第7話 軍師、また城を落とす
魔王も各所からの報告で軍師の横暴を耳にしている。
何とかしてくれと言われるが、正直魔王こそ何とかしてほしいと思っている。
ジュエルガールからの陳情があった後、なんとか工面してスィに小遣いを渡すことになった。
ちなみに食事と甘いおやつは最高級のものを用意しているので、彼女一人に結構金はかかっている。
実際のところ、スィの食べる甘いおやつの残り物を彼女たち魔族の女の子が食べている現状だ。
それだけならまだいい。
スィはあれでも仲間だし、彼女が新しいおやつを提案してくれるおかげで、自分たちもそれを口に出来るからだ。
ただ魔物開発の研究費を多少削ればいいだけで、それ以上の功績を彼女はもたらしたのだから、それはそれでいい。
だが、彼女が魔物を素材としか思っておらず、数々の魔物を損耗させたり絶滅させたりしようとしているので、本当に困っている。
だから、今日は呼び出した。
本当は嫌だけど、呼び出した。
「珍しいですね、魔王様から私を呼び出すなんて」
「……出来る限り会いたくなかったからね」
「あらかじめ答えますと、ごめんなさい。あなたとのおつきあいは出来ません。私の好みは異性ですので」
「私もよ! だから、会いたくなかったって言ってるでしょうが!」
告白してもないのに振られる魔王様。
「で、あんたに各所から苦情が来てるんだけど、あんたって黙っておとなしくしてることは出来ないの?」
「退屈だから仕方がありません。仕事がないので、動かないと太りますし」
「食べるものを減らすとか出来るでしょ? あんなに甘いものばかり食べて」
「考えませんね。食は趣味のない私の数少ない楽しみですから」
「いや、絶対他に楽しみあるでしょ! おばけ布殺してパジャマ作ったって聞いたわよ? 何で殺すのよ?」
「衣食住とは、殺生によって成り立っているのです」
「だから! あんたは無駄な殺生してるんでしょうが! どうして渡したパジャマ着ないのよ!?」
「私の趣味に合わないからです」
「趣味って言ったわね!? ほら、他にも趣味あるじゃないの!」
「それは趣味という言葉が同じだけで意味が違います」
「……分かった。あんたが暇だから城内を荒らすのは分かったから」
「荒らしていません。どちらかというと私好みにしています」
「この城は私好みになっているのよ!」
「趣味悪いですね」
「うあぁぁぁぁっ!」
もうこいつを今ここで殴るか、泣くまでお尻ぺんぺんしてやるかと思ったが、お尻ぺんぺんして、泣くどころか、無表情のまま「満足しましたか?」などと言われたらどうにかなりかねないと思ってやめる。
「まあいいわ、あんたが暇だというのなら、次の城の攻略を考えなさい?」
魔王はこいつに遊ばせることなく、仕事をさせれば今より被害が減ると思っていた。
じゃあ何をさせるか、と言えば、軍師には平時、兵站の強化をさせるものだが、それを彼女にさせるのは恐ろしい。
場合によっては魔王城が丸裸になる可能性もある。
「分かりました、それで次はどこを攻めるのですか?」
「エンマル城よ。流れの速い川の中州にある城ね」
「ほう、攻略しがいのある城ですね」
気が向いてくれ、魔王はほっとする。
川の流れがかなり速いので、ほのおイタチに爆薬を持って攻めさせることも出来ない。
また絶滅させられることもないだろう。
正直ほのおイタチは、ほのおネズミ程愛着はないのだが、それでも自分で作った魔物だ。
出来る限り、大切にしたい。
「ちょっと現地に行くので、空を飛べる魔物を二、三十匹用意してください」
「だから! いないって言ってるでしょ! ……まあ、移動に必要でしょうから、背に乗れる魔物は用意してあげるわ」
スィは用意してもらったおはなし馬を使ってエンマル城に向かう。
途中「海が見たいわ」とか言いだして、おはなし馬を混乱させたが、無事に到着した。
「これは急流ですね」
目の前に迫るのは、どどど、と音を立てて流れる濁流。
これが常に流れているのなら、ちょっと畑の様子を見に行ってくると言って行方不明になる老人が絶えないことだろう。
そもそも、常時こんな急流なら、畑にこれを直接引き込むことはないだろうが。
その中州、常に高い波飛沫が立っている向こうに城がそびえ立っている。
あれがエンマル城なのだろう。
ここを泳いで渡るのは不可能に近い。
まあ、あの勇猛果敢な勇者軍の馬鹿なら、煽れば渡ろうとして全員溺れるかも知れないし、一人くらい渡れるかもしれないが、魔王軍も同じだろうか。
が、一人二人渡れたところで、疲れ切った魔物は、向こうの衛兵に殺されることだろう。
「ふむう。ところで、あの城、どうやって建てたのでしょうね?」
「え? え? 俺に言ったっすか? 俺、馬だから分からんっす……」
「鹿はいないのに、ですか?」
「何を言っているのか分からんっす……」
「鹿もいるようですね。まあいいです。ニンジンをあげましょう、よしよし」
「ありがとうっす! 嬉しいっす!」
おはなし馬はばりばりとそれを食べながら喜ぶ。
スィは心の中で馬鹿だなあ、と思っていた。
帰る前に、近くの街に寄ったりして調べたところ、あの城は元々曲がりくねった一本の濁流のほとりに建設し、その後に逆側に溝を掘り、そちらにも川を流すようにしたようだ。
ちなみに、一見高貴に見えるこのサイコパスは、どこかのお嬢様がお忍びで訪れたと思われたようで、あまり気にはされなかった。
「さて、わが偉大なる魔王陛下」
「何よやっと私の偉大さが分かってきたわね……ってならないから! 何なの気持ち悪い。どうしてこんなところに呼び出したのよ?」
「私は心にもないことを言っても、一切心が痛まない選ばれた人間なのです」
「魔族って、本来ならあんたみたいな子のことを言うんでしょうね」
スィは魔王をエンマル城の川ほとりまで呼び出していた。
二人きりだったので、魔王は色々なもしかして、を考えた。
突き落とされる、なら、長身スレンダーの魔王とちみっこのスィでは体躯が違うので、無理だろうし、さすがにそれはしないだろう、が、何を考えているか分からないのがスィだ。
告白される、は、これまでの言動からないと思うが、絶対にないと思う、が、何を考えているか分からないのがスィだ。
何か魔王を脅す情報を手にして、もっと小遣いを上げろと言われるかも、というのは、別に魔王の居室でやってもいい話なのでないだろう、が、何を考えているか分からないのがスィだ。
結局スィである以上、何があるか分からない。
だから、とりあえず、身構えるしかない。
「エンマル城攻略が出来て、今日攻略します」
「それは聞いてるわ。で、今日に限ってどうして私が呼ばれたのよ?」
「もちろん、魔王様が必要だからです」
「なんでよ?」
「ただ私が志気を高めるより、魔王様がそこにいた方が、確実に高まるからです」
やっと魔王の凄さを理解したか。
まあ、自分も魔王として、攻略の志気高めることはやぶさかでもない。
「私にとってはただのチキン年増ですけど」
「私にも怒りという感情があることを覚えておいてくれないかしら?」
「それでも魔物たちにとっては創造主であって、母に、神に等しい存在なのです。バブみもあります」
余計な一言のせいで台無しになっている。
まあ、一応褒めようとしているのは分かっているので、魔王も我慢した。
「分かった、何をすればいいの?」
「ここに勇ましく立って下さい。そう、こう、剣を刺して」
「こう?」
魔王は言われた通りに立つ。
「はい、じゃあ行きますよ?」
「何を? って、痛っ!」
何をしたのよ? と聞こうとして、口が開かない事に気づく。
「これは、魔族の方が開発中の強化しびれビーの毒です。これを刺された瞬間、身動きが全く取れなくなります。二時間ほど」
二時間身動きが取れなくなる?
え? 二時間もこのまま?
なんだか勇ましい感じの格好のまま、二時間いろと?
「では第一陣を呼びます」
スィが呼びに行って、ぞろぞろ現れたのは、岩石兵士の大人達。
魔王城に来た日、スィは岩石兵士の子供達を虐待したのだが、もちろんそんな些細なことは覚えていない。
岩石兵士の方も、魔王の幹部にひどい目に遭わされたと聞いて「何をしたんだ!」と子供を怒鳴ったらしい。
何かをしなければ虐待されることはない、と思っているからだ。
つまりは、それだけ忠誠心も強い戦士達だ。
「さて、皆さん。今日はあのお城を攻める先陣としてみなさんが選ばれました。畏れ多くも畏くも魔王様もお越しいただきました。これは名誉ある事です」
岩石兵士達が「オー!」と、声を上げる。
「さあ、みなさん、あの城を攻めるのです! 魔王様も見ています!」
スィは軍師的に抑揚を付けて叫ぶ。
「……どう攻めればいいのだ?」
なんか、石っぽい声で、先頭の兵士が聞く。
「飛び込んで、泳いでいくのです!」
「いや、俺ら岩だし、沈むし」
当たり前だろう、と、動けない魔王でさえツッコむ。
「あなた方はそれでも魔王軍の戦士なのですか!」
だが、スィはそれを一喝する。
「偉大なる魔王様を前にして、戦えと言われて、あなた達は戦わないのですか? それでも魔王軍の戦士なのですか?」
「いや、でもな……」
「でもではありません! 戦えと言われたら戦う、死をも恐れない戦士、それが魔王軍ではないのですか!?」
違う違う!
動けない魔王は叫ぶ。
今動けたら、それらをすべて否定した後、解散させて、スィを説教し、どうせ言う事を聞かないだろうから問答無用で頬を引っ叩いて……いや、それは可哀想だから、おしりぺんぺんして……は、後々女性虐待と言われて、やっぱりこの人は女の子が好きなんだと思われたら誤解を解くのに時間もかかる。
とにかく、強制的にやめさせたはずだ。
だが、今、彼女は動けない。
動けない以上、目の前の出来事を見守ることしかできない。
「俺は行くぞ!」
「俺もだ!」
「俺が最初にたどり着く!」
忠誠心の強い岩石兵士たち。
彼らは先を急いで、川に飛び込んでいく。
どぼんどぼん
どぼんどぼん
彼らは岩なので浮くことはなく、濁流に消えてしまう。
これはただの自殺行為、ただの惨劇だ。
岩石兵士は彼女が作った魔物ではない。
だが、だからこそ忠誠心は、自分が作って可愛くて甘やかせてしまう魔物たちとは違う。
その岩石兵士が忠誠心の強い順に死んでいく。
自分の命令と信じて。
許さない。
動けるようになったら、何と言われても知るか、こいつを泣くまでお尻ぺんぺんしてやろう。
いや、それだけでは済まさない、公開お尻ぺんぺんだ!
魔王軍の前で、いや、民衆の前でお尻ぺんぺんしてやる!
さすがにこいつも女の子だし、そんなことをされれば恥ずかしいだろうし、屈辱もひどい物だろう。
岩石兵士の無駄死にの代償を、絶対に払わせてやる!
動けなくなりながらも、魔王は心に誓っていた。
だが、やがて、彼女はスィのやりたいことが分かってきた。
岩石兵士の飛び込む先が、だんだんと先になって行っているのだ。
つまるところ、濁流に沈んだ岩石兵士の上に次の岩石兵士が乗り、更にその上に乗って行くうちに、濁流に岩石兵士の死体で作られた道が出来ているのだ。
もちろんそんな事にも気づかず、勢いよく川に突っ込んでいく岩石兵士。
ああ、もっと賢く造ってくれればよかったのに。
どぼんどぼんと落ちていく岩石兵士をただ、眺めるしかなかった。
「では、そろそろ第二陣行きましょうか。第二陣前へ!」
第二陣が来る頃には、川岸と城の間にはほぼ道が出来ていた。
「この道を渡って城を攻めてください。川さえ渡れば、後は高い塀もありません。比類なき高貴なお方、魔王様もご覧になられていますよ?」
怒号とともに、第二陣は城へ突撃して行った。
城が落ちるのは時間の問題だろう。
ただ、岩石兵士の献身の賜物だと、自分だけは覚えておこう。
魔王はそう心に決めた。
今日の成果
エンマル城陥落
エンマル領を魔王軍の領地とした
岩石兵士大人は全滅
可愛い岩石兵士を大量に殺戮され、今度こそは怒ってやろうとしたが、我に返り、「公開お尻ぺんぺんって何?」とその言葉の馬鹿らしさに気づき、結局何もしなかった魔王。