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第6話 軍師、小遣いを欲しがる

「お給金を下さい」


 スィは当然の権利を主張した。


「は? そんなもんないわよ」


 魔王軍はブラックだった。


「それはひどい。軍師は年棒五億イェンとプラス出来高(インセンティブ)だと聞いていましたが」

「誰によっ! 少なくともうちにはそんなものはないわよ。そもそも、そんなお金はないの!」


 ちなみに彼女の父ももっと安い。


「ではおこづかいをくれるのです」

「だからあ……」

「五千イェンです」


 スィは本当は二千イェンしかもらっていなかったが、多めに言った。


「あのね? 魔王軍はそういう組織でもないし、金銭も儲からないのよ」

「分かりました」


「そう」

「カルバスの街の税金を九割にします」

「やめろ!」


「でも、魔王様の元には三割しか入れません。これでウインウインですね」

「ですね、じゃねえよ! あのね、街から徴収する税金は治世のためのものなのよ。私たちの私腹を肥やすものじゃないのよ!」


「あなたは何のための魔王なんてものをやっているんですか?」

「何度も! 何度も何度も言ったでしょうがっ!」


「おこづかいは欲しいのです」

「ご飯も食べさせてあげてるでしょうが! 正直あんたには私たちよりも豪華なものを出してるはずよ? 料理担当のお料理ナイフが泣いてたわよ? あんたの要求が厳しすぎるって!」


「生活費と遊興費は別です」

「って、あんた、お金貰って何するつもりなのよ?」


「老後の貯金です」

「それは遊興費じゃねえぇぇぇっ!」


 魔王は一日一怒鳴りくらいに抑えたいと思っているが、無理だった。


「とにかく! お小遣いは出さない! 欲しいものは大体与えてるし、贅沢させてあげてるんだから必要なしっ!」


 そう言って魔王はさっさと話しを打ち切った。

 スィは心の中でおかんか、と突っ込んだ。




 ジュエルガールは、自分でもどうして造られたのか、分からない魔物だった。

 女の子の容姿に女の子の腕力、そして多少の魔法が使える程度の、まあ言ってみればどこにでもいる女の子に過ぎなかった。


 ただ、その身体が緑柱石(エメラルド)で出来ているというだけだ。

 特に戦いに出ることもなく、魔王城で退屈に暮らすだけだ。

 ただ、退屈な毎日が過ぎていくだけだった。


 魔族の人は、「いつかお前が役に立つ時が来る」と言っているのだが、少なくとも今のところその日は来ない。


「あの……」


 そんな彼女の元に、一人の女の子が訪れた。


「何?」

「こちらに、女の子の魔物がいると聞きまして、挨拶に来ました」


「あなたは誰?」

「私は軍師のスィです。スィ・ゴ・キターオと呼んでください」

「何でフルネームで呼ぶのよ!?」


 思わず突っ込んでしまった。

 可愛い子だ。

 まだ成熟していないスタイルは、彼女よりも年下なのだろう。

 何の魔物なのだろう?


「それで、何の用かしら?」

「その……お友達に、なれないかなと思いまして……」


 友達。

 自分には存在し得ないと思っていた。

 何しろ、周囲の魔物とは話が合わない。


 一応女の魔物もいるのだが、戦闘に特化した彼女たちと、服の話や甘いおやつの話など望むことは出来ない。

 目の前の女の子は、まさにそういう話を一緒に出来そうな子だ。


「ま、別にいいけどさ……」


 ジュエルガールは嬉しさを隠して、興味なさげにそう言った。


「あんたはどんな話が出来るの? 話合わないと友達なんて出来ないでしょ?」


 正直、女の子同士の話題なら、大抵の事は話せるつもりだ。

 服の話でも、恋の話でも、この子と話せるのが、楽しみで仕方がない。


「恥ずかしい話ですが……人間の男性について考えているのです」

「そうなんだ、どんなこと?」


 恋の話か。

 人間の男になんか興味はないけれど、確かにこの子は人間と同じ姿かたちだし、人間に惚れることもあるのだろう。


「奴らを、死をも恐れない、笑ってマグマに飛び込む戦士にするには、どこまで洗脳すればいいものか話し合いましょうか」

「考えないし考えたくもないわよ!」


 いきなりなんか猟奇的な事を言い出して、思わず突っ込んだジュエルガール。


「でも奴ら、全然言う事を聞きませんよ?」


 スィは勇者軍での事を思い出し、苦虫を噛み潰した(オボロー)ような顔(フェイス)をする。

 だが、ジュエルガールはそれを、好きな人が自分の思うように動いてくれなくて拗ねていると考えた。


「男の子はね、ただ口で言うだけじゃ駄目なのよ。相手の性格を考えて、それに寄り添って、どうすれば彼が振り向くかを考えるの。そうすれば、きっと振り向いてくれるわ」


 正直、ジュエルガールは恋が成就したことはない。

 だけど、その苦い経験から、自分を主張しすぎるところに男の子がむっと来ることを理解した。


「男の子って言うのはね、馬鹿みたいだけど、体面で生きてるのよ。だから、体面を崩されると怒るし崩そうとした子を恨んでしまうのよね。もちろんこっちが全面的に引くのは違うけど、少し引いてみるのも悪くないわ?」

「体面、ですか……確かにそうかも知れませんね」


 あのおうんこ馬鹿としか思えない奇行は全て勇者もしくは勇者軍という体面のためだったのだろうか。


「私も応援するから、もう少し頑張りなさい?」

「いえ、いいんです。もう、終わった事ですから」

「そっか……」


 ジュエルガールはぎゅっと、スィを抱きしめた。


「つらい思いをしたわね……次は、うまく行くといいね?」

「はい……」


 いきなり猟奇的な事を言い出したので、やっぱりこいつも他の魔物と同じだと思った。

 だが、実際はこんなに可愛い女の子だ。

 人間と魔物の恋、それは許されざる恋かも知れない。

 だけど、自分は、自分だけは応援してあげよう。


「あの、ところで、私たちはお友達になれましたか?」

「そうね、あなたとは話が出来そうだわ。友達になりましょうか」

「はいっ!」


 これまでの退屈で仕方がない日常に、一輪の花。

 それだけで世界が一変したように彩りが増す。

 そんな、可愛い、愛しい、友達。


 今日から私はこの子と友達として、色々な話をするのだろう。

 この子の感動や、喜び、時には悲しみを、自分も共有するのだろう。

 それはいいのだが──。


「ねえ、ちょっと聞いていいかしら?」

「何ですか?」

「その、ノミとトンカチは何かしら?」


「これは岩石用のノミです」

「だから、どうしてそれをあなたが持っているの?」


 スィの目が、妖しく輝く。



「私たち、友達ですよね?」


「え? え? ちょっと……あの……きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 ここはカルバスの街の一角にある商店。

 ここの住民はみんな、今まで通りに生活出来ていることを逆に戦々恐々としている。

 魔王軍の占領下にあるこの街は、本来ならこのような安穏とした平和なんてあるわけがない。


 だが、スィ姫、彼女の献身によりこの街が平和に保たれていることを、住民はみな、知っている。

 だから、住民全員、姫に感謝をして生活をしているのだ。


「こんにちは」

「え……? スィ姫様?」


 目の前にその姫が現れたので、店主は驚く。


「姫はやめてください、もう、違いますから……」


 スィはすべったギャグをいじるな、いう意味でやめさせる。

 だが、店主は、自分はもう姫という身分ではない、ただの魔王の慰みものだと、卑下していると捉えたのだ。


「……分かりました、スィ様」


 店主はそれを受け入れざるを得ない。

 彼女が、それを望むのだから。


「そ、それで、今日はどのようなご用件で?」

「これを、売りたいと思いまして」


 ごとり、と出されたのは、巨大な、拳大の緑柱石(エメラルド)が二つ。

 どちらも片側が削られたように白くなっているが、歪んだ球体となっており、まるで女性の乳房のような形をしていた。


「こ、これは……いい物ですね」


 このような巨大な宝石、値段など付けたことがない。

 ここまで大きいと、億単位の金額になるだろう、支払う資金がうちにはない。

 どうしよう、彼女が望むなら買い取りたい、だが、自分には無理だ。



「二十万イェンなら売ります」

「え……?」


 スィは思い切って小遣いの百倍の価格を言ってみた。

 ちょっと上積み過ぎただろうか?

 さすがに断られるか?

 いや、多めに言ってお互いの妥協を探るのが商売の基本だと聞いたことがある。

 間違っていない。


「いいの、ですか……?」

「もちろんです。高いようなら応相談です」


 店主は驚く。

 何故このような宝に近い品をその値段で売るのだろう?

 いや、もしかすると……。


 彼女は魔王軍に支配されたこの街を心配しているのだ。

 そして、彼女の手持ちの宝を安い値で売り、それで生活をしなさい、という事なのだろう。

 生活に困ってなどいない、彼女のおかげで、自分たちは満足して暮らしていけている。

 だが、それでも彼女は心配だったのだ。


 なんという、なんという崇高なお人だ!

 この人のためなら我々は死んでも戦う。


「……分かりました、そのお値段で買い取りましょう。この資金はみんなに分配しますからご安心ください」

「? そうですか、ありがとうございます」


 カルバスの街の住民はまたもスィの人気を高めた。

 身を削ってまで、自分たちを心配してくれるのだと、皆で泣き、感謝した。


 本当に身を削ったのは、別のガールだというのに。


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