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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
6章 諍いなど気にせずのんびりしたい(仮)
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とある超越者のおかしな依頼2


 少年は「助けて」と言った。しかし漠然としすぎてなにをどう助けろというのだろう。それに見たところ目の前の隠密少年は全く怪我をしている様子もない。


 「どういうことか詳しく——」


 「あっち」


 要領を得ないため質問しようとしたが、遮るように少年がある方角を指差した。それは先ほどまで俺と香織がいた方角、岩山の方角だった。


 もしかすると隠密少年が姿を消した後、要救助者を見つけたのかもしれない。しかし少年だけでは助けることができないため俺に助けを求めるためにここへ戻ってきた、というところか。

 少年は岩山の方角を指差したまま微動だにせず詳しく話さないため正確な場所はわからないが、飛んで空から探せば見つかるだろうと思ったのだが……


 「香織ちゃん、飛んで探すからここで待っててくれる?」


 「あ、あの悠人さん、実は……」


 こんなことができるようになっちゃいました、という香織。その背中に大きな翼が一対顕現していた。


 「え……天使……」


 「て、天使だなんてぇ……」


 両手で顔を隠して照れている。たぶん香織の受け取った意味は違う気がしたが、俺が言いたいのはあの四枚羽の天使の事だ。あの翼によく似ている。その翼を使い香織は目の前で浮遊して見せる。いや、香織は確かに天使であることは否定しないが……般若でもあるけど。


ーー なるほど。サポートにはそういうものも含まれているという解釈ですか ーー


 納得したようなエアリスによると、あの天使の自我、そのコピーが関わっているようだった。

 まぁこの際使えるものは使った方がいいかもしれないし、二人で探せばもしも調子の悪い【神眼】で発見できなくとも探し出せる可能性は高まるだろう。


ーー うーむ。おかしいですね。やはりこの少年、【神眼】に映りません。故障でしょうか? ーー


 (故障とかあんのかって感じだけど、調子が悪い時もあるんだろうな。不調を前提に考えると香織ちゃんが飛べるみたいだし、一緒に空から探すのもありだと思うんだが……どーよ?)


ーー そうですね。しかしあのような無理矢理な顕現ではエッセンスの消費に若干の不安があります。あまり長時間は厳禁かと ーー


 (了解)


 岩山の方角を見て、これまでの経験からどのくらいの時間が掛かるかを計算し、問題ないだろうと考え至る。


 「じゃあ少年、ここで少し待って……あれ?」


 またもや隠密少年は煙のように消えていた。相変わらずすごい隠密性能だ。

 もしかしたら要救助者のところへ向かったのかもしれず、助けを求めるほど危険な状態と仮定すれば少年だけでは危険かもしれない。急いで行く必要がありそうだ。


 「香織ちゃん、どのくらい飛べそう?」


 「悠人さんほど早くは飛べないと思いますけど……車くらいかなって思います!」


 「マジか……」


 いつの間にかそんなことができるようになっていた香織に戸惑いを覚えつつ背中につけた収納アイテムから蝙蝠のような翼を展開し飛翔する。香織は天使の翼をはばたかせ追従してくる。かなり速い。翼の骨格が無事な程度に全力で加速しているはずの俺よりも若干速いのではないだろうか。


ーー ペルソナになっている時のドラゴンタイプの翼であればもっと速度が出せるかと ーー


 (よし、じゃあそっちに切り替えてくれ)


 エアリスにより翼がドラゴンモチーフのものへと変化する。こちらは骨格が強化されているため多少無理な速度にも耐えられる。しかし、香織もまた加速した。


 (あれ? 車くらいって言ってたよな?)


ーー 車と言ってもいろいろありますので。おそらく香織様の言う『車』というのはサーキットでタイムアタックをするような車のことを指しているのかと ーー


 (それってスーパーカー……時速三百キロくらいはみとくべきか。そんでこの翼でそれ出せんの?)


ーー ちょっと無理です ーー


 全力で飛んだが香織は俺に合わせるように飛んでくれたためなんとか置いて行かれずに済んだ。


 草原での異常を探しながら上空を飛ぶがこれと言って見つからない。海外勢や日本の探検者を見かけたが、彼らは特に争うこともなく互いに近付かないようにしているようだった。しかしそんな彼らも誰かを探しているというよりも亀を探しているといった様子だった。


 なにも見つからないまま岩山へと到達すると、ギャアギャアとワイバーンが群がってくる。


 「やれ、エアリス」


ーー 『其の飛行を禁ず』 ーー


 ボトボトと墜落していくワイバーンたち。そのまま黒いエッセンスが纏っているのを見るに、落下死か。

 遠距離からワイバーンの死骸を腕輪に吸収、ドロップした物も回収する。


 「【神眼】……なにも……ん? なんかみっけたかも」



 うわぁ……綺麗、という声が近くから聞こえた。どうやら俺の目を覆う青い焔が揺らめいているように見えるらしい。それはそうととりあえず何か見つけた。


 岩山の窪みの奥に小さな洞穴があり、その奥に……隠密少年がいた。

 しかし先ほどまでとは打って変わってボロボロといった様子。服は破れているし靴の紐は切れている。それに……ワイバーンにやられたのだろうか、傷だらけで中には鋭い尖ったもので引っ掻かれたり深く抉られたような真新しい傷もある。

 しかし、幸い息はある。


 「なにがあったんだっ!?」


 誰に問いかけるでもなく出た言葉に、少年が反応した。「お兄ちゃん」と。


 「おう、お兄ちゃんだぞ。すぐ連れ帰ってやるからな」


 ボロボロの少年を抱えその手に“転移の珠”を握らせる。これはログハウスを登録したもので、俺の部屋に直接転移するためのものだ。それを香織にも渡す。


 「エアリス、まとめて飛ばせ」


ーー はい。強制転移発動……完了しました ーー


 一瞬で景色は変わり俺の部屋。少年を抱えたままリビングに行ったが、悠里はおらず、部屋へと戻り少年をベッドに寝かせた。

 そういえば悠里、午後も講習会があるとか言ってたしな。


 「エアリス、この前悠里の魔法を真似たみたいにできないか?」


ーー できません。エテメン・アンキのウロボロスシステム影響下であったからこそなんとか再現に成功はしましたが、ここでは不可能です ーー


 「それなら【不可逆の改竄】で——」


ーー リスクを鑑みるに推奨されません ーー


 「じゃあエテメン・アンキに——」


ーー それでは間に合いません。それに効果の弱い再生は無意味な状態、むしろ悪化させることになるかと。ですので悠里様を呼び戻しましょう ーー


 その頃にはすでに香織が電話をかけており、相手は悠里だった。その電話中に悠里が星銀の指輪を使用した転移で戻り、部屋のドアを勢いよく開け放ち入ってくる。そしてすぐさま【リジェネレート】を使用した。

 傷は少しずつ塞がっているようにも見えたが……腹の一際深く抉られた傷がすぐに開いてしまう。


 「ごめん、これだけどうしても開いちゃう……ッ!」


ーー では悠里様、マスターの手をお取りください ーー


 迷いなく指示通りに俺の手を握った悠里は、次の瞬間何かに乗り移られたかのように言葉を発した。


 「『リジェネレート……不足……改変構築……ブースト・リジェネレート……過多……3……2……1……強制遮断』」


 すぐに悠里は脱力しその場に座り込んだまま肩で息をしている。


ーー おつかれさまでした、悠里様 ーー


 「え、何? 今の……」と悠里がつぶやいた。


 俺も、そして香織も思っていたことだが……今はいいだろう。少年の腹の傷は塞がっているのだから。



 それから俺は講習会の最中に戻ってきた悠里を空間超越の鍵を使い、扉を講習会の会場である迷宮統括委員会のとある支部へと送った。星銀の指輪の転移用のエッセンスが先ほど戻るために転移したことで空になっていたからだ。

 帰りは使い捨ての“転移の珠”を持たせたので大丈夫だろう。


 少し経ち少年が意識を取り戻すと小さな声で言った。


 「お、おなかへった……」


 俺と香織はほっと一息ついて食事を用意することにした。エアリスの診断によれば傷は直っているし感染症の心配もないようだが、念のためにチビを部屋に置いてきた。なにかあれば知らせてくれるはずだ。


 「軽いものがいいのかな?」


 「やっぱりおかゆがいいんじゃないでしょうか?」


 「そうだね。じゃあワイバーンの卵もいれてやるか。元気でそうだし」


 「だめですよ悠人さん、病み上がりなんですから。ワイバーンの卵は少ししつこいので、普通の卵にしましょう」


 「そ、そっか、うん。まかせる」


ーー 張り切るマスターはだいたい空回りですよね〜 ーー


 (そんなことはあるまい。たまたまだ)


 ということでおかゆにすることに。炊飯器にある白米と卵、キューブタイプの出汁の素を使い、鶏出汁卵粥を香織はわずか数分で手早く完成させる。炊き上がっていた白米を使ったのは時短のためで出汁の素もそうだ。


 「便利な世の中ですよね、簡単に何時間もかけてとったような味が出せるんですから。それとグツグツさせてから少し冷ますと、硬いお米からじっくり煮なくてもお米がやわらかくなって少しとろみも出るんですよ」


 「へぇ〜」

 

 楽しそうな香織に感心しつつ見ていた。つまり手伝う必要が全くなかったのだ。


 出来上がった香織特製おかゆは好評だった。俺も少しだけ食べさせてもらったが確かにうまかった。

 少年を空き部屋のベッドに移し話を聞くと、少年はここ二日ほど何も食べていなかったらしい。

 大人に見つかってはまずいと思い、人のいないところへ向かって行ったようだ。そのまま運良くワイバーンに見つからずに岩山の麓までたどり着いた少年は、窪んでいる場所を見つけ休憩していた。しかし狩りから戻ったであろうワイバーンは岩山から離れようとする少年を獲物と認識したようで、少年はそこから離れることができなかったのだという。それから二日ほど飲まず食わず、というわけだ。


 「なんであんな怪我してたんだ? ワイバーンを狩ろうとでもしたのか?」


 「え!? 狩るとかあんなの無理だよ。ぼ、僕はその……お腹が減り過ぎて……卵を盗もうと……」


 「それでワイバーンに襲われたのか」


 「うん……その時ナイフも落としちゃって……」


 ナイフ一本でこんなところまできたのか……さすが隠密少年。あれ? なんかおかしいな。


 「それは残念だったけど、生きててよかったな」


 「きっとお兄ちゃんが助けてくれたのかも。あそこに隠れてる間ずっと声をかけてくれてた気がするんだ」


 「え? お兄ちゃん? 他には誰もいなかったけど」


 「……あはは、そうだよね。やっぱり夢だったかぁ。


 「あれ? それが夢じゃなかったとしたら、もう一人あそこにいるってことか?」


 すぐに戻ろうとした俺に向けて少年は首を横に振る。どういうことだと思ったが、沈んだような顔をしている少年にそれ以上追求することは憚られた。


 「そういえば、君を探しに来たっていう探検者がいるんだけど」


 「僕を? あっ、きっとパパが雇ったんだ」


 「確かにそんなようなことを言ってたな。今なら近くにいるはずだから少し休んだら連れて行くよ」


 「うん、ありがとうございます……えっと……」


 「あぁ、俺、御影だ。君は?」


 「タクヤです。ありがとうございます、御影さん」


 少年、タクヤは怪我は治っているがさすがに少し休ませる必要があると判断し、部屋にチビを残しリビングへ行った。


 「悠人さん、どうでした?」洗い物をしている香織が聞いてくる。


 「うん、大丈夫そうだった。一応チビも残してきたし、なにかあれば知らせてくれるはず」


 「そうですか、よかったです」


 しばらく経つと悠里、杏奈、さくらが帰ってきた。フェリシアはクロと共にエテメン・アンキに行っているらしくまだ帰ってこない。

 少年の様子を見に行くと先ほどよりも元気そうで、すぐにでも少年を探しにきた探検者のもとへ案内してほしいと言われたので連れて行くことにする。

 

 リビングで少年がさくらに目をやり「綺麗なお姉さん……」と呟いていた。まぁわかる。

 さくらも満更ではなさそうだ。

 

 続けて悠里を見て「美人なお姉さん……」

 悠里は照れていた。

 

 そして香織を見て「かわいいお姉さん……おっきぃ」と言っていた。

 案外エロガキだったかもしれん。

 

 とどめに杏奈を見て呟いた一言を俺は聞き逃さなかった。


 「エ、エロそうなお姉さん……」


 うむ、エロガキであった。でもまぁ中三らしいしこのくらいの歳頃なら仕方ない。ここのみんなはなぜか見た目偏差値が異常に高いしな。

 そんなことを思っていると自分への感想が聞こえていた杏奈が言う。


 「少年〜、いきなりエロそうとは……よくわかってるっすね!」


 何言ってんだろうと思った。


 「でもあたしがエロいのは、このお兄さんに対してだけっすからね? あたしにエロい目を向けたらダメっすよ〜?」


 本当になにを言っているんだと思った。ほら、香織ちゃんの背後に天使の翼を生やした般若が見え……

 え? なにそれ進化してない? いや、香織が天使の翼を顕現できるようになったのを知ったからそういう幻が見えるだけだろうか。とりあえず下手なことは言わないでほしいと思っていた。


 チビを連れて喫茶・ゆーとぴあへと向かう。少年は病み上がりと言えるはずだが、歩きたいと言うので尊重する。もし少年が歩けなくなっても大丈夫なようにチビを連れてきたのだが、その必要が出てくるまでチビは小型犬モードだ。まぁ少年がいることだしできればそのまま小型化していた方がいいだろうからな。


 「そういえばタクヤ君、どうやってこんなところまできたんだ?」


 「え? こんなところって……さっきの岩山?」


 「いや、ここだよここ。さっきまでいたログハウスのこと」


 「ん〜……? 御影さんに連れてってもらったのが初めてだと思うんだけどなぁ〜」


 大きな怪我をしたから記憶が混濁しているのだろうか。エアリスによれば正常らしいが地上に帰ったら精密検査とかしたほうがいいかもな。少年を探しにきたという探検者、伊藤さんにも言っておくか。


 「そうそう、これ渡しておく」


 「あっ、これ」


 「君のだろ? 手掛かりだって言って持たされたのを顔がわからないから借りてたんだ」


 「そうなんだ……でもこれ僕のじゃないよ」


 「そうなのか? でも中の写真の少年、君だろ?」


 「うん、それはそうだけど」


 「まぁいい。これは君が持ってるべきだと思うから渡しとく」


 「うん、ありがと」


 それから少し歩くと喫茶・ゆーとぴあに到着する。ダンジョン内であるため昼間と変わらず明るいが、時刻は夕方、地上ではそろそろ辺りが暗くなっているであろう時間になっていた。

 中に入ると探検者が大勢いた。その中には俺を知っている人もいて、ジョッキをこちらに向けて上げる仕草をしたりこちらに向かって控えめに手を振る人がいたり。思っていたよりもここの常連になっている人たちは俺に対して普通の顔見知りのように接してくれて気が楽だったりする。それに中にはエテメン・アンキの常連もいるしな、たくさんお金を落として行ってくれる良い人たちだ。

 喫茶スペースの奥、一般スペースとは区切られた場所にある、いわゆるVIP席へと行くと、そこに仮宿さんと伊藤さんが待っていた。


 「御影さん、おつかれさまです」


 「仮宿さんもお疲れ様です」


 「ああ御影さん! おぉ!? タクヤ君だね!? よかった見つかって……ッ!!」


 「あれ? おじさん、マー君のお父さん?」


 「そうだよ! よく覚えてたね!」


 「ごぶさたしてます。おじさんが僕を探しにきてくれた探検者だったんですね。ご迷惑おかけしました」


 「いやいやなんの! 見つかってよかったよ!」


 という感じで引き合わせることもできたしお役御免だ。

 伊藤さんの仲間たちは少し強烈な打ち身程度の怪我だし数日中には問題なく動けるようになるだろうと言うことで、少年の体力も回復させつつそれまで喫茶・ゆーとぴあに泊まって行くようだ。

 報酬に関しては伊藤さんが依頼という形にしてくれていて、地上に戻ったら依頼主に請求してくれることになっている。さすがにないだろうが、もしも反故にするつもりならエアリスが黙ってはいないだろうし問題はないな。


 少年から離れた場所で伊藤さんが話しかけてきた。


 「実は私は離婚していてね、親権は向こうなんだが……」


 「その息子さんの友達だったんですよね」


 「そうなんだよ。まぁ息子とはちょくちょく会ってるし、昔はあの子もよくうちに遊びに来てたから顔見知りだったんだ」


 「だからですか」


 「なにがだい?」


 「たとえ自分の子供の友達でも、どうしてそんなに必死なのかって実はずっと疑問だったんですよね。ほら、ダンジョンなんて出来ちゃって、大勢行方不明になってるのが普通みたいになってる世の中じゃないですか」


 「まあ……そうだね。でもね、やっぱり子供っていうのは宝なんだよ。いつも気にかかっているしその子供のお願いくらい叶えてやりたいと思うんだ」


 「そういうものですか」


 「君だってご両親がいるだろう? 天下のクラン・ログハウス、と言っても私は過言じゃないと思っているんだが、それでもご両親は心配しているのではないかな?」


 「そう……かもしれませんね」


 「そうだよ、きっと。だから、そういうことなんだよ」


 伊藤さんがどうして離婚したのかはわからないし聞く気にはならなかったが、その目には慈愛が浮かび、普通の父親だった。


ーー 親にならなければわからないことかもしれませんね。ですがマスターはチビにとって親も同然ですし、子猫にとってもそうかもしれません。マスターも理解できる部分があるのではないか、と ーー


 (そう言われると……そうかもな)


ーー あっ、そうです。余計な情報かもしれませんが、探検者・伊藤が離婚した理由は女好きに嫌気が差した奥方からの三行半みくだりはんだそうです。それと依頼主の秘書には子供がいるということを隠していたようです。その方が印象が良くなると思ったのでしょう ーー


 (……ほんと余計な情報すぎて笑えない。俺のちょっとした感動を返せ)



 ログハウスへと戻るとちょうど夕食の準備ができたところだった。そういえば今日は俺が当番だったことを思い出し悠里に謝ったが、悠里は快く許してくれた。これは多額の報酬が期待できるということだろうか?



 あとは寝るだけになり部屋に戻る。横になると疲労感が押し寄せてきた。

 あんなに歩いたのは久しぶりだった。エアリスの新しいワードで頭痛を覚えた俺は、耐久面のステータスを現状上げられる最大にするよう調整してもらっていたのだが、それでもなんだかやけにつかれたな。ステータスのおかげで三日くらい起き続けても大丈夫な気がするけど、むしろ気疲れとかそういうやつか? まぁせっかく依頼という形にしてもらったのだから依頼料はしっかりいただくが、良い事をしたと思うと心地良い疲れに思えてくる。


 「うーん。普段からこのステータスでも問題なさそうだよな」


ーー そうですね。これまではSTRに相当な割合を振っていましたが使いどころがありませんでしたからね。現在のAGI、VIT、MIDに容赦無く振っておいても最低限のSTRは確保できていますし問題ありません。エリュシオンを使うとすればその重さから多少の調整が必要になるかと思われますが、エッセンスを獲得した際に少しずつ割り振っていけばおのずと増えていくかと ーー


 「それにしても隠密系の能力かー。すごかったな。索敵、神眼でも捉えられないとか。あんなのが攻城戦で攻めてきたらやばいかもな。今のところモンスター盛り盛りフルセットで全然問題なさそうだけど」


ーー それに関してなのですが……あの少年には……  ーー


 トントントン……


 ドアがノックされる。誰かと思えば香織だった。今日は久しぶりに能力をいろいろ使ったためか、索敵を展開しているだけでも雑音に感じ、それを嫌って索敵は切っておいたのだ。しかし……なぜ香織は枕を抱えているんだろう。


 「あ、あの、悠人さんが眠るまででいいので……少しお話しませんか!?」


 「あ、あぁ、うん、どうぞ入って」


 俺のベッドはとにかくでかい。寝転がって四回転半くらいしないとたぶん落ちる心配はないかもしれないくらいだ。これは俺の特注品で部屋の半分を占めそうなくらいの大物家具だが、買ったわけではなく作ったのだ。

 そのベッドに香織は枕を置き寝そべる。空いている側に俺も寝そべる。そして間に小型化したチビが飛び乗ってきた。今日は子猫の側にいなくてもいいのだろうか? そう思い【神眼】を発動し子猫スペースを見てみると、そこにはフェリシアとクロが眠っている子猫に寝転がったまま寄り添っている様子が見えた。

 そこでフェリシアと目が合う。そしてその唇が……『えっち』と言っていた。いや、そういう意味で覗いたわけじゃないんだ。ほんとに。


ーー フェリシアにバレましたね。想定外です ーー


 「そうだな。っていうか【神眼】ってバレるんだな」


ーー フェリシアが特殊なだけでしょう。腐っても大いなる意志ですからね ーー


 「腐ってもって……」


 俺とエアリスが話している間、香織はチビをもふもふしている。小型化していると毛質がよりふわふわの子犬のようになり、撫でているだけでも癒され度が段違いなのだ。


 「悠人さん、今日はお疲れ様でした」


 「香織ちゃんもお疲れ様。まさか飛べるようになってるとは思わなかったよ。俺より速く飛べるみたいだし、ちょっとうらやましいなぁ」


 「えへへ……悠人さんと同じみたいで嬉しいです」


 はにかみながらそんなことを言う香織は破壊力が抜群のぐんばつで……惚れてまうやろ! いや、もう手遅れなんだけど。

 というか……お、男の部屋に枕を持ってきて同じベッドに寝転がる……いいのか!?


ーー 今更でしょう ーー


 言われてみれば確かにそうだな……そうなんだがな、意識すると妙に緊張する。

 今こそエアリスが俺の感情を喰らう時!! そして俺が冷静を取り戻すのだ!!


ーー いえ、最低限で我慢できますので……そ、そのまま致してくださって結構……ですよ? ーー


 冷静そうに見えてエアリスも動揺しているようだ。っていうか致したとして、エアリスに見られながらってことになるのか? なにその羞恥プレイ。そもそも致す致さない以前に香織がそれを望んでいるかどうか。だいたいチビもいるんだぞ。


ーー の、望んでいないとは思えないのですよ……し、しかしそうでなかった場合を考えるとどうにもこうにも…… それにチビは空気読める子ですよ、きっとーー


 「ゆ、悠人さん……あの」


 「は、はい!? なんでしょうか!?」


 「……ふふっ。急にそんな話し方、どうかしたんですか?」


 「いや、エアリスとどうでもいいことを話してて……急に話しかけられてびっくりしたというか」


 「そう……なんですね。いつでも話せるエアリスに嫉妬しちゃいます」


 「え、香織ちゃんもいつでも話してくれると、うれしいなぁ〜なんて」


 「じゃ、じゃあいつでも話しかけますね……っ!」


 「うん、どうぞどうぞ!」


 『それっていつも通りでは?』というエアリスの声が二人に聞こえ、俺と香織は顔を見合わせて「たしかに」と言う。そして変なスイッチが入って控えめに笑い合った。

 しばらくのんびりと世間話のようなものをしていてさすがに眠くなってきた時、香織も疲れていたらしく何かを話している途中で眠ってしまった。俺が眠るまで、と言っていたが……まぁ俺のベッドは広いし窮屈ではないだろう。朝起きると添い寝してたりするし……思い出したら顔が熱くなってきた気がする。

 それまで横を向いて香織と向き合うようにしていたのだが、急に恥ずかしさが再燃した俺は仰向けになる。そこでふと視界の隅に違和感を覚えた。



 視線の先に、隠密少年がいた。


 慌てて飛び起きると最大限の警戒をする。あの少年だから害はないはずと思っている反面、こんなタイミングでこの場にいるというのは些かおかしいのではないかという思いからだ。

 少年の閉じていた唇が開き……



 ありがとう。弟を助けてくれて。



 そう言った。そして満面の笑みを浮かべ……体が透け、空気に溶けるように消えていった。


 なんだったんだと思って呆然としていると、寝巻きを軽く引っ張られた。眠っていたはずの香織だが、少し顔が青ざめている。


 「ゆ、悠人さん今のって……」


 俺が突然起き上がってしまったせいで目を覚ましてしまっていたようだ。


 「隠密少年だったよね……。消えるとこ初めて見たけどあんな感じの能力なのか。光学迷彩とかか? それならエアリスが再現できたり——」


ーー ま、マスター? ご主人様? あのあのあの ーー


 「なんだよ、エアリスじゃ再現できないっていうのか?」


ーー い、いえ、光学迷彩程度であればいくらでも……女風呂覗き放題やったね! ではなくてですね ーー


 「なんだよ?」


 「悠人さん、あの……あれっておばけなんじゃ……」


 おばけ。幽霊のことだな。幽霊というとその土地に縛られてたり逆に移動に制限がないのがいたりとかそういう話があるよな。あとは大事なものに宿っていたり、執着してる人を守ったり祟ったりとか、それは通りすがりのたまたま波長が合う人にも憑いたりするんだったか? ……そういえば、なんだか体が軽いな。


ーー あの……つかれていたのでは? ーー


 「ん? 疲れてた気がしたけどなんか体が軽くなったぞ」


ーー いえ、ですから……おばけが、ご主人様に、取り憑いていたのでは? ーー


 「え? なにが?」


ーー ですから、おばけ、幽霊が ーー


 「…………なん……だと……」


 「悠人さん!? なんともないんですか!? 大丈夫なんですか!?」


 「むしろ今は調子が良いっていうか」


ーー やはり……憑かれていたのですね……ではあの【神眼】にも映らず突然消える方の少年は…… ーー


 「……」

 「……」



 おばけーー!!



 そんな声が深夜のログハウスに響きわたった。


ーー し、【神眼】などと言いながら全てを見通せないなど許されませんね……せ、性能を、こここ向上させなくては ーー


 実は誰よりもびびっているエアリスは、あるはずのない背筋が凍るという感覚を覚えていた。それから逃避するかのように【神眼】の改良に考えを巡らせるのだった。



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