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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
5章 適応する世界でものんびりしたい
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エテメン・アンキ7階  悪夢の空間 ー 悠里 ー


《もう勝った気でいるとは愚か、愚か愚か愚か愚か!!!! ベータといいニンゲンといい、ふざけたやつばかり!!! ここから出られると思うなよっ!!! 『悪夢エパイナプス再演エフィアイティス』》


 「あちゃー……」


 フェリがなにかを失敗したような声を発したかと思うと、足元が光を発し視界が真っ白に塗り潰される。

 その直前、悠人と香織の足元からも同じような光が発せられ、その発生源がなにかしらの“魔法陣”であることに気がついていた。

 白一色の視界が再び色を取り戻すと、そこはそれまでと変わらないように見える。しかし部屋の中央上部にあった光の球体が見当たらない。悠里はこの時点で、どこかに飛ばされたか、幻覚のようなものを見せられているのではないかと当たりをつけた。


 「ふぅ〜、間に合った!」


 その声に一瞬心臓が跳ねたが、害はないとなぜか確信できていた。念の為に目を凝らしてみるが、エッセンスは直前までのクロと同一と思えた。


 「間に合った? じゃあ今フェリは一人なんじゃない? 大丈夫なの?」

 「そのアウトポス神が『悠里のところに行きなっ!』って言ってた、目で。ウケるっしょ? www」

 「悠人の肩にいたチビも香織の方に飛び込んでいったように見えたし、早く戻らないと」

 「ユーリィ、アウトポス神の心配ばっかりしてるケド、おにーちゃんはいいの?」

 「悠人は大丈夫でしょ。エアリスもいるし」

 「アハ! 信頼の証〜的な〜? www」

 「まあそんなところよ」


 悠里が照れ隠しをするようにクロから目を逸らすと、視界の端に光が現れたところだった。

 光はすぐに収まり中から悠人と香織が現れる。


 「悠人、香織、無事だったんだね」

 「もちろんだ」

 「もちろんよ」

 「あれ? 香織、チビと一緒じゃないの?」

 「チビ? いないよ」

 「じゃあフェリのところにいるってこと?」

 「そうなんじゃないかな」


 二人とも無事だったのは喜ばしい事だが、ということはフェリシアとチビが元の場所に取り残されているのかもしれない。そうでないパターンも考えられなくはないが、あの足元に現れた魔法陣はフェリシアの足元にはなかった。

 現れたのは悠人と香織、そして私。クロとチビには現れなかったことを考えると、人間にしか効果がないのか、それともそうする必要がないのか、もしくはできないか。クロが悠里の魔法陣に飛び込んで同じ場所に来る事ができた、でも香織の方へと跳んだチビはいない。そう考えると違和感を感じるけど……。どうであってもやはり人間を一時的に排除してフェリシアを残そうとした、と考えられた。それは結局フェリシアが意図して残された可能性が濃厚なわけで、早くここから脱出しなければならないことに変わりはない。


 「ん〜?」

 「どうしたのクロ?」

 「なんかねー、変なニオイがするんだヨネー」

 「変なニオイ?」

 「うん、くさいの」

 「くさいの…?」

 「でもどこからだろう、イマイチはっきりしないってゆーか」

 「じゃあこれでも嗅いでなさい」


 空間に手を突き入れ引き抜くと、ふわっふわなタオルが現れる。大きな荷物を持っていないように見えるが、異空間に収納している荷物は多い。

 先日買い物に出掛けた際に買ったベッド、ソファーなどの大型家具も収納されていたりする。今使っているベッドと交換しようと思い買ったのにもかかわらずしていないのは、単純に今使っているベッドがお気に入りだからだ。買ったはいいけどいざ捨てようとすると捨てられない、そういうことがよくある悠里にとって異空間収納ができるというのはそれだけでも魔法が使えるようになってよかったと思っているのだった。


 「ふ……ふぅぅぁぁあああ! イイ! イイにほひだよユーリィ!」

 「最近新発売の洗剤なんだよ」

 「ほへぇぇ〜……ニンゲン、やるじゃ〜ん」


 ふわっふわで良い匂いのタオルがお気に入ったクロがタオルを顔に押しつけたまま直立して動かなくなった。しかし背中の小さな翼はパタパタしているし、滑らかな尻尾も残像を残しながら左右に高速で動いている。それにスーハー音が聴こえているので問題はなさそう。嬉しそうなクロを見て、なんだか癒される悠里だった。

 クロに癒され思考がリセットされたことで、悠里はふと気付いた。

 7階に到達するまで何度も戦闘があり、それは見られていたと思って間違いないだろう。それならば三人を同じ場所に転送したのはただの時間稼ぎ? いや、それにしてもなにかおかしい。


 悠人ならこの状況をどう考えるのだろう。悠人のゲーム知識はなんと言うのだろう。


 「はぁ〜しわわせぇ〜。あっ、ねね、ユーリィユーリィ!」

 「なに?」

 「ここって敵いないのカナ?」

 「敵? どうだろうね、私たちをフェリと離れ離れにさせる目的ならそういうのはいらないような」

 「そっかぁー。でもでも神様が前にね、『ゲームで違うステージに移動したら必ず敵が出てくるものだ。それがないなら脱出するためのギミックが用意されているのだ』って言ってたヨ?」

 「……それってここにもそういうのがあるはず、ってこと?」

 「そうそう! そうだと思ったんだけどネー。敵がいないならどこかにスイッチ的なやーつがあるかもだけどー……メンドーだからあーしのブレスで空間ごと壊せないカナ?」


 悠里はそれに対し反論はできなかった。なぜなら、ここの神であるベータはゲームらしいダンジョンを作ったと言っていたはずだ。それならばなにかしらのイベントのひとつと見てもいいのでは、と思っていたからだ。それはつまりここから抜け出す方法は用意されている前提という事になる。それがクロでもおかしくない、それが悠里の考えだった。


 「とりあえずやってみる! あっ、でも服が破れちゃうから脱いでから……ぬぎぬぎ」


 人目を憚らないクロの行動にハッとする。ここには今男性が、悠人がいるのだ。振り向き悠人の方へ行き目隠しをする時間はない。クロの手がスカートに隠れる下着に親指をかけたような形になり、それが下ろされる……直前、【マジックミラーシールド】の一部色付きバージョンをほぼ無意識に展開した。しっかりと意識してはいなかったが、悠人の視界だけはおそらく防いでいるはず。


 次の瞬間、カキンっという音がした。そしてその音が連続してカキンカキンと鳴る。振り返れば【マジックミラーシールド】に対して刀を何度も振るう悠人、そして独楽のように回転しながらハンマーを振るう香織がいた。

 悠人のその行動を見た瞬間、そんなに見たかったのかと疑ったが、香織も同じように攻撃しているのを見るやなんとなく理解した。そして二人のエッセンスを見ることに集中すると「あっ、敵いたわ」と声を漏らしていた。


 ブレザーとミニスカートを脱ぎ全裸となったクロはその二人に気付き「アハハ! そんなにあーしの裸が見たかったの? ウケるんだケドwww」と言っていたが、すぐに訂正してあげると素直に受け入れていた。


 「スンスン……あっ、ほんとだ、どこから臭ってくるのかと思ってたケド、そこからだったか〜」

 「悠人はともかく、香織がクロの裸を力尽くで覗こうなんてたぶんしないからね」

 「じゃああの二人をヤればいいんだよね? まっかせてー!!」


 言いながら巨竜へと変貌を遂げ、その大きな顎を上下に開く。

 それが危険と察知したらしい二人がその場から飛び退くが、その着地を狙いすました悠里が地面を足ごと凍結させ身動きを制限する。続けて力を溜め終えたクロによる全属性ブレスの掃射。なぎ払うように放たれたことにより二人が互いに離れていても関係なかった。


 「やっぱり本物の悠人と香織ならなんとかしそうだし、やっぱり偽物で間違いないね」


 ゾンビの見た目を晒した偽物たちは立ち上がることができない程度に弱っていた。悠里はそんなゾンビたちに冷たい視線を向けると毎朝の日課であるゴミ処理のごとく作り出した【虚無】に吸い込んだ。


 「お掃除しゅーりょー! ヤッタネ!!」


 人型に戻ったクロは脱ぎ捨てていた服をいそいそと着始める。悠里は服を着ることに慣れていないクロを手伝ってあげることにした。


 「あーしのブレスどうだった?」

 「うーん、すごいと思うよ?」

 「やっぱり〜? だよネだよネ〜! おにーちゃんがおかしいんだよね、普通に余裕とかマジ卍〜」

 「余裕ってことはなかったんじゃないかな? 本気でもなかったと思うけど」

 「むーっ! あーしこれでもすごく強いと思うのネ? だから普通の人間なんて簡単に消しとんじゃうと思ってたんだケドな〜」

 「悠人は……まあちょっと普通じゃないからね〜」

 「人間の中でも強いのカナ?」

 「たぶん? 強い方なんじゃないかな?」

 「な〜るほどぉ〜。じゃああーしのお婿さん候補にしちゃお!」

 「え!? お婿さん候補!?」

 「そんなに驚く事じゃないジャ〜ン? 強い種は確保しなきゃ! って神様が言ってたヨ!」

 「で、でもライバル多いと思うよ?」

 「へ? らいばるぅ? チャンアナとかサクラ姉とか香織パイセン、チャンリナ? もしかしてユーリィも?」

 「い、いや、私は……そうでもないというか」

 「う〜ん、何人いてもよくね? オスっていうのはばら撒くようにできているっ! って神様も熱弁してたヨ?」

 「は、はぁ」


 クロが神様と呼んでいるのはベータのことだろう。あの野郎、こんな幼気な女の子に何変なこと吹き込んでんのよ、と怒りが込み上げるのを覚えたが、考えてもみれば日本の憲法やら常識など当てはまらないのだ。それに実際のところ究極的に原初に帰ったつもりで考えれば、甲斐性さえあれば問題ないようにも思えてしまう。ダンジョンのせいにするのはダンジョンがかわいそうかもしれないけど、私たちの常識を塗り替えていっているように感じる。


 常識人であるはずの悠里だが、ログハウスでそれなりの時間を過ごしたことが影響しているのは間違いない。

 現在のダンジョンの中での自分たちの生活は人間社会の柵の内から解放されたような環境だ。そこで悠人を中心としたハーレムのような環境が常となっている。実際の関係は別として一夫多妻、その言葉がしっくりきてしまうのだ。悠里は多妻の中に自分が含まれているような気がしてしまったが特に気にはしない。悠人には親友の香織がいるということを意識している悠里にとって、自分には他に良い男がいたらでいいかな、と思っているためいくらか余裕があるのだ。いなければ香織に許しをもらえたら……なども気の迷い程度に思ったが、悠里にとっての悠人はやはり兄弟や家族といったような感覚が抜けないため、それ以外の感情がはっきり形となってはいない。


 「まあ、がんばりなよ」

 「え〜? ユーリィはいらないの? 種。恥ずかしいトカなら……なんなら思い切ってみんなでとかでもアリよりのアリじゃね?」

 「思い切りすぎじゃない!? っていうかあのベータってやつ、そういうことばっかり吹き込んでたんじゃないでしょうね。とにかく私にとっての悠人はどっちかっていうと弟みたいな感じなんだよ。それはそうと」


 悠里は思い切りが良すぎるクロに気圧されまいと矢継ぎ早に言い話題を変える。

 他のみんなはどうしているのだろう? とクロに尋ねるも、よくわからないといった様子だった。しかしここエテメン・アンキはゲームらしさに重点をおいて“設定”されているらしく、それは主であるベータでさえもそのルールを守らなければならないようになっていた。ということはそれに成り代わったらしいシグマにも程度は違うかもしれないがそのルールが適用されていると見てほぼ間違いない。ということは抜け道もあるはず。そして悠人と香織も同じような状況になっているのだろうと考えた。


 ……だとするとフェリが一人ってこと? 早くここから出たほうがよさそうだね。


 「クロ、せっかく服を着たところ悪いんだけど」

 「あーっ! そういえばそうだったネ! この空間壊してみるってゆーの忘れてた、てへぺろ〜」


 舌をちょろっと出しながらウインクをし自分の頭にコツンと拳を軽く当てるそぶりをするクロ。そんなのどこで覚えたんだろうと思ったが、妙にかわいかったのでどうでもよくなった。

 服を再度脱ぎ終わり竜化、そして先ほどとは比べ物にならないほどのエネルギーを溜めようとクロが気合を入れたところで空間に罅が入り、続けてガラスが割れるような音と共に空間が壊れた。

 直感的に元いた空間に戻った……と思えば、次の瞬間には見慣れた建物の中だった。


 「あらあら〜。三人も戻ってきたのね〜」

 「おかえりっす〜」

 「おかえりでーす!」


 どうやらログハウスに戻されたようで、たぶんエアリスが強制的に転移させたのだと思う。先に戻っていた三人はおくつろぎモードになっていた。

 心落ち着く状況に呆けてしまったが、そういえば三人と言っていたことを思い出し両隣を見るとフェリシアと香織も転移で戻されたようだった。


 「ボク、話の途中だったのに戻されちゃったよ〜」

 「異空間から出られたと思ったらすぐに転移させられたみたいだね。悠人さん大丈夫かなぁ」


 フェリシアは残念そうだったが香織は悠人の心配をしていた。


 「悠人なら大丈夫でしょ。ここにいないってことはチビとクロもまだ向こうにいるんだろうし、心配ないよ香織」

 「そうだよね。……じゃあごはん作って待ってようかな。あっ、でもその前にお風呂入っておこっと」


 風呂場に向かう香織を見送るとふとエテメン・アンキの時間の流れが違うことを思い出す。


 「そういえばさくらたちが戻ってからどのくらい経ったの?」

 「ついさっき戻ったばかりよ〜?」

 「やっぱり」


 向こうでの三時間程はこちらではほんの数分。九十倍速というのは本当らしい。


 「しっかり疲れてるのに戻ったらほんの数分しか経ってないって、なんだか得した気分にならないっすか?」

 「学校が休みの日に二度寝して目が覚めたらまだ五分しか経っていなかった時と似てますね!」


 最近リアルJKくらいの年頃による例え話が少しわからなくなってきた悠里だが、杏奈とリナが頷き合っているのを見ているとなんだか気が抜けてしまい先ほどまでの出来事が嘘のように思えた。ちなみに悠里は二度寝をしてしまうと非常に焦るタイプだ。


 「どうしようかしら? このままだと香織がお風呂に入ってる間に悠人君たちが帰ってきそうじゃない?」

 「そうだねー。じゃあ私は先に何か作っておこうかな」

 「それじゃあ私もなにか——」

 「さくらは休んでて?」

 「あら〜。でも悠里は戻ったばかりで疲れてるでしょう?」

 「いや、ぜんぜん疲れてないから! なんならさくらも香織と一緒にお風呂入っちゃいなよ」

 「そう? それならお言葉に甘えるわね〜。みんなも入っちゃいましょう」


 香織に続きさくらを風呂送りにすることに成功し安堵していると杏奈も胸を撫で下ろしていた。


 「悠里さんグッジョブっす。さくら姉さんに任せたらカレーしかまともなものが出てこないっすからね……」

 「そうだね。じゃあカレー以外も作れる杏奈は手伝ってね」

 「仕方ないっすねー。ところでお兄さんって媚薬効くんすかね?」

 「私たちも食べるんだから変なもの入れるのはやめなさいよ……」


 自分たちがログハウスに戻されたということは、後のことは悠人がなんとかするということなのだろう。

 一緒に残っているであろうチビ、そしてクロのことも心配ではあるが、今は悠人が報酬を持ち帰ると信じて彼らのために食事を作って待つことにした。



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