第8話 軍師、税率を調整する
「私が、私が魔王軍伝達役のプリンセス・スィです」
ざわ
鉄板のはずのプリンセスは、エンマルの街でも受けなかった。
明らかに気を悪くするのが、民衆には分かりにくいが、お忍びで見に来た魔王には手に取るように分かった。
今度から笑わせ役を仕込んでおこう、と魔王は思った。
こっそり見に来てよかった。
こういうのは現場を見なければ分からないものだ。
「えー、それであなた方のようなユーモアのセンスもない愚民どもには、魔王様から重い税金がかけられます。泣いても知りません、私ではなく、あのおうんこ魔王を恨んでください。魔王のおうんこはとても臭いので有名です」
どうしてわざわざ、魔王の名を貶めるような事を言うんだ。
それに何の意味がある?
さすがに一応女の子として、人前で「うんこが臭い」と言われたのは我慢ならない。
このままここで公開お尻ぺんぺんしてやろうか、と思ったが、それは臭いを肯定してるみたいなのでやめる。
まあ、いい。
私自身がどう思われようといい。
別にお婿さんを探しているわけではない。
問題は税金だ。
また前みたいに九一と言い出したら、その場で否定してやろう。
格好いい俺が出て、さっそうと悪のスィを懲らしめてやろう。
いや、あれは一応私の軍師なのだが。
「それで、税金ですが、四六で、四割が税金となります」
一割増?
いや、私は三七と言った。
だから、一割プラスしているのだ。
これは迷うところだ。
この辺りの貴族の平均的な税徴収は五五だ。
魔王軍はそれよりも減らして、イメージの改善を目指している。
だから、別に四六でも構わないのだ。
おそらくスィは一割を着服するために四六にしたのだろう。
正直なところ、それで納得してくれるなら、下手に規制するより見逃した方がいいかも知れない。
何しろ金が欲しいからと、生きて動いて、女の子の姿をしているジュエルガールを平然と削るような奴なのだ。
ジュエルガールはあれ以降、スィが小遣い不足になってまた訪れるのではないかと日々怯えて過ごしている。
削られた胸は治してやったが、もう少し小振りでお願いします、と言われた。
スィに怯えている証拠だ。
そうならないよう、小遣いを渡してはいるが、それでもいつ足りないと言い出すか分からない。
これで満足してくれるなら、見逃してやろう。
「今日のお話は以上です」
スィの言葉が終わるころ、魔王はその場を後にした。
「それで、今回も受けませんでした。鉄板なのに」
「それを聞きたかった訳じゃないんだけど、それってどこで受けてたの?」
スィから報告を聞いていた魔王は、どうしてもそれが気になって聞いてみた。
「勇者軍です」
「鉄板だったの?」
「鉄板でした。私が言うとみんな『ホワー! ホワー!』とか言って笑ってました」
「それ、笑ってないと思うけど……」
魔王もよく分からないが、アイドルの定番ネタにリアクションする常連ファンに思えた。
「まあいいわ、それで、税金も納得してくれた?」
「はい、みんな三七で、魔王様はおうんこが臭いけどいい人だって言ってました」
「……何でそんな事言うのかしらね?」
魔王は最近、スィにキレようとすると「公開お尻ぺんぺんだ!」というパワーワードが脳裏に浮かんで冷静になるようになった。
「そう、納得してくれたのね、三七で」
「はい、魔王様はおうんこが臭いけど──」
「それはもういいわ!」
そもそも臭くない者がいるのか、と問いつめたいが、「私はバニラアイスの匂いがします」とか言いそうだし、それを確かめるわけにもいかない。
そして、万一バニラアイスの匂いがした場合、二度とバニラアイスが食べられなくなるので避けたい。
というか、何の話をしてるんだ。
※彼女たちのおうんこは、フローラルの香りがします。
ただし、スィはフローラルが嫌いなので臭いと表現しています。
このフォローいる?
それはともかく。
スィは思った通り、比率を誤魔化してきたので、魔王も騙されてやった。
これで双方、いや、住民を含めた三者幸せならもうそれでいい。
住民と魔王の幸せを一部中抜きしているのだが、もうほっとこう。
これで全員が幸せになれるのだ。
そう、思っていた。
だが、うまく誤魔化せたと思っているスィは、調子に乗るのです。
「魔王様の気まぐれで、五五になりました」
早速もう一回そう言いに行く。
住民も、まあ前と同じならいいか、と納得する。
これでこの町の税収の二割が彼女の懐に入る。
なにしろ、五割で貴族が一族で贅沢に暮らしていけるような金額なのだから、その四割と言えば、十四歳の女の子が手にするには大きすぎる額だ。
正直なところ、スィは別にお金に困っているわけではないので、必要はない。
小遣い程度あれば十分なのだ。
だが、あるに越したことはない。
金があって困ることはないのだ。
一度報酬がない、小遣いがないと言われると人は更に多くを要求してしまうものだ。
こうして定収入を得ることが、一番安定することもまた知っているのだ。
このようにして、スィが定収入を得て、しばらくが経過した時。
「あのね、何度も何度も何度も何度も言わせないでよ!」
「言わなければいいのでは?」
「あんたが言わせるんじゃないの!」
「なんと私にそんな能力があったのですね」
「ないわよ! ないって信じたいわよ!」
「ところで何を言わせるのですか?」
「あんたがぁぁぁぁっ! 周囲に迷惑をかけるのを止めなさいって事よぉぉぉぉっ! あと、魔王城を勝手に変えるなっ!」
「ですが、この魔王城、全然魔王城ぽくありませんよ?」
「いいのよそれで。私たちの住環境なんだから」
ちなみに魔王城は、女性中心のベンチャー企業のオフィスみたいな、自然を取り入れたお洒落な住環境になっている。
この世界にはベンチャー企業もオフィスもないけど。
「駄目ですよ、もっと魔王様の威厳を持った感じにしないと」
「だからって、そこかしこの廊下に髑髏を並べるのは本当にやめて! 夜怖いから!」
魔王は意外に夜が怖い系女子だった。
「髑髏を並べて危険な感じを出すのはいい方法だと思いますけど」
「そもそも、恐ろしさとかそういうのいらないから。魔王って言うのもあくまでただの呼称だから」
「魔王様(*´艸`)」
「笑う必要あるのかぁぁぁぁぁっ!」
魔王はスィを怒鳴る時は無尽蔵の体力を持つ。
だけど本当は持っていないので、疲れが後で来る。
「では、これから、本当は優しい面倒見のいい系女子と呼びましょうか」
「……やめて、恥ずかしいから」
「では、勇ましく人の先頭に立ってるけど、本当はチキンハートで幽霊が怖い系女子と呼びましょうか」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ちなみにとっちも、男の子は喜びますよ? (ただし美少女に限る)
「とにかく! 髑髏はやめなさい! いいわね?」
「分かりました。これからは首から下の骨と生首にします」
「やめてぇぇぇぇぇぇっ!」
もはや魔王ってなんでスィをずっとそばに置いてるの? って状態になっている。
「それで、私を呼び出したのは、小言を言うためですか? おやつをくれるためですか? それとも、わ・た・し?」
「言葉のつながりが見えねえ! ……まあいいわ。それでその後、カルバスとエンマルの住人は問題ない?」
住民管理は全てスィに任せているため、魔王はスィに話を聞かなければ、何が起きているかも分からない。
「カルバスはどんどん私の人気が高まっています。今なら『ドッキドキ♪ プリティー☆スィ』って歌だしたら売れるのではと思います」
「ダサっ! タイトルダサっ!」
スィは気を悪くした。
「それで、エンマルは?」
「重税に苦しんで泣いています」
「は?」
魔王の記憶では、エンマルの街の税金は四六のはずだ、それで重税という事はないだろう。
いや、更に欲をかいたとして、五五にしても前と同じだから泣くこともないだろう。
「ねえ、今、税金いくら取ってるの?」
「三七です」
「正直に言うと?」
「九一です」
「取り過ぎだろうがぁぁぁぁぁっ!」
スィはその後、ばれないのをいいことに、どんどん税率を上げ続け、遂には九一にしてしまっていたのだ。
「今すぐ戻せ! 三七にしなさい!」
こいつは少しでも隙を見せては駄目だ。
全ての行動に隙を見せられない。
スィに見張りの魔族が付いたのは、それからすぐの事だった。