日常 03
「先程は助けてくれてありがとうございました」
センリ達に助けて貰ったコハクは、センリの紹介で街外れにある店に来ていた。
「気にしないでください。帰り道でも魔物がいたら倒す。それだけです」
式利がコーヒーに二袋目の砂糖を入れながらそう言う。
「くくく、式利よ。気取っている様だが、相変わらず苦いコーヒーは嫌いなのだな」
竜使いの少女ことアルスフォードが、式利を挑発するように笑う。
「そういうアルはそもそもコーヒー飲めないでしょう。人の事言えないです」
「なっ、馬鹿にしたな!?」
「えっと、センリさん? 二人が喧嘩してますけど・・・」
「ああ、気にしないでいいよ。二人なりのコミュニケーションなんだ」
何故か、子供の成長を見守る親の様な顔でシキリとアルスフォードを眺めているセンリ。
「センリさん、やっぱり今からでもこの子は別の班にしてもらうべきです」
式利がアルスフォードを指差す。
「ふん、またそういう事を! どれだけセンリを独り占めしたいのだこの淫乱は!」
「馬鹿にしないでください。私はセンリさんの事を世界一尊敬している。けど恋人になる事が目的で一緒に居る訳じゃない。淫乱だとかそういう発想に至るアルこそ淫乱です」
「なっ!? わわわ、我が淫乱だと!? 馬鹿にして・・・! もう許さんぞ!!!」
アルスフォードが、懐からカードを取り出す。
「あ、あの!? これやばいんじゃ!?」
「失礼します。こちらケーキのサービスです」
アルスフォードがカードを振りかざした瞬間、店員の女の子がケーキを持って現れる。
「わぁー! ケーキだ!」
テーブルにケーキが置かれた瞬間、アルスフォードの戦意は何処かへ吹き飛んでいった。
(アルスフォードさんって、こんな子だったんだ・・・)
コハクの中で、アルスフォードという少女は戦いに飢えた恐ろしい少女というイメージがあったのだが、こうして見ると、年相当の元気な女の子なのだと、そう感じた。
「あれ? 雪妃さんがお店の手伝いなんて、珍しいですね!」
フローラが店員の女の子にそう声をかける
「そう? 一人体調を崩しちゃったみたいでね。代わりに私が手伝ってるの」
その店員は、コハク達よりも幾つか若いだろう黒髪の美人な少女である。
・・・綺麗な子だ。コハクはそう思わずには居られなかった。
ふと、コハクが少女に見とれていると、少女と目線が合ってしまった。
どきりと心臓が跳ねて、コハクは思わず目を逸らす。
「何かご注文ですか?」
コハクが注文を頼もうと思ったのだろう、少女はコハクに尋ねる。
「あ、いえ! なんでもないです!」
コハクが動揺した様子で答えると、少女は「そう? わかったわ」と言い、裏へ戻っていく。
そのコハクの様子を見て、フローラは柔らかく微笑む。
「ふふふ。美人ですよね、雪妃さん。コハクさんもそう思います?」
「え!? えっと、そうですね。綺麗な子ですね」
「なんだか、コハクさんは恥ずかしがりやで可愛いですね」
「なっ、からかわないでください・・・」
そう言いながらも、コハクは頬を赤く染めた。
「にぎやかだと思ったら、センリさん達でしたか」
コハク達が雑談していると、フロアの奥からかつかつと音を立てて一人の青年が現れた。
青年の片足は義足で、杖を突いている。
「よう、カノール。調子はどうだ」
「変わりなしですね。そちらの方は新人さんですか?」
「あぁ。彼はアルスフォードと同時に来た異界人のコハクだ」
「そうでしたか。私はこの店のマスターをやっているカノールと申します。どうぞよろしく」
「コハクです。よろしくお願いします」
礼を交し合う、コハクとカノールの二人。
「こう見えて、私も少し前は兵士をしていてね。まぁ、見ての通り今はもう戦えないのだけども」
カノールは、笑いながら義足をカツカツと軽く叩く。
「事故、ですか?」
「まぁ、そんな所です。この脚はね、魔物に食われたのです」
「えっ」
先程魔物の大群に襲われたのを思い出し、寒気を感じるコハク。
もしもセンリ達が助けに来ていなかったら、自分もこうなっていたのだろうかと思うと、身体が震えてしまうのだ。
「本当に、魔物は気を付けたほうがいい。油断してはいけません。危険だと感じたらすぐに退くのが良い」
「・・・実は僕も今日魔物に襲われて、センリさん達に助けてもらったんです」
「そうだったのですか。コハクさん、それは大変でしたね」
「はい。もしセンリさん達が助けてくれなかったら、死んでたかもしれません」
「それはそれは、間に合って良かったです。しかし、センリさんも相変わらず人助けが得意だ」
「当然です。センリさんなんですから」
突然、式利が自慢げな口調で会話に入ってくる。
「なに、俺は大した事はしてないさ」
そしてセンリがそう付け足す。
「謙虚ですね。少なくとも、センリさんがいなければ、私はもっと酷い生活をしていたことでしょう」
「カノールさんも、センリさんに助けてもらったことがあるのですか?」
「ええ。丁度、脚を失くした頃です。兵士でなくなった私は、行き場が無くなり街を彷徨いました。
脚が不自由な、ましてや異界人の男である私が働ける職なんてのは殆どありませんでしたから、これからどう生活しようか困ってましてね。
そんな時に出会ったのがセンリさんでした。この店は、センリさんの御蔭で出来たのですよ」
「へぇ、そんなことが・・・。あの、こんな事聞くのも失礼ですが、やっぱり異界人って嫌われてるんでしょうか?」
「あぁ、言うならば両極端ですよ。活躍した者は英雄視される。
けど、そうでない者はあまり良い目で見られない。
ましてや私の様に使えなくなった者は、とても立場が悪いのですよ。私は運が良かった」
カノールはどこか困った様な顔を浮かべたが、けれどそれをかき消すように笑う。
「街には反乱者と呼ばれる者達が、人目を避けて暮らしていてね。
名前を聞けば少し物騒ですが、ようは盗みを行わないと生活していけない者達です。
兵士になれず、街にも居れなくなった異界人は、大抵彼らの元に流れ着くのですよ」
「・・・そんなに、立場が悪いんですね」
「ええ。一応、国は生活が困難な人々を助けようとはしてるみたいですが、しかしまずはヴァーリア国民が優先です。まぁ、しょうがない事ですね。
元々、この世界で魔法を扱える者は珍しかったのですが、しかし異界人の多くが、強い魔法や超人的な力を備えていたのですよ。なので、異界人は恐れられる存在になってしまった」
「不思議なものだな。なぜ魔法を怖がるのだ? 力が無ければ敵を倒せないではないか。そうしたら、常に敵から襲われるのだぞ。その方がよっぽど恐ろしいではないか」
アルスフォードがそう問いかける。
「アルは考えが単純過ぎる。というか、怖いです」
それにシキリがツッコミを入れる。
「確かに、アルスフォードさんの言う事は正しいですよ。だが人は論理的は発言は出来ても、その本質が論理的とは限らない。その論理の根本はとても利己的で感情的なものかもしれない」
そう言うと、カノールは隣のテーブルに置かれていたナイフを、魔法による念力で掴んで手元に引き寄せた。
「ヴァーリア国でもっとも殺人に使われている物は、魔法ではなく包丁やナイフです。それらは身近なもので手に入りやすいですからね。でも不思議ではありませんか? つまりそれは、魔法を扱えない一般人でも簡単に人を殺せるという事ですからね。
もしかしたら、通りすがった人が鞄に刃物をを隠し持っているかもしれない。レストランで肉を捌いている調理人が、突然その包丁を客に向けるかもしれない。けど、皆はそうならないとわかっている」
カノールは手元でナイフを数回回してみせると、静かにテーブルへと置いた。
「では、どうして異界人は突然魔法を人々に向けると、異界人は危険だと言われてしまうのか。
包丁の方が魔法より人を殺していると言われても、何故変わらないのか。シキリさんの言うとおり、人はそう単純ではありません。言葉で人を変える事はとても難しい」
「うーむ、本当に難しいな。我らは人々の為に魔物を倒しているのに」
「え、そうなのですか? アルはただ戦うのが好きなだけかと思ってましたが」
「我だってそんな単純じゃないんだぞ!」
「ふふふ。やはりセンリさん達がいると難しい話をしても明るくなって良いですね。アルスフォードさんが来てからはなおの事活気があって良い。そうですね、折角ですから、何か明るい話をしましょうか」
「あっ。私、面白い話題を持っています」
シキリがすっと挙手する。
「アルの下着が意外と可愛らしい」
「ぶっーーー!!! な、な、そんなものいつ見た!?」
「アルがヴァーリアに来た初日です。何があったのか知らないけど、カギツキ隊長の部屋からすっ飛ばされてて廊下を転がってた時、ピンクの縞々が丸見えでした」
「あっ、それ僕も見たかな・・・」
恐らくそれはアルスフォードがカギツキに喧嘩を売った時の事だろう。
あの時、コハクはこれかどうなるのかという不安と、カギツキの威圧感にとても緊張していたのだが、
そんな状況でもはっきり見えてしまうくらいには、アルスフォードの下着は丸見えであった。
「あああ!!! 少年にまで見られてたのか!? くっそう!!!あのカギツキとかいう奴、許さんぞ!!!」
羞恥からなのか怒りからなのか、顔を真っ赤にするアルスフォード。
「アルの世界にピンクの縞パンなんて可愛らしい物があるのは意外です」
「な、な、悪いかぁ!!!」
「あー、でもそうだよな。アルの世界って、魔法が発展してる超ファンタジーな世界らしいし、縞パンなんてそんなヒロインのテンプレみたいな下着あるんだなーって思うよな」
「せ、センリまでそんな事を言うな! あったら悪いのかー!!!」
叫ぶアルスフォードの後ろに、式莉が忍び寄る。
「・・・はい」
そして、忍び寄った式莉はアルスフォードのスカートを捲り上げる。
「ぎゃー!!!」
皆の前で下着を晒されたアルスフォードの叫びが、店に響いた。