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愛しの陽菜

 陽菜ひなは少し不機嫌な顔をしていた。校内で一番人気がある男子とは言え……個人的に想いを寄せてるわけでもないクラスメートの佐伯湊さえきみなとが喫茶店『米騒動』まで押しかけて、バイト初日の自分に会いに来たからである。しかし彼女は個人的な感情を押さえて、店員として彼に接することにした。新米ウェイトレスらしからぬ素晴らしい営業スマイルに切り替えて彼をもてなす。



「ご注文をお願いします」


 

 だが佐伯は何かを察知してしまったらしい。彼的には不機嫌な顔の陽菜の方が怖くなかったようだ。開きに直ったようにキラキラと眩い陽菜の笑顔を前にして、密かに『やばい気がする』と内心で焦りだす。



『いかん。このままじゃ一生、学校で藤井さんに口を聞いてもらえない気がしてきたぞ』



 などと今更になって後悔しだしたこの阿呆な青年は、自然体を心がけることにした。



「あの、ホットココアを1つ」


 

 ついでに女子のハートを鷲掴みにするはずの笑顔をつくってみせた佐伯だったが、営業スマイル全開の陽菜は目も合わせずに、黙って会計票に『ホットココア』と書き込んだ。



 3人の常連客達は少し離れたテーブルに集まって、若い2人を観察しながらヒソヒソ話をしている。2人の様子がもどかしいのか面白いのか、富山の大人たちは好き放題に感想を言い合っていた。まず林が口火を切った。



「どうします?奴がストーカーなら皆でフクロにしてやりましょうよ」



 そんな長くない腕でシュッシュとシャドーボクシングしてみせる。



「それはマズくないけ?後々で陽菜ちゃんが逆恨みされたら怖いちゃよ」


「じゃあ逆恨みする気もなくなるぐらいシメてやりましょう。もう徹底的に。じゃあ僕から行きますね」



 席を立ち上がった林。西田が慌てて後ろから羽交い締めにした。



「貴方、90年代ヤンキー漫画の読みすぎですよ。初対面の高校生にそんなことしたら我々が捕まるでしょ」


「離してくれ。全国紙に掲載されてでも僕は陽菜ちゃんを救う!」



 中村はふと呟いた。



「そもそも林さんが怪しいがやちゃね……。あどけない女子高生相手のストーカーになりそうな気配がムンムンとしてるがやけど」


「いや中村さん、そんなことはないっ!僕はただまだ幼い彼女に、所謂あしながおじさん的な僕の魅力を感じてもらいたくてですね……」


「向こうは絶対に感じないでしょ。貴方もあの変態青年と同じですよ」



 面白がっている中高年達のヒソヒソ話が佐伯青年の耳にも届く。すると彼は突然テーブルから立ち上がった。その勢いに気圧されて、陽菜は思わず富山弁で驚き一歩下がってしまった。



「ど……どしたが!?急に」


 

 彼は常連客の方に体を向けて、何故か熱い陽菜への想いを訴えだした。実は生徒会の副会長でもある佐伯は演説は得意だったりする。とは言え今回の彼の演説はかなり混乱したものであった……。



「ち……ちがいます皆様!僕はストーカーとか決してそういう存在ではない!ただウェイトレス姿の素敵な藤井さんを見守りたいだけなんです。だって可愛すぎるじゃないですか!誰でも見守りたいでしょう。異論はないはずだ!」



 突然の主張に陽菜は絶句した。



「あの……アンタは一体何を言っとるがけ……」



 だが佐伯青年の訴えは容赦なく続く。



「僕は彼女の恋人になろうとか……そういう思い上がった気持ちはいっさいないんです。ごめんなさい。嘘つきました。めっちゃ付き合いたいです。本当はいつも無邪気な彼女が好きなんです!この想いを分かってください」


 

 唐突にはじまった佐伯の身勝手な独演会に、店内は一瞬静まり返った。



「ご清聴ありがとうございました」



 大人たちにペコリと頭を下げて、今度はチラリと陽菜を見る。しかし意中の乙女は少し体を震わせながら、全く視線を合わせてくれない。しかし阿呆な彼は『これはきっと思春期の女の子ならではの照れ隠しだな』などと好意的に解釈してみる。


 ここで中村がまどろっこしい話を整理することにした。



「ようするに……アンタは陽菜ちゃんが好きで、わざわざこの店に来たがやね?あらまぁ〜青春だわね。いいわねえ若い子らは」


「いや〜まあ……。簡単に言うとそういうことですね」



 ちょっと頭をかいて照れてみせた佐伯に対し、間髪入れずに陽菜は頭を下げた。



「ごめんなさい」


「え」


「本当にごめんなさい。佐伯くんから告白されたの、もう5回目だけどごめんなさい。前もって言っとくけど、次の6回目もごめんなさい。その後もずっとごめんなさい」



 どうやら勢いでやってしまった5回目の告白は、なんの成果もあげなかったらしい。ここで青年は木っ端微塵に玉砕したと判断する。



『早々としくじったぁぁぁ!俺もう死にてぇぇぇ』


 

 と心の中で頭を壁にぶつけて絶叫しつつも、男らしくその動揺を外に出すまいと踏ん張った。



「な……なんてね。じゃあ藤井さん、新学期に会いましょう。アディオス」



 自滅して顔が真っ赤になってしまった佐伯は、カバンを残したままテーブルから立ち上がりそのまま店の外へと走り去ってしまった。



「ちょっ。佐伯くん!?カバンは!?」



 呼び止める陽菜の声も聞かず、佐伯はそのまま夜の滑川へと消えてしまった……。これには常連客達もびっくりしてしまった。



「な……なんだったが!?あの演説青年は。落ち着きなさすぎるやろ」


「そんなこと言ってる場合ですか中村さん!あの男はやっぱはストーカーなんですよ。皆でシバキ回しましょう」


「ちょっと林さん!そのフォークを離しなさいって!それ私のでしょ。アイツを刺すなら私の指紋がついてない自分のフォークを使いなさいよ」



 

 カフェエプロンを揺らしカウンターに戻った陽菜に向かってマスターは尋ねた。



「あの……彼は何を言いたかったの?おじさん達は全く理解できなかったんだけど」


「さあ……。ちょっと私には分かりません」



 店に束の間の平穏が戻った……。だが本当に束の間である。



 阿呆な佐伯青年はしばし滑川の国道を走った後でカバンを店内に忘れたことに気づいたらしい。すぐさま戻ってくることになったのだ。



「あの……。僕、カバンここに置いていきましたっけ?」



 西田は飲んでいたお冷を吹き出してしまった。



「ブッ!アイツ戻ってきたぞ」




『やれやれ』とため息をついたマスターは、歓迎の意を込めて新客に出身地を尋ねた。



「佐伯さんは上市のどこから来たの?せっかく遠いところから米騒動に来たんだからゆっくりしてってよ」



  立場を失っていた青年も、気配りマスターの一声で救われることになった。先程のテーブルに座ると、あっさり復活してしまう。



「あ、上市の東種ってところなんです。皆様、ご存知ですか?」


「だいぶ山の方だねえ。ちょっと僕も行ったことないな〜」



 常連客達も会話に参加しはじめる。口火を切ったのは西田だった。「ちょっと返しなさいよ!」とフォークを持つ林の手を掴みながら質問した。



「東種って、アニメ映画の舞台にもなった場所でしょ。ここからかなり遠いですよ〜。じゃあ電車でここまで来たのか君は?」


「いや……その。僕は歩いてきました」



 唖然とする中村は叫んだ。まるでシャツに描かれた虎が吠えているかのように。



「ちょっと嘘やろ貴方。東種って、こっから20キロぐらいあるがに!?」



 陽菜はテーブルを拭きながら、そおっと彼女に耳打ちする。



「本当です。彼はそれぐらい歩いちゃうんです」


「本当なん!?最近の子は自転車の使い方も知らんが!?」



 陽菜は少し微笑んだ。



「ん〜。とにかく変わってるんです彼は。一応モテるんですけど」


「変態なのはもう十分に伝わったがやけど」



 この青年は信じられないことに遠路遥々、東種から滑川市の沿岸部まで行軍してきたのである。そうなってしまった経緯を常連客達に語り始める。


「確かお昼の2時頃にですね……。散歩しにフラッと家を出まして。なんとなく北に進んでたら、いつのまにか県道1号富山魚津線に出まして。ふと海沿いに歩いていたら、この店が目に入りまして。すると藤井さんの自転車が見えたもんでドアを開けて覗いてみたら……素敵な藤井さん中にいたもので……」



 この言い分には西田も呆れた。



「なんで東種で散歩してて富山湾に出てくるんだ……。聞いたことないぞ、そんな変態は」


「常に藤井さんの事を考えてるせいで、気がつくと彼女のいる滑川に行こうとしてしまう自分がいます」


「えらい変態に好かれたなあ……藤井さんも。こいつぁちょっと阿呆すぎるぜ……」




 念のために中村が陽菜に尋ねた。



「恐ろしい習性の子やねえ……もしかしてアンタ達には何かあったん?黒部ダムから転落しそうになった彼の命を助けたとか、あるいは燃えるような恋があったとか」


「全くなにもっ!ナッシング!」



 陽菜は両手をブンブンと振って必死に否定する。林ですら佐伯の行動は理解し難いものであったようだ。



「こいつぁ清々しいほどのストーカーですね西田さん……。もう手の施しようがないな」


「貴方が言うなら間違いないですね」



 テーブルを拭きながらマスターは「ふうっ」とため息をつく……。



○○○


 

 時刻は午後8時になった。皿をカウンター後ろの棚に片付けながら、マスターは唐突ではあるものの喫茶『米騒動』では定番となっている話題を切り出した。



「それにしても佐々成政の埋蔵金はなかなか見つからないねえ。噂じゃ鍬崎山に隠されてるんだっけ」


「まあ、誰も探してませんからねマスター」



 そう言うと西田は、コーヒーに砂糖を入れてスプーンでかき混ぜる。カウンター席でミートスパゲッティを頬張って口の周りを真っ赤にしている中村も話に乗ってきた……。



「だいたい里歌にヒント残されても困るがやちゃね。私達もナゾナゾやってんじゃないがやから」



 ここで富山県民なら一度は耳にしたことはある「佐々成政の埋蔵金」について簡単に説明しよう。その内容とは「戦国武将の佐々成政が、対立した秀吉に攻められ城が落城する間際に宝を立山山中に隠した」……というものである。手がかりは里歌にあったりするらしい。もっとも徳川埋蔵金と違って、誰も本気で掘り起こそうとはしてない悲運のお宝ではある。しかし富山に浪漫をもたらす伝説の1つなのである。


 陽菜ひなも、この話は知っているし興味がある。銀のトレーをギュウッと抱きしめながら、密かに常連達の話に聞き耳を立てた。だがここの客達の会話は一筋縄ではいかない……。


 8杯目のトマトジュースをようやく飲み干したテーブル席の林は、照明をじっと見つめている。何やら記憶を手繰り寄せてるようだ。そして思い立ったように口を開いた。



「確か……佐々成政のお宝はインドで発見されたんじゃありませんでしたか?北日本放送でそんな特番があったような。ほら、高原兄さんがムンバイまで行って発見したっていう」


 

 西田は口に含んだコーヒーは噴き出した。



「貴方、何を真顔で雑なデマを吹聴してるんですか!」



 林は腕を組んで、首を捻る。



「あれ……。何の記憶なんだろう。おかしいな正月にその番組を見た記憶が……」


「大丈夫ですか貴方。正月に一体何をしてたの」



 猫舌でホットココアに苦戦中の佐伯青年は、たまたま隣のテーブルにお冷を追加しにきた陽菜と目があった。彼女は人生で二度と口を聞いてくれないだろうと思っていたが、不意に彼女の方から話しかけてきたのであった。こんなことは学校でも全くないことである。



「埋蔵金って、本当に富山にあるがかね」


「あっ……」



 なぜかキラキラと輝くような笑顔で話かけてきた陽菜に、とてつもなく舞い上がった佐伯青年は激しく動転する。なんとか、先程のミスを挽回して彼女の心を掴む話をしよう……。歴史好きで良かった!ここが踏ん張りどころだ!しかし間違った知識を語ってはいけない。慌ててスマホを取り出し、注意深くネットで確認しながら陽菜にうんちくを語ろうとした。



「あのですね藤井さん。佐々成政は……」



 佐伯のうんちくを遮って西田の叫び声が店内に響く。




「ちょっ!林さん大丈夫か。朦朧としてんだけど救急搬送の必要がないか」



 

 どうやら林の様子がおかしいらしい。陽菜は急いで林のテーブルに向かう。



「お客様、大丈夫ですか!」



 佐伯は会心の返答ができぬままにテーブルにポツンと取り残されてしまった……。



「あ、ちょっと待って!藤井さん……。今ネットで肥後の国の話を……」



 しかしもはや誰も佐伯の話を聞いていなかった。陽菜が林のテーブルにかけつると、青ざめた顔の林が目を半開きにしている……。



「あの……大丈夫ですかお客様!」


「ひ……陽菜ちゃん。トマトジュースおかわりを……」



 それで注文を続けようとする林を、常連客達は慌てて陽菜から引き離した。



「いやもう貴方いいでしょ。体の成分の8割ぐらいトマトジュースになってるぞ」



 マスターは笑った。



「まあまあ皆さん落ち着いて。ちょっと私が林さんをトイレに連れていきますから」



 こうして埋蔵金の話は、残念ながら有耶無耶になってしまったのであった……。

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