本命 02
「良かった、アリア。これでようやく、君を元の姿に戻してあげられる」
ユークリウッドは、カミノの死体から魔神具のマスターキーを取り上げる。
その力で、アリアの身体を取り戻す為に。
ユークリウッドは自身の手でアリアという少女を殺した。
しかし彼は、彼女は魔力という形でまだ生きていると信じていた。
彼が飢えを恐れるのは、自分の中にある彼女の魔力を消化してしまう事で、彼女を失ってしまうと考えているからだ。
実際には、アリアが魔力として生きているなんて事はありえないのだが。
彼にとってはその妄想だけが支えであった。
しかし、その時。
ユークリウッドが手に持つマスターキーが、突然砕ける。
「何? これは・・・?」
砕けたマスターキーの結晶は、光の粒子となり消滅していく。
「魔法か? いや、しかし・・・」
カミノは間違いなく死んでいる。
彼女が魔法でなんらかのトリックをかけたとは思えない。
そして、ヴァーリアの姫は影武者ではなかった。
身代わりの魔法に詳しいカミノが、何も言わなかったのだ。
間違いなく本物だろう。
「何・・・だ?」
だが、異変はそれだけではない。
壁が、床が、天井がぐりゃりと歪む。
王宮の一室が、灰色の何もない空間へと姿を変える。
「まさか、もう王宮の中に進入されているなんて」
そこには、一人の赤いツーテールの少女が立っていた。
ヴァーリア最強の剣士、シンキである。
見た瞬間、ユークリウッドは彼女が相当な力を持つ者だと感じた。
今まで嗅いできた魔力の匂いとは、まるで違うのだ。
ユークリウッドは、カミノから受け取っていた魔力を増幅させる結晶を取り出し、それを握り潰そうとした。
しかし、そこで身体の異変に気が付く。
「これは・・・本当に、どういうことだ・・・?」
ユークリウッドの左腕。
彼が異質である事の象徴とも言える異形の腕が。
普通の人間の腕に変わっていたのだ。
「何故・・・?」
ユークリウッドは腕を動かして感覚を確かめるが、紛れも無く自分の腕である。
「アンタの様な、恐ろしい殺人犯でも、そんな不思議そうな顔するのね」
「何をした、貴様・・・?」
ユークリウッドは腕を黒い刃に変化させ様とするが、しかし。
腕が刃へ変化することはない。
「今のアンタはね、もうただの人間よ」
「何?」
ユークリウッドは自身の腕、そして周囲を見渡し、この不可解な現象を探る。
「しかし流石はカミノだわ。この王宮の進入経路も、防衛の仕組もここまで把握してるなんてね。
けど、昔とは違う部分も沢山あるってことよ」
シンキは懐から、輝く結晶を取り出す。
それは、マスターキーと良く似ていた。
「驚いた? この部屋がね、既に"魔神具"なのよ。今みたいなもしもの為の備え。
もしコレをカミノが見たら、卒倒してたんじゃないかしら?
せっかくなら見せてあげたかったのに、残念だわ」
魔神具・レベリレーヴは本来なら、王宮の真隣にある建築物の、その内部でしか効果を発揮出来ない。
起動する為にも、大量な魔力を必要とする為、普段は使用できない。
しかしその力の一部を、王宮でも使える様に改良していたのだ。
常にその全ての力を行使出来る訳ではないが、それでも、他の魔法よりずっと強力だ。
「さっきアンタが殺した姫様は、魔神具が生み出した姫様よ。
知ってるでしょ? 魔神具の中では、どんな事でも思い通りになる。
本物と全く同じ影武者を作る事も簡単に出来る」
「・・・そうか」
魔神具で生み出された影武者を、偽物だと見破る事は不可能だろう。
何故なら、それは紛れも無く本物と同一なのだから。
魔神具の範囲内でしか存在できないが、髪の毛から細胞の一つまで、全て本物と同一に創造されているのだから。
「今頃、本物の姫様は、ディナーを楽しんでいる頃ね」
シンキが剣を抜く。
そして、シンキの姿がユークリウッドの視界から消えたかと思った瞬間。
銀色の刃がユークリウッドの身体を貫く。
「つまりここは、アンタらをおびき出す為の籠よ」
「ぐ、ッ・・・!!!」
ユークリウッドの身体が霧に変化することはない。
剣に貫かれた傷から、血が流れ出す。
「消えなさい、この殺人鬼―――」
シンキが呟く。
ユークリウッドは自身を貫いている刃に掴みかかり、引き抜こうとするが。
しかしその身体は、光の粒子となって消滅していく。
シンキの操る"魔神具・レベリレーヴ"が、ユークリウッドの存在を消滅させる。
「なっ・・・アリ、ア・・・」
やがて、ユークリウッドは跡形も無く、消え去った。
シンキは一息吐いて、剣を鞘に収める。
「さて、と」
シンキはマスターキーと良く似た結晶を手に取り、魔神具を操る。
不要となった灰色の空間を、完全に消滅させるのだ。
シンキの周りの空間が、光の粒子となり砕けていく。
カミノの亡骸も、ヴァーリア姫の影武者も、全て消えていく。
そうして空間の全てが消え去ると。
そこは、何事も無かった、元のヴァーリア姫の部屋であった。
その部屋には、ユークリウッドも、カミノも居ない。
剣を握るシンキ一人だけが、立っていた。




