第5話 軍師、民衆の心を掴む
「カルバス城を攻略したので、これで私は軍師となります」
「………………」
物凄く言いたいことはあるのだが、そう約束したのは事実だ。
魔王はその条件を呑まざるを得ない。
もちろん、彼女は魔王および魔族七人衆(*´艸`)が出来なかったカルバス城を落としたのは事実だ、認めなければならない。
昨晩はほのおネズミ開発時の苦労や、彼らの忠実な働き、その愛くるしい動きを思い出して、涙を流しながら眠りについた魔王だったが、彼女も年長の女として、そんな姿を見せるわけにもいかない。
「まあいい、ではあんたにはカルバスの住民との連絡役を頼わ」
「連絡役ですか、このコミュ障に?」
「あんたの言動がまともでないのは知っているわ。一度号泣させてみたいと思う程度には。だけど、住民の相手は私たち魔族ではなく同じ人間の方がいいはずよ」
「魔族(*´艸`)」
「だから! もうそれはいいって言ってるでしょ! その呼び方に誇りを持てるわけじゃないけど、これまでそう呼ばれてきたし呼んできたからもうこれでいいのよ!」
世界征服を標榜している割には、魔王はかなり卑屈である。
「私たちの目的は、住民を怖がらせることじゃないわ。あんたの見た目は、見た目だけは高貴さもあるし、綺麗だわ。だから、私たちの言葉を伝えるだけなら何の問題もないわ」
「何度も言いますけど、私はグリーヴィさん(*´艸`)の見た目は嫌いではないですが、好きな性別ではないので、ごめんなさい」
「気が合うわね! 私もよ! あと、人の名前を笑うな!」
スィは結構真顔でこんなことを言うので、魔王も困る。
「好きな性別なら付き合うのか!」と聞いたら答えが怖いので聞けないチキン魔王。
「しょうがないからやってあげましょう。ありがたく思うのですよ?」
「何であんたはだいたい上から目線なのよ?」
呆れる魔王だが、なんか慣れてきた。
こいつにいちいちツッコんだら負けだ。
「ま、場所は伯爵が使っていた広場前の演説の間があるから、そこからやればいいわ」
「はい。では、魔王さんの威厳を示してやってきます」
スィが出て行った。
もの凄く不安だが、ついて行くわけには行かないし、彼女が丹誠込めて作ったほのおネズミを絶滅させた張本人だが、カルバスを魔王領にしたのも彼女のおかげだ。
ここは彼女に任せよう。
同じ人間だし、ほのおネズミみたいに殺したりはしないだろう。
…………いや、滅茶苦茶不安だが、行かせるしかない。
そう決めたのだ。
広場に集められた住人は、これから行われる表明に震えていた。
なにしろこの地は魔王の領土になったのだ。
そして、今日は魔王の使いからの伝達があるのだ。
何を言われるのだろう?
どんな絶望が待っているのだろう?
一人ひとり惨殺していくと宣言するのだろうか?
全員を奴隷にされるのだろうか?
恐れおののく住人の前を通ったのは、おばけ布(大人)。
おうんこ弱い雑魚魔物だ。
一応見回り的なことを事をしている。
「あ、あの……」
「俺か?」
「は、はい、あの、今日の表明ってどなたがされるのですか? 魔王……様の、幹部ですか?」
「俺も知らんが、確か幹部じゃねえぞ? 魔族でもない、人間だったかな?」
おばけ布は下っ端だから噂の噂くらいしか回ってこない。
今や軍師として魔王軍幹部のスィだが、馬鹿なので変な人間としか知らない。
が、それを聞いて驚いたのは住人だ。
「人間、なのですか?」
「ああ、確か、どこかの王国の姫、だったかな?」
おばけ布は下っ端でかつ、馬鹿なので、人から聞いたことは鵜呑みにします。
スィが魔王城に来た時に言った戯言は魔王の間に控えていた侍従の一人から漏れてしまっていた。
そして、それをたまたままた聞きしたこいつが信じたわけだ。
「姫……囚われの、王女……」
おそらく魔王軍がどこかの王城からさらって来た姫なのだろう。
魔王軍でこき使われて、ひどい目に遭った上に、こんな下々相手の伝達までさせられるのだ。
同情、いや、それこそ畏れ多い。
おいたわしい気持ちになる。
「聞いたか?」
「ああ、お姫様なんだってな」
しかも、なんだかそんな噂は広まりつつあった。
「お待たせいたしました。私が魔王軍伝達役のプリンセス・スィです」
現れたのは、美しい、年端も行かない少女。
まるで表情がないかの如く佇むその姿は、現世のものとは思えない。
自ら堂々と王女と名乗る。
おそらく、無力の彼女の小さな抵抗なのだろう。
「…………」
スィは掴みの鉄板(自称)ギャグである、プリンセスがすべったのでご機嫌斜めになった。
「お前らはクズだ、我々魔王軍が支配してやる、ありがたく思いなさい!」
いきなりの汚い罵りに驚く住民たち。
いや、これは、魔王の言葉を口にしているだけだろう。
こんな麗しい姫に、こんなことを言わせるなんて、魔王は酷い奴だ。
「我々はお前たちから税を奪う。九一で我々だ、せいぜい働くことだな!」
九一で魔王。
つまり、百儲けても、九十は税として魔王に奪われる、という事だ。
「そ、それは、あまりにも……」
「あなた方は意見できる立場ですか?」
「…………」
「私にもありません」
「…………っ!」
スィは「お前もないんかい」ってツッコミ待ちだった。
だが、誰もいつまで経ってもツッコんでくれなかった。
もちろんご機嫌斜めになるのだが、住民側は、「私に言われても……どうにかしてあげたいけれど、私にも意見する権利は与えられてません」と解釈した。
「……じゃ、今日はそれだけです。魔王軍に恐れおののきなさい」
王女の嘆きを自らで表現する住民たちの嘆きと悲しみの声の中、スィは去った。
「この部屋、異様に暑いですが、何の嫌がらせですか?」
「私だって暑いものは暑いわ! さっきまでほのおネズミの進化版、ほのおイタチを造ってたのよ!」
「相変わらずメルヘンチックな名前のモンスター造りますねえ。もっとフレイムウィズルとかにしたらどうですか?」
「別にメルヘンじゃないわよ! 分かりやすい名前の方がいいってだけよ」
魔王城の魔王の間。
何の躊躇もなくここまで来れるのは魔王軍でも彼女だけだった。
「汚ギャルの魔王様がくっさくなろうと構いませんが、私のようなプリンセス・スィが汗で体臭を放つのはよくありません。冷やしてください」
「誰が汚ギャルよっ! 人間以上に清潔にしてる自信があるわ! あと、あんたはプリンセスじゃないでしょうが! 勝手に名乗るな!」
「私の中の魔王様の好感度が少し上がりました」
「は、はあ? で、住民への話はうまく行ったの?」
「あいつらは笑いを分かってなかったので、魔王軍の恐ろしさを分からせてあげました」
「……前後で話がつながっていないんだけど?」
「税金を九一と言ったらみんな泣き出しました」
泣いたのは王女を哀れに思っただけで、正直税の重さは覚悟していたところはあったのだが。
「何で勝手に九一にしてるのよぉぉぉぉぉぉっ!」
魔王はスィの服の両袖を掴んで前後に振りながら叫ぶ。
「むしゃくしゃしてやった。今ははんせあばばばばばばば……」
長く揺さぶられ続けて酔ってしまったスィ。
「私たちは人と共存していくつもりって言ったでしょうが! これまでの伯爵領の税金は五割だったから、三割にするって言ったわよね!?」
「そんな昔の事は忘れました」
「忘れんなよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
魔王の怒りの揺さぶりはあまりにも強く、非力なスィは揺さぶられるばかりだったが酔って吐きそうと言ったらやめてくれた。
「もう一回伝えて来なさい!」
「汗かいて、匂いが気になるので一旦お風呂に入ってから──」
「さっさと行けぇぇぇぇぇぇっ!」
「お風呂にも入らせてもらえないと泣きますよ?」
「泣きたいのは私と住民よ!」
スィは魔王はもっと心穏やかになるべきだと思いながらも、もう一度広場に行った。
「あー、先ほどの九一ですが、三七になりました。三だけ税収としてください」
「え……?」
いきなりの大幅値下げ。
しかも伯爵時代よりもはるかに安い。
これは、どういう事だ?
「私はこれから泣きながらお風呂に入るので帰ります」
「…………っ!」
その一言で、住民は全てを理解した。
火照った肌。
乱れた服。
疲れたような表情。
王女様は、犠牲になったのだ。
自らを魔王の贄にして、我々を高税から救ったのだ。
ちなみに魔王軍に会ったことのない住民は、魔王を当然のように男だと思っている。
「王女様……王女様……!」
これから風呂に入って、魔王に汚された身を洗うのだ。
一人寂しく、泣きながら。
我々にはどうすることも出来ない。
おいたわしい、王女様。
出来る事と言えば、この献身を住民全員に伝え、感謝することしかない。
そこにいた住民は、町へ走って行った。
こうして、なんかスィの人気が最高潮に高まった。