ヴァーリア国と英雄 03
「待て、そっちの少年。お前は残れ」
カギツキの話が終わると、アルスフォードは兵士連れられて退出したが、しかしコハクはカギツキに呼び止められた。
「は、はい・・・」
コハクは恐る恐るカギツキの前へ戻る。
「確か、コハクと言ったか」
カギツキは変わらず鋭い目線でコハクを見る。
「出身は日本か。その様子だと、戦闘の経験はあまりなさそうだな」
「は、はい。戦闘の経験は、ありません・・・」
「そうか。では魔法を使用したことは?」
「えっと、僕の世界にその様なものはなかったので」
「戦闘も魔法も未経験か」
カギツキは溜息を吐きながら、並べてある剣や槍の中から一本選んで手に取ると、それをコハクへ投げ渡した。
「うわわ・・・」
コハクは慌ててその刀を受け取とる。
「それは訓練に使用する模擬刀だ。刀身に特殊な加工をしてある」
見ると、その刀身はゴムの様な素材で覆われている。
「その刀を構えろ。そこにいるシンキがお前の相手をする」
そして、カギツキは唐突にそう告げた。
「えっ、え? 相手をするって、戦うということですか?」
「そうよ。大丈夫よ。この剣なら強く打たれても骨が折れたりはしないわ」
壁に寄りかかっているシンキが、模擬刀の感覚を確かめる様にくるくると回しながらそう言う。
コハクが困惑していると、まるで舞台演出のスモークの様に、床から虹色の眩い光の粒子が湧き上がる。
「・・・っ!? な、なにこれ!?」
「落ち着きなさい。害は無いわ」
そしてその虹色の光は、コハクとシンキの身体を覆い纏う。
「練習試合用の結界よ。これに守られてる限り、剣で斬られても魔法で撃ち抜かれても傷ひとつ付かない。まぁ、まともに食らうと打撲はするでしょうけどね」
模擬刀を片手に握るシンキが、一歩づつコハクに近付く。
「もっとも、結界なんて無くても私にはかすり傷一つ付けれないだろうから、遠慮せずに全力で打ってきなさい」
(もう、何が何だかわかんないけど・・・!)
覚悟を決めて、コハクは模擬刀を構えた。
「経験がないと言う割には、構えはまぁまぁ様になってるわね」
シンキが僅かに笑う。
その瞬間、刀を握るコハクの手に衝撃が伝わった。
一瞬の内にコハクの構えは崩れ、刀が弾かる。
「けど反応は遅い。これで一本」
シンキの朱いツーテールの髪がふわりと揺れ、コハクの首元に、模擬刀の刀身が突き立てらる。
「え、え?」
コハクには、シンキが目で捕えられない速さで動いた事しか理解出来なかった。
「まぁ、こんなものか」
カギツキが冷めた目で二人の試合を眺める。
「さ、もう一度。今度はあんたが攻撃してきなさい。守ってばかりじゃ敵を殺せないわよ?」
コハクを挑発するシンキ。
「ぐっ・・・」
コハクは模擬刀を握り直し、そしてシンキへと刀を振り下ろす。
当然ながら、シンキはコハクの一撃を刀で受け、軽く弾き返した。
コハクは続けて縦に、横にと刀を振るうが、シンキは涼しい顔でそれを捌いていく。
攻撃しているのはコハク側であるにも関わらず、シンキはそれを受け止めて押し返し、逆にコハクを壁に追い詰めていく。
(っ・・・! 剣を振るう力が違いすぎる・・・!)
「もう疲れてきた? 剣の振りも遅くなってきたし、攻撃に重みもないわ」
コハクの攻撃を、片手で捌くシンキ。
「最近座りっぱなしだったのでっ! 運動不足なんですよ!」
「そう」
シンキがコハクの刀を受け止め、強く押し返す。
態勢を崩したコハクへ、私の番とばかりにシンキは刀を振るう。
「っ、ぐっ!?」
模擬刀の柔らかい刀身が、コハクの胴体を捕える。
痛みは感じない。
しかし、コハクは腹を押し付けられる様な鈍い衝撃を感じた。
「はぁ、はぁ・・・」
「さぁ、剣を構えなさい。続きをはじめるわよ」
ヒュン、とシンキが軽く刀を振るう。
「うっ・・・!」
シンキの振るう刀が、コハクの刀を叩く。
軽く振るわれた一撃でも、コハクは反応するのがやっとであった。
(ぐぅ・・・!!! これがもしも主人公だったら、こういう時って何かスゴイ力に目覚める展開なんじゃないの・・・!?)
シンキが続けて刀を振るう。
早く正確な剣筋だが、それが明らかに手加減されている事はコハクでも分かった。
(せめて、一発でも・・・!)
これは練習試合である。
負けても失うものはないだろう。
だが、だからといって、ここでただ打ち倒されて終わるのは違うだろうと、コハクは思った。
「・・・ッ!!!」
コハクが刀を振るう。
力の込めた一撃だが、シンキと比べれば明らかに素人の剣筋だろう。
先ほどと何も変わらず、シンキはそれを刀で受け止めた。
「・・・ん?」
だが、その時シンキが声を漏らした。
「これは・・・」
そして何が起こったのか、シンキの身体を纏っていた虹色の粒子の結界が、コハクの握る刀に吸われて消えていく。
それだけでなく、さっきまで力負けしていたコハクの刀が、シンキを押し返し始めた。
「・・・なるほど、だからカギツキ隊長が呼び止めたワケね」
コハクと鍔迫り合いながら、シンキはそう呟いた。
(一体、何が起きているのかわからないけど、これなら・・・!!!)
これならいけるかもしれないと。そう感じたコハクは、もう一度力の限り刀を振るう。
しかしその瞬間。
タタン、とリズムの良い音が響いた。
「えっ? ・・・う"っ!?」
コハクが気がついた時には、握っていたはずの刀は遥か向こうの床に落下しており、そしてシンキの握る刀がコハクの胴体を打ち付けていた。
コハクが刀を振るったその一瞬の内に、シンキはその刀を弾き飛ばし、そしてガラ空きの身体に一閃を加えたのだ。
「・・・シンキ、そこまでだ。もういいだろう」
カギツキがそう言うと、シンキは刀を構え直して姿勢を正す。
「コハクよ。何故私がお前を呼び止めたのか分かるか?」
「・・・い、いえ。分かりません」
突然、カギツキがそんな問いを投げかけるが、コハクにはその意図がわからなかった。
「私の隣にいる彼女の名はクレイス。とても優秀な魔術師でな。彼女にはお前達がこの部屋に入った時からずっと、魔力の適正を調べてさせていたのだが」
そう紹介された魔術士の女性は、カギツキとは違い柔らかい表情でコハクに微笑んだ。
「ど、どうも・・・」
クレイスへ会釈を返すコハク。
「彼女が調べた結果、どうやらお前には特殊な力が備わっているらしくてな」
「特殊な力・・・ですか?」
その台詞に、コハクは胸が高鳴るのを感じた。
コハクの知っている異世界転生の物語に、同じ様な展開の会話があったからだ。
「あぁ。これは、ヴァーリア国の伝説の一つだが」
改まって、カギツキは話を始めた
「その昔、死竜という邪悪な魔物が現れ、次々と人々を喰らっていった。戦士も、そうでない者も、女、子供すら食われ、国が滅びるかと思われた時。一人の剣士が現れた。彼は無限とすら思われる膨大な魔力で死竜を追い払い、国を救ったと言われている。
その英雄の力は「魔創」と呼ばれ、そして英雄が亡くなった後も、ヴァーリアでは数百年に一度「魔創」を持つ者が現れる様になった」
「えっと・・・僕の特殊な力って、つまり」
「あぁ。コハク、どうやらお前はその英雄の力を持っているらしい」
「え?」
コハクは一度気持ちを落ち着かせ、カギツキの言った言葉を頭の中で繰り返す。
お前は英雄の力を持っている、と。
「えっ、ま、待って下さい! 僕にそんな大層な力があるのですか!? 僕は戦いに出たこともないですし、身体も華奢ですし、運動も苦手なのに」
「魔法の強弱や適正に身体能力は関係ない」
カギツキがコハクを睨む。
「だが。正直言って、お前の様な未熟な異界人に英雄の力が備わっているのは、非常に残念だがな」
カギツキの不機嫌そうな声色に、コハクは口を紡いだ。
「しかし持ってしまったものはしょうがない。お前のその力が、この国に平和と繁栄をもたらす事を期待している」
(とは言われても・・・)
コハクは苦笑いを浮かべた。
しかし、もし本当に自分に「英雄の力」とやらが備わっているのであれば。
(僕は、特別な能力を授かった、物語の主人公・・・かも?)
そう思うと、コハクはなんだか少し、心が躍るのであった。