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苦節3話:業界の現状について説明される

「失礼致します!」

「どうぞどうぞ〜っ! ってそんなにかしこまらないで」

 

 本当に今の日本の技術はすごい。

 最終面接の会場として呼ばれた会議室C。

 その会議室Cに足を踏み入れた瞬間に広がっていたのは、どこまでも続いていそうな森だった。

 吹く風も、においも木漏れ日も全てが本物のよう。


 そして今、イーシャと名乗る白魔道士っぽい格好をした少女に連れられ、通されたのは森の中に建てられた一軒の木造家屋。会議室Cの中に設営された森の中には、さらに別の建物が建設されていたらしい。これには本当に驚いた。


 「そんなところに立ってないで、座りなよ。で、なに飲む?」

 「失礼致します。では、イーシャ様と同じものをいただきます」


 面接攻略の本に書かれていた通り、席は勧められてから着席する。食事に同席する際は、先方と同じものを注文すべし。完璧だな、オレは。


 奥のキッチンらしき空間に姿を消した彼女の本名はイェシャ・ジィン・ジェタントゥ――この名は『弊社、人事担当』をもじったものと思われる。

 環境や相手の容姿はどうあれ、これは最終面接に変わりない。


 イーシャの姿が見えないのをいいことに、オレは部屋の中をぐるぐると何度も見渡した。

 勧められたテーブルは木製で6人掛け。少し離れた場所にはくたびれたソファーも置いてあるところから、ここはリビング兼ダイニングらしい。

 この一部屋だけでしか判断できないが、この世界では電化製品は使用されていない設定らしく、これといって一つも見当たらない。ソファーはあるがテレビはないし、電球の代わりに置かれているのは蝋燭やランタン。ちなみに蝋燭は使い込まれているようで、結構短くなっている。夜間の光源は少々乏しそうだが、この時間帯は陽当たりがよく、窓の多いこの室内は十分明るいので日中は問題なさそうだ。

 

 森だけではなく、室内の生活感まで作り込まれているこの芸の細かさに、もはや驚くを通り越して、いや通り越しすぎて何とも思わなくなりつつある。というか造られた世界に入り込んだというよりは、創られた世界に連れてこられたような気持ちになっていた。


 少しもしないうちに、イーシャ様はカップを二つ持って戻ってきた。先程までは感じなかった、甘い香りが部屋を包む。『食べ物は、目上の方が手を付けるのを待ってから』そのビジネスマナーを尊守し、オレはイーシャの動きを気付かれない程度に監視し始める。


「まず、この世界の状況を説明をしなくちゃいけないよね」


 向かい側の席に着いた彼女は、早速カップに口を付け――ようとして、2回、フーフーと息を吹きかけ、それから唇にカップをつける。

 それを見てオレも即座に動きを真似た。

 もちろん、2回のフーフーに付け加え、いただきますの挨拶も忘れない。


 で、世界の状況ってことは、つまり業界の状況ってこと?


「お願いします」

「単刀直入に言うとね、この世界は今、危機に瀕しているの」


 世界の危機、つまり派遣業界全体が行き詰まってるってか?


「それは、つまりこの業界には未来がないと、そうお考えでいらっしゃるのですか?」

「……そうね! ここままだと、未来は無いかもしれない。だからこそ、あなたをここに召喚したっていうのもあるのっ」


 このままだと派遣業界の未来は無い、だからこそオレを採用する――それ程までに、企業はオレに、可能性を感じてくれている。

 だが雇用関連の法改定の影響で今やどの企業にとっても派遣の存在は不可欠なはず、そんなご時世でも未来はないのか? それとも素人にはわからない業界事情があって、それを期待度の高いオレに今語ってくれている……?


 なんてシビれる展開なんだ。この人は、それ程までにオレの事を……。


「詳しく、聞かせてください!」 

「えぇ、もちろん」


 そこで一旦、イーシャは手元のカップに再び口をつけ間を開けた。

 オレも彼女を真似て、再度一口頂く。飲み残すのは失礼に値するが、そうそうに飲み干してもおかわりを催促するように見えてしまうと困る。

 ペース配分が難しい。

 就職活動は、恋愛と同じだ。これもデートで女の子と食事をした際に、気づかれぬようペースを合わせるのと同じ。全くもって食った気がしないやつ。今だって、事務的に合わせて液体を流し込んでいるが、全然飲んでる気がしない。つーかそもそもこれなんだ?ココアか。


 そんでもってオレの中で、すでにこれは面接ではなくなっている。

 これから先オレに託されようとしているこの業界。まだ正式に内定なんざ貰っちゃいないが、すっかり社員の一人になったつもりで今後の活躍を妄想し始めているオレがいる。たった数秒の間に、ビジネス誌に「派遣業界立て直しの立役者」としてオレのコラムが載るところまでいった。次にWikiにオレの専用ページが作られる件に関しての妄想に切り替わったところで、イーシャが机にカップを戻す音をとらえ、妄想という名の未来予知は強制終了する。


「私たちが貴方に期待しているのは――魔王の討伐」


 今なんつったか。


「魔王……?」


 また新しい比喩が来た。今回、解読の難易度はこれまでとは別格。星5クラスだ。

 この業界においての脅威を魔王と例えているところまではわかるが、一体何だというのか。


「魔王――アウザー。大昔からずーっとこの大陸に居座り続けて、その膨大な魔力を行使して私たちから土地を奪い、国民を捕え彼らの自由と財産を奪いつくしていた」


 アウザー。『other』で置き換えるとして、同業他社と捉える。

 つまり。

 この国――“弊社”――から、

 土地――“主要クライアント”──を奪い、

 国民――“優秀な人材”――を引き抜き、

 彼らの自由と財産――長時間勤務を強いた挙句、サービス残業をさせている――

 ということか。それは国の危機だし、そんなブラック企業に仕事と戦力をもっていかれて拡大されてしまえば、いずれは業界自体も危なくなるかもしれない……?


「そして半年前、この世界に一人の勇者が現れた。かの聖剣、エクスカリバーに選ばれた少年──レクター・D・マナジメート、愛称はレクト」


 エクスカリバー、聞いたことはある。けど。

 名前、アーサーじゃねえんだ。


 それはさておき、レクター・D・マナジメートという名前について考えよう。っていってもイーシャやアウザーから推測すると考えるまでもなく『management director』から来てる。要するに逆から読むと社長だ。


「エクスカリバーは、約束された勝利の剣と言われているけれど……半年前、彼と私たちは魔王に挑み、そして破れた。正確には魔王の側近が思いのほか強くてね、側近を討ち果たすことは出来たのだけど、その時の私たちの力ではそこまでが限界。魔王と対峙する前に撤退を余儀なくされてしまったの。まだ取り返していない土地も国民も多いし、半年前の戦いで魔王にもそこそこの痛手を与えたとはいえ、次にいつ襲ってくるかわからない……」


 正直言って、もはや何を例えてこのような話になっているのかは全くわからないが、そのままの意味で捉えれば単純で「魔王を倒す」って事になる。とりあえずこの場は話を合わせておいてやる気を見せ、話の本質は後程、入社後にでも理解すればいい。

 

「ではオレの役目はあなたたちと共に魔王を倒し、土地と国民を取り戻――」

「おいイーシャ! さっきデカい魔術行使の反応があったけど……まさか異世界から誰か連れてきたんじゃないよな!? 」


 オレはこの家の入口に背を向ける位置で座っていたワケだが、話の途中で真後ろのドアがバーーン!!! と勢いよく開け壊された。開かれるだけにはとどまらず、そのまま外れて飛んできたドアはテーブルにぶつかり、まるでテーブルに立てかけられたかのように物理運動を停止させる。

 ドアが、オレの真横で腰掛けるように落ち着いた。


「はぁー……レクト、またドア壊しちゃった」

「いやっこのドアが特別立て付け悪いんだって! そんなことよりさ!」


 一連の衝撃で、テーブルに置かれていたオレとイーシャ様のカップが揺れ、中身がちょいとこぼれている。カップの中で揺れる液体を眺めたまま、オレも飛んできたドアと同様に動きを止め続けていた。閉鎖的だったこの空間を、匠はドアを取り外す事により開放的な空間へと生まれ変わらせた――信じられない。くそ危ない。


「この方は?」


 レクトと呼ばれた匠はオレを指す。

 こいつがレクター・D・マナジメート──社長か。


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