苦節2話:人事担当と対面する
「世界を変える! か……感動したよ──!」
掛けられた第一声──しかし、その声は思いのほか高く。
自分自身のつま先付近にあった視線を少し、上に送れば。
そこにいたのは、純白のローブに身を包んだ、金髪の少女。
肩まで延ばされた金髪が、風に靡いてサラサラと揺れている。
大きな瞳は空と同じ青。自分の身の丈以上はある杖を両手で持つその少女は、目があえばにこりと笑ってくれた。
一瞬、なんだこいつは?と疑問が頭を駆け巡るも、思考はすぐに回答へと辿り着く。最先端技術でここまで森を再現出来てしまうのだから、それに合わせて最終面接の担当者が容姿を変えていても、おかしくはない。
つまり彼女が、オレの面接官だ。
「直井唯人です。本日はよろしくお願いいたします」
「ナオイ・ユイト? じゃあナオでいいか、私はイェシャ・ジィン・ジェタントゥ。イーシャでいいよ、よろしくね!」
『イェシャ・ジィン・ジェタントゥ』──弊社、人事担当。
やけにフランクだが、逆に歓迎されているようで嬉しいと感じた。
「ここで立ち話もなんだから、私たちの家に案内するね」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願い致します」
てこてこと歩き始めるイーシャの後を、オレも追う。
一歩踏むごとに思うが、本当にこの部屋はすごい。
ここに在る何もかもが、まるで本物のようにそこに存在している。
日の光も、風も、香りもすべて本物みたいだ。
そしてこのイーシャと名乗るジィン・ジェタントゥ──もとい、人事担当。
見た目だけで言えば15、6歳くらいだろうか、身長はオレよりも全然小さい。
140センチもないだろう。先ほどちらりとみた顔は童顔だった。
彼女の首元から足首までをすっぽり覆うローブは、よくRPGで見かける魔導士が身に着けているものを彷彿とさせるデザイン。実際に杖を持っているところから、魔導士がモデルになっていると思って差し支えないはずだ。
見た目もしぐさも大変可愛らしいが、それでいてもしも中身がおっさんだったらと考えるとちょっと怖くなってくる。これだけの森を再現できるのだから、おっさんを美少女の姿に見せることくらい、造作もなくやってのけるに違いない。
「それにしても、召喚が上手くいってよかった。体、変なところとかない?」
「召喚…ですか?」
召喚。
一瞬何のことかわからなかったが、たぶん、オレを最終面接の会場まで呼び出した事をRPG風に言っているらしい。変なところっていうのは、持病について問われている、と捉えて大丈夫だろうか。
とりあえず、ここは今後の上司の冗談にどれだけついていけるか、ノリの良さをアピールするチャンスだ。重要なのは、「一緒に仕事をしたいと思わせる」こと。
「イーシャ様に召喚頂けて光栄です。体は幼少の頃から丈夫で、健康が取り柄みたいなものですから心配には及びません」
と、最後まで言い切る前に、前を進むイーシャはきゅるんと振り返ってオレの右手首を両手で鷲掴み、ぶんぶんと振ってくる。目の前にきらきら輝く青い瞳が現れる。
「そんなこと言ってくれるの!? 嬉しい!」
いいにおいするけど顔がとんでもなく近い。それになんだ、この手の力の強さ。さすがに近すぎて距離を取りたいが、掴んでくる強さが尋常じゃない。全然距離をとることが出来ない、逃げれない。
「来てくれたのがあなたで本ッ当によかった……!」
発言と表情の可愛いさに顔中の筋肉が緩みかけるけど、結局は人事担当者なわけだし、中身がおっさんかもしれない恐怖を思うと、元通り顔の筋肉はしっかり硬くなる。これはきっと女に現を抜かさないか、オレの心の強さを試しているに違いない。
とはいえここまで歓迎してもらえるのは本当に嬉しい。
やっぱり最終面接というのは、ただの顔見せだったのかもしれない。
「必ず、皆様の為、期待に応えて見せます!」
「私たちも全力であなたをサポートするから!」
こうしてオレと、イェシャ・ジィン・ジェタントゥ様こと弊社人事担当様は硬く手を取り合った。
だけどここからしばらく、最終面接の緊張にアテられていたオレは、何一つ疑いもしなかった。この世界は本物なんかじゃなく、日本の最先端技術で準備された世界なのだと。聞かされる話の、目の前で起こる出来事の、それらすべては全部、オレの社会人としての対応を試されているだけなのだと。