はそれぞれが衣服を身に纏っており、黒を基調としたスーツのような服の上に赤色、青色、緑色、桃色の外套を羽織っている。
「戦隊モノだろうか?」
ーー それはわかりませんが、魔王は豪奢なドレス姿ですね ーー
風に靡いているように揺らめく紫の長い髪は膝の辺りまであるだろうか。スカートの部分が膨らんだドレスなのでわかりずらいが多分そのくらいの長さに思える。そのドレスは暗い色をしていて、ひらひらがたくさんついているといった印象だ。そして目元だけが隠れるような、仮面舞踏会にいそうな仮面をしている。まぁ仮面舞踏会なんて縁が無いし、現存しているかも知らないが。そんな一般人な俺が抱く感想など安っぽいものでも仕方ない。
「派手好きなのだろうか」
ーー かもしれません ーー
ちなみに魔王の真下には探検者や自衛隊がいて見上げる格好となっているが、スカートの中は見えないようだ。エアリスによるとスカートの下にフリフリをふんだんにあしらったショートパンツタイプのドロワーズを履いていて、それも幾重にも重なったように見えるチュチュってやつによって隠されているらしい。真下から見上げられることは想定内ということか。なんとも用意周到だな。それはともかく個人的に気になる部分を見つけた。
「ところであの胸は本物だろうか?」
ーー どちらだと思いますか? ーー
すごい膨らみなのだが、なんというかこう違和感のようなものを感じる。そもそもログハウスに住んでいるとわかることがある。同居人のみんなを見るといろいろなサイズ感を見ることができるわけで、そんな環境に身を置く俺はこう思う。
「俺は思う。偽物である、と」
ーー 正解です。詰め物を詰め込めるだけ詰め込んだといったところでしょうか。気合の入りかたが尋常ではありません。それにしてもウロボロス・システムにて衣装を好きなようにオーダーするよう許可は出しましたが、あれほどまでに盛るとは思ってもみませんでした。もしかすると変装の意味も込められているのかもしれませんが ーー
「ふむ、変装か」
変装するって事はそうじゃない時は人の目がある場所にいる事を想定しているからかもしれない。まぁ……違う自分にならないと人前になんて出れないっていうタイプの可能性も否定できないけど。ともかく予想できるのはその二つ、つまり確率は半々って事だな。『強引すぎるかと』なんていうエアリスは無視しておこう。
「まぁ他にもひとつわかったことはあるな。じゃあとりあえず行くぞ。俺の平穏を手に入れるために」
ーー わかりました。では換装後、【不可視の衣】を使用します ーー
「いつの間に新技? ってか名前から想像できるけど」
ーー 先日の隠密少年に着想を得ました。【拒絶する不可侵の壁】で周囲を包み、【不可逆の改竄】を使用しさも光が透過しているかのように見せるようにします。さらに外部へ音やにおい、気配といったものをどの程度漏らすかまで調節可能です ーー
これまでも【拒絶する不可侵の壁】を周囲に展開し防御に使うことはよくあった。というか俺の常套手段なんだが、その性質を改竄したということか。
ーー はい。以前に比べ改竄に余裕ができましたので可能となりました。ではいつでもどうぞ ーー
「よし、そんじゃ【換装】」
換装することでペルソナの衣装に身を包んだ俺は、エアリスによって発動された【不可視の衣】によって目に見えない存在となり、そのまま魔王たちのさらに上空へ【転移】した。
眼下では人類に向けて言葉を述べる魔王がいる。しかしそこにいる誰も俺に気付いている様子はない。
「わたくしが送った言葉に乗じ、同族同士の争いを大義の下に為そうとする愚かなる者どもよ。お前たちに生きる価値はない。魔王たるわたくしの下僕である四天王が鉄槌を下そう」
魔王が言うや否や、四天王が動く。それらは両手に黒い球体を作り出し、それが火球、水球、風球に変化する。残り一人、女性型の悪魔は桃色に変化した球体を抱くようにすると、その桃色球体はハートの形になり弾け飛ぶ。
火、水、風の球が周囲の見上げる人々に向けて投げつけられた時、人々は漸くそれを危険だと認識し始めたようだった。それほど速度があるわけではないとは言え、既に放たれたそれらに対して気付くのが遅すぎたことは間違いなく、そのままであれば多数の死傷者が出ていたに違いない。
しかしそうはならない。そのための飲んだくれ四人衆なのだ。
「ぬるいのぉ」龍神は火球を素手で払う。
「ふんっ。風如きが嵐に敵うと思ったか?」嵐神は刃物のような風が渦巻く球体に対し嵐を以て押し返す。
「これが酒なら最高だったんだぜぇ」酒呑童子は圧縮された水の弾を力任せに押し潰す。
それぞれが球体を打ち消し、相殺し、捻じ伏せる。しかもそれは俺のオーダー通り自衛隊や探検者たちに被害が出ないよう、空中に跳び上がった三神によってその場で処理されていた。そのまま着地した三人は周囲の人々にエテメン・アンキ方面に後退するように言う。それに対し彼らが素直に従っていたのは総理に統括、自衛隊の人たちがしっかりと徹底させたからだろう。
そこで異変が発生した。自衛隊や探検者、そして付近まで近付いていた海外勢の様子がおかしい。女性探検者は正気を保っているようだが足元が覚束ず、男性はそのほぼ全てが正気を失ったような目をしている。
ーー どうやらあの戦隊ピンクの仕業のようです。魅了・支配といったところでしょうか。男性には特攻ですが女性には効果があまり発揮されないようです ーー
(なるほど。そうなると軍隊として来ている海外勢はほとんどが男だし効果は抜群だな。自衛隊も似たようなものだけど、探検者は半々くらいなのがまだ救いか……あれ? あそこにいるのって、レイナ?)
女性探検者の中に見知った顔を発見したが、まさか参加していたとは。エアリスによると探検者No. 300以内の探検者たちが依頼を受けているはずで、レイナはその枠には入っていない。同じように後発の探検者でも意識の高い人が参加しているようだが、彼女がそういうタイプだとは思っていなかった。
(迷宮統括委員会から依頼を受けるときに説明あったと思うんだけどな、もしかしたら命に関わる危険があるって。そんな依頼を受けるようなタイプには思えなかったのに、人は変わるもんだ)
ーー 依頼受注者リストに名前がありません。おそらく巻き込まれただけかと。『どうしてこんなことに〜!?』だそうです ーー
なんだ事故か。それは災難だなぁ。周囲の味方だったはずの男たちは正気を失ってはいるが、無差別に暴れだすわけでもないようだ。エアリスが“魅了・支配”と言っていた事から察するに、異性を魅了し支配する効果、つまり命令をしない限り動かないのではないかと思われる。まぁその命令がどういった方法なのかがわからないためいきなり暴れだす可能性も否定できないけどな。
とは言えそのピンクに対するは天照。あまり詳しくはないがすごい神様なはずで、ダンジョンが神話を再現したなら期待してもいいはずだ。
「んもぉー! そういうのは、ダ・メ・だ・ぞっ ︎『私の光は遍く照らす』だぞっ」
両腕を広げた天照の全身が光に包まれそれが弾け飛ぶ。周囲に向かって波及したかと思えば、正気を失った男たちの目に光が戻っていた。
もしかすると天照、皇祖神やら神階を超越した神とか言われてたと思うが、同じ神でも本当に格が違うのかもしれない。でも普段の様子からはそれを全く感じないしなぁ。っていうかそもそもあれらが本当に神なのかっていう問題がある。
以前龍神・イルルヤンカシュが言っていた事から察するにダンジョンが人間の神話を再現した存在のはずだ。だから厳密に言えばあののんべえたちは神様とかではないと思うんだけど……普段から言動はふざけているようにしか思えない天照の背後に後光が差しているように、さらには光輪が見え、それがなんとも神々しい。やっぱほんとに神様かもしんない。
ーー 期待以上かもしれません。あの光を浴びた者の精神に働きかける効果だったようです。屈した心に再び光を与える、といえばわかりやすいでしょうか ーー
(へー、ゲーム的に言えばデバフ解除みたいなもんか)
ーー それだけに留まらずバフ効果もあるようです。その光を浴びた者たちから以前龍神・イルルヤンカシュが言っていた“神気”と思しき気配を感じます。マスターにも及んでいるようですので解析中です ーー
神気ねぇ。これをエアリスが解析してしまったら、俺、神様にでもなれてしまうんでは? いや、なりたいとは思わないけどさ。俺は最終的に平穏な暮らしができれば良い一般ピーポーなのだ。
今は依頼で突然忙しくなったりモンスターを狩ったりしてるから、以前の感覚からすると平穏と呼ぶには程遠い生活だけど。まぁ平穏な生活についてはこの件が終わってからだな。
俺、帰ったら香織ちゃんとのんびり過ごすんだ!
エアリスの『それ、フラグですよ』に対し『そんなもんはへし折るためにあるんだよ』強気で言い返す。そう、弱気ではだめなのだ。それに天照の神気とやらも宿ってるみたいだしな。そのおかげかは知らないが、なんだか元気が出てきた気がするし、なんとかなりそうな気がする。
(四天王はのんべえ四人衆が完封できそうだな。あとはまともに戦闘しちゃったらその余波が心配だけど、うまくやってくれることを祈ろう。あの悪魔たちの最初に撃った三つの属性球って言えばいいか、あれほんと殺す気だったみたいだしな)
ーー そのように感じました。できるだけ早く魔王を説得しなければならないようですね ーー
見ればのんべえたちは、その雰囲気に余裕を感じる。一方の四天王はそれぞれが焦っているというか、想定外の事態に戸惑っているようだ。これならもっと欲を出した希望も通るかもな。
(四天王を人を殺せない程度に弱らせてもらうのが一番いいか)
指示を出し、それでは早速と空中に留まる魔王の目の前に移動する。
少しそのままでいるのだが、どうも魔王と目が合わない。まるでこちらが見えていないかのような……
ーー あっ、可視化します ーー
エアリスがついうっかり可視化するのを忘れていたため見えていなかったようだ。
試しにエアリスが不可視以外の効果をゆっくりと、気配を少しずつ感じるよう解除していき、最後に可視化されるようにしてみる。これでわかったことが一つあり、魔王の索敵・感知能力はさほど高くない。むしろザル。
「あっおと……コホン。……何者だ?」
一瞬地が出ていたようにみえた魔王。ペルソナの衣装に身を包み顔も仮面で隠れているにもかかわらず俺の正体を看破したようだ。感知はできなくとも察しは良いのだろうか。
すぐに魔王モードに戻り何者かを問うて来たところを見るに空気読める子かもしれない。やはり察しは良さそうだ。
俺が答える前に地面の方から、答えが響めきのように聞こえて来ていたが気にせず名乗る。
「私はペルソナ。魔王、話をしに来た」
「ほぉ? 聞けぬ、と言ったら?」
問答無用か。でも総理も言っていた。『小声で懇願するように言えばなんとかなる……こともある』と。それまでと違い周囲には聴こえないように話すことで、相手にこちらのメンツを考えさせるということができるとかなんとか。それで譲歩してくれるなら相手は最初から強い立場で話ができる。つまり全くの脈なしで無いなら“話になる可能性がある”ということ。実際に効果があるかは俺にはよくわからなかったがどちらにしても俺はそうしていたと思う。
だってそんなに動き辛そうなほど胸盛ってるのは、本気出すつもりがないってことだもんな? 頼むぜ、俺の勘。
「……なぁ、話くらいは良いだろ? 頼むよ」
「ふむ……」
たっぷりと間を空け、『いいだろう』と言った魔王の口元は、ピクピクとしていた。
とりあえず第一関門突破。俺の勘は当たったという事かもしれない。あ、でもそもそもさっき魔王が言ってたな。『四天王が鉄槌を』と。もしかしたら魔王自身は基本的に動くつもりはなく、詰め物をするところに全力を注いだのかもしれない。というか魔王の威厳を示すための服装でもあるのだろうが、戦いには……動くには向かない。つまり全力どころかそもそも魔王自身が動くつもりはなかったのかも。まぁそれならそれで好都合だ。むしろ大歓迎だな。
人々には聴こえないように話すと、それに対し素直な返事をくれる。話ができそうだと確信し、それからどういう思惑なのかを聞いてみた。そして本当に“人類死すべし”の精神だった事を知る。誰がそんな考え方を教育したのかはわかっていて……ベータの依代となっている銀刀を叩き折りたくなったのは言うまでもない。