人を殺す事は
この世界には、魔法具と呼ばれる道具がある。
例えば、兵士達の連絡手段として欠かせないマジック・デバイスなんかがそうであり、簡単に言うならば、それは"魔力"を原動力に動く機械の様なものである。
基地の一室にて。
一人の少年兵士と、剣士の青年と魔術師の少女の二人組が練習試合を行っていた。
その様子を、2人の魔術師と、そしてカグリが見守っている。
カグリは詰まらなさそうな様子で、床に胡坐をかきながら、飲み物の入ったコップに口を付けた。
彼らが練習試合を行うこの部屋自体もまた"ひとつの魔法具"であり、兵士達の身体を保護する結界を展開している。
その為、魔術師の少女が放つ眩い光の弾丸が、剣士の青年が振るう模擬刀が、いくら少年の身体を叩きつけようと、その身体を貫くことも、骨を折る事も無い。
だが、全く痛みを感じない訳ではない。
重い攻撃を受ければ身体はぐらつき、脳は揺れ、何度も打ち付けられれば打撲が出来る。
「ぐぎッ・・・!」
少年は、剣士と魔術師の二人組から容赦ない攻撃を浴びせられ、転がる様に床へ倒れこんだ。
ただでさえ二対一の不利な試合なのにも関わらず、少年に与えられた武器は刃渡りの短いナイフ一本だけであったのだ。
「ほらほら、グダってないで早く起きろー」
カグリが少年へヤジを飛ばす。
「なぁ」
カグリはゆっくりと腰を上げると、床に倒れこんでいる少年へと近付く。
そして、カグリは手に持っていたカップを、少年に投げつけた。
普通であれば、少年にぶつかったカップは割れて砕けるだろうが、結界の影響で、カップは割れずに床に転がった。
「お前さぁ、相手を"殺す"って気持ちが足りないんだよ。殺意だよ、殺意。そんなんで反乱者共と戦って殺せるのか?」
カグリはそう吐き捨てると、床に落ちたカップを拾う事もせず、元いた場所へと戻り腰を下ろす。
「ぐぅっ・・・」
少年はナイフを握って立ち上がると、もう一度、相手である二人の前へと立つ。
合図も無く、再び剣士の青年が模擬刀を振るい、魔術師の少女が眩い魔法の弾丸を放つ。
二人組の攻撃に容赦はない。
練習試合とは思えない程に、二人の顔は真剣で、動きは激しく切迫していた。
少年は、それが殺意の違いなのだと感じた。
そこへ。部屋のドアが開き、紅い髪をツーテールに結んだ少女・シンキが現れた。
「おやおや、誰かと思えばシンキサマかい」
思わぬ来客に、試合をしている三人の動きが一度止まるが、カグリが「そのまま続けろ」と言うと、直ぐにまた攻撃が始まった。
試合は相変わらず一方的で、少年の持つ刀身の短いナイフでは、リーチの長い模擬刀相手に攻撃する隙すら出来ず、魔法弾を防ぐ事もままならない。
「・・・何? この試合は」
あまりに一方的な試合を見て、シンキはそう呟く。
「何って、対人の訓練をしてるのさ。カギツキたいちょーに命令されたんでね」
「えぇ、それは知っているけど」
二対一の試合や、あえて不利な武器での訓練も、別におかしい事ではない。
だがこの試合を見て、シンキは明らかに異様だと感じた。
一方的過ぎる事もそうだが、二人組の兵士達の容赦ない攻撃もだ。
「それでシンキちゃんよぉ? ここに来たって事は、私に用事でしょ?」
「・・・えぇ。例の殺人犯の件よ」
「あぁ、やっぱりね。最近、動きが無いみたいだけどなんかあったの?」
「昨日 殺人事件が起きたの。現場の状態から、恐らく奴の仕業だと推測されているのだけど・・・」
「けど、なんなのさ、シンキちゃん?」
「殺人の起きた場所が、北の街なのよ。わかる?」
以前、事件が起きたのは、全て東の街の領地内であった。
殺人犯が一つの場所に留まらず、場所を移す事は別におかしい事ではないが、しかし東の街から北の街までは、ちょっとした散歩で行き来出来る様な距離ではない。
「私らを警戒して、住処を変えたか」
「そういう事でしょうね。あんたがあの殺人犯と遭ってから、奴の行動は明らかに慎重になってるわ」
「へぇ。ただのイカレた殺人鬼かと思ったけど、それなりに頭は回るって事か」
虹色の光が何度か瞬き、炸裂音が鳴る。
そして再び、少年が床に堕ちる。
「あーあ、よっこいせと。ちょっと席外すよ、シンキちゃん」
カグリはまためんどくさそうに立ち上がると、床に寝転がっている少年へと近付く。
「・・・もしも、今。目の前の相手が反乱者だったらー」
カグリは少年に顔を近づけると、粘つく様な声色でそう言う。
「無様に弄られたお前は、金や衣服を剥ぎ取られ、下手すりゃ家畜のエサにされる」
カグリは少年のナイフを手に取ると、それを少年の頬に突き付けた。
「ひっ・・・」
「そして、お前の家族や大切な人も、同じように殺される」
カグリはナイフを握った手を振り上げると、少年の顔の真横へ、勢いよくそれを振り下ろした。
「・・・わかってんのか?」
刃物と床を護る結界が衝突し、甲高い音が鳴る。
「ハイ。それじゃ、がんばれ少年」
カグリはゴミを捨てる様に、少年へナイフを投げ渡した。
「それじゃあ問題だ、シンキくん」
カグリは、ステージに立つ芸者の様に、ぐるりとシンキの方へと身体を向け直す。
「人が人を殺そうと決意する時。そのきかっけになるのはどんな感情だと思う?」
「・・・はぁ?」
突然振られた質問に、シンキは困惑した。
カグリという人物は、基本的に何処かおかしく、読めない性格をしている。
対照的に、シンキは場を乱す事は嫌いであり、その為かシンキはカグリの事を好んではいなかった。
「・・・殺人の要因には色々あるだろうけど、あえて言うなら"怒り"かしら」
「"怒り"ねぇ。まぁ、常識的な答えだよねぇ」
言いながら、カグリは三人の試合を眺める。
剣士の青年が振るう模擬刀の一撃を、少年は片手を使って受ける。
「ぐっ・・・!」
少年は腕に鈍い痛みと衝撃を感じ、長時間正座していた時の様なしびれを感じが、しかし無理やり身体を動かし、怯むことなく青年の懐へと突っ込む。
「ッ!?」
そして、青年の脇腹へナイフを突き刺した。
「がっ・・・!?」
反撃に怯む青年を盾に、少年は魔術師の少女へと一気に接近する。
予想していなかった行動に、少女の行動には一歩遅れが出たのだろう。
その差で、少女が魔法を放つよりも早く、少年は少女の腹部へとナイフを突き刺した。
「うっ、ぐぅぅぁぁぁ!?」
少女が苦しそうな声を上げる。
「・・・え、な、なんで?」
少年が戸惑うのは当然だろう。
「これって・・・血?」
これは練習試合のはずなのに、ナイフは真っ赤に染まっていて、刺された少女の腹部からは血が流れているのだがら。
「ハイ! ほら応急処置班は早く手当に向えー! ほら急げー」
カグリは近くで待機していた二人の魔術師の肩を叩いてそう命令する。
二人の魔術師は負傷した青年と少女の元に駆けつけると、無表情で治療を始めた。
「カグリ!!! これはどういうことよ!? 結界が機能してないじゃない!!!」
流石に見ていられなくなったシンキが、カグリに掴みかかる。
「えー? 結界ならちゃんとしてるよ? 大丈夫だって。死ぬ程の怪我はしない様にしてるからさぁ」
「大丈夫って・・・! そんな訳ないでしょ!!! こんなやり方、認める訳にはいかないわ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれたまえ、シンキちゃんよぉ。私だって仲間達に殺し合いさせる趣味はないんだって」
カグリが軽い調子でシンキの手を解く。
「ところで。それじゃあ、シンキくん。さっきの問題の答えを教えてあげようか」
そして、相変わらずのへらへらとした口調でそう続ける。
「人を殺そうと決意する時のきっかけっていうのはね。"理不尽さ"だよ」




