ヴァーリア国と英雄 01
コハクはフローラという名の少女に連れられて森抜けると、やがて大きな門を潜り、その先の中世的な雰囲気のあるレンガ造りの建物に到着した。
フローラに「ちょっとここで待っていてください」と言われたコハクは、端に設置されてあるベンチに腰をかけ、見慣れない風景を眺めていた。
周りの人たちは皆、鎧や魔法使いの様なローブを羽織っており、そして剣や槍等の武器を装備している。
それに、白人、黒人、アジア系の顔立ちに見える者達が入り乱れており、
時にはファンタジー映画から出てきた様な、エルフ顔の者も見える。
(それに、さっきの森にいた怪物・・・ここってやっぱり、異世界?)
少なくともここは日本ではないのだと、コハクはそう確信した。
「お待たせしました。どうぞ」
フローラが飲み物の入ったカップを一つ、コハクへ手渡す。
「あ、どうもありがとうございます」
「これはただのお茶です。飲みやすいと思うので、どうぞ遠慮せず!」
フローラはコハクの隣に座り、飲み物に口をつける。
コハクも恐る恐る飲み物を口にすると、フローラの言うとおりそれは紛れも無くお茶の味がした。
「もうすぐセンリさん達も戻ってくると思うんですけど」
フローラは独り言の用にそう呟き、一枚の厚い布紙を膝に広げる。
(なんだろう、アレは? 魔法・・・?)
フローラが布紙を指でなぞると、そこには発光した文字が浮かび上がる。
「ふふ、気になりますよね? この布」
コハクが興味津々で布紙を見ていると、それに気付いたフローラがそう問いかける。
「これはですね、マジック・デバイスと呼ばれている魔術器です。えーっと、コハクさんはどこの出身ですか?」
「えっと、日本って国です」
「なるほど日本ですか! でしたら説明は簡単です」
フローラが説明し始める。
「とある魔術士の方が、電気の代わりに魔力を使い「ケータイ電話」を再現して生まれたのが、このマジック・デバイスだと聞いています。
ちなみに皆は「デバイス」と略して呼んでいるんですよ」
「ケータイ電話・・・」
コハクは、フローラの口から「ケータイ電話」という単語が出たことに少し驚いた。
「ちなみに、魔術器というのは魔法が扱えない人でも、特定の魔法を使用出来る様にと作られたモノです。
コハクさんの世界にも、電池やバッテリーで動く道具ってありましたよね? そういったモノだと思うとわかりやすいかもしれません!」
「は、はぁ・・・なるほど・・・」
フローラの説明は理解したものの、コハクは未だに"魔法"という言葉に現実感を感じる事が出来ず、困惑した表情を浮かべた。
コハクが見た感じ、フローラは日本人には見えないが、しかしどうやら彼女は日本という国を知っている様である。
この中世ファンタジーの様な風貌の街は、もしかしたら地球のどこかに存在している国なのだろうか? と思うコハク。
けれど、ここには魔物や魔法が存在している。
少なくとも、コハクが知っている世界には、そんなファンタジーなモノは存在しなかった。
「あの、気になったんですけど・・・この世界は一体、何処ですか?」
コハクがそう尋ねた時、コハクの前に人が現れる。
「ここは"ヴァーリア国"よ。そしてアンタは、外の世界から来た"異界人"」
現れたのは、紅い髪をツーテールに結んだ小柄な少女である。
「シンキさん!? こんなところで会うなんて、どうしたのですか?」
少女を見て、フローラは驚いた様子で立ち上がる。
「姫様の護衛で数日間こっちの街に居る事になってね。それで丁度いいからって、カギツキ隊長に頼まれて新入りの異界人を連れて来いって言われたのよ。
その子がそうでしょ? それで、もう一人は?」
シンキと呼ばれた少女は、身体は小柄だが口調はとてもハキハキとしており、とても強気に見える。
「はい。今、センリさんが連れて戻ってきている所です」
「そう。それじゃあ、来るまで待ってようかしら」
シンキは腕を組みながらコハクを見る。
「私はシンキ。ヴァーリア国軍所属のSSSランク戦士よ」
ヴァーリアやら、SSSランクやら戦士やら、日常会話では聞き慣れない言葉が並び、困惑するコハク。
しかしフローラのかしこまっている様子と、SSSといういかにも上位の者らしい称号に、コハクはこのシンキという少女が只者ではない事を察した。
「あの・・・僕はコハクと申します」
「ふーん、コハクね。その顔だと、剣も銃も握ったことなさそうだけど。アンタ、魔法とかは使えるの?」
「ま、魔法は使えません。それに、本物の剣も銃も、見たことすらないです」
「平和なところから来たのね。色々苦労するだろうけど精々がんばって」
ツンツンとした態度の通り、コハクの事には無関心な様子のシンキである。
「あっ、来ましたよ! センリさんこっちですー!」
フローラが嬉しそうに手を振る。
その方向に見えるのはセンリと式莉に、そして巨大な竜と共にいた謎の少女である。
凶暴な竜を従えている彼女だが、今は大人しくセンリ達に連れられていた(心なしか、少し不機嫌な顔をしているのだが)
「さて、集まった様ね。ほらコハク。早く立ちなさい」
そう言いながら、シンキは無理やりコハクをベンチから立たせる。
「うわわ。あ、あの。これから何処かに行くんですか?」
「そうよ。貴方達異界人の二人に、これからの事を説明するの」
「これからの事・・・?」
「先に言っとくけど、軍隊長の前でふざけた態度はとらない事ね。死ぬわよ」
「し、死ぬ!?」
コハクへそう忠告するシンキの声色は、とても冗談には聞こえず、至って真面目である。
これから一体どうなるのかと、コハクは冷や汗をかいた。