狂う者たちは
その部屋の中は、血の匂いで充満していた。
Sランク兵士のカグリは、その部屋に立つ殺人鬼の青年を睨みつけ、そして嫌らしい笑みを浮かべた。
「アンタのその腕、何? まじで気持ち悪いんだけど! どうしたらそんな風になんの?」
カグリは床に散乱した肉片を踏みつけながら、部屋の中へと入る。
「人体実験の失敗作とか? それとも人間と魔物の子供とか? アンタみたいな異界人さぁ、初めて見るからすっごい興味あるんだけど」
青年を視るカグリのその目は獲物を狙う狩人に近いが、それにしてはあまりにもふざけている。
しかし、どれだけ彼女がふざけていようと、彼女からは一瞬たりとも殺気が消える事はない。
なるほど、こいつは人を殺し慣れているのだと、青年はそう感じた。
「僕に何か用事ですか、女の兵士さん」
「いやいや。そんなこと、この状況見て分かるでしょ」
カグリがにやりと笑った瞬間。
身体を捻り、その勢いで剣を投擲する。
青年がそれを避けると、剣は勢いよく壁に突き刺さった。
「お前を殺しに来たに、決まってるだろーが」
カグリはすぐにもう一本の剣を抜き、青年へ斬りかかった。
青年も腕を黒い刃に変化させ、剣と黒い刃が衝突する。
「ほらほらほら、私を殺してみろよ、異界人!!!」
カグリは黒い刃を強引に押し返し、そのまま何度も斬りかかる。
剣は乱暴に振り回されている様に見えて、しかし正確に青年のガードの隙を狙っているものであった。
(なるほど、強いな)
青年はそう感じた。
カグリはへらへらとふざけた顔を浮かべているが、その剣筋は間違いなく強者のものであった。
嵐の様な攻撃を防ぎ、避け、部屋の中を逃げ回る青年。
「Aランクの兵士3人を一方的に殺したって聞いたけど、こんな程度かねぇ」
青年の守りが薄くなった一瞬の隙を逃さず、カグリは体重を乗せた一撃を放つ。
重い一撃に青年の黒い刃が大きく弾かれ、胴体が無防備に晒される。
その一瞬を逃さず、カグリの剣が青年の胴体を切り裂いた。
だが。
「あ"?」
肉を裂く手ごたえも、骨を砕く手ごたえもない。
カグリは舌打ちをしながら、間髪入れずに剣を振るい、もう一度青年を切り裂くが、
その剣は青年の身体をすり抜けてしまう。
そして今度は逆に、攻撃に集中し過ぎて体制を崩したカグリへ向け、青年は黒い刃を振り下ろした。
しかし、カグリは素早く身体を捻ってバランスを取り、黒い刃を剣で受け止める。
「あぁ、めんどくさ・・・」
そしてそう呟いた瞬間、青年の立つ真下の床が爆発して火柱が吹き出し、炎と爆風が青年に襲い掛かった。
「あ、ヤバ。つい魔法使っちゃったわ」
炎は床だけでなく天井にまで燃え移っている。
だがカグリが地面と水平に剣を振るうと、部屋の中で凄まじい竜巻が発生し、周りの家具もろとも一瞬で炎を消し飛ばした。
「てこと、コレはお前のせいって事で済ましとくんで、宜しくね異界人くん? ・・・あれ?」
しかし炎が止むと、青年の姿は消えていた。
「・・・いない?」
今カグリが放った炎の魔法は、人間の身体が燃え尽きる程の火力ではない。
死んだのであれば、死体が残るはずなのだ。
つまり、まだ青年は生きているのだ。
「逃げた? まさかねぇ?」
何処へ隠れたかと、カグリは耳を澄ませる。
その時、部屋の床から黒い刃が突き出した。
「っ!?」
常人なら今ので足を切り裂かれていた事だろうが、カグリはそれをギリギリで避けた。
しかし、下からの奇襲はそれで終わらない。
床から突き出した刃は形状を変え、蛇の様な触手になり、カグリの脚を絡め取ろうと襲いかかる。
「うわ、キモッ・・・!」
カグリは触手を剣で切り伏せて後退すると、剣を床に突き刺し、そして魔力を注ぎ込む。
「もう一回焼かれるか? このクソ虫が」
床から炎が吹き出し、さっきの倍はあろうかという勢いで床が焼けていく。
魔法に耐え切れなくなった床の一部が、ばきばきと音を立てて崩れ落ちる。
カグリはその穴を飛び降り、下の階へと降り立つ。
その瞬間を待っていたかの様に、青年はカグリの背後を狙い飛びかかった。
「チッ!!!」
しかし、カグリはその奇襲を素早く察して、向かい来る黒い刃を剣で弾き返す。
そしてそれと同時に、左手から炎の槍を放ち、青年の身体を貫いた。
だがやはり赤く燃える炎の槍も、青年の身体を傷付ける事は出来なかった。
「あー、剣も炎も効果ナシとか、ホントめんどくさい奴だなぁー!!!」
どう攻めるべきか悩むカグリだが、しかしそれは青年も同じであった。
2度の奇襲も、カグリには全く通用しなかったからだ。
青年は、この兵士とはまともに斬り合っても無駄だと悟ると、攻撃を避けて後退する。
「おいおいおい、待てよ、異界人さんよぉ!!!」
カグリが剣を振るう。
すると、その前方に凄まじい衝撃波が襲い、家具や床がミキサーにかけられた食材の様に細かく砕かれた。
衝撃波はその後ろの壁までも突き破るが、しかし。
その衝撃波のど真ん中に、青年は平然と立っていた。
そして、青年は壁に空いた穴に近づくと、外へ飛び降りる。
「あっ? コイツ・・・!」
カグリもすぐに青年の後を追う。
地上までは4階程度の高さがあったが、カグリは躊躇なくそこから飛び降りた。
風の魔法で身体を浮かせ、衝撃を緩め着地する。
降り立った先は、人気のない裏路地であった。
「・・・チッ、逃げたか」
カグリはすぐに辺りを見渡したが、しかし既に青年の姿は見当たらなかった。




