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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
6章 諍いなど気にせずのんびりしたい(仮)
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二人で朝を迎えたようなシチュエーション

今更ですが『www』を『ww』としている理由はワールドワイドなウェブにならないためです。


 いよいよ明日は五月十日、昨年ダンジョンが世界に生えてからついに一年が経つ。

 思えばいろいろあった。最初なんて人間の頭を丸かじりしそうなでかい蟻やら、それが目の前で進化して蜂になったりとか。その時だったか、蟻と蜂は近い種だったってことを思い出したのは。まぁそんなことはいいとして、エアリスと出逢ったことが一番大きな出来事となったのは間違いない。もしもそうではなかったら、俺は今ダンジョンの中で生活してはいなかっただろう。それ以前に興味本位でダンジョンに、しかも碌な武器も持たずに通っていただろうし生きていたかもわからないな。そうなっていたら、香織やみんなとも出逢えなかった。


 「思い出してたんですか?」


 「え?」


 「ダンジョンができて、日常が非日常に変わってからの事」


 「わかる?」


 「わかっちゃいました。えへへ」


 隣ではにかむ香織は薄手のタオルケットを口元まで引き寄せている。そのままこちらに肩を預け綺麗な睫毛まつげに飾られたまぶたを閉じる。その仕草に正直グッと、グググッとくる。

 心臓が大きく跳ねた気がするが、それでも穏やかな時間だ。


ーー どうしたんです? まるで初夜ですね。あっ、今は朝でしたね ーー


 「おわっ!?」「ひぅっ!?」


ーー あ、お邪魔でしたか? ですがすぐに悠里様がいらっしゃいますよ ーー


 もちろん俺たちはちゃんと服を着ていて、俺を起こしにきた香織が隣にいただけだ。そう、残念ながらそれだけだ。

 突然エアリスが初夜なんて言うもんだから驚いて、次の瞬間には同時に嘆息する。それからすぐ部屋のドアがコンコンとノックされ返事を待たずに開け放たれた。


 「悠人ー? 早く起きな……さ……おじゃましました〜 ごゆっくり〜」


 完全に勘違いだ。いや、まぁごゆっくりしたい気持ちはあるのだが、そうもいかない。


 「行っちゃうんですか……?」


 タオルケットで体を隠すようにし、潤んだ瞳の香織が俺の服を摘んで聞いてくる。正直、グッとくるな! しかしそうもいかないのだ。行かなければならぬのです。っていうか香織も一緒に行くんだけどね。

 「ドキドキしました」「俺も」などと言い合う俺たちは、茶番に満足しリビングへ向かった。

 そもそもこんな茶番をしていたのには理由がある。

 恋人関係になったのはいいのだが、変に意識してしまっている。特に俺が。そこで『予行演習をするのはどうでしょう』エアリスが提案し、“それっぽいシチュエーション”をしてみようということになったのだ。これには思いのほか香織が乗り気で、むしろものすごく楽しんでいる。


 「おにーちゃん、オッハー!」

 

 「おう、おはよう」


 「やっぱねー、エテメン・アンキのどこを探してもあーしじゃ入り口見つけらんなかったヨ?」


 「そうかー。ご苦労様だったな、クロ」


 「うわっ! そんなこと言われたの初めてじゃね? ご苦労! ウケるww」


 先日、俺が眠っている間に顕現し抜けだしたエアリスが神殿地下へ行った話は聞いている。その時予想通り魔王はエテメン・アンキのどこからかエアリスの干渉できない空間へ行き隠れていたことがはっきりとした。しかしその入り口は見つからないままで、クロにも頼んで探してもらっていたのだが成果は得られていない。

 ちなみに魔王はウロボロス・システムを使用して自分の衣服をリクエストしたらしい。それの痕跡をエアリスが追ったのだが、それも空振りに終わった。その痕跡の残り方に引っかかりを覚えたエアリスだったがこちらも見つけるには至っていない。


 「にゃー、あそぶにゃ?」


 「ごめんな、今日はギルド本部に行ってくる」


 「にゃーも一緒にゃ?」


 「いや、お留守番だ」


 「つまんないにゃぁ」


 「猫サン! わ、私と一緒に遊びましょう!」


 「にゃ? りにゃー、あそぶにゃー」


 リナが世話係に立候補した。たぶん子猫からのポイント稼ぎをするためだろうな。予定のないフェリシアとクロ、そしてチビも一緒だから独占はできないだろうけど、子猫にとっては遊んでくれるなら何人いてもいいだろう。とりあえず爪研ぎをする場所はなるべく決めておくように教えてやってくれるとありがたい。トイレに関しては教えなくともできていたから必要ないと思う。ほんと賢い猫だにゃぁ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 迷宮統括委員会本部、統括執務室にはクラン・ログハウスの御影悠人を待つ面々が予定よりも早く集まっていた。

 自衛隊幕僚長である自分と総理大臣、そしてこの執務室の主である統括殿だ。


 「あのメッセージ、本当だと思うかい? 大泉君」


 「うむむ。嘘と言うには……我々は知りすぎているよなぁ」


 「たしかにねぇ。でも彼らが首謀者とは思いたくないね、僕は」


 「それは私も同じだよ、統括」


 総理と統括、二人の話についていけないが、しかしどう聞けばいいのか。そもそも聞いてもいいのかと考えてしまい口を挟む事が躊躇われる。

 熟考した末、聞いてならないのであればそもそもここには呼ばれまいと思い至り勇気を出して質問する事にし実行へと移すと、それには統括が答えた。


 「メッセージについてはわかりますが、“彼ら”というのは……?」


 「あ〜、つい先日急遽幕僚長になったばかりの君は知らないんだったねぇ。聞いたことくらいはあるだろう? ペルソナ。その関係者なのよねぇ」



 悠人はペルソナ本人なのだが、その事を知っているのはこの三人の中で大泉総理のみ。よって答えた統括の認識としてはクラン・ログハウスに所属し“特務”でもあるペルソナという人物、その人物と懇意にしている御影悠人、そして同じ特務でありペルソナの手綱を握る役目を持つ西野さくらと会うことが目的、となっている。


 “特務”は大泉総理の直属となっているが、西野さくら一尉と違いペルソナと呼ばれる男は総理の言う事ですら必ず聞くわけではない、ということになっている。彼に言うことを聞かせたければ西野さくら一尉に手段を問わず説得させるか、彼が所属するクラン・ログハウスの御影悠人を通してでなければ確実性が低いということにもなっているため、根回しの意味を込めて彼らを招くのである。

 本人を、もしくは本人も呼べばいいと思うだろうが、ペルソナは基本的に“宣誓”依頼以外ではどこにいるか消息が掴めないため、それは叶わなかった。これも“ということになっている”なのだが。



 「直属の上司の、総理大臣閣下の言う事を聞かないような男でも、西野一尉の“女の部分”には敵わない、と」


 「ん〜、どちらかと言うと女の部分よりも彼女の有無を言わさぬ迫力というか、それが身に染みているのかもしれないよ? それとあまり本人の前では言わないようにね、命が惜しくないなら構わないけどねぇ」


 「はぁ……西野一尉と面識はありませんが……写真を見る限り美しい女性でした。本当は女の武器を使っているのではないですか?」


 「あの娘は見目麗しいから騙されるのもわかるよ。だけどね、彼女にパワハラやセクハラでもしようものなら返り討ちにあうからね、気をつけなさいよ〜? おっと、“騙される”なんて言うのもいけないね。僕も気をつけないと」


 「肝に命じておきます。それでクラン・ログハウスですが、自衛官発のクラン・マグナカフェにも懇意にしている者がいると聞き及んでいますが、それほど影響力のある人物なのですか?」


 「そうだね〜、彼は……どう言えばいいかな……大泉君、どう言えば良いかな?」


 「んー……孫娘が惚れ込んでいる男なんだが、私では想像もできないことを現在進行形でやっているし、とにかくとんでもない男だよ。これは私の勘なんだが、絶対に敵に回してはならない人物だ」


 「要約すると、大泉君のお気に入りということで良さそうだね」


 「は、はぁ。その人物であればペルソナを動かせる、と?」


 「おそらく。少なくとも僕たちよりかは確率が高いだろうねぇ」



 ペルソナという存在は、これまでの貢献から隊の中にも憧憬を持つ者がいるほどの男であり、近代兵器を使わずにモンスターを屠る特異な存在でもある。銃刀法の影響で日本人は銃器や長い刃物を使い易い環境にないため一般の探検者もそうであると言えるのだが、ペルソナという仮面の男はそれらとは一線を画す実力を持っていると聞いている。他にもその気になれば世界を混乱に陥れることも可能なのではないかと、“宣誓”の話を聞く限りでは思ってしまう。

 一方御影悠人についてはほぼ知らない。立場上話くらいは耳にする程度で、それに加えダンジョン発生以前は無職だったということ以外特に知っているというところは何もない。そんな社会的地位の底辺と言える存在に甘んじていた男、ペルソナが所属しているのと同じクランの構成員というだけの男にそれほどの影響力があるのかという点について信じられないのが正直なところだ。


 しかし総理大臣、そして迷宮統括委員会という現在の日本の中で最も権力を持つ人物のうち二人が信頼しているということを感じ取ることができる。一体どんな傑物なのかと期待してしまうが、そうでない方が都合が良いかもしれない。なぜなら付け入る隙があれば私よりも立場が下だと言うことを理解させることもできるだろうからだ。そして価値があるならペルソナに働きかけるよう命じ、ペルソナを国のためにこれまで以上に働かせるべきだ。力ある者は力無き者のために身を粉にするべきなのだ。そしてそれは私の命令によって行われる。つまり私が権力を得るも同義なのだ。



 幕僚長は皮算用をする。無駄だとは知らずに。



 部屋の外から、履いている靴の踵が高いとわかる音が聴こえドアの前で止まった。軽快なノックに部屋の主である統括が『入りなさい』と仕事モードの返事をすると、日本人らしい入室の言葉と共に三人の男女が姿を見せる。


 「失礼します」


 最初に入ってきたのは西野さくら一尉だろう。写真で見たよりも綺麗な女性だ。自衛官であり特務であり、さらにクラン・ログハウスのメンバーでもある彼女は、髪を後ろに纏め眼鏡をかけた膝上丈のスーツ姿だった。ハイヒールにより長い足が更に映え、ヒップラインもなんとも魅力的だ。

 思わず見惚れてしまったが、次に入室してきた女性にも目を奪われる。


 身長は低くかわいらしい顔をしている。髪はポニーテールにしており、そのテールの部分が見た目からしてふわふわとしていて目の前で揺らされたらついつい手が出てしまうかもしれない。しかしそれ以上に目を惹いたのはその胸である。こちらはおそらくダンジョン内でモンスターと戦う際に着ている服だろう。黒を基調とした、どことなく女忍者……“くノ一”を彷彿とさせる上下動きやすそうな服だ。脚などかなり露出された状態で……実にけしからん。胸の上部は網目状の所謂、鎖帷子くさりかたびらのようなもので覆われている。その網目越しに肌の部分を凝視してしまったのも仕方ないだろう。本当にけしからん。けしからんなぁ。


 そして三人目。男だ。街中に、どこにでもいそうな普通の服装だ。薄手の白系ニット生地のような素材の服、その袖を捲っている。それにより見えている前腕は街中を我が物顔で闊歩する近頃のモヤシ共よりは逞しく見えるが、その程度の男だ。顔は……二十代後半と聞いていたが一般的なその年齢よりは若干若く見えるだろうか。


 私は湧いてくる怒りとも憤りとも言える感情を禁じ得なかった。

 西野一尉は扇情的に見えるがスーツ姿、くノ一のような格好をしている女性は探検者としてこの場に来たのだから例えスーツでなくとも仕事着と見ることができギリギリセーフと言える。しかし、この男はどうだろうか。ゲームセンターやカラオケ、彼女とショッピングにでも行くかのような、そんなチャラチャラした服装なのだ。さすがにそれには一言物申さねばならない。


 「君、その服装はなんだね?」


 「え、問題ありました?」


 問題ありました? だと? あるだろうあるに決まっているだろう。ここは迷宮統括委員会統括執務室、さらに自衛隊幕僚長である私にさらにさらに総理大臣閣下がいらっしゃるのだぞ。


 「TPOという言葉を知らないのかね」


 「知ってますけど……」


 「そちらの二人は仕事着ということで理解できる。私もこの通り自衛隊の制服だからな。しかし君のそれは正装とは似ても似つかないものだろう」


 「あー……すみません。でもこれ一応——」


 「でももへったくれもない! せめて仕事着に着替えてきなさい!」


 「ですから——」


 「まだ言い訳をするのか! まったく、近頃の若い奴ときたら……」


 そこまで言った時、すでに先ほどの総理の言葉は頭の中にはなかった。そうだな、それは失敗だった。

 探検者や隊のダンジョン経験者に会ったことは何度もある。しかしこれほどの圧をぶつけられることはなかった。

 彼がため息をひとつ吐いた瞬間、私は押し潰されるような重圧を感じ、呼吸すらも忘れていたのだ。そして二人の女性は異様な気配を放つ彼を宥めるようにしていたが私にはそれに嫉妬する余裕すらない。異様な気配を放つ彼に対して特に効果があったと思われるのは、背が低く胸の大きな女性、くノ一が彼の腕をその大きな胸に抱いた時だろう。その瞬間にようやく私は呼吸ができるようになったのだ。


 あわよくば立場を利用し良いように扱える駒としたかったなどと考えた事を後悔したがしかし、今更遅い。私はこの件で、総理が言っていた“絶対に敵に回してはならない相手”という言葉の意味、その片鱗を感じ、同時に“西野一尉のお説教”というご褒美の味を知ってしまったのだ。もう後には戻れない。妻も子もいる身ではあるが、次にお説教されるチャンスはいつだろうかと楽しみに思えて仕方ないのだ。しかし立場上そうなってしまうことは避けなくてはならずジレンマを感じざるを得ない。

 そうして私は同席することを許されず、別室にて待機と相成った。



分割しても1万文字を超えていたのでさらに分割しました。

最近にしては短い方ですが今週は投稿回数少し増える予定です。

よろしくお願いします。

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