しがらみ
木製の天板に鉄パイプの脚で作られた一般的な机と椅子が、教室に並んでいる。
その一つにコハクは腰掛けていた。
周りではクラスメイト達が、昨日のTVの話をしたり、焦って宿題を解いていたり、トランプをして遊んでいたりしていた。
コハクには、学生だった頃に決めたルールがある。
余計な話をしてはいけない。
周りから馬鹿にされるだけだから。
少し仲良くなったからと言って、気安くおしゃべりはするな。
口は災いの元だから。
それは、学生生活を平和で円滑に過ごす為に決めたルールである。
もしも自分が物語の主人公なら、あいまいで、主体性が無くて、情けない奴だろうと、コハクは自分でそう思った。
だが、それで十分だと、何事も無く荒波を立てずに平穏に過ごせれば良いと、それで十分だと、自分に言い聞かせていた。
***
「コハク」
カギツキの鋭い声が、コハクを現実へと引き戻す。
一瞬でクラスメイトと教室の景色が消え失せ、コハクの前には、席に着いたカギツキの姿が現れる。
「最近、街の警備に就いているそうだな」
「は、はい。その通りです」
カギツキがいるこの部屋は、相変わらず居るだけで重く潰されそうな雰囲気に包まれている。
コハクにとっては、クラスメイト達に囲まれた教室も、結構な緊張感を感じる場所ではあったが、軍隊長が居るこの部屋は、その数倍は重く冷たい空間であった。
「お前を推薦した式利は、警備の任務も経験になるから必要だと言っていた」
コハクは、そのうちこの機会が来るだろうと覚悟をしていた。
街の警備は、外で魔物を狩るよりもずっと楽な任務である。
"英雄"の力を持つコハクがいつまでも街の警備ばかりしている事を、カギツキが許す訳がないのだ。
「確かに、彼女の言う事も一理あるかもしれない」
だが、カギツキの口から出た言葉は予想よりも柔らかいものであった。
「・・・あ、ありがとうございます」
コハクは、プレッシャーで詰まりそうだった喉から息を吐いた。
しかし、コハクを見る彼女の目付きは、少しも安らぐ気配は無い。
「丁度いいタイミングだと思ってな」
カギツキは机から一枚の書類を手に取ると、それを念力でコハクの前まで飛ばす。
「もう知っているかもしれないが、例の殺人犯がまた活動を始めた。しかも、奴は北の街に移っているらしい」
コハクに渡された書類は、ここ数日で起きた殺人事件に関するものであった。
「これ以上、奴を野放しにする訳にはいかない。壁外の魔物共を倒す事も重要だが、今は街の警備を増やし、一刻も早く奴を消し去る事が最優先だと、軍の会議で決定した」
コハクは、一度緊張が緩んだ身体が、また寒気で震えるのを感じた。
カギツキに「その殺人犯を倒せ」と命じられると思ったからだ。
「コハク。お前には引き続き、南の街の警備に就いてもらう」
だがカギツキの命令は、またしてもコハクの予想とは違うものであった。
「担当してもらう場所は"南第4地区"と呼ばれている街だ。北の街へ警備の人手を割く為の埋め合わせだ」
「・・・はい。了解しました」
南第4地区という場所は、コハクも一度警備に就いた事がある。
反乱者が多く住んでいる、あまり平穏とは言えない街だ。
「それと、もう一つ話がある」
カギツキはおもむろに席から立ち上がると、重々しい足取りでコハクの前へ出る。
「式利は、お前が街の警備就ける様にと、わざわざ私の元まで頼み込んで来たんだ」
「・・・えっ?」
ここまではまだ軽く感じていたカギツキの威圧感が、その台詞と共に、突然コハクへと圧し掛かる。
それは、下手な罵倒よりもずっと重いプレッシャーに感じられた。
「くれぐれも、ヘマをやらかして彼女の顔に泥を塗らない様にする事だな」
「・・・はい」
さっきまでコハクは、もしかしたらカギツキは自分を認めようとしているのではないか? という期待を感じていたが、彼女の表情を見てそれは違うと感じた。
今はまだ自分を責めるタイミングではないだけなのだと、コハクはそう察した。




