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非日常になった世界でも日常を過ごしたいなと思いまして。  作者: あかさとの
5章 適応する世界でものんびりしたい
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エテメン・アンキ6階4


 「なにがなんだかわからないうちに悠人は寝ちゃうし全然起きないし」


 「香織からすれば悠里がしたことも“なにがなんだか”だよ?」


 香織に言われ自分でもそう思っていた悠里は「ほんとにね」と返していた。【虚無ヴォイド】の時もそうだった事を思い出す中、香織の様子が少しおかしい事に気付く。


 「香織、どうかしたの?」


 「うぅ……脚が」


 悠人が気を失ってから約二時間が経過した頃、チビを背もたれに悠人を膝枕した香織は脚が痺れるのを我慢しながらも呻く。一方悠里はそんな香織の足の裏をつんつんとしながら「かわろうか?」と言うが香織は涙目になりながら首を横に振る。つんつんされてジーンとするが、抵抗すれば悠人は寝心地が悪くて起きてしまうかもしれない。とはいえ早く起きてもほしい。そんな矛盾した気持ちが香織にはあった。


 「つんつ〜ん」


 「ゆ、悠里ぃ〜」


 「ごめんごめん、香織がかわいいからついいたずらしたくなっちゃっただけだって。って、悠人なら言うかもね?」


 「そ、それは言ってもらえたら嬉しいけど〜……っていつまでつんつんしてるの!?」


 悠里と香織はいつの間にか悠人を起こさないように気を使っていた事を忘れ、しかし同時に香織は足の痺れを忘れる事ができていた。


 「賑やかだねぇ〜」


 「ねーねーアウトポス神」


 「フェリシア。ボクの名前はフェリシアだよ」


 「じゃー、フェリ様!」


 「“様”なんてつけなくてもいいんだけど……ま、いいさ。で、なぁに?」


 「んーと、おにーちゃんはいつになったら起きるカンジ?」


 「さあ。ボクにはわからないかな」


 「アウ……フェリ様でもわからないかー」


 そう言ったクロはごくごくと容器の中身を飲み干すと「紅茶っておいしいね!」と初めての味に感動していた。


 「そうだね。それにしてもクロ、馴染むの早いね」


 「へっへーん! あーし、すぐみんなと仲良くなれるんだよネー。すごくない? ヤバくない?」


 悠人が聞いたら羨ましがるかもしれないと思いつつフェリシアは相槌を打っていると「クロちょっとこっちおいでー。はい、向こう向いてここに座って」と悠里がクロを呼び、どこからともなく取り出したくしを使い髪をかし始めた。


 「悠里ー、髪直してくれるの? あざーっス!」


 眠る悠人を膝枕する香織、それを囲むように悠里、フェリシア、クロが特大レジャーシートの上に座る。その様子にぐぬぬとなっている者がいた。ゴブリンプリンセス、略してゴブ姫である。

 ゴブ姫は悠里の虚無の吸引からなんとか逃れていた。その吸引が止んだ直後、悠里の後ろに転がり込むようにわずかに残ったゴブリン数名と共に避難することでその後の爆発からも逃れ、その判断のはやさは音速を超えたかもしれない。そんなゴブ姫を以てしてもあの“輪”に割って入ることなど到底不可能に思えていた。


 「うぅぅ……あの殿方にお近付きになりたいのになれない……お近付けないっっ!!」


 『オイタワシヤプリンセス』


 「どこかに隙はないかしら」


 『ナカナカニ鉄壁デスナ』


 そんなゴブリンたちのことなどつゆ知らず、四人と一匹はきゃっきゃうふふしながら悠人が目を覚ますのを今か今かと待ちわびていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ここは……どこだ。


 何もない真っ白な部屋で目を覚ました悠人。辺りを見回すが真っ白い部屋ということしか知れることがない。壁は見えるがどのくらいの広さかはわからず、壁に近付けば壁が逃げて行くような気がしていた。

 何かを忘れているような、形容し難い不安を抱えながらもとりあえず自分の体を見回す。服は着ているが銀刀や保存袋が見当たらない。袖を捲ってみるとセクレトとの戦いで負ったはずの傷も見当たらなかった。それで気付いたが、指先の感覚はなんとなくあるような程度。例えるなら“リアルな夢”を見ている時のような感覚だ。


 今の俺には何かが欠けている。そんな感覚がある。「エアリスいるか?」という声には何も返ってこなかった。そんな気はしていたが、実際に返ってこないとなると不安になるものだ。だってそうだろう、ダンジョンが生えて以来ずっと一緒にいたのだ。何かにつけてエアリスエアリスと呼んでいた気がする。ママかよってな。頼りすぎていたせいで愛想尽かされたかな? などと一瞬思ったりもした。

 そうなっても納得してしまうくらい頼りっきりだもんなぁ。


 でかい蟻にでかいムカデ、最初に見た時以来見かけてないな。それをなんとか倒して、それからエアリスとの付き合いが始まったんだったか。

 最初はなんだこいつって思ったよね。いや、未だになんだこいつって思うけど、おかげで楽しく過ごせはしたな。ただ、のんびり過ごしたい派の俺がのんびりできてたかは謎だなぁ。

 うーん、でもやっぱエアリスがいたおかげでのんびりできてたのかもしれん。いなかったらそもそも死んでたかもしれないしな。

 思えば結構な無茶をした気もするし。でもその無理で死んでたらのんびりできたのか? いや、死後の世界なんてあるとは思えないしな。まぁこの白い部屋が死後の世界ならのんびりできそうではあるな、なんもないから。ただそれはつまらなすぎてのんびりがのんびりにはならなくなるな。

 うーん、結局のところ今はifを考えてもしゃーないし無駄か。同じところをぐるぐるするだけだし“ウロボロスに飲み込まれちまいそうだ”。という言い回しを今考えたんだがどうだろうか?


 冗談めかしたそれに対する返事はやはりなかった。しかし努めて気にしない。


 そういえばダンジョンから肉をたくさん持ち帰れるようになったのもエアリスのおかげか。保存袋もそうだけど、そもそもステータス調整がなぁ、なんだそのチートってな。それに装備まで作っちゃうし。そのおかげでダンジョンジビエハンターなんていう職業としてあるのかもわからないような職業に就いた形にもなれた。でもどこに肉を持ってってたんだっけ。……思い出せない。


 それからログハウスを作ってひとりでダンジョンに住むようになって……あれ? ひとり……じゃないな。そんなわけはない。部屋も結構な数作ったはずだしゲームのコントローラーだって四つある。ディスプレイも四つ、リビングのテレビを合わせれば五つか。それに俺が作ったこともないような料理が勝手に出てくるし……でも俺も肉を焼いてたな。それを皿にのせて床に……俺は床に置いた皿の上で肉を犬食いするような趣味があった……? んなわきゃないな。ないない。ないよな……?


 違和感の正体が掴めないでいると不意に声をかけられた。その声は頭の中に渦巻いていたものを霧散させ綺麗さっぱり忘れさせるような声だった。


—— お目覚めになられましたね。


 声の聴こえた方を向くと、そこには首を傾げながらこちらを覗き込むようにしている女がいた。その髪は薄い金色だが毛先が薄らと青みがかっており整った顔立ちはどこか幼さを残している。白い肌に碧い瞳が映え、見ていると吸い込まれそうな気さえしてしまう。身長はそれほど高くなく悠人よりも少し低い程度。薄い布のような服をゆったりと纏ったその女が、時間を忘れたように見つめている悠人をさらに覗き込むように屈むものだから、日本人的にちょっと大きめと感じる双丘により形成された谷間が否応なしに目に飛び込んできてしまう。その引力に逆らわず飛び込んで行きたくなる衝動に打ち勝った悠人は意識をその手に取り戻す。


 はぅあっあっぶねぇ……完全に見惚れてた。で、超絶美人なあんたはだぁれ?


 こんなときでもある意味冷静な悠人。以前ならば違っていたかもしれない。もしかしたら飛び込んでいたかもしれない。ただそんな度胸があるかといえば甚だ疑問だが。

 そんな悠人に対し微笑み一つ「地べたに座ってというのも悪くはありませんが、どうぞこちらへおいでください」と言ったかと思えば瞬きの間にユーロ圏で人気がありそうなお洒落な椅子とテーブルが出現する。何の疑いも持たず立ち上がりそちらへ移動しようとするが、体が思ったように動かない。無理をして立つこともできるだろうが、間違いなくダンジョンジビエハンターから産まれたての小鹿にジョブチェンジしてしまいそうに感じていた。


—— 失礼しました。お手をどうぞ。


 介護かな? と思ったがここは素直にいこう。伸ばされた手に触れると悠人の視界が切り替わる。いつの間にか椅子に座っており、テーブルには銀色のティーポットとカップも出現していた。ティーポットの中身を注ごうと近くに来た女からふんわり良い香りがした。注がれたそれは透明な液体で見るからにただの水。


 「どうぞ」と言われ口に含む。うむ、ただの水だ。「美味しい水ですね、どこのミネラルウォーターですか?」などと聞くことは悠人には不可能だ。

 いつの間にか向かい側に座っていた女もそれを口にし「おいしい紅茶ですね」と感想を述べる。


 ん? 水だろ?


 俺の疑問に一瞬惚けたような表情をしたがすぐに笑顔になる。悠人はこれはやばい、魅力しか感じない。そう思った。


 ——いいえ、紅茶ですよ? 私を信じてもう一度飲んでみてください。


 こんな美人に「私を信じて」なんて言われてみろ。信じる以外の選択肢があるか? 答えは、否だ。

 目を閉じ、『紅茶紅茶〜』と念じながらまた一口含むと今度は口の中に甘みと渋みが調和した味が広がった。飲み下してからも後味に渋みが残っておらず、鼻を抜ける紅茶の香りが次の一口を期待させる。うむ。大人の味、だと思う。よくわからんが。わからんが、美味いな。見た目は水のままなのにそれ以外は紅茶になった。


 女は口元に指をあて笑う。目を細めるものだから白金の睫毛が強調されて余計に美しさが際立つ。そんな仕草の一つ一つが目の前の女を魅力的に見せていく要因となっているのは明らかだった。つい見惚れた悠人にその女は少し照れたように顔を俯かせてしまう。あまり見つめ過ぎては失礼かもしれない。しかし顔を横に向けたとしても目だけはその女を追ってしまう変な自信が今の悠人にはあった。

 どうしてか、目が離せない。なのでその点に関してはたとえ失礼だとしても諦めてもらう他ないのだが、無言で見つめられるのは嫌かもしれないし引き出しをフル活用して会話をしようとする。

 とはいえその内容は「綺麗なカップですね」と、そんな程度だ。引き出しは少なく奥行きも無きに等しかった。コミュ障オブザイヤーを受賞してもおかしくないかもしれない。普段なら簡単に思いつく社交辞令のような言葉が、考えても思いつかない不思議な感覚だった。


 会話が途切れ、それでも笑顔を向けてくる女に対し居た堪れなくなった悠人はなんとか話題になりそうな事を口にする。


 い、いい天気ですね!


 こんなインドアオブインドアの極致、空も見えない部屋の中で何を言っているんだろう、悠人は自分でそう思った。

 やっちまったぁぁぁと顔を俯かせていると優しい風が頬を撫でる。はたとして視線を上げると先ほどまでの白い部屋ではなく椅子やテーブルはそのままに、見慣れた20層かと勘違いするほどに酷似した“草原”にいた。しかもいい天気だった。

 目の前に座る女は「はい」と眩しい笑顔をこちらに向けていた。どういうこっちゃと思い女に対してそれを言おうとした悠人に女が先に話しそれを遮る。


 ——貴方の言葉は現在、世界の言葉です。


 はて? 世界の言葉、とは? こういう時はスマホで検索……そういえば持ってねーんだった。

 女の言葉をどう理解すればいいか、それを考えていると続けて女が話す。


 ——ここは貴方の世界ですから。


 んー。夢の世界、とか?


 ——そう思っていただいて差し支えありません。


 なんだかエアリスが見せてくれる夢みたいな感じだな?


 質問気味に言う。夢の世界と聞いてもしやと思ったからだ。もし目の前の女がエアリスであれば尻尾を出す。すぐに出す。『バレちゃいましたね!』とか言う、エアリスはそういうやつだ。

 しかしその言葉に対し、女は笑顔を向けるだけだった。流れるような所作でカップを口元まで持っていく女は、その間もこちらに笑顔を向けている。ふと女から気配を感じる。悪いものではなく、なんと言えばいいか……うずうずしている? なぜそれを感じ取ったか、おそらくエアリスが何かに興味を持った時に似ているからだろう。


 それからたわいもないものやお見合いのような初々しい会話を続けて……どのくらい経っただろう。時間の感覚というものがないように思う。草の葉を揺らす微風も一定間隔で規則的。まるで同じ場面を繰り返しているような。


 そういえば名前言ってなかった……俺は御影悠人だ。


——存じております。私は……オメガと申します。


 オメガ? ん〜、んん? アルファ……ベータ……そんでオメガ?


 ——はい。アルファとベータは私にとって……兄や姉でしょうか。ええ、たぶんそうです。


 ほほ〜ん。で? そのオメガさんが何の用で?


——それはですね……貴方と話してみたかったのです。


 そっか。おもしろい話もできなくてすまないね。


——いえいえ、ただこうやって向かい合っているだけでも私は満足ですので。


 そうなの?


——はい。悠人様はいかがでしょうか?


 いかが、とは?


——私の見た目に不足な部分はございますか?


 控えめに言って完璧。


——それはようございました。うふふ。


 手で口元を隠すようにするその仕草にすらグッときちまうぜ。いつもなら同じ状況になったとしても、とある理由から衝動的に理性が揺さぶられるような感覚にはあまりならないのだが……あぁ、ここは夢の世界っつってたな。ならしゃーないか。エアリスもよく言ってるしな、俺は夢の中ではあばれんぼうって……誰があばれんぼうか。


 まぁ夢の中でなにをしてるかっていうのは目覚めた時には忘れてるからわからないのだが、メンタルだったりいろいろなアレコレをケアをしてるんだとか。そのおかげで俺はある意味いつも賢者モードなわけだな、うんうん。“おかげ”っていうのは、そうじゃなかったら何人もの女の子と共に生活してるわけで、その状況で平気でいられるかはわからないからだ。ちなみにそんな俺が今はこんなはっちゃけてるのはなぜか、それはまぁ、夢だからだろう。夢って言えばなんでもありだと思ってるだろうって? 実際夢の中ならなんでもありだからな。それは真理と言っても過言じゃないかもしれん。……何人もの女の子? なんだか…記憶が曖昧な……



 悠人がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、オメガと名乗ったその女は何度もおかわりを薦める。悠人もそれに応じ最早何杯飲んだかわからないくらいだ。オメガがオレンジジュースと言えばオレンジジュースの味がするし、ビールと言えばビールの味がする。しかしティーカップでビールというのもなんだかおかしな気がして味の変更を希望するとお目々をパチクリさせたオメガはコテンと首を傾げるような動作をする。


——悠人様が望めば好きな味になりますよ?


 そうだ、ここは夢の中。そう思い直し何味がいいかなと思案する。悠人は基本的にお茶でも水でもコーヒーでも気にしないのだが、ふと目の前のオメガと名乗る女ではなく、エアリスに飲ませたい味を考える。


 そういえばエアリスは味覚を感じる機会があまりないって言ってたな。俺の頭の中に住んでるようなやつだし、基本的に五感は俺を通してだ。味覚もそうなんだが、主導権がエアリスにある時だけしかちゃんとは感じられないみたいだしな、つまり夢の中。となると飲み物初心者と言っても過言じゃないだろうし、やっぱまずはカルピスだろ。それでいいかな?


——どんな味がするのでしょう。楽しみです。


 むむむっと念じるようにし、カップに口をつけるとほのかに甘い香りがした。口に含めば思い通りの味がする。それを見たオメガもカップに口をつける。表情からその味を大層気に入ったらしいと思い、俺たちはその味のまま透明な液体でお茶会を続けた。


 それからどのくらい経ったか。呆けたような夢見心地のようなお茶会はティーポットの中身がなくなってしまったことで終わりを予感させた。オメガは少し残念そうな表情のまま口を開く。


——あら。なくなってしまいました。


 無限に出てくるもんだと思ってた。


——ふふっ。申し訳ありません。今はこのくらいでご容赦ください。


 たらふくいろんなもの飲めたし得した気分だよ。ほとんどカルピスだったけど。でもかなり飲んだはずなんだけど、全然たぷたぷした感じがないな。


——問題なく馴染んでいるようで何よりです。


 馴染む? 体に合う水だったってこと?


——実はただの水ではないのです。


 思っただけで違う味がする水がただの水なわきゃないわな。


——そういう意味ではなく……ふふっ、今はそれで良いかもしれませんね。


 なんだか含みのある言い方だなぁ。気になっちゃうじゃないか。


——それはまた次回にしましょう。さぁ悠人様。皆様がお待ちですよ?


 皆様? うっ……


 ズキンと頭が痛む。それは思い出せと訴えかけているようだった。


——悠人様はエテメン・アンキを攻略中でしたね?


 エテメン・アンキ……ぐぅ…


 ズキンと頭を痛みが走る。欠けたパズルのピースがひとつずつ嵌っていく。


——そして皆様と力を合わせベータの試練を乗り越えました。


 ベータ……


 ベータを斬った瞬間、ベータは……笑っていたかもしれん。


——しかしまだ終わりではありません。簒奪せし者、シグマをなんとかしなければなりません。


 シグマ……


 狂った女の声が頭に響く。それは狂気、悲哀を孕み、しかしそれが別の何かによって押し出され表面化されたものだと、今ならばわかる。


——しかし何も心配はいりません。彼の者を打倒するだけの力を貴方は持っています。


 ちから?


 体から青白い光が溢れ出す。それと同時に記憶が鮮明になっていく。


 そうだ、急に調子が悪くなったけどエテメン・アンキの6階まで行ったんだった。そこでさくら、杏奈、リナにはログハウスに戻ってもらって……ベータを銀刀に入れたらすぐ眠くなったんだった。……みんなは無事なのか?


——はい。皆様楽しそうですよ。ほら。


 オメガが中空へ向けて手をひと撫でするとそこに悠人を膝枕して髪を撫でる香織、その香織の背を支えるように丸くなっているチビ、クロのお団子ヘアーを直してあげている悠里、その様子を楽しげに眺めるフェリシアが映し出される。右下のワイプにはそれを見ているであろうゴブ姫とゴブリンたちが映っていた。


 帰らなければ。

 そのための手段など一考もせず漠然と思った。しかし実際今なら思ったままにできそうな気がする。

 するとそれを感じ取ったのか、オメガは寂しそうな顔をする。


 一緒に来るか?


 一瞬驚いたように見えたがすぐに困ったような表情に変わる。そして「今はまだ」と前置きしてから続ける。


——しかし私は常に共に在ります。あっ、そうです、これをお持ちください。きっとお役に立てるかと。


 そう言って握られた悠人の手には淡く光を放つ小さな青い宝玉があった。しかしそれはすぐに手の中に吸い込まれたように消えてしまう。それでも悠人には、何かを“貰った”気がしていた。


 次の瞬間にやってきたのは、別れ際のなんとも言えない微妙な空気感である。

 学生時代に気になっていたあの子と帰り道が一緒でなんとか引き伸ばそうとはしたものの門限が迫り仕方なく別れなくてはならない夕暮れ時の感覚だ。とは言っても悠人にそんな経験はない、あくまで雰囲気だ。悠人は普通に『俺あっちだから、ばいばーい』と言えてしまうやつなのでそういうのはわからなかった。よってこれがある意味の初体験かもしれない。

 悠人は別れ際の言葉を少し考えてから言った。そして変だとは思ったがなんとなくこれが正しいと思った言葉を伝える。


 じゃあ……そうだな、また来る。


——はい。その日を心待ちにしております。いってらっしゃいませ。


 その言葉を聞くと辺りが真っ白になり悠人もその光に飲み込まれていった。


 

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