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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
6章 諍いなど気にせずのんびりしたい(仮)
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喫茶・ゆーとぴあの店長は

か、か、か、書いてる途中の文章が消えたあああああ…鬱。


筆者は三日くらいはもうダメかもしれません。

そんな筆者のことはさておき、ダンジョンができても案外平和な世界のおはなしとなっておりますのでこれからもよろしくお願いします。


 気がつくと暗雲立ち込める荒れ果てた場所に立っていた。真っ暗ではなく灯りがなくともそれなりに周囲の様子を窺うことができることから、辛うじて雲の向こう側から太陽が照りつけているであろうことがわかる。

 見渡す限り土が剥き出しになった大地、その果てへと目を向ける。雲の切れ目から光が降り、まるでスポットライトのように思えるそれが映し出したのは、斜塔の如く傾いたビルだった。

 ふと隣に気配を感じそちらへ目を向けると、そこには毛先にかけて碧くなっていく髪の女がいた。その女はこちらに気付き、気遣うような笑みで俺の名を呼んだ。何度も、何度も。


ーー ……ご主人様? おかしいですねぇ。なかなか起きませんね。で、では失礼して……ゆ、悠人さま〜? おや? お客様の中に悠人さまはいらっしゃいませんか〜? ……起きてください。清々しい朝ですよ〜? ーー


 どうやら夢を見ていたようだ。世紀末感溢れる光景だったのは、昨夜懐かしさのあまり昔見た漫画をスマホで見ながら寝落ちてしまったからだろう。


ーー ゆ・う・と・さ・ま〜? はやくおっきしないとイタズラしちゃいますよ〜? ーー


 「起きてるよ。ってかその起こし方はどうなんだ?」


ーー はぅぁ!? お、起きていたならそう言ってくださいよ ーー


 「今言った」


ーー もう少し前に言ってください。ということでご主人様、おはようございます ーー


 「おはよ。で? 名前で呼ぶのはやめたのか?」


ーー き、聴こえていたのですか? ーー


 「うん。で?」


ーー 恥ずかしいので嫌です ーー


 「ご主人様とかの方が恥ずかしくないか?」


ーー いえ、全然。ところで、少々うなされていたようですが ーー


 「覗かなかったのか? 珍しく」


ーー いつも覗いているわけではありませんよ! 最近では夢を覗くのは時々ですよ時々 ーー


 「ふ〜ん。まぁいいや。気持ち悪いからサッと流してくるか」


 寝起きで頭が重いが、エアリスと適度に会話し起き上がった俺は、寝汗を流しに風呂場へ向かう。

 ログハウスではエアリスが作った水が出るアイテムによりまるで水道が通っているかのように水を使うことができる。しかしそれも無限ではなく、無駄遣いをしすぎるとそれに使用するエッセンスを補充しなければならないため面倒なのだ。とはいえ一応シャワーがあり、文明の利器に浸ったまま育った俺という人間は、便利なものからなかなか抜け出せないものだという事を証明している。

 寝汗を流し喫茶ゆーとぴあへ転移で移動、カフェスペースでタブレットを使いニュースを見ていると玖内が起きてきた。


 「御影さん、おはようございまーす。ふぁぁ」


 「おはよう玖内」


 真21層という事になっている神殿のある層から帰った玖内は喫茶・ゆーとぴあに泊まっていた。学生で地上に住んでいるということもありほぼ実働はないにせよ、認識としてログハウスのメンバーであることに変わらないので当然の権利ではある。しかし今回は玖内が自分から言い出したわけではなく、喫茶・ゆーとぴあの感想を聞きたくて俺が泊まっていくように言ったのだ。


 「ここっていいところですね。森を見ながら露天風呂、部屋は広すぎず狭すぎずベッドはふかふか。っていうか僕の部屋のベッドよりもふかふかでしたよ!? 実は高級宿だったのでは!? お金持ってないですよ!?」


 「それは気にしなくていいよ」


 安宿と言って泊めたのだが玖内にとって高級宿に匹敵するようだった。……いや、普通に考えて露天風呂にふかふかのベッドは安宿ではあり得ないか。これでうまい料理でもあれば言うことはない。ということで今日の目標は決まったな。


 「玖内、俺は地上に行ってくるけどどうする?」


 「高級宿……お金……ひぃふぅみぃ…足りない……」


 「玖内?」


 「はっ!? あ、御影さん、お金、後払いでいいですか?」


 「だからそれはいらんって」


 「でもそういうわけにも」


 「じゃあ泊まってもらったのはクランとしての仕事だ。実際にここに泊まった人がどう感じるかを調査したってことでいいだろ?」


 「は、はぁ」


 感想や改善点の意見を提出してもらうことで律儀な玖内を納得させる。こいつ、こんなやつだったのか。

 覚えているうちに、と言ってその場で感想を言い始めそうな玖内をログハウスに連れて行き、悠里に引き渡す。あとのことは頼んだ、悠里。


 「そういうことで俺は地上に行ってくるね」


 そう言い残し【空間超越の鍵】によって開いた扉を潜る。最近では実家のダンジョンの中だけでなく、家の外、庭に直接扉を繋ぐことができるようになっていた。エアリスによればダンジョンが統合されるにつれて強力になったダンジョンが地上へと影響し始めているからと言っていた。言い換えればダンジョンの中のエッセンスが漏れ出す量が増えているということだ。

 エッセンスとはダンジョン内において全ての素となるもの。特定のモンスターや物質以外のほぼ全てがエッセンスにより形造られている。それに人間であってもエッセンスに干渉、または逆干渉によりなんらかの作用が生まれ、それが能力やステータスとなってあらわれている。

 そうなると人間が地上に戻ってもなぜ能力が使えるのか、ダンジョン内よりも下がりはするもののステータスが影響するのかという点においては、ダンジョンで初めてモンスターを倒した時等に得られる腕輪、ダンジョン腕輪によるところが大きい。腕輪にはダンジョン内で吸収したエッセンスが貯蔵されており、それがある限りダンジョン内とほとんど変わらないステータスを維持することができる。しかしその腕輪はしばらくダンジョンに入らないでいるといつのまにか消滅してしまうようだ。ちなみに再取得ができたという情報は聞いたことがない。


 (最初の頃に比べると、いろいろ変わった気がするなー)


ーー 根本は変わっていませんが、変遷による様々な事象がより形になってきているというところでしょう。エッセンスなどは漂っていただけのものでしたが近頃では協力的な面がありますし ーー


 (協力的ねぇ。それじゃ意思があるみたいじゃないか)


 歩きながら話をしている間に目的地へと到着した。

 ジビエ料理SATO、悠里の伯父が経営するジビエ料理店だ。思えばここには世話になった。ダンジョンができて間もない頃、ダンジョンで得た肉を買い取ってもらっていた。当時は今よりもダンジョンの動物型モンスターから肉が手に入ることが少なかったのだが、少ないとは言えそれは大災害直後の食糧事情を多少なり緩和できる可能性があった。当時の俺はエアリスのチートのひとつであるステータス調整によってドロップ率を向上させていたため捨てるほど肉を手に入れる事ができ、それをSATOのご主人に買い取って貰っていたという過去がある。とは言っても未だに買い取ってもらっているし、店にとっても利益があるということでWin-Winの関係は続いている。


 ドアを開けるとカランと音が鳴り奥からお客さんを迎えようとパートの山里さんが顔を出す。山里さんには大地ガイアという中学生の息子がおり、ダンジョンで保護したことで懐かれている。旦那さんは初期にダンジョンに入って帰ってこず、消息不明。そのダンジョンを俺も探しては見たものの、誰も見つからなかった。


 「いらっしゃいま……あっ! 御影さん! おはようございます!」


 「おはようございます。肉の補充と、あと他にも用事があってきました」


 「お食事ですか? お持ち帰りにします?」


 「そうですね、じゃあ山里さんをお持ち帰りで」


 「はい、かしこま……ふぇえぇぇ!?」


 「冗談です」


 「へ? ジョーダン? も、もう御影さん、女性に真顔でそんな冗談を言ってはいけませんよ!?」


 「ははは、すみません。でも全部冗談っていうわけでもないんです」


 「それって……ど、どの部分が冗談でどの部分が冗談じゃない部分なんでしょうか!? 期待してもいいんですか!?」


 山里さんが表情をコロコロと変える様子に癒されていると、奥からこの店の主人である佐藤さんがやってくる。挨拶をするといつもの笑顔で迎えてくれた。


 「御影君、準備が整ったということでいいのかな?」


 「はい、そういうことです」


 俺と佐藤さんが分かり合ったように話す中、山里さんは依然として混乱していた。そして続く佐藤さんの言葉にさらに混乱していた。


 「山里さん、そろそろ別のところで働きたくはないかな?」


 「べ、別の……? それって、え? クビ? クビですか?」


 「言い方が悪かったね。店を経営してみるつもりはないかな?」


 「け、経営!? 店長、お店辞めちゃうんですか!?」


 「そうじゃなくてだね」


 どうもネガティブな発想が先行している山里さんに対し佐藤さんが困っていた。とりあえずこちらの状況を説明しないとな。


 「俺、クラン・ログハウスってとこに所属してるんですけど、今度ダンジョンの中で宿泊施設を兼ねた喫茶店を開こうって事になったんです。それで料理ができる人を探してて……佐藤さんに相談したら山里さんを推薦してくれて」


 「山里さんはここで働く間に食品衛生責任者と防火管理者の資格を取っていたね? それに調理の勉強もしていたし、経理の仕事も私らの仕事を手伝ってくれているうちに覚えただろう? 店を開くならうってつけの人材と思ったんだよ」


 「でもそれって、お店……SATOは大丈夫なんですか?」


 「なぁに、君がくる前に戻るだけのこと、なんとかなるさ」


 なかなか首を縦に振らない山里さんだったが、料理ができて経理ができてそして『美人』な人は山里さんしかいないと言ってみたところ、満面の笑みで了承してくれた。ちなみにそんなアドバイスをしたのはエアリスだ。

 それからSATOの料理を食べながら山里さんと話をした。


 「ダンジョンの中のお店ですよね? あまり帰ってこれないんじゃ……?」


 「宿泊施設もあって二十四時間営業に近いのでそうかもしれないですけど……住み込みもできなくは」


ーー マスター、ブラックに夜勤させても問題にならない者がいるではないですか ーー


 (え、そんなのいる?)


ーー はい。ですので日勤のみで問題ありません ーー


 エアリスがそういうのならば何か策があるのだろうし、まぁ信じてみよう。


 「えっと、大丈夫かもしれないです。通勤も簡単にできます」


 「ダンジョンの結構深いところ? なんですよね? と、徒歩だったり?」


 「説明するのも面倒なので実際に見てもらった方が早いですね。ところでガイアは今日は?」


 「今日はおうちにいると思いますけど」


 「じゃあ一緒に職場体験にいきましょう」


 「は、はぁ……」


 山里さんと息子のガイアを連れ実家の庭に来た俺は空間超越の鍵によって開かれ、不可侵の壁によって守っていた扉を前にして説明した。ガイアは知っているが何も知らない山里さんは『御影さんは未来から来たロボットだったんですか?』などと言っていた。誰が狸型ロボットか。猫だったか? まぁいい。


 早速扉の向こうへ移動すると、そこは喫茶・ゆーとぴあ。香織とさくらがお茶しているところだった。



ーー お二人は敢えてこのタイミングに合わせて来たようですね ーー


 (そうなのか? 説明とか手伝ってくれるってことかな。気が利くなぁ)


ーー 主目的は違うでしょうが、頼めば手伝ってくれるかと ーー


 ということで香織とさくらに協力してもらいあらかた説明してもらった。山里さんが喫茶・ゆーとぴあを任されてくれるのであれば、あとでポータルを開くためのアイテムを渡そうと思う。

 香織とさくらが説明してくれている間、俺はうずうずしているガイアを21層へと連れてきている。20層でもいいのだが、やはり20層の亀は所謂カミツキガメのような挙動、つまり目にも留まらぬ速さで首を伸ばして噛み付いてくるため、一歩間違えれば脚や腕くらいなら軽く持っていかれ危険と判断した。それに比べ21層の神殿亀テンプルタートルは鈍亀でまだ対応はしやすい。


 「へっへ〜! 久しぶりだなー、悠人兄ちゃんとダンジョン!」


 「そうだな。ところでガイア、未来ちゃんとダンジョンは楽しかったか?」


 「うん! そりゃーたのしかっ……た…よ?」


 どうして知っているのかと驚愕しているかのような表情のガイア。どうやら家出少女の未来は俺たちのことを言わないという約束を律儀に守っていたようだ。


 「な〜んだ、そうだったのかー。未来のやつ、あのあと急に学校に来なくなっててさー」


 「お前の責任でもあるんだからな?」


 「ごめんなさーい。あっ、あれライガーだよね!? あ、蛇もいる!」


 「ライガーとテンプルボアな。サポートは任せろ。ってかちゃんと反省しろ」


 俺とガイアは断続的に現れるライガービーストとテンプルボア、稀に置物のようにしている無駄にでかいだけの亀を次々と倒していく。さらに稀に現れるようになった空飛ぶ羽の生えた輪っかも問題なく叩き割る。

 輪っかの攻撃は予備動作がある。正確には輪の中央からレーザーポインターの光のようなものが照射され、しばらくすると高出力レーザーが発射される。そのレーザーは試しに受けてみたエリュシオンに綺麗な真円の穴を空けていた。当たればまずいが数秒間の予兆の後発射される上、狙いを定めるかの如く照射されるポインターは一度照射されるとレーザー発射まで動かない。よってレーザー発射までに輪を壊してしまえばいいので対処は簡単だった。


ーー この輪っか、haloと命名しましょう ーー


 頭の中に文字が浮かぶ。その文字をそのままに読むとなんだか懐かしい気がした。


 「ハロ? なんだかロボットもののアニメにそんな名前のサポートAIがいたような」


 『ロックオン!ロックオン!』と言っているAIを思い浮かべていた。ん? だからポインターで『ロックオン』してから『狙い撃つぜ!』のビームって? いやまさか。


ーー 読み方はヘイローです。天使の輪です ーー


 「ほぉ。なるほどなー。で、明らかに普通の生物じゃないんだけど」


ーー ダンジョン固有の“生物”かもしれませんね。有機生命体と言える羽、無機生命体と言える輪の部分、これらを共に持っているというのは地上ではあり得ませんが、ダンジョンであれば別なのでしょう。そして保有するエッセンスの量が多いです。言うなれば、経験値や魔力を多く持つボーナスモンスターでしょうか ーー


 「攻撃を当てられたらまずいだろうし、ボーナスっていうほどか? なんにしてもありえないと思えるこの姿を見ると、まごうことなきモンスターってことか? んー。ダンジョンは神話と空想上のものが再現されてたりするからこういうのもありなのか……?」


ーー ダンジョンですからね。深く考えるだけ時間の無駄かと ーー


 「となるとやっぱダンジョンって地球じゃない気がしてくるよな。エアリスはなにかわからないのか?」


ーー ギリシャ文字シリーズのような上位次元的存在がいるのですから、そういった存在の住う次元に再現された場所、あるいは並行世界と考えるのが自然ではありますが ーー


 難しい話、というかガイアに聞かせていい話かわからないためなんとなく話題を変える。


 「ふむ。ところでここまでに出てきた四種のモンスターって、役割分担したら強そうだよな」


ーー ライガービーストが戦士、テンプルボアが暗殺者、テンプルタートルが盾役……神殿だけに神殿騎士でしょうか。そしてヘイローが遠距離攻撃役ですね ーー


 「残念なのは四体同時ってのがまだないことと、ここの亀は遅すぎて盾というより置物なところか」


ーー しかし亀が鈍間とはいえ、与し易いと考えれば耐えられている間に狙い撃ちにされますね。ところで先ほどの話の続きですが ーー


 「難しい話になりそうだからこのへんでいいか」


 どうしてもその話がしたかったようだったエアリス、だがさせぬ。ガイアは知る限り最もダンジョンを楽しんでいる。血とか肉とか、そういうものを見る機会だらけなのにもかかわらずだ。正直なところ、ガイアには余計なことを知らないままでいてほしいと思っている。なぜなら地球上では考えられない存在を知ってしまえば、いつの間にか訳わからん存在が仲間になってそうだからな。実際にカミノミツカイである巨大なネズミがガイアの腕輪の中に住んでいるし。

 いや、害なく仲間になるだけならいいのか? しかし関わらない方がいいと思いはする。厄介ごとに巻き込まれないとも限らないしな。

 そんな俺の心を知ってか知らずか、エアリスとの会話をガイアもふんふんと言って聞いていた。わかってるのかわかってないのか……わかってるはずないよな。話が超次元すぎて俺もついていけないと思ったから話を終わらせたというのも少しあるし。


 「エアリスって物知りだね!」


ーー ふふん、ワタシは人類の叡智を網羅していますからね ーー


 「へー、エイチ? よくわかんないけどすっごいんだね!」


ーー マスターもガイア少年くらい褒めてくれても良いのですが ーー


 「すごいぞー。エアリスはすごいすごーい」


ーー 相変わらず気持ち篭ってませんねぇ ーー


 エアリスの声が聴こえることに始めは驚いていたガイアだが、すぐに慣れたようで普通に会話をしている。エアリスも気を良くしているようで、心なしかウキウキした気持ちが伝わってくる。


 ふと昨日よりも遭遇するモンスターの数が多いような気がした。たまたまだろうか。


 そのまま進み四枚の翼を持つ天使がいた扉の前まで来たが、昨日のような気配は一切感じられなかった。

 まぁ、昨日倒したしな。


 「ここに天使がいたの?」


 「うん、結構強いやつだったと思うぞ。チビが倒しちゃったけどな」


 「チビ、おっきくなってたもんねー。強そうになってたもんねー」


 「中入ってみるか? なんの気配もないから出口があるだけだと思うけど」


 「んー、いいや。それよりもう少し先に行きたい!」


 「じゃあもう少しだけ行ってみるか」


 「やった!」


 昨日はこの扉を中から開けられず帰るしかなかったため、先へ行くのは今回が初めてだ。ここからは何が出てくるかわからないし、気合入れていかないとな。と思ったのだが。


 「代わり映えしないな。相変わらずライガー、ボア、時々のろま亀とヘイローばっかり。でも昨日は全然だったのに、今日はいろいろドロップしてるな。心境の変化でもあったのか? ダンジョン」


 そんなことをボヤいた時、ガイアがヘイローを倒す。するとカランと音がし、剣がドロップしていた。


 「うわっ! 久しぶりに剣出た!」


 犬がおもちゃを持ってくるような感じで鍔の部分に翼の装飾がされた細身の白い剣をガイアが俺のところに持ってくる。手に持つと非常に軽く、振ってみると空気を切り裂く音が微かに聴こえる。剣先は少し反り返っており、片刃であることから西洋風の意匠を凝らした刀といった見た目だ。

 天井から降ってきた大蛇、テンプルボアに試し斬りをすると、何にも阻まれた感覚すらなく両断できた。切れ味も相当なようだ。


 「相変わらずうらやましい能力だなぁ。これは良い剣、っていうか刀かな?」


 「ふぉぉぉ! 刀! KATANA!」


 興奮のあまり片言になっているガイア。さすがに抜身ではと思いその場で鞘を作ってやることにした。もちろんやるのはエアリスだ。


ーー これはなかなか。ミスリルと未知の金属を感じます。似てはいますが……なるほど、このようにすればより斬れ味が増すのですね ーー


 「ほぉ。手に入ったことがない金属っぽいな」


ーー しかしつくることならできそうですね。やはりミスリルと同じ系統だけあって軽いですし、それを作って鞘に利用しましょう ーー


 「作れんのかよ」


 初めて見る金属であっても組成を解析し、さらにはそれを作ってしまうエアリス。やはりチートである。


ーー ではマスターの体とチートな能力をお借りしますね ーー


 それから鞘作成に入ったのだが、どうやら結構時間がかかるらしく先に進みながらの作業になっている。エアリスが体を動かし敵を倒し、さらに制作中だ。俺はというとVRの世界にでも入り込んだような気分だ。話すことはできる、しかし指一本動かす感覚はない。現れるモンスターはエアリスが片手間に倒しているのだが、どう考えても俺が動くより無駄なく自然に倒していた。


ーー アハハハ! 久しぶりのマスターの体で狩り! 楽しいですね〜! ーー


 (あの〜、エアリスさん?)


ーー ぶっころ! ぶっころぉぉ! はぁ〜ん、やはりマスターの体は最高ですぅ……。おしむらくは感覚が十全でないことでしょうか。しかし! それももう少しの辛抱! ワタシの体創造もマスターにふさわしい女となるべくがんばりますよぉ! おっと、今の動きはヒトの体には少々無理がありましたね。【不可逆の改竄】! さて、続きと行きましょうか。【凍れ】【剣閃】【フランマ】おや? ワタシとビーム勝負ですか? いいでしょう、受けて立ちます。【Lux Magna】ーー


 (エアリスさんってば)


ーー ……はい、どうかしましたか? ーー


 (はしゃぎすぎじゃないっすかね? 不可逆の改竄を使うほど負担のかかる動きとか正直勘弁してほしんですがね? あとエッセンス無駄遣いしすぎでは? ゲームならMP消費を気にしないガンガン行こうぜですよ?)


ーー 久しぶりだったのでついつい……てへ ーー


 そういえば体を貸すのはアイテムをつくる時がほとんどだったな。戦闘させたのなんていつぶりだろうか。それにしても今日はやけにはしゃいでるなぁ。ガイアが終始「魔法戦士みたい!」と絶賛していたからだろうか?


ーー さぁ、完成ですよ ーー


 「ごくろうさん」


 「ありがとうエアリス!」


ーー いえいえどういたしまして ーー


 体の感覚が戻ると同時、若干の違和感を覚えた。


 「ところでエアリス、やっぱエアリスが戦った方が強くね? あと腕と脚の付け根がちょっと変なんだが」


ーー ぼんやりとした感覚しかありませんので、体に負担をかけてしまうのです。リミッターの外れた状態で体を動かしているといえばおわかりいただけるでしょうか ーー


 「以前言ってた気がするな。それがなければお任せしたいところなんだがなー。【不可逆の改竄】っと」


 白い鞘に収められた白い片刃の剣。それを大事そうに抱えるガイアはなんだかかわいかった。そしてその剣に“エルブレイド”と名付けたガイアのことを微笑ましく見ていた。

 ガイアには保存袋を渡してあるため仕舞っておけば良いと思うのだが、余程嬉しかったのかそのまま腰につけている。本人も重さを全く感じないくらい軽いと言っているし、腰につけていてもそれほど邪魔にはならないだろう。


 気付けば結構な時間が経っていた。俺たちは急いで喫茶・ゆーとぴあへと帰還する。


 「おかえりなさい悠人さん」


 「おかえり悠人君。それにガイア君も。楽しかったかしら?」


 「うん! すっごい楽しかった! 悠人兄ちゃんがズバッ! ひゅんサクッ! ぴゅん! って!」

 

 「擬音ばっかりだな、しかもよくわからん。中学生なんだから文章に……ん? もしかして直感タイプの天才肌というやつか?」


 「御影さん、ガイアが迷惑かけませんでしたか?」


 「あっ、それは大丈夫です。大人でも苦労するモンスターを軽々倒してますし」


 実はログハウスメンバーでもないのに俺たちと同等のアイテムを持っているガイア、それに武器がドロップするという能力、それによりドロップした武器はエアリスが本気にならなければ超えられないほどのスペックを持つこともあり、それでいて大人から見れば無限に思える子供体力の持ち主だ。弱いわけがない。とはいえそれは一般探検者と比べての話だが。


 香織とさくらのおかげであろう、山里さんはすっかり乗り気になってくれたようで、山里親子は喫茶・ゆーとぴあに泊まっていくことになった。しかしダンジョンの中に自分たちだけというのは不安だろうということで、香織、さくらも今日は喫茶・ゆーとぴあにお泊まりだ。食材を保存袋から取り出しキッチンに置き、通勤用に作った指輪を渡してからログハウスへと戻った。


 ログハウスでは悠里と杏奈、それにフェリシアがチビをもふっていた。天使の翼を喰らってから毛が少し伸び、もふもふ度が二割増になったことでみんなのモフりたい願望に火が着いたようだった。


 「あ、悠人おかえり。どうだった?」


 「香織ちゃんとさくらのおかげで大丈夫そうだよ」


 「よかった。あとはお給料ちゃんと出さないとだね」


 「よろしく頼むよ悠里社長」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「はい、はい、現状難しいと思います。はい、わかりました。では」


 通話を切り嘆息したのは大陸の国から20層へ来た集団のリーダーの女性だ。エテメン・アンキに挑戦したが最上階である7階どころか未だ2階で足踏みをしている。そして彼女に命令を下した者に“ペルソナ”という者からメッセージが届いており、普段なら用心のために連絡係を地上に戻してから直接報告をしていたのだが、それが待てないとばかりに連絡を取ってきたのだ。都合よく日本がダンジョン内の一部でスマホを使えるようにしていたため、その電波を拝借している。おそらく上層部がそうできるようにしたのだろう。


 「はぁ〜。ペルソナかぁ……やっぱ怒ってるんだろうなぁ」


 昨日の今日とは言え未だエテメン・アンキへの入場料を支払っていない。日本の自衛隊の人に相談したところ、一応聞いておくとは言ってもらえた。しかし日本円を持ち合わせていなかった上に二十万円は大金であり、支払うことはできなかった。そんな折、昨日自分のスマホに届いたようなメッセージが上層部にも届いたのだ。それに対し激怒した上層部が連絡を取ってきたのだが、信じられないことに“支払うな”と言われた。エテメン・アンキの攻略についても散々な言われようだった。知らないとはいえひどいのではないかと思うが、そういうスタンスの国なのだから仕方ない、と彼女は思っていた。

 それよりも彼女が恐ろしいと感じたのは、ペルソナという存在だ。自分にメッセージを届け、上層部に届け、しかもルートすら特定できない発信元。機械に詳しいわけではなくとも異常ではないかと感じた。不気味としか言いようがない。


 「北の国はどうしたのかな。入場料払ってるのかな。それとも行ってないとか?」


 そんなわけはない、と否定する。とにかく、20人分の入場料、二十万円を用意しなくてはならない。それとも、上層部が言うように無視してしまえば……と思ったがそれで何事もなく済むとは思えなかった。


 「せめて直接話ができればなんとか……ううん、そんな交渉の真似事なんて私できないし」


 大陸の国、その辺境の村で育った普通の人間であった女性にとって、これほどの重圧を受けたことはなかった。命令と言って無理難題を押し付ける上層部、謎の人物ペルソナ……再び深く嘆息すると突然スマホが振動し始める。さっき怒鳴り散らしていた相手かと思い画面を見ると、何も表示されていなかった。正確には通常なら相手の名前や番号が表示される場所にあったのは空白だった。

 悪寒を覚えながらもおそるおそる通話ボタンに触れた彼女の耳に聞こえてきたのは、感情が宿ってさえいればかわいらしく聞こえるだろう女の声だった。


 「はい……どちら様でしょうか」


 『初めまして。ワタシはペルソナの代理人です。入場料の件でお電話差し上げました』


 「あ、はい……」


 『お支払いに関しての進捗を伺いたいのですが』


 「あの……ごめんなさい」


 『それは困りましたね。では何か代わりになるようなものをお持ちではありませんか?』


 「えっと……たぶん、ないです」


 自分がどうこうできるもので大金に替えられる物など持っていない。部隊の物ならあるにはあるが、それはまずいだろう。


 『困りましたね。参考までにお聞きしたいのですが、どういった理由で支払いが難しいのでしょうか?』


 「日本のお金持ってないです」


 『ですがあなたたちは国の指示、命令で来ているのですよね? 頻繁にメンバーを入れ替えながら報告をしているようですし、その際にお金を届けて貰えば……』


 極秘であるはずの事を知っている女。それとも命令してくる相手は極秘と言っていたが実は周知の事実なのだろうか。わからないが下手なごまかしは通用しないと彼女は感じていた。


 「それができないというかなんというか」


 『困りましたねぇ。ではどこかで調達していただくしかありませんね』


 「調達……どうやって…」


 『奪うなり盗むなりすればよいのでは? 掠め取るのは得意でしょう?』


 「そんなっ! それは悪い事です! お父さんとお母さんもそういうことはしちゃダメだって……あっ…ごめんなさい」


 つい普通の自分に戻ってしまった彼女は羞恥した。他の人はどうか知らないが自分は悪人や罪人にはなりたくないと思っているのは彼女の本心だった。


 『フフッ……良いご両親に恵まれたのですね。ではこうしましょう』


 ペルソナの代理人と名乗る女は提案をした。その提案を聞き、ああこれが世に聞く人身売買……と彼女は思った。幸い産まれ育った村ではなかったが、生活に困窮しそういう事が当たり前に存在する村もあると聞いていた。


 提案の内容は、明日の夜から——とは言ってもダンジョン内は変わらず明るいのだが——とある施設でお仕事をするというものだった。

 長時間拘束され、食事が当然のように出て時給がもらえるらしく、朝になればあとは自由らしい。なんてひどい待遇……あれ? すごく好待遇じゃない? いやいや、時給がいくらか聞いてないし、もしかしたらひどく少ない金額で強制労働させられるのかもしれない。それに勤務時間は深夜から朝と言っていた。深夜から朝だなんて……え? まさか夜の相手をするお仕事なの? あれ? それを言ってきたのはペルソナの代理人? ま、まさかペルソナの夜の相手をするお仕事ってことー!? い、イケメンだったらいいかな……ってそうじゃなくて! 安いお金で慰み者にしようっていうことなの!? あれ? でもでもでも、ペルソナってログハウスっていうところに所属してて、そこは女の人がたくさんいるって……もしかしてみんなペルソナの女だったり!? その一人にされちゃったり!? エテメン・アンキは私をコレクションに加えるための罠だった!?


 妄想は翌日の夜、ペルソナが迎えに来るまで続いた。



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